第42話 テンマvs管理官達(1)
——快が殺人ピエロとスーツ女の追跡に出た頃
テンマは自分を包囲する目の前にいる敵ではなく快に怯えていた。
どうしよう。完全に油断しちゃったよ。だっていきなり人増えるんだもん。そんなの誰だって見入っちゃうじゃん。仕方ないじゃん。あー快ちゃん怒ってるかな。怒ってるよなー。やっぱりお仕置きあるんだろうなー。足止めしろって言われたのに1人逃しちゃったもんなー。しかもリーダーっぽい人。でも、さっき大声で叫んだから多分快ちゃんが追ってるよね?名前言いそうになったのバレてないよね?!あー、でも速い人だったから僕も戦いたかったなー。快ちゃん殺しちゃわないよね。僕にも殺すなって言ってたし。うわーもったいないことしたかもーー。
「おい、さっきのボスってどういうことだ!他に仲間がいるのか!!それともお前と殺人ピエロは仲間なのか!!」
上の空になっていた所にバンテージを巻いた男の声が頭に響き我に戻る。
「あー、仲間ね。いるよ!もう今頃は殺人ピエロの所に向かってるんじゃないかな。因みに殺人ピエロとは初対面だし仲間でもないよ。まぁ、でもあのスーツの女の人はどっちにしろ危ないかもしれないけどね」
軽い調子で言うテンマの言葉にそれぞれ顔を見合わせる政府連中。
「まずいぞ!次長さんが危ない!誰か加勢に向かおう!!」
「いや、まだ話の真偽がわからない以上、下手に動くべきではない。今、迂闊に動くのは却って事態を悪化させかねないぞ。俺たちは次長さんの指示通りこの面の男を抑えよう」
「そうね。とりあえずはこの不審者抑えとけばいいじゃない」
それぞれの意見は出揃うが、バンテージを巻いた男は気に入らないといった様子で他2人の意見に異を唱える。
「それでもし次長さんの身に万が一があったらどうするんだ!!相手は何十人と殺している殺人ピエロに、次長さんが警戒しろと言ったこの面の男がボスと称する程の奴だぞ!!これを危険と言わずして何と言うんだ!」
「小林の主張も分かるが、まずは落ち着いてこの面の男をどうにかしよう。そうしなければ加勢に向かうにしても先刻のように邪魔をされるだけだ」
郷田が興奮した様子のバンテージを巻いた男こと小林を冷静に諭しながらテンマに目を向ける。
「…確かにその通りだ。すまない…少し興奮しすぎた」
「いや、いい。気持ちは分かる」
自分の過ちを認め素直に頭を下げる小林に、郷田は気にしていないと言うように軽く肩を叩いた。
「やっとか、待ちくたびれたよ!」
政府連中の作戦会議の終わりを察したテンマは、その場で跳ねて退屈で固まった身体をほぐし始める。
自分の役目は足止め。本来なら政府連中が話し込んで時間を使う分には待っているだけでいい。だが、それは分かっていてもテンマは早く戦いたくて仕方なかった。
目の前にいるスキル所持者は3人。
話には聞いていても実際に自分と快以外のスキル所持者を目の前にすると、戦う衝動を抑えるのが大変だった。
「殺人ピエロの仲間でないのならお前たちの目的はなんだ!!奴の逃走に手を貸したのは何故だ!!仲間に引き込むためか!!」
こちらを警戒しボクサーのように構えながら再び問答をしようとする小林。
「ハァ…そんなんじゃないって。てか、もう話はいいよ。僕の目的は君達スキル所持者と戦うことだけだからッ!!」
もう我慢の限界だったテンマは話も程々に地面を蹴り小林に先制攻撃を仕掛ける。
「…クッ!?」
「おー避けるんだ!すごいね、君!あっはは!」
全力ではないとは言え、それなりの速度で放たれた拳を避ける小林に素直にテンマは賛辞を送る。
さっきのスーツの女の人を逃しちゃった時もそうだったけど、この人には動きを読まれてたみたいに先回りされたんだよね。
小林が先読みの類のスキルを持っていると判断したテンマは、今度は郷田に狙いを定める。
まずは、スキルの能力を見極めなきゃね。
小林のところから一気に郷田の正面に距離を詰めると、顔目掛けて回し蹴りを放つ。
「ほっ」
「む…!」
郷田はそれを腕を十字にして受け、足の踏ん張りで土を抉りながらなんとか衝撃を受け流す。
「あっはは、君すごい硬いね!」
「なんて、威力だ…」
郷田は痺れた腕を庇いながら、驚いた様子で子供のようにはしゃぐテンマを見る。
「!?…おっとっと…」
そんなはしゃぐテンマに攻撃を仕掛けてきたのは、またも小林。
背後から虚を突くように放たれた拳を寸前で横にズレて躱す。
「おりゃっ!…あれ!」
躱した直後に加減した蹴りを小林の横腹に叩き込むが、どういうわけが当たった感触がない。
「おー、なるほど!幻影だったのか!!」
遅れて女のスキルの能力だったのだと理解するテンマ。その証拠に本物の小林はまださっきの場所に止まっている。
すごいクオリティだな。乱戦の中だと本当に見分けがつかないや。
「今頃わかっても遅いのよ」
——パンッ
テンマが小林の形を模した幻影に蹴りを放った直後。
女の声がした方向から発砲音が鳴り響くが、その弾道上にもうテンマの姿は無かった。
「なんで…!?どこに…!」
確実に仕留めたと思ったのに、何故だか姿の見えない標的。その事実に驚きを隠せない女は、辺りを見渡し狼狽える。
「はぁー、危ない危ない!!あっはは、僕本当に銃弾避けちゃったよ!後で、か……ボスに自慢しよーっと!!」
