第37話 犯人の行方
「おっじゃましまーす!!」
玄関の方からウザいほど鮮明に聞こえてくるその声に、快は露骨に眉を顰めた。
——ガチャッ
そして、幾許の猶予もなく開け放たられる自室のドア。3階だというのにやたらと来るのが早い。
「快ちゃーん!今日も来たよ!」
姿を現したのは案の定のこと六道テンマ。
俺がカラーズ及び餓鬼道会メンバーに、殺人ピエロの捜索命令を下してから数日。
テンマは、当初の目論見通り餓鬼道会のメンバーから報告を受けたらしく、ここのところはずっと勉強もそっちのけで俺の元へと足を運んでいた。
どうやら、コイツも俺と同様に余程スキル所持者との接触を逃したくないらしい。
「お前の言うとおりお邪魔だ。帰れ」
「やーだよっと!!」
入室して早々、テンマは俺の言葉に耳を貸す事もなくベッドへと飛び乗った。
「はーー、極楽極楽」
そして、ベッドの上で大の字になり自分の家かのように露骨に寛ぎ始める。
「……」
部屋の主人の断りもなく勝手に入室するだけに止まらず、外からの汚い格好のまま俺の寝床へと上がるとは…日に日に遠慮がなくなってるとは思ってはいたが、流石にこればかりは見過ごせない。
「どうやら余程死にたいらしいな」
「え、え、なんで?!」
テンマは訳が分からないといった感じで、あわあわとベッドの上で狼狽える。
「なんでだと?お前のその強化された脳みそでしっかり考えてみろ。5秒だけ猶予をくれてやる…5…4…」
「あ、え、え、えーっと……」
「3…」
「ちょっと…まってね…ちょっと…」
時間切れになるとどうなるかはよく想像できているのか、頭を抱えながら必死になって考える。
「ご、5秒延長して!お願い絶対わかるから」
「2…1」
「うわぁーーー…ああっ!快ちゃんのベッドに僕が勝手に乗ったからだ!」
テンマは問答無用のカウントダウンにさらに頭を抱えるが、時間切れスレスレになんとか正解を言い当てる。
「ほー、どうやら宝の持ち腐れにはなってなかったらしいな」
「へへっ!まぁね!ちゃんと一度言われた事は覚えてるよ!勉強でも最近は暗記科目で苦戦する事は殆どなくなったんだ!」
俺が褒めたと勘違いしたのか、テンマは自慢気に胸を張って答えた。
うん、どうやら記憶力は上がっても状況判断はまだまだらしい。やはり元の性格が起因しているのか、脳の性能が上がってもどこか抜けている。
「それは良かった。では、なんでベッドに上がっては行けないのかもしっかり覚えてるよな?」
「……えーっと…洗濯して来ましょうか?」
テンマは冷や汗をダラダラと流して答えた。
「ようやく今の状況を把握したか。なら選べ、今すぐ俺の殺人の礎となるか、今すぐ布団を洗濯してくるか」
「行ってきます!!!」
そうして、テンマは来た時以上のスピードで布団を抱え部屋から出ていく。
俺としてはこのまま帰って来なくても良いのだが、殺人ピエロという興味の対象が居る限り、テンマは無限に俺に張り付くだろう。着いてくるなと言ってもどうせ聞かないだろうしな。
今のテンマが居ない隙に、全国に放った捜索隊から連絡でも入れば、テンマを出し抜き殺人ピエロや政府関係者との異能バトル展開を独り占めする事もできるのだが…それもそんな都合よくは行かない。
全く、殺人ピエロも使えん奴だ。こちらのタイミングくらい見計らって事を起こせってんだ。
——ただいま〜
テンマが思ったよりも早く洗濯した布団を抱え戻ってきた。きっとスキルを使い、ドライヤーの如く乾かしてきたのだろう。相変わらず便利な能力だ。
特に疲れている様子も見られ無いことから、大分マナの総量にも余裕が出てきた事が分かる。
この分なら、俺との手合わせを休んでいた間もしっかりとマナの枯渇による器の拡張を続けていたらしい。
「ほー、少しは学習したようだな。まさか、シャワーまで済ませて来るとは思わなかった」
テンマの薄いピンク色の髪が濡れていることからそのことが良くわかる。
「はい!服も洗濯済みです!だから、ベッドに上がってもよろしいでしょうか!!」
「人様の家で些か自由に過ごし過ぎだとは思うが、その殊勝な態度に免じて許してやる。勝手にしろ」
「ありがとうございます!…わーい!!」
そうしてテンマは再びベッドへダイブする。
言動がまんまガキだな。コイツを見てると教師なんかより小学校にでも転入した方が余程現実的に思えてくる。
まぁ、勉強の成果は一応出ているようだから、大学合格も現実的な範囲には入っているのだろうが…どうもギャップがあり過ぎるな。
「てかお前、うちの親にはなんて言って毎回家に上がってるんだ?」
幾ら顔見知りとはいえついこの前までは他人だったんだ。流石に無断って事は無いだろうが、連日の訪問にはそれ相応の理由が必要だろう。
「いや、特になにも!今日なんかは顔パスだったよ!挨拶したら、いらっしゃい〜って!」
「…」
呆れた。
我が物顔でシャワーや洗濯機を使うくらいだから、余程都合の良い理由を述べたのかと思えば、まさか顔パスで通れるほどうちの警備が緩いとは…いや、緩いのはうちの両親の頭か。
警備強化の為に猟犬でも飼うか?
