第38話 組織名
捜索隊からの報告を受けた直後、俺とテンマは家を飛び出し現場へと向かっていた。
既に、全国各地へと放っていた他のクロウズも、殺人ピエロが事を起こしたと思われる場所へと向け捜索隊によって放たれている。
これで、殺人ピエロを追跡中のカラスとの連携も幾分とりやすくなるだろう。潜伏地を割り出すのも時間の問題だ。
「快ちゃん!今、スマホで確認したらまた殺人ピエロが現れたってネットニュースでもやってるよ!やっぱり快ちゃんの言っていた通り、既に逃亡済みだって!場所も今向かってる方向で間違いないっぽい!!」
「そうか、早い段階で情報の確証が取れたのは大きい。急ぐぞ」
「うん!!」
快とテンマは走る速度を一段階上げる。
県を幾つも跨ぐ程の距離なら公共交通機関で移動する方が今の俺達より早く到着するだろう。
だが、幸い今回犯行現場となったのはそこまで遠方ではない。これなら、自分達の脚で向かった方が何かと小回りも利いてメリットが多い。
テンマの風を惜しみなく使えば新幹線よりも早く移動する事も可能だろうが、それをやるにしてはまだテンマのマナの総量が心許ない。
「…」
横目で並走するテンマを確認し、俺は内心落胆していた。
あわよくば置き去りにしていこうと思っていたが、どうやらそうもいかないみたいだ。
テンマも肉体を強化しているとはいえ、その強化度合いは暇さえあれば肉体破壊をしている俺よりは遥かに劣る。
だが、今のテンマは特に苦しそうにする訳でもなく、素の身体能力的に劣っていながら俺のスピードにも遅れる事なくついて来ている。
やはり風は使い勝手が良過ぎる。
どういうカラクリかと思えばテンマは、踏み込む一瞬に足場に風塊を作り出す事で、マナの消費を最小限に抑えながら、一歩に進む距離を大幅に伸ばしているみたいだ。
これは戦闘時にも使っていた技法だが、この分なら余裕で目的地まで着いてきてしまうだろう。
楽しみは減るが仕方ない。置き去りにできないのなら利用する方向に切り替えよう。
今回の作戦の中での俺の優先順位は既に固まっている。
「テンマ」
「なに?快ちゃん」
「お前は殺人ピエロに手を出すな」
「え、やだ」
即答か。まぁ、ここまでは予想の範囲内だ。
「まぁ、聞け」
「やだやだ!絶対やだ!」
「聞け」
「やーだーやーだー、やだやだ、僕も戦う〜」
続きは聞きたくないとばかりに耳を塞いで、テンマは自分の主張ばかりを叫び散らかす。
気持ちは察せでもないが、こう駄々を捏ねられると殺したくなってくる。
「殺人ピエロの前に殺されたくなければまずは俺の話を聞け。別にお前から楽しみを取り上げようって訳じゃない」
「ほんと?」
「あぁ、むしろ場合によっては殺人ピエロよりも楽しめる。本来なら俺がやりたいくらいの提案だ」
「…」
話の続きを聞いてみないと判断できないのか、テンマは黙って話に耳を傾ける。
今回の一件に関して準備にすら参加していない奴には、本来なら是非もないがまぁいい。
俺の目的の為にもプレゼンしてやる。それに、コイツがいた方が何かと出来ることが増えるのも事実だ。
「俺の予想だと殺人ピエロの戦闘力は大した事ない。あくまで推定だが純粋な戦闘力では銀次よりも低いか、おまけしても同じくらいだろう」
「え、そんなに弱いの?」
「その反応は銀次がいたら些か傷付きそうだが、まぁ、そうだな。俺達にとっては雑魚も雑魚のゴミ屑だ」
幾ら銀次が元から喧嘩慣れしているとはいえ、スキル所持者との力の差は歴然だ。こういった評価になるのも仕方ない。
最近は時間を見つけて肉体の強化もしているが、それもまだ日が浅く十分な効果は出ていない。
ゆくゆくはスキルを所持していなくとも、スキル所持者と渡り合う…なんて未来がくるかも知れないが、それも来るとしてもまだまだ先の話だろう。
