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狂人が治癒スキルを獲得しました。  作者: 葉月水
広がる波紋

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第36話 能力者管理局


 ——都内某所のとあるオフィス


 そこには多大な疲労感を滲ませ、ため息を吐きながら天井を見上げる男がいた。


「もー無理」


 そう口にした男は直ぐにでも壊れそうな椅子に腰掛け、大量の書類が積まれたデスクに書類が乱れることも構わずに足を乗せる。


 行儀が悪いのは重々承知の上だがそうも言ってられる程の余裕は既になかった。


 眠気覚ましにトイレに顔を洗いに行った隙に、デスクの上には今にも天井に届きそうな程の書類が追加されていた。


 ここ数日は特に多忙だった。だが、なんとか耐えに耐えて激務を熟し、あと少しで書類が片付きそうだったのだ。


 それを少し目を離した隙にワンコそばのように追加されたのでは、そりゃ文句の一つも言いたくなる。


「いっそ誰も入れないように鍵閉めちゃうか?…いや、ありだな。うん、あり寄りのありだ」


「なしです」


 男の提案にキッパリと否定の言葉を告げたのは、男の部下の女性局員。


「いや、ありでしょうよ森尾次長!こんな書類整理は下っ端に任せて俺らは朝から飲みにでも行きましょう!」


「いいえ、無しです浅霧局長。そもそも、どこにそんな仕事をしてくれる下っ端が居るんです?この能力者管理局のメンバーはあなたと私の2人で全てですが」


 ——能力者管理局(通称:能管)


 日本で初めてスキル所持者が確認された際に、防衛省の末端に秘密裏に新設された組織。


 その活動内容は、スキル所持者の管理とそれにまつわる全ての問題を処理すること。


 秘密保持の都合上、人員は最小限で構成されており、現在は局長の浅霧梁あさぎりりょうと次長の森尾一冴もりおかずさの全2名で日々の職務を果たしている。



「そうは言うけど正直これ2人じゃ無理でしょ。てかもうとっくに破綻してる」


 2人の仕事はもちろん書類仕事だけではない。スキル所持者の捜索や保護、そしてそれらが引き起こす問題にも対処しなければならない。


 例えこの場にある書類が片付いたとしても、滞っている仕事は他にも腐る程ある。現在は事情を把握している一部の上層部が手を回してくれているが、それもいつまで続くか分からない。


 すでに至る所で綻びは出始めている。


 浅霧は、人員に見合わない広いオフィスを見渡しながら愚痴を溢す。


「俺もうタイピングのし過ぎで腕の感覚ないからね。目なんかも眼精疲労で充血してなんちゃら眼が開眼しちゃいそうな域にまで来ちゃってるから」


「なら早く開眼させてください。書類の仕分けもまだなんですから」


「いやいや、無茶言わないでよ。今開眼しても俺もう活字見るだけで気持ち悪くなっちゃうから。てかもう森尾ちゃんもやらなくていいよこんな書類仕事。到底2人で熟せる仕事量じゃない」


