第44話 第三者
「追いついたか」
逃げた殺人ピエロを追跡するスーツ女の背中を捉え、快は呟いた。
遅れての出発だったが、クロウズの助けもあり難なく位置を特定することが出来た。
「しかし、短い時間で随分と逃げたもんだな。かれこれ数キロは走っているぞ」
殺人ピエロは依然逃走中。
俺も、それなりのスピードで飛ばしてきたつもりだったが、どうやらスーツ女も然り、結構な速さで移動しているらしい。
おそらく、殺人ピエロも後ろから猛追してくる何かの気配を何となく感じていて、止まるに止まれなかったのだろう。
完全に鬼ごっこ状態だ。
しかし、ここで不思議なのはスーツ女が、姿を見失っているはずの殺人ピエロの事を何故だか追跡出来ていることだ。
どうやらスーツ女には俺とは違った何か別の居場所を特定する手段があるらしい。
その証拠に、スーツ女の選ぶ進行方向は、殺人ピエロの居場所を耐えず把握しているクロウズが指し示す方向と見事に合致している。
「監視カメラなんてなさそうな辺鄙な場所だし、まぁ、スキルの力なんだろうが…あのスピードに加えて、気配察知か?なかなか使い勝手の良さそうなスキルじゃないか」
そう言い笑みを浮かべた快は、走る速度を徐々に落としてスーツ女から一定の距離を保ったところで停止した。
スーツ女は移動中に度々、立ち止まり辺りを見回す。おそらく、この時に何かしらの方法で殺人ピエロの気配を探っているのだろう。
今もキョロキョロと辺りを見渡している。
「ん、走るのはおしまいか」
これまでなら、ある程度の方向を定めたらその後はまた凄いスピードで走り出していた。
だが、今回はゆっくりと歩き出した。
「近いのか?」
俺が確認の為にクロウズの方を見ると、何匹かのカラスがコクっと頷く。
なるほど、どうやら殺人ピエロは近くに潜伏しているらしい。
スーツ女は、相変わらずキョロキョロと辺りを見渡しながら、気配を探るように、そして警戒をしているのか額に汗を滲ませながらゆっくりと森の中へと足を進める。
辺りはまだ薄暗い程度だが、森の中は生い茂る草木が僅かな光をも遮断し、既に真っ暗闇だ。
——サッ
俺は、音を立てずに木の上に飛び乗り、息を殺してスーツ女を俯瞰で見る。暗闇にも目が慣れてきた事で、問題なく視認することが出来た。
「…ッ」
スーツ女の固唾を呑む音が俺の元まで聞こえてくる。緊張しているのか額に滲んでいた汗は、大粒な雫となって頬を伝う。
相手はスキル所持者であり大量殺人を犯した大罪人。文字通り油断は命取りだ。
——ガサッ
「…!?」
虫の鳴く声以外の物音に、スーツ女は咄嗟に音源の方を向き奇襲に備える。
しかし、いくら待てども何も出てこない。
——パンッ
試しにその近くを発砲するも状況は変わらなかった。
気のせいか。
そうスーツ女が視線を切り替えた時だった。
——ガザガサッ
背後の方で、さっきよりも大きな物音がした。
そして、その直後。
「うらぁッ!!」
暗がりから見覚えのない男が姿を現した。
その手には、大きめの石が持たれてあり、雄叫びを上げながらそれをスーツ女目掛けて振りかぶる。
「…!?ッ!」
スーツ女は奇襲に驚きながらも、その攻撃を冷静に軽快なバックステップで回避する。
そして、一定の距離をとって男に向かって口を開いた。
「あなたは、先程見た姿とは異なりますけど殺人ピエロで間違い無いですね?」
この質問は至極妥当だ。
今目の前にいる男は、俺が最初に確認した特徴のない男とも最後に確認した陸上選手のような身体付きの男とも違った容姿をしていた。
身長は、スーツ女とほとんど変わらない程度だから160中盤くらい。しかし、年齢は40代か50代か…顔には年齢を感じさせるシワがあり、体型は典型的なおじさん体型でお腹が出ている。髪に関しては長い短いというより、足りないというのが正しい表現だろう。
その男は、酷く疲れた様子で口を開く。
「ハァハァハァハァ…クソッ…なんでここはこんな畑や自然ばっかりなんだ…これじゃ、人混みにも紛れ込めない…ハァ…このままだと……僕が捕まっちゃうじゃないか……クソ…攻撃も避けられるし…クソックソックソ…!」
少ない毛髪を振り乱し、スーツ女の質問にも答えずに、苛立たしげに愚痴を吐きまくる男。言動からしてこの男が殺人ピエロなのは確定だ。
言いようからして、どうやらこのままでは逃げ切れないと察しての奇襲だったらしい。
まぁ、この辺りは確かに自然が豊か過ぎるからな。人混みに紛れての犯行が常套手段だった殺人ピエロからしてみれば、分が悪過ぎる舞台だっただろう。
男の様子を見て、スーツ女もこの男が殺人ピエロで間違いないと判断したのか、銃を構えて警告をし始める。
「殺人ピエロ…身柄を拘束します。これ以上、抵抗や逃亡を図るようなら、射殺する事も視野に入れます。犯罪者といえど私もなるべく殺したくはありません。大人しく言う通りにして下さい」
「クッ…分かった…分かりました。だから、殺さないでください…」
悔しげにしながらも、死ぬのは嫌なのか両手を上げて大人しくお縄につこうとする殺人ピエロ。
スーツ女も警戒しながらも拘束する為に殺人ピエロにゆっくりと近付いていく。
「まぁ、この辺りが頃合いか…よっ」