「殺人ピエロが何人も殺せているのは、相手が半端な暴力にもビビり散らかす一般人だったのと、スキルという不可思議な力の存在を知らないというデカ過ぎるアドバンテージがあったからだ。決して奴の戦闘力が優れていた訳ではない」
これは俺の推測が多分に含まれているが、きっとそう的外れというわけでは無いはずだ。
事実、俺やテンマなら殺人ピエロと同じ時間でその場にいた全員を殺せる。
「えーー、じゃあ、殺人ピエロはスキルを持ってるのに不意打ちでしか人を殺せない雑魚って事?」
「あぁ。スキルを持っているといってもその能力は様々だ。誰しもお前のように攻撃にも移動手段にも、ましてや日常生活においても役立つような汎用性の高い能力を獲得している訳じゃない」
実際、俺の推測通り獲得するスキルが意思を反映しないのであれば、俺やテンマは単に運が良かっただけだ。等級があるとはいえ、その能力の良し悪しはピンキリだろう。
それで言えば、俺の治癒は戦闘に関しては使い手を選ぶからともかく、テンマの風に関しては誰が持ってもそれなりの効力を発揮する大当たりの部類といえる。
「…なんか急にやる気なくなってきたー。なんでそんな奴に快ちゃんは夢中なの?」
「夢中か…まぁ、言いようによってはそうかもな。今回に限っては戦闘よりも優先するべき事があるだけだ」
「え、あの戦闘狂の快ちゃんが戦闘より優先することってなに?まさか、正義感ってわけじゃないよね?!」
「それは、お前にだけは言われたくない…が、まぁいい。俺が殺人ピエロにこだわる理由は人間の実験サンプルが手に入るからだ。死んでも良いスキル所持者のサンプルなんて貴重だし色々試せそうだろ」
「あー…なるほど。さすが快ちゃん」
テンマは引き攣った笑いを浮かべた後、さっきまでの表情とは違った落ち着いた表情になった。
恐らく、期待値が上がって興奮していた所に冷水をかけられ冷静になったのだろう。いや、興味を失ったの方が正しい表現か。
やはりコイツの根本も戦闘狂だな。
「分かったよ。快ちゃんの言う通り僕は殺人ピエロには手を出さない。それで何をやれば良いの?見張りでもやってれば良い?」
「まぁ、近い事だ。足止めしろ」
「え…誰を?」
「殺人ピエロを追跡しているであろう政府の奴等をだ」
俺が思うに一番初めにスキルを獲得した者が出たのが今から約一年前。
政府の関係者であろう奴等が溢した厄介な力という単語を聞いたのも同じくらいの時だから信憑性は高い。
普通に考えて、それだけの時間がありながらスキル所持者に対する機関が出来ていない筈がないだろう。
どんな無能でも、いずれこんな問題が起きる事はスキルの存在を知っている者なら誰だって予測できる。
そして、今回殺人ピエロが事を起こしたのは恐れ知らずにも都内近郊だ。それならまず間違いなく政府の奴等は出動する。
それを考えると俺達が今日そいつらと接触する可能性は極めて高い。
「そいつ等を俺にというより、殺人ピエロをまともに追わせないように足止めしろ。それがお前の役割だ」
「えぇー、何その超展開。めちゃめちゃ上がる展開じゃん!前にちらっと政府云々の話は聞いてたけどもうそんな段階まできてるの?!てか、これ政府と敵対するってこと?!僕達悪役??敵対組織?!なにそれかっこいい!!」
興味の対象が完全に殺人ピエロから政府に移ったのか、あからさまにテンションを上げるテンマ。
「興奮するのも結構だが、やるのか、やらないのかはっきりしろ」
「やるよ!やるやる!でも、足止めって具体的にはどうすればいいの?僕、今なら拳銃で狙われたって当たらない自信あるし…多分、簡単に殺せるよ?」
覚悟の決まった目をしながら首を傾げるテンマ。俺の言葉次第でいつでも行動に移せるという強い意志を感じる。
確かに、マナの総量にも余裕の出てきた今のテンマなら足止めくらい容易だろう。
だが、俺も相手がスキル非所持者だったならわざわざ足止めなんて言い方はしない。
