第45話 狂人vsスーツ女
目の前のスーツ女は俺をかなり危険視しているのか、待ちの姿勢を崩さない。
——ジッ
暗闇の中、肉食獣のような鋭い眼光が俺を射抜く。きっと狙いは、俺の挙動に注視して初動を見逃さないようにすることだろう。
その影響か、まだ戦闘は始まってすらいないのに背筋が寒くなるような感覚がした。
不思議な感覚だ。まるで自分が餌にでもなったような錯覚に陥る。
テンマの時ですらこの感覚は無かった。
それに、相対してみると分かるがこの女は強い。
臨戦態勢に入った雰囲気もだが、立ち姿を見るだけでもそれがよく分かる。
左足と左手を前に出した半身の状態で、特に変わった所のないスタンダートな構えだが、不慣れな感じはなく、明らかに格闘技を習得している奴の構えだ。
基本に忠実で様になっている。
これまでの身のこなしや状況判断からしても、何かしらの訓練を施されているのは間違いないだろう。よく見ると、それを裏付けるような無駄のない体付きをしている。
殺人ピエロのようなハリボテではなく、間違いなく地力がある奴だ。
そう思うと体が熱くなるのを感じる。
きっとスーツ女のスキルは、肉体を強化する類のものだ。基礎能力のあるコイツとは相性のいい能力だろう。
紛れもない強者との接敵。
思わぬ拾い物だ。初めてテンマを連れてきて良かったと思った。
よし、そうと決まれば睨めっこは終わりだ。
相手が来ないなら俺が行こう。
頭では危険と分かっているが、もう我慢できない。
——ザッ
地面をこれでもかと蹴って、距離を詰める。はじめは小細工なしで正面からぶん殴る。
——バキッ
しかし、全力で繰り出した拳は、スーツ女の体ではなく背後にあった木に突き刺さった。
「なんて、威力ですか…」
亀裂が入った木を見て驚嘆の声をあげるスーツ女は、何故だか俺が攻撃した木の上にいた。
どうやら、木の上に飛んで回避したらしい。
「なんて、身のこなしだ…と返しておこう」
頭上を見上げお返しとばかりに褒め返す。
実際避けられるとは思わなかった。思い切り踏み込んだし、スピード的にはしっかり人外の速度は出ていたはずだ。
だが、避けられた。
「ははっ、楽しくなってきたな」
「私は怖くなってきました」
そう言って、スーツ女は俺の元いた場所辺りへと軽快に飛んで着地した。
位置は入れ変わったがこれで仕切り直しとなった。
さて、どう動くか。
スーツ女の様子を窺うが動く様子はない。
あくまで後手に回るつもりらしい。
なら、リクエストに答えよう。
俺は地面を再び強く踏み込み、一気にスーツ女の元へと距離を詰める。
だが、その行動を読んでいたのかスーツ女は俺が到達するよりも早くまた大きく跳躍して木の上へと回避した。
どうやら、スーツ女は俺がテンマを相手にする時のように予備動作で行動を予測してるみたいだ。
なら、やる事は一つだな。
瞬時に方針を定めた俺は、懲りずにまた駆け出す。
そして、ある程度加速した所で地面を蹴ってスーツ女のいる木の枝まで一気に飛び上がる。
「…」
「…」
視線が空中で交錯する。
そしてスーツ女は、俺が攻撃範囲に入るよりも前にまた入れ替わるように跳躍した。
徹底して回避に専念するか。
だが、これは想定内だ。
——バキッ
俺はスーツ女が居ないのにも構わず、そのまま木の枝を下から上へと蹴り上げへし折る。
そして、それを空中で握ると背面のまま地面へ着地したばかりのスーツ女へ即座に槍投げの如く投擲する。
——ビューーーン!!