快はそう小声で呟くと木の枝を蹴り、殺人ピエロとスーツ女の間へと着地した。
「…なっ、子供?!危険ですから早くって、その面は…!」
「ひ、ひひ、ガキでもなんでも良い!その鬼の面をしてるって事は、お前も僕のファンだろ!僕は逃げるから時間稼ぎをしてろ!!」
敵か味方か定かじゃない人物の登場にあからさまに動揺するスーツ女に、大した情報もなく味方だと断定して即座に逃走しようとする殺人ピエロ。
俺に混乱させる気は無かったんだが…まぁ、このタイミングで鬼の面をした子供が現れればそりゃこうなるわな。
なかなかに面白い展開だが、はじめに誤解くらいは解いておこう。このまま、殺人ピエロの味方だと認識されるのは、不快感で蕁麻疹が出る。
「はじめに言っておくが、俺は殺人ピエロの味方では無い」
俺は、未だ状況が飲み込めないといった様子のスーツ女を見据えて口を開いた。
すると、スーツ女はハッとしたような表情をして、俺と殺人ピエロを交互に見て、警戒度を引き上げながら呟く。
「なら、あなたの目的は…」
「殺人ピエロの拉致」
「…は…ひぃぃぃ!!」
スーツ女の質問に端的に答えると、殺人ピエロは暫し呆然とした後、遅れて言葉の意味を理解したのか背中を向けて一目散に逃げていく。
「生憎追いかけっこはもう飽き飽きなんだよな」
俺は、徐に殺人ピエロがスーツ女を攻撃した時に使った大きめの石を拾い上げる。
「あっ…待ちなさい!!」
スーツ女は、逃走する殺人ピエロを追うために再び駆け出そうとする…が、俺はそれよりも先に石を持った右腕を大きく振りかぶった。
——グチャッ
その数瞬後、トマトが潰れたような破裂音が鳴り、殺人ピエロが走る勢いそのままに転んだ。
そして、更にその数秒後。
虫の鳴き声以上の絶叫が森全体に鳴り響いた。
「ひぃやぁぁぁぁぁぉぁあああああああああああ足がぁぁぁぁ。僕の足がぁぁぁぁぁぁあああああ…」
殺人ピエロは膝から下が失くなった右足を抱え、ファウルされたサッカー選手のように地面を転げ回る。
「足の一部分が失くなったからって大袈裟な奴だな。大人なんだから泣くなら静かに泣け。まぁだが、これでもう面倒くさい鬼ごっこをする必要は無くなったな。まぁ、這えば少しは移動できるだろうが、その様子を見る限りそんな根性もなさそうだからその心配は不要か」
スーツ女は、俺に驚愕の眼差しを向けてくる。
なんだ?感謝の言葉でも言いたいのか?
「あー、お礼なら言わなくていいぞ。これは俺が俺の為にやった事だ。それに、敵の敵は味方とも言うからな。考えようによっては、アイツは俺達の共通の敵でもある訳だし、別にお前にとってもデメリットはないだろ?」
「あなたは…何者ですか。いえ、あなた達と言った方が良いでしょうか。何故、殺人ピエロを狙うんですか…拉致とは…」
俺のせっかくの心遣いを無視して、自分勝手に質問をし始めるスーツ女。しかし、驚きと困惑が強いのか言葉に詰まっている。
「俺が何者か…それは帰ったらお前の部下に直接聞いてみろ。今頃、俺と同じ面をした奴が嬉々として名乗っているだろうからな」
自分で言っていてなんだが、あのバカ丸出しのテンマと仲間だと思われるのは結構嫌だな。まぁ、これ以上状況をややこしくしない為に、ここは断腸の思いで我慢するが…覚えてろよテンマ。
「そう…ですか。では、あの3人は殺す気は無いのですね」
俺の物言いから嘘はついていないと判断したのか、妙に素直に納得するスーツ女。
テンマの実力を見抜いた事もそうだが、コイツやけに察しがいいな。俺の発言から部下達の安否まで把握しやがった。
「もう少し疑えと思わないでもないが、納得するなら別にいい。まぁ、戦っている奴の性格上、断言はできないがな」
テンマは戦闘時は割とハイだからな。やり過ぎる可能性は大いにある。相手が強かったら尚更だが…さてどうなることやら。
「そうですか…。それでこれからどうするつもりですか。私としては、このまま殺人ピエロの身柄を拘束したいのですが…」
部下を心配してか、これからの展開を心配してか、自然と目つきを鋭くするスーツ女。
「その感じ。もう察しはついてるんだろ?」
「やはり、そういう事になりますか…力の一端を見た後だと気が進みませんね。それも子供が相手となると尚更やりにくいです…」
力の一端…あぁ、殺人ピエロの足の件か。
「そうは言ってもな…俺もお前も使う用途は違えど、目的は殺人ピエロだ。競争相手がいるなら迎える展開はひとつしかないだろう」
「敵の敵は味方なのでは?」
暗に譲ってくださいというスーツ女。
「そうだな。だが、ご覧の通りその敵はあの有り様だ」
俺はそう言って、懸命に耳障りなBGMを奏でる殺人ピエロを指さす。
そして言葉を続ける。
「敵の敵は味方になりえるが、その共通の敵がご退場となれば話も変わってくるだろう。言葉のあやってやつだよ」
「そうですか。なら私も少し訂正する事にします。あなたを子供と考えるのは今からやめにします。でないと、危ない気がするので」
そう言い、重心を低くした構えをとるスーツ女。その眼差しは完全に俺を敵と見なしていた。
「はは、大人扱いとは嬉しいな。だが、生憎俺は見た目通り遊びたい盛りなんだ。だから、少しだけ子供のわがままに付き合ってくれよ…それが大人の役目だろ?」