 浅霧は、自分が愚痴をこぼしている間にも大量の書類を種類別に仕分けする森尾に手を止めるように指示を出す。


「いえ、私はまだ大丈夫ですから局長は仮眠でも取っていてください」


 ここで徹夜明けにも関わらず帰宅とならないのが、この部署の人員不足と多忙さを示していると言えるだろう。


 他にも優先する仕事はある…そう思っての指示だったが、元来真面目な性格の森尾には上手く伝わらなかったらしい。


「いや、大丈夫って森尾ちゃん働き過ぎだから。徹夜明けって言ってももう何徹目よ。気分転換にシャワーでも浴びてきたら?」


「……問題ありません。それとも遠回しなセクハラですか?」


「いや、そんな歪曲して捉えないでよ。別に何でお風呂に入ってないのに良い匂いなんだろうとか全然思ってないから」


「想定を上回らないで下さい」


「ごめんって」


 結局、セクハラ発言をしてしまった浅霧は、手を止めずにジト目を向けてくる森尾に誠心誠意謝罪し、貴重な人材をなんとか引き止めた。


「もういいです。それに、元から私を心配しての発言だったと理解してますから」


「いや、冗談キツいって森尾ちゃん。危うく過労死覚悟する所だったじゃん」


「すみません。こちらも軽い冗談のつもりでした。でも、安心してください。私は局長を置いて辞めたりなんてことは絶対にしませんから」


 軽い話から突如真剣な表情をして宣言する森尾。


 その言葉を聞いて浅霧は露骨に眉を顰めた。


「またその話か。何回同じ話をさせれば気が済むんだ。俺がこの部署に配属されたのは、別に君のせいじゃないって何度も言ってるだろ」


「いえ、私が巻き込んだんです。私がスキルさえ獲得しなければ、浅霧さんは今頃こんな所に配属…いえ、左遷されていなかったはずです」


「いや、左遷って…一応階級的には大出世なんだけど。局長だし、給料だって破格だし」


「破格なのは昇進や給料だけではないでしょう。能力者である私は良いですが、局長は非能力者です。破格の待遇にはそれを与えるだけの危険があるんです…すみません本当に」


「…」


 浅霧は、泣きそうな顔をして話す森尾にかける言葉が見つからなかった。


 森尾の言う通り浅霧は能力者管理局という部署の局長でありながら非能力者だ。


 スキルという超常の力を持つ能力者と近い距離で接し、場合によっては敵対する事もあるこの場所ではあまりに脆弱な存在と言えるだろう。


 浅霧がこの部署に配属される事となったきっかけは確かに森尾がスキルを獲得した事にある。だが浅霧からしてみれば、それは誰が悪いとかの話ではなく仕方のない事だった。


 浅霧と森尾は元は自衛隊での上官と部下。

 事の発端は、浅霧が森尾も所属する部隊を率いて野外訓練にあたっていた時にまで遡る。


 足場の悪い山中を歩行中、森尾は途中周りに遅れをとってしまっていた。体力的に女性より優位にあるはずの男でも離脱する者が出る過酷な訓練。森尾が遅れるのは当然の事で、むしろ、女性という身でありながらリタイアしていないだけ優秀だった。


 しかし、自衛隊はどこまでも連帯責任。そして、隊員間による区別はなく平等。災害時には男も女も関係なく救助を要請される。その為、離脱者が出た隊は訓練後、追加で厳しいトレーニングを課せられる事となっていた。


 それもあり、当時の浅霧は隊長として離脱者が出ないように隊員のサポートに立ち回っていた。


 浅霧は他の隊員より遅れて歩く森尾の為に先頭から最後尾まで移動し、荷物を肩代わりし、背中を押し、共にゴールを目指した。


 そんな時だった。


 ゴールまで間近というところ、森尾は極度の疲労により遂にバランスを崩し転倒してしまう。


 仕方がなかったとはいえ、それが現在に至る全ての原因となる。


 森尾は無意識にスキルを獲得するトリガーであるスキルオーブの破壊をしてしまっていた。


 森尾が転倒した場所。そこには土に埋もれていたスキルオーブがあったのだ。


 本当に仕方がなかった。他の隊員によって散々踏み均された場所から僅かに外れた場所。そこに、転んだからといってどうしてスキルなんて力が宿ると考えられようか。


 だが、偶然とはいえ政府の管理下にある自衛隊員がスキルを獲得した。それは、スキルという存在を世間に隠したい上層部からしてみたら都合の良い人材でしかなかった。


 是非もなくあれよあれよと決まっていく自分の昇進と転属。その目まぐるしいまでの変化に森尾はただただ身を任せるしかなかった。


 このまま、よく訳もわからず新設された部署を任されるのか。そう思うと不安で仕方がなかった。


 しかし、事は森尾の思いも寄らない方向へと転がった。


 ——本当に務まるのか?


 これはいざ森尾を能管へ転属させようとした際に、上層部内で出た指摘だった。


 しかし、考えてみれば当たり前。森尾の24歳という年齢は局長という役職を任せるにはあまりに若過ぎた。


 いくら適任者とはいえ、森尾の若さや態度は事情を知っている上層部からしてみれば些か不安が残った。


 能力者管理局とは、現在の日本において紛れもなく生命線と言える組織だ。能力者の管理ミス一つで簡単に世界は混沌と化す。


 ——せっかく新設しても正常に機能しないのであれば意味がない。局長は別で探し、森尾はその部下として職務に従事させる。


 それが上層部の最終的な判断だった。


 そこで不安の残る森尾の代わりに局長の座にと白羽の矢が立ったのが、森尾がスキルを獲得した当時、その場面を目撃し部隊を率いていた浅霧梁だった。


 本来であれば浅霧も局長という座に就くには些か若い。だが、浅霧は以前から要領がよく周りからの信頼も厚かった為、若手の中では1番の出世頭だと上層部からも注目されていた。