大きな風切り音を立てて飛んでいく枝というには些か立派過ぎる即席の槍。
その槍は、先についた葉をはためかせながら地面に着地したばかりのスーツ女の腰あたりに向かって真っ直ぐに飛んでいく。
「…なっ!!」
備える間もなくやってきた次の予想外の攻撃に、スーツ女は驚きの声をあげる。
「ッ!!」
だが、それを咄嗟に真上へ跳躍することで回避する。
咄嗟だった為か迂闊にも高く飛び上がるスーツ女。
ものすごい跳躍力だが…隙だらけだ。
「これなら避けられないだろ!」
俺はスーツ女が自由落下してくる所に合わせて、十分な助走をつけてジャンピングボレーシュートをお見舞いする。
「くぅ…!!!」
苦悶の表情をしながら、なんとか腕で受け止めるスーツ女。しかし、スーツ女は空中にいて踏ん張れないため、蹴りの威力そのままに吹っ飛んでいく。
——ドシンッ
運悪く減速する前に木に激突する。
木に亀裂は入るが折れる程の威力は無かったのか、背中から容赦無く叩きつけられる。
超スピードからの急停止。
内臓への衝撃は半端ないだろう。
「うぅ…ぅ…ぅ…」
呼吸が出来ないのか、地に両腕をついて唸るように声を絞り出すスーツ女。
絶好の追撃チャンスではあるがひとまず今は攻撃するのをやめとこう。まだ、戦いは始まったばかりだし、早く終わってもつまらない。
「ケホッケホッ…」
そのまま30秒ほど様子を見ていると、ようやく空気を吸えるようになったのか、スーツ女はゆっくりと立ち上がる。
「お待たせしたようですね…頼んではいませんが」
皮肉げに文句を言ってくるスーツ女。意外とこの女いい性格してやがる。
「なんだ、気を利かせてやったのに。こちとら、お前が唸ってる間に口の中に虫やら土やらを含ませて溺死させて良かったんだぞ。それとも、そっちの方がよかったか?」
「いえ……ありがとうございます」
そう言い、素直に頭を下げるスーツ女。
そして、一度深呼吸をすると、再び重心を低くして構え始める。
衝突を避けられないのは分かっているらしい。
そう来なくちゃな。
でなければ、待った甲斐がないと言うものだ。
ただ、再開する前にこれだけは言っておこう。
「お前、スキルの出し惜しみはもうするな。本気でやれ。じゃないと次は本気で殺すぞ」
「…気が付いていたのですか」
俺の言葉に目を見開き驚くスーツ女。
だが、俺からしてみたら隠せていると思う方がどうかしている。
「当然だ。お前は今でもそれなりには動けているが、まともな攻撃はまだ一度もしていないだろう。それに、最初に感じた威圧感はこんなもんじゃなかった。恐らく、今の強さはスキルを獲得した事による副次的な効果だ」
戦いはじめから威圧感に見合わぬ強さに違和感は感じていた。そして、戦いながら観察してみると色々と矛盾点がある事に気が付いた。
スキルを使ってるにしては弱過ぎるし、等級が低いのかと思えば肉体の強度が強すぎるし、その強度の割には身体能力は精々アスリートの一段上くらいだし…そう考えるとアンバランスが過ぎるのだ。
だから、俺は一つの答えを導き出した。
俺が治癒の効果で肉体の破壊と修復を繰り返す事で驚異的な身体能力を獲得したように、この女もスキルを獲得した事で何らかの恩恵を得た可能性があると。
そして、その考えは大正解だったようだ。
コイツはまだスキルの本領を発揮していない。
「あなた…本当に子供ですか?」
俺の考察が鋭過ぎたのか、急に疑いの目を向けてくるスーツ女。
「さぁな。お前に教える義理はないだろう。そんな事より、本気を出せ。じゃないと殺すってか、死ぬぞ」
「そうですね。悔しいですが、今のままでは勝てないのは事実ですから本気を出します」
そう言って、スーツ女は徐にジャケットと靴を脱ぎ捨てる。
一瞬、それは実は重りになっていて、これを取り外すとスピードが上がるとかいう少年漫画的な展開が脳裏をよぎったが、そんな事もなく軽い音を立ててジャケットと靴は地面へと投げ出された。
「これが…私の本気です…」
その言葉を皮切りに、スーツ女の身体が次第に変化していく。
それは、言うなれば半人半獣。
大部分は人間の特徴を残しているが、四肢や耳や尻尾等の部分はネコ科の動物のようになっている。
「ははっ、ファンタジーだな」
驚きと興奮で思わず笑みが溢れる。
すると、スーツ姿から獣の姿へと変貌を遂げた女は暗闇で目を光らせて呟いた。
「上手く加減出来るか分かりませんので…死なないで下さいね」