このままだとその内、俺が帰宅するより先にこの家に居座ってたりしそうだもんな。
これ以上外堀を埋められる前に何か対策を考えなければ、本当に俺のプライバシーが無くなってしまう。もう暫くは仕方ないとしても、度を超えたら真っ先に然るべきところに連絡しよう。
ここは俺の家でもあるんだ。不法侵入として通報する権利くらいは十分あるだろう。
親友を豚箱にぶち込むのはいささか良心の呵責に苛まれるが、そこは厳しい優しさということで理解してもらおう。きっと理解してくれるはずだ。なんせ親友なのだから。
「よっと!」
俺が家の警備及び親友の行動に対する適当な罪状を考えていると、寝転んでいたテンマが唐突に体を起こした。
「ねー、快ちゃん!もう少しかな?」
はじまった…
俺は、ベッドに上がったテンマから早々に発せられた言葉に一瞬でうんざりし、正常なはずな頭が途端に痛くなるのを感じた。
「まだかなー」
「…」
「僕的にはもう少しだと思うんだけどな〜。それで、何か報告はあった?」
「…」
「ねぇ、ねぇ!快ちゃんってばー!」
「うるさいな、そんな催促したって状況は何も変わらん。ちょっとは大人しく待ってろ」
催促というのは言うまでもなく殺人ピエロの件だ。
テンマはここに足を運ぶようになってからというもの、逐一状況の進捗を確認してくる。それはもうしつこいぐらいに。
スキル所持者の出現が嬉しいのは理解できるが、そのしつこさはさながら遠出をした時に目的地までの到着時間を頻繁に問う子供のようだ。今のテンマの姿は校外学習の時の鶏を彷彿とさせる。
「いやー、だって楽しみなんだもん!」
テンマはベッドの上で胡座をかき、ヘラヘラとした笑みを浮かべて答えた。未だ高揚しているのか妙にテンションが高い。
「それはもう十分伝わっている。だが、だからと言って俺の耳元で騒いでいい理由にはならない。この部屋に留まり俺と共にいち早く殺人ピエロの件に首を突っ込みたいのならこれ以上無駄な催促はするな。今度騒いだら喉を潰すぞ」
「あはは、分かったよー。ごめんね。大人しくしまーす!」
「念の為言っておくが、これは冗談じゃ無いからな?忠告はしたからうっかり首が失くなっても文句は受け付けないぞ。もっともその状態で文句が言えるのかは甚だ疑問だがな」
「分かってます…」
少しは冷静になったのかテンマは喉元を守るようにして抑えて頷く。
これで言うことを聞いてくれれば苦労しないのだが、この態度も少しの間だけしか保たないのがテンマや鶏の厄介な所だ。今は大人しくても自分の好奇心が勝れば途端にうるさくなる。
行動力があると言えば聞こえはいいが、周りの人間からしてみれば面倒臭いこと極まりない。テンマと鶏を一緒にしてはいけないのは間違い無いだろう。その状況を想像するだけで頭が痛くなる。
思考を別の事に向けよう。このままでは本当に頭が痛くなる。
——殺人ピエロの行方未だ掴めず
パソコンに目を遣りニュース記事やグループチャットを確認してみるも、そこにあるのは昨日更新されたものと変わらず進展はないという内容のみ。
警察にしろ、俺の捜索隊にしろ大分苦戦しているらしい。
繁華街での無差別殺傷事件から既に一週間以上。殺人ピエロがあれから活動したらしき形跡は特に発見できていない。
まぁ、殺人ピエロの素性が分からない以上、後出しジャンケンになるのは元より確定なのだから仕方がない。とはいえ、ここまで事が起こらないとなると流石に別の考えも浮かんでくる。
