第39話 殺人ピエロ
殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。
いっぱい殺せた。
高鳴る鼓動とは裏腹に平静を装いながら、カフェでの注文を済ませる。
「アイスコーヒーを一つ、ショートサイズで」
「は…は、はい!ただいま!!」
女の店員が暫し呆然とした後に、慌てたようにコーヒーを作りに行く。
この反応にも随分慣れた。
これまでの人生では一度たりともされなかった反応。
「お待たせしました!あ、あの!こ、これ良かったら!サービスです!」
「ありがとう…頂きます」
顔を赤くした店員からコーヒーと頼んでもいないスコーンを受け取ると、外の景色の見える席に着いて一息つく。
「ふぅ…」
冷たいコーヒーを口にすると、熱を帯びた身体が冷えていくのを感じた。
でも、心臓の音はまだうるさい。
——速報!殺人ピエロ再来!被害甚大!
スマホでニュースを開くと、自分がついさっき起こした事がもうニュースとして取り上げられていた。
「また殺人ピエロだって〜」
「こわすぎ」
「てか、これめっちゃ近くね?」
周りの客も皆、現場からそう離れて居ないからかその話題で盛り上がっている。
まさに時の人。世界の主人公だ。
でも、ここにその犯人が居るというのに誰も気が付いて居ない。それどころか呑気にお喋りを楽しんでいる。危機感の欠如が過ぎる。
そのバカさ具合に口元がだらしなく緩むが、それをすかさず引き締める。まだ気を緩めるのは早い。
気が付かないのも無理はない。僕は選ばれた人間だ。そう心に何度も言い聞かせ、高笑いしそうになる衝動をなんとか抑える。
窓にうっすらと反射する自分の顔…ではない見慣れない顔。
髪、目、鼻、口、輪郭、肌。
そのどれを取っても自分の元の顔のパーツとは似ても似つかない。それくらいかけ離れている。
これがどこの誰の姿なのかは知らない。
年齢は若そうだから学生か、それとも童顔の社会人か。確か、電車かなんかで見かけた人だったように思う。乗客から変に注目を集めていたのを覚えている。
整った容姿だ。凄く整った容姿。きっとこれまでの人生を楽して生きてきたに違いない。
このサービスのスコーンを見るだけでもそれがよくわかる。本来対価を払うべきなのに、それを支払わずに得をしている。
こんなことは許されない。
生きているだけで慕われる者がいる一方で、生きているだけで疎まれる者がいる不平等。
これが今の時代だ。
武力のような生物としての直接的な強さではなく、容姿のように他人へ与える影響力、間接的な強さが絶大な力を持つ。
容姿が優れていれば生き易い、劣っていれば生き辛い。これが現実。容姿によって世間の対応というのは簡単に変わる。
残酷な世の中だ。生まれた時点で生涯の幸福度が決定付けられる。
不平等。不平等。不平等。不平等。不平等。不平等。不平等。不平等。不平等。不平等。不平等。不平等。不平等。不平等。不平等。不平等。不平等。不平等。不平等。不平等。不平等。不平等。不平等。不平等。不平等。不平等。不平等。不平等。不平等。不平等。不平等。不平等。不平等。不平等。不平等。不平等。不平等。不平等。不平等。不平等。不平等。不平等。不平等。不平等。不平等。不平等。不平等。不平等。不平等。不平等。不平等。不平等。不平等。不平等。不平等。不平等。不平等。不平等。不平等。不平等。不平等。
だから殺した。
恵まれない者の代わりに粛清した。
僕は選ばれたから。神の力を手にしたから。
可能性に満ち溢れた若者。容姿の整った者。高価な物を身に付けた者。
幸せそうにしている奴や恵まれてそうな奴は片っ端から殺した。殺してあげた。
みんなの為に。
だから捕まらない。捕まってはならない。
そもそも捕まる訳が無い。
自分ですら気を抜くとその変貌具合に驚いてしまいそうになるのに、他の誰かに特定出来るはずがない。
そう頭ではよく理解している。
理解しているのに…何故だかいつまで経っても体の緊張感が抜けない。
前回は大丈夫だった。
1人だけのつもりが盛り上がって23人も殺してしまったが、捕まるどころか警察すら殺して逃げ延びた。
今回に至っては更に多くを殺した。期待されたから。みんなが凄いって讃えるから。
刺して、刺して、刺して…いっぱい殺した。
でも、血も入念に流したし、凶器も隠したし、警察にも追われていないし、ちゃんと姿も変えたし、捜査の裏をかく為にわざわざ現場の近くでお茶までしている。
誰もまさか犯人がカフェにいるなんて思わない。実際周囲には気が付かれていない。サービスまでされた。
だから、後はここでお茶をして帰るだけ。
それで、今回も終わり。
そのはず。そのはずなのに。
心臓の音がうるさい。
スコーンを食べても味がしない。
はじめは殺人による高揚感が収まらないのかと思ったけどこれは違う。
高揚感ではなく焦燥感。
絶対に無いはずなの捕まるかもしれないという不安が募っていく。汗が止まらない。
得体の知れない胸騒ぎがする。
——カァーカァー!!!
窓ガラス越しに微かに聞こえてくるカラスの鳴き声。何故だが異常に鳴いているように感じる。
その声に注意を向けると、一羽のカラスと目が合う。
——クイッ
こちらを凝視しながら首を傾げるカラス。
気味が悪い。
どうやら僕は神経質になっているみたいだ。
カラスが鳴いて、首を傾げただけ。
ただ、それだけの事なのに堪らなく不吉なものに感じる。
帰った方が良い。今すぐ帰ろう。
もう十分、時間は稼げた。
そう思い、食べかけのスコーンと飲みかけのコーヒーをトレーに載せて席を立つ。
「あ、私が片付けますよ!」
下げ台の側までくると、さっきの女の店員が声を掛けてきた。
「!?…どうも」
急な声掛けに驚きながらも、短くお辞儀をしてその場を立ち去る。
やはり神経質になっている。
こんな事で驚いてしまった。
「あ、あの!スコーンお口に合いませんでしたか?」
「いえ、急用が入ったので。味は美味しかったのでまた来ます」
「は、はい!お待ちしています!」
店を出る直前、面倒臭い女の店員に再び絡まれるが、それを心急ぐのを抑え軽くかわして足早に店を出る。
——カァーカァー!!!
依然鳴いているカラス。心なしか数も増えているような気がする。きっと気のせい。カラスなんてどこにでもいる。
でも、その鳴き声がやけに嫌な予感を増幅させる。
「大丈夫。大丈夫。僕は大丈夫」
そう、自分を落ち着かせながら道を急ぐ。




