第48話 宅急便
「あ、快ちゃん!」
獣女との一戦を終え、割と急いで殺人ピエロの元に戻ってくると、そこには何故か足止めを頼んでいたはずのテンマがいた。
「お前、足止めはどうしたんだ?まさか殺してきたんじゃないだろうな」
やはり危惧していた通り暴走して殺してしまったのだろうかとテンマを睨むと、テンマは眉を顰めて怒ったように反論してきた。
「もうそんな訳ないじゃん!僕が手加減しながら足止めするのどれだけ大変だったか!」
ふむ、どうやらこの様子だと本当に殺してはないらしい。だが、念の為…
「嘘をついているなら今のうちに吐け。今ならまだ殺人ピエロの罪の一つとして事実を捻じ曲げられる」
「もう本当に殺してないってば!!快ちゃんの言いつけ通り、全員雑魚だったけどちゃんと生かしてるよ。そんなに疑うなら今からでも確認して来れば?全員あの辺りの畑に首から下を埋めて、簡単に出れないように周りの土も踏んで固めてきたから、多分今でもそのままだと思うよ…まぁ、そんなに僕が信じられないって言うならだけどね…あーここまで信用ないとは思わなかったなー、ショックだなー」
そうわざとらしく不貞腐れたような口調で言うテンマ。
面倒くさいが仕方がない。
今のは確かに俺が悪い。
「疑って悪かった。足止めご苦労さん。だが、どうやってこの場所がわかったんだ?」
テンマのいた場所からこの場所までは数キロは離れているし、道も直線って訳じゃない。勘できたって言うのも無理があるだろうし、あの獣女のように匂いを辿ってって訳でもないだろう。
テンマのスキルで空から探すにしても、今は夜だしこの辺りは街灯も少ないからそれで探すのには手間がかかる。
「ふふ、わかってくれれば良いんだよ!それで、場所についてはクロウズが教えてくれたんだよ。僕があの3人を埋め終わった後にどうしようかなって思ってたら、僕の肩にカラスが止まってね?その子に快ちゃんの居場所聞いてついてきたらこの場所だったってわけ!」
「なるほどな。俺についてきたカラスで全部だと思ってたが、テンマの方にも控えていたか。最近は手当たり次第にメンバーを増やしていたから、把握しきれていなかったな。にしても指示を出さなくても情報共有までしてるとは驚きだな」
「だよね!って、そうじゃなくて!!」
クロウズの賢さについて話を咲かせていると、急にテンマが慌てたように話題を変えてくる。
「快ちゃん、今までどこ行ってたの!?この場所に来たら片足もげた血だらけのおじさんいて僕びっくりしちゃったんだから!それで念の為カラスに聞いたら、やっぱり殺人ピエロだって反応するし!一応、快ちゃんが来るまで死なないように縛って止血はしたけど…この人まじで放っておくともう直ぐ死ぬよ?」
そう早口で言うテンマの視線の先を目で辿ってみる。
すると…
「ハァ…ハァ…ハァ…死ぬぅ…」
そこには、息も絶え絶えにしながら顔を青くさせる一匹の薄汚い男がいた。
図々しくも殺人犯の癖に助けを呼ぼうとしたのか、少し這った血の形跡がある。
「あぁー、完全に忘れてたわ。そういえばコイツが死にかねないから急いで戻ってきたんだった」
「え、マジで何やってたの快ちゃん…」
俺のド忘れに呆れ顔をするテンマ。
「何やってたのかと言えばそうだな。誰かさんが足止めを頼んだにも関わらず油断して取り逃した政府の1人と戦ってたんだ」
「うへぇ、そうでした。ごめんなさい。それは言わないでぇ、怒らないでぇ…」
呆れ顔から一変、怯えた表情をするテンマ。
一応やらかしてしまったという自覚はあったらしい。
「まぁ、それは別に怒ってないから安心しろ。実際お前が油断してなくても、あいつが本気出してたら多分普通に突破されてただろうからな…」
いくらテンマが速いと言えど1対1ならまだしも、4対1となると流石に分が悪いだろう。
だから、これ以上責めるのは無しだ。
それにテンマが逃してなかったら、俺も獣女と戦えていなかった訳だからな。
気を利かせて止血までしてくれていた事だし、油断した事は感心しないが今回ばかりは大目に見よう。敵前で名前を呼ぼうとした事も。
まぁ、仮に死んでいたとしても俺のスキルなら蘇生も可能だったかも知れないが、それを試すとしたら最後の最後だしな…実際ナイスアシストだ。
調子に乗るから直接は言わないが。
「良かったー。ってえぇー、そんなに強かったの??あのスーツの人」
怒られないと分かり安心するのも束の間にテンマは、獣女に興味を向ける。
「それなりにな。速度や身のこなしで言ったらお前と良い勝負かもな」
俺が戦った手応えとしては、現状はテンマの方が強い。出会った当初から覚悟という意味ではコイツは既に振り切れていたし、等級の差も俺の強化術によって補ってきているからな。
だが、あの獣女が次に会う時に相応の冷徹さ、もしくは覚悟を持ち合わせていたなら、その勝負の行方はわからない。
ま、両者今後に期待って感じだな。
「えぇーー。もったいないことしたーー。快ちゃん殺してないよね?!僕も戦いたいよーー」
頭を抱え露骨に落ち込むテンマ。
「安心しろ、殺してない…ってか、また脱線してるな。俺も色々とお前に聞きたい事はあるが一先ずはこの殺人ピエロに集中するぞ」
「あー、そうだった、そうだった!うわ、確かにもう虫の息って感じだね…」