「無力化が簡単ならそれに越した事はない。俺が足止めと表現したのは、今回ばかりは相手がスキルを所持している可能性があるからだ」
俺やテンマが戦い慣れてるとはいっても、スキルには相性というものがある。どうなるかは接敵するまで分からない。
「え、え、それって今向かってる場所に殺人ピエロ以外にもスキル所持者が居るかもしれないってこと?!それも政府の追手の中に?!」
テンマの中で急激に期待値が上がっているのを、ひしひしと感じる。
ここでいない可能性も十分にあると正直に伝えるのは簡単だが、モチベーションの為にもここは少しだけ盛って話をしよう。
実際、俺にも半々で分からないってのが正直なところだ。
「あぁ。特殊なスキルには銃火器だけでは対応できない場合も有るだろうからな。それを考えると、政府が管理下にあるスキル所持者を投入してくる可能性は大いにある」
「あははっ!!!確かに楽しそうだねその役目!わかった!!この親友の僕にドンと任せてよ!!!誰一人快ちゃんの邪魔はさせないから!!!」
全く調子のいいやつだ。
毎回これだけ扱いやすければ言う事なしなんだが、それは望み過ぎというものだろう。
まぁ、これで大体の情報共有兼説得は済んだか…いや、まだ言っておかなくちゃいけないことがあったな。このままだとコイツはやり過ぎる可能性がある。
喜びの表れなのか蛇行しながら走るテンマに近寄ると、首根っこを掴んで落ち着かせる。
「本番の前に無駄な体力を使うな。それと、お前に追加注文があるからよく聞け。因みにこれは絶対厳守だ」
「あはは、ごめん!それで追加注文って?」
「相手がスキル所持者だった場合、戦うのは良いが絶対殺すな。あと今後、戦闘に復帰できない程の重傷を負わせるのも無しだ。それ以外の事なら別に素性さえバレなければなんでも好きにして良い」
「それは別に良いけど何で生かすの?快ちゃんなら、反乱分子は迷わず殺せ!とか言うかと思ったよ」
確かに、それは俺が言いかねない言葉だ。だが今回ばかりはそれでは俺が困る。
「そんなの決まってるだろ。お前が殺しちゃったら俺が今後戦えないだろ」
「あっはは。なるほどね!了解!僕もその方が楽しめそうだから賛成だよ!」
「それと、念のため言っておくが、どんなに雑魚でも生かしとけよ?今は雑魚でも今後強くなっていくかもしれないからな。なんなら、なるべく痛めつけて復讐心を煽っておけ」
「なるほどなるほど。僕達はさながら勇者を成長させる魔王軍的な…いや、それは殺人ピエロみたいな犯罪者達か。んーー…第三勢力的な組織ね!!」
俺の言葉にぶつぶつと意味のわからない設定を語り出すテンマ。
なんだか話が逸れているような気もするが、内容が伝わってるなら何でもいいか。
いや、やっぱり確認しておこう。
「おい、お前のやる事はなんだ。簡潔に言ってみろ」
「追手の足止め!相手がスキル所持者の場合は、殺さないし、重傷も負わせない。それ以外なら素性がバレなければ何してもいい!分かってるから大丈夫だって!!」
どうやら問題ないようだな。
いや、問題あったな。
不覚にもテンマの言葉で、俺は既に重大なミスを犯している事に気が付いた。
というのも…今のままじゃ素性が丸分かりだ。
連絡があって直ぐに飛び出してきた手前、姿を隠したりするものを何も持ち合わせていない。
これはマズイ。今はまだ人気の少ない道を選ぶ事で注目を浴びていないが、目的地となるのは繁華街も繁華街。
このままだと今まで暗躍していたのが、馬鹿らしくなるほど簡単に身バレしてしまう。
「おい、テンマ。至急なにか顔を隠すものを探せ」
「うわぁ!!そうじゃん!僕たち変装してないじゃん!ちょっと待ってね…」
テンマは進行方向にある電柱の先へとスピードを落とさずに一気に飛び乗ると、首を振り辺りを見渡す。
「お!いいの発見!快ちゃん、ちょっと先行ってて!すぐ追いつくから!」
そう言い残し、テンマは進行方向から横に少し外れていく。
——じゃーーーん!!