想定とは違い意外と小心者だったのだろうか。
俺が推察した殺人ピエロの人間性はイカれた快楽殺人鬼だった。だがその根本が間違っていたとするのならこれは結構まずい。
このまま殺人ピエロが姿を眩ました場合、俺ないし政府関係者がコイツを見つけ出す可能性は限りなくゼロに近い。それほどコイツのスキルは逃亡に特化している。
「このまま完全犯罪…なんてこともあり得るな」
「えぇーーーー!それじゃ困るよ!楽しみにしてたのに!!」
「お前は黙ってろ」
「…はい」
早速騒ぎ出すテンマに喉元を指差し直ぐに黙らせると、俺は再び思考に耽ける。
完全犯罪とは本来複雑なトリックや事前準備があった上で初めて成り立つものだ。
しかし、今回の犯行は杜撰そのもの。
スキルの力でそんな小細工などせずに無理矢理成立させている。いや、成立してしまっているのか。
その為、その行動理念がイマイチ特定できない。
殺人ピエロはこの事件を自発的に引き起こしたのか、それとも本人ですら予定外の突発的におきた事象なのか。
この根本が分からなければ、殺人ピエロの今後の動きの予測は立てられない。
殺人を楽しんでいるのか、いないのか。
楽しんでいるのなら今行動に移さない理由はなにか?怪我でもしているのか?
理性的なのか、感情的なのか?
あの事件は感情の制御が出来ずに、突発的に起きたものなのか、計画的にか。
様々な考えが巡るが明確な答えは依然分からない。単に、俺が把握出来ていないか、次に備えているという可能性もある。
「それとも、本当に事の深刻さに気がついて怖気付いている?既に23人も殺しておいて今更?………いや、やめよう」
かぶりを振り自身の考えを一度振り払う。
なまじ脳の性能が良くなった分、余計なことを考えてしまうな。この思考に陥っている時点で俺は世間と同様に殺人ピエロに振り回されてしまっている。
テンマに注意しておいて言うのもなんだが、どうやら俺も冷静という訳では無いらしい。
俺は殺人ピエロの戦闘力に関してはあまり期待していない。それは間違いない。姿を変えるにしろ、認識を誤認させるにしろ、精々一般人に毛が生えた程度だろう。
しかし、今回は人を殺せる。
その事実が俺を高揚させている。
これまでだって生物は殺してきた。別に人間が特別って訳ではない。
ただ、俺は人間だ。
即ち、殺人ピエロに試して平気な事は、俺に対しても有効な手段…強化方法となる訳だ。
今まではリスクが高く避けていた実験も、死んでも良いのならその幅はグンと広がる。その被験体がスキル所持者というのなら尚更だ。
俺は死んだ方が良い人間なんてのはこの世に吐いて腐るほどいると思っているが、これほど俺の殺人童貞を捨てるにおあつらえ向きな相手はいないだろう。
「ふぅ…」
息を小さく吐き平静を取り戻す。
冷静になれ月下快。
俺の今出来る事は捜索隊からの報告を待ち、その時に備えて万全な状態でいる事だけだ。そこに殺人ピエロの人間性なんて余計な思考は必要ない。
——ピコンッ
昼過ぎ。
突如、部屋に鳴り響くパソコンへの通知音。
快とテンマは互いに顔を見合わせ、2人してパソコンの画面に釘付けとなる。
俺は、期待で高なる心臓を抑えてマウスパッドを操作し、グループチャットを開く。そこには一件のメッセージが表示されていた。
『定期時間を過ぎてもカラスが帰還しません。〇〇県〇〇地点』
「テンマ、準備はいいな?」
「へへっ、もっちろん!!」