俺は一先ず、テンマの言う通りもう死ぬまで秒読みって具合の殺人ピエロに向かって治癒を施す。
また走って逃げようとされても面倒臭いから、効果の指定としては失った欠損部位はそのままに、出血だけ止めるように傷口を塞ぐ程度にする。その辺の加減はもうお手のものだ。
「え…僕…生きて…る…?」
このまま死ぬと思っていた時に、たちどころに傷口が塞がっていくことにあからさまに戸惑う様子を見せる殺人ピエロ。
「ふぅ…人殺しの…それも薄汚い4、50代の男に触れる生理的嫌悪感は半端ないが、これで一先ずはすぐ死ぬような事態にはならないだろう」
俺が地べたに座る殺人ピエロを見てそう言うと、テンマが頭にはてなを浮かべて疑問を口にする。
「ねぇ、快ちゃん。僕が最後に見た姿とだいぶ違ってるけど、これが殺人ピエロの素の姿ってことなの?」
「あぁ、多分な。まぁ、その辺の話も後だ。とりあえず移動するぞ」
政府の奴らを倒したとはいえ、あんまりこの場でゆっくりしている暇はない。騒ぎを聞きつけこの辺に住んでいる奴らに目撃されないとも限らないしな。
それに獣女あたりもしぶとく確認に来たりしそうだ…まぁ、それなりに痛めつけたからその心配はいらないとは思うが何事も万が一がある。
どっちにしろこの場に留まるメリットがないのは間違いないのは確かだ。
「オッケー移動ね。それで、どこに向かう?」
「そうだな。いつもの廃工場でいいだろ」
「うわ…予想はしてたけどやっぱりか。僕たちの秘密基地についに殺人犯が…」
「仕方ないだろ、使い勝手がいいんだから」
実際あれ程、潜伏や実験に適した場所はない。広大な敷地に加え、滅多に人が寄り付かない土地…文句なしだ。
テンマは不祥不詳という態度を隠さずに返事をした。
「うぅ…りょーかーい。じゃあ快ちゃん、殺人ピエロのこと一旦全快させてよ」
「何故だ?」
「何故って…移動するにしても何にしても、歩いてもらわないとじゃん。片足だけじゃ歩けないでしょ…ってまさか、僕に背負わせる気?!嫌だよそんなの!!」
慌てた様子で見当違いな事を言うテンマに、俺は落ち着かせるように淡々と応える。
「その必要はないから落ち着け。コイツはクロウズに運ばせる」
「え、クロウズに?流石にそれは無理じゃない?この人重そうだし…クロウズってそこまで一羽一羽に強化施してないんでしょ?」
俺の言葉に、周囲にいるカラスと殺人ピエロを交互に見るテンマ。
テンマの言う通り、確かにクロウズは戦力増強のために増やした訳ではないから、強化が中途半端だ。だが、それでも最低限の強化は施してあるから、人1人運ぶくらいなら数羽が協力すれば十分可能だ。それが長距離移動であっても、疲労が溜まったら他のメンバーと交代すれば良いんだから別に不可能って訳ではない。
それにこういうのは、なるべく人の手が加わらない方が露見しないものだ。
せっかく、能管とかいう組織から殺人ピエロを奪っても、潜伏先を割り出されたら意味がないからな。
だからそういう意味でもクロウズが適任だ。人の手で運ぶとどれほど気をつけていても足が着いてしまう。実際、殺人ピエロは何かしらの方法でそれで割り出された。
とはいえ、重いのは確かにクロウズが可哀想だな。まぁ、負担を減らしてやるのは、飼い主の役目か。
「お前の言いたい事は尤もだが、何もこのまま運ぶ必要はない。重いなら軽くすれば良いだけだ」
「軽くって…まさか…」
俺の言いたい事を察したのか、テンマは顔を引き攣らせる。
「あぁ、取り敢えず生命維持に必要な部分だけ残して取り除こう。腕や脚を切り落とせば結構軽くなるだろ」
「…ははは。さすが、快ちゃん。ブレないね」
そう乾いた笑いをするテンマに俺は続けて指示を出す。
「じゃ、やれ」
「え、僕がやるの?!」
「別に俺がやってもいいが、お前がやった方が早く終わるだろ。時間が惜しい…風の斬撃でスパッとやれよ。安心しろ。殺人ピエロは絶対に死なせないから」
俺はそう言い、テンマに親指を立てる。
「うわ、なんかちょっとかっこいい風だけど、それ加害者側が言って良いセリフじゃないよ?」
「うるさい。良いからさっさとやれ」
「はーい」
そう言いテンマが近づいていくと、俺たちの話が聞こえていたのか殺人ピエロは怯えたように身体を小刻みに震えさせる。
おそらく俺に足を奪われた事もあり、俺の言葉が単なる脅しではないと感覚で理解しているのだろう。
治癒は、精神には作用するが、感情には作用しない。こうして見ると、つくづく尋問や脅しにはピッタリの仕様だな。
テンマは震える殺人ピエロに軽い調子で施術内容を告げる。
「いやー、右足治癒したばっかなのに悪いね。他の部位も切り落とさせて貰うよ?いや、右足も中途半端に残ってるから結局全部やり直しかな。まぁ痛いと思うけど、頑張ってよ」
「お、お、お、お前は、僕のファンなんじゃ…」
この期に及んで、まだ希望を捨てられない様子の殺人ピエロ。しかし、恐怖はしっかりと感じているのか、言葉や表情からは全く余裕を感じられない。
側から見たら、完全に被害者だ。
しかし、テンマはそれを無機質な目で見ながら優しく笑いかける。
「僕は君のファンなんかじゃないよ。でも…ふふ…君に同情はするかな。因果応報とはいえこれから待ち受けるのは地獄の日々だろうからね」
そう言うテンマの視線は何故か俺の方を向いていた。