そして、テンマが飄々と姿を現したのは、3人から10メートル程距離を取った地点。
『………』
一度の短い戦闘で感じる明らかな格の違い。3人は面の男に対する警戒度を改めて引き上げた。
しかし、テンマは緊張感を露にする3人とは裏腹に淡々とした感じで話し始める。
「んー、そこの小林って人のスキルは先読み系の能力だね。僕の動きを予測というよりは予め分かってるって感じの動き方だ。それにさっきも視えてるとかなんとか言ってたし、多分、発動した数秒先の未来が視えるとかかな。もっと先のものが視えているなら、殺人ピエロを逃す未来を事前に察知できてた筈だしね」
テンマは一息ついた後、他2人のスキルの予想も続けて話す。
「郷田って人のスキルは、まだ良くわかんないってのが正直な所だけど、多分自分の肉体を強化する系統の能力だよね。ものすごい頑丈だったし、蹴った感触も鉄みたいに硬かった。んー、それでいうと身体を硬化させる感じ?…それで、女の人のスキルは、何かを強化するってよりは作り出す系だよね。拳銃で攻撃をしてきたあたりを考えると、幻影には実体を持たせることはできないのかな」
『………』
テンマから明け透けに語られる自分達のスキル。
戦闘中に隠すつもりもなかったが、この短い時間の中でここまでスキルの概要を悟られるとは思わず、堪らず黙ってしまう。
「ありゃ、その感じ…もしかして僕の予想、結構当たってた?あはは、僕も結構賢くなったな〜。これもボスとの特訓のおかげかな!」
誇らしげに胸を張るテンマの反応を見て、遅れて自分達の失態に気がつく3人。
今のは平静を装うべきだった。
「ック…お前は何者だ…お前も能力者なんだろ!!」
3人掛りで有利な筈なのに終始翻弄されていることが悔しいのか、小林は声を荒げてテンマを睨む。
しかし、それをテンマはまたも軽い調子で…はなくご機嫌な調子で返す。
「…ふふふっ…待ってたよその言葉…僕が何者かだって?…いいよ、教えてあげる」
突然、劇中のかませ悪役のような語り口調で話すテンマの言葉の続きを、3人は固唾を飲んで見守る。
「君達がスキル所持者のことを能力者と呼称するのなら僕もそれに合わせて名乗る事としよう。僕達の組織名は…鬼灯。言うなれば、能力者との戦闘を旨とする対能力者集団だよ」
「ほ、鬼灯…そんな組織が…」
郷田は額に汗を滲ませながらテンマの言葉を繰り返す。
「その…お前のさっき言ってたボスってのは、その鬼灯って組織のボスって事で間違いないか?」
漠然と殺人ピエロが逃げた方向を見つめながら話す小林。
スーツ女の事が心配なのか、それともそのボスがこの場に来ない事を祈っているのか…
「うん、そーだよ」
その言葉にテンマは隠すそぶりも見せずに頷いた。
「そうか…お前より…やはり強いのか…?」
「あははははははははっ」
真剣な面持ちでバカな質問をしてくる小林にテンマは笑いを抑えることができなかった。
しかし、政府連中の顔はその笑いを見て一層緊張感に染まる。
「ハァー…言い辛そうに何を聞いてくるのかと思えばそんな事か…そんなのボスなんだから当たり前じゃん。あー…いや、もしかして漫画とかでよくあるカリスマ溢れる非能力者が牽引する組織を期待してた?」
「…クッ!」
図星だったのか小林は小さく歯噛みして俯く。
「あははっ。その感じ図星だね。でも、残念。僕の所のボスは紛れもなく強さでその座を勝ち取った人だよ。まぁ、カリスマもない訳ではないけどね……戦っている相手が僕でよかったね。ボスだったら今の攻防で腕の一本や二本失くなってるよ」
『………』
3人の能力者を相手取るだけでなく、翻弄することが出来るこの強者が、自分より強いと迷いなく豪語するほどの人物。
その存在を想像し、3人は今初めて明確に死を意識した。
危険な事に足を踏み入れている自覚はあった。しかし、不思議な能力を突然手にした影響かどこかゲーム感覚のようなところもきっとあった。
それを、今更になって自覚した。
今やっているのはゲームではなく現実の殺し合い。
この場においては、後悔よりも恐怖という感情が先行して湧き上がる。
もし目の前の面の男が本気を出していたら今頃…嫌な想像が脳裏をチラつく。
既に3人がかりでも勝つイメージは沸かなかった。
「あ、あんたも政府の管理下に入ったらどう…?給料もいいわよ。あたし達もあんた程強い人がいると心強いんだけど…」
近く感じる死の恐怖からか震える声でそんな提案をする女。これ以上の戦闘を望まないという意思表示なのか既にスキルも解除してあり、今まで包囲するようにいた多数の人影も消えていた。
「そうだな…そのボスって人も一緒にどうだ。お前達は殺人ピエロの仲間じゃないんだろ?なら、まだ間に合う」
「うむ、俺も異論はない」
無意識か、本能か…あれほど敵意を剥き出しにしていたのに、女に便乗するように頷く小林と郷田。
「あはは。冗談よしてよ」
——ゾクッ
3人の背に嫌な汗が滑り落ちる。
声色も口調も変わらない。
しかし、雰囲気が変だ。
夏特有の生暖かい風が吹くが、それがやけに嫌な汗をかかせる。
「まだ、始まったばかりでしょ?」
そう言う鬼の面の男は、やけに楽しげだった。
しかし、3人にはそれが面ではなく、鬼そのものに見えて仕方がなかった。