テンマが追いついてくるとその手には二つのお面が持たれていた。
「近くでお祭りの準備やってたから、そこで風でちょちょいと頂いてきたよ!!」
「そうか…。俺はいいからそれはお前で使え」
「なに言ってるの!僕が快ちゃんの分を忘れてくるはずがないでしょ!ちゃーんと貰ってきたよ!…はい!」
強引に手渡される面。
「デザインもう少しなんとかならなかったのか?俺は最悪マスクと帽子があればよかったんだが…」
「えーー、なんでよ!鬼のお面って僕達には丁度良いじゃん!快ちゃんも鬼って噂された時あったんでしょ?」
鬼…まさか餓鬼道会と掛けてるのか?
だっs…言わなくてもいいか。
「どうも…ありがたく使わせてもらう」
「いえいえ!どういたしまして!」
ご満悦そうな顔を浮かべるテンマ。
2人して鬼の面をして疾走。
側から見たら不審者過ぎるな。
まぁ、俺だと認識できないようにする為のものだしな。顔が隠せれば何でもいい。恥ずかしくない恥ずかしくない。
「あ!そういえば快ちゃん!さっき思い出したんだけど、僕達はもう一つ大事な事を忘れていたよ!」
「大事な事だと?なんだそれは。この俺が二つも大事な事を忘れるなんて考えられないが…」
俺の考え込む態度を見て、テンマはぶん殴りたくなるようなニヤニヤとした顔を浮かべて口を開いた。
「それはね!組織名を考えていない事だよ!!」
「は?」
は?
「組織名だよ!組織名!アニメや漫画でも敵対組織にはかっこいい名前がついてるでしょ!今回はいわば政府に対してのお披露目の場な訳だから、絶対必要でしょ!!」
「必要ない。なんで素性を隠そうとしているのに売名行為をしなきゃいけないんだ」
「いや必要だって!絶対、政府連中を足止めした時に聞かれるもん!「お前…何者だ!」って!そこで言い淀んだらカッコ悪いじゃん!!」
どんな大事な事を忘れてるかと思えば、こんな下らない事とは…脳を無駄に使ってしまった気がする。
俺がキッパリと否定した為か、テンマが目を細めて見つめてくる。
「……いいの?」
「何がだ」
「僕が組織名考えて。政府の人達からしたら僕と同じお面をしている快ちゃんは仲間だって思われる訳だけど…僕こういう名付けとか苦手だから餓鬼道会とカラーズを合わせて、餓鬼カラ会とか名乗っちゃうけどいいの?」
「…」
突然の強力過ぎる脅しに俺は言葉が出てこなかった。
餓鬼カラ会?…なんだその、アニメの略称ミスみたいな名前は…いくらなんでもダサ過ぎるだろ。それに、それじゃあ素性も隠せてないだろ。
そこの組織の仲間だと思われる…だと。
控えめに言って嫌過ぎる。
「分かった…俺が考える」
「あっはは!そうこなくちゃ!ついでに、この際統合もしちゃおうよ!今回の件で餓鬼道会のメンバーもみんな快ちゃんの事認めてたもん。いい機会だよ!」
「それは構わん。だが、スキルの事も含めて、組織名も主要メンバー以外には俺が良いと言うまで秘匿しろ。それが出来ないなら、名付けもしない」
「はいはい!分かってるって!じゃあ、考えて考えて!!カッコいいやつね!やっぱり鬼って文字は欲しいかな!!」
クソ…他人事だと思って、リクエストだけは一丁前にしやがって。
だが、これは俺の所属する組織名ともなるんだ。そう考えると良い加減には付けられん。
だからと言って、鬼という文字を抜けばテンマが騒ぐだろう…めんどくせー。
鬼…鬼…鬼…思考を深く巡らせ、頭の中にある単語を繋ぎ合わせる。
ダサくなくて、かといってキザ過ぎない丁度良い塩梅の名前。
「出来たぞ」
「おーーー!遂に!何々!教えて!僕達の新しい組織名は…??」
期待に満ちた瞳で見つめてくるテンマに対し、本当にこれで良いのかと口にする直前になり逡巡する。
しかし、引っ張りすぎてもなんだと、そこで考えるのをやめ勢いに任せて呟いた。
「…鬼灯」