 秘匿すべき事情も知っていて、森尾とは既知の仲でどうやら要領もよく優秀らしい。


 浅霧も上層部からしてみたらこれ以上とない都合の良い人材だった。


 その結果、30歳という若さで浅霧は局長という座に就いた。断る選択肢などあって無いようなもの。その時には既に浅霧は知り過ぎていた。


 経緯はどうあれ、私がヘマさえしなければと自分を責める森尾の気持ちも浅霧は普段の様子を見て気が付いていた。


 だが、浅霧自身は本当に気にしてなどいなかった。ましてや、自分がこの地位に就いたのも森尾のせいだなんて微塵も考えた事はなかった。


「森尾ちゃんや」


 浅霧は、責められるのは承知の上です言わんばかりに緊張感に顔を染める森尾にいつものように軽い調子で呼びかけた。


「全部偶然だ。森尾ちゃんがスキルを獲得したのも、俺が局長になったのも全部ただの偶然。誰も予想なんて出来ない。それは、日々あらゆる事態を想定して訓練を続けている自衛隊員であろうと変わらないよ」


「はい…」


「当時の俺達がスキルの存在を想定出来ていたならまだしも、その時はスキルの事なんて俺含め誰も知らなかっただろ?だから気にするな」


「で、ですが、私が足下さえしっかりと確認していれば…転倒なんてしなければ…そもそも遅れたりなんかせずちゃんとついて行けていれば局長は…」


 あくまで自分の責任と言い張ろうとする森尾に、浅霧は被せるように言葉を続けた。


「そんなファンタジーを想定して訓練しろと言うのなら俺達の訓練は際限が無くなってしまうだろう。だから、君のせいだなんて俺は思ってないから、もう君も自分を責めないでくれ」


 これは浅霧の紛れもない本心だった。


「それに君のネガティブが伝染して、俺まで自分を責め始めたらどうする。そしたらこの2人しかいない職場の雰囲気は最悪になるぞ?それともなにか?ファンタジーを想定して訓練にあたれと指示しなかった俺を責めてみるか?」


 浅霧がわざとらしく肩をすくめて戯けてそう言うと、森尾は目尻に涙を溜めながらも笑みを浮かべた。


「ふふっ、ありがとうございます!じゃあこれは全部、局長のせいって事にしときますね!」


「いや、違うでしょ!!そうじゃないでしょ!!誰も悪くない、強いて言うなら上層部が悪いっていう話のオチでしょ。共通の敵を作ってハッピーエンドってそういう話でしょ?!」


 こういう所だ。この人のすごい所は。スキルなんて特別な力が無くてもこの人は人に力を授ける。


 森尾は優秀な割にそれを自覚しない目の前の人間を見て、心底この人の部下でよかったと思った。


「でも、まぁそういう事だから本当に無理して仕事しなくていいよ?なんならマジで飲み行く?少しサボろうが必死にやろうが、どうせ俺らの目の前に広がる大量の書類の量は大して変わらないからね!」


「いえ、それは結構です。本当に無理はしていないのでご心配なさらず」


 そう言って、再び書類の仕分け作業に入る森尾。


 浅霧はそれを驚いた様子で見る。


「え、いやマジで無理してないの?俺、結構我慢してるけど体のあちこち痛いよ?」


「えぇ、多少精神面での疲労は感じますが、不思議と体の疲労はそうでも無いですね。痛みも特にありません。今からでもランニングに行けるくらいには元気です」


「ふむ、これが若さか」


「それ本気で言ってます?」


「いや、ふざけたのは悪かったけど、そんな呆れた顔しないでよ。俺だってスキルの影響なのはなんとなく分かってるから」


「ハァ…もういいです。局長がふざけるのはいつもの事ですから」


 森尾は自身の体に目を向け、感覚を確かめるように手をグーパーと開いては閉じを繰り返す。


「私が獲得したのは、【スキル:獣化(上)】です。この能力は、自身の体を獣の姿に変化させると共に大幅に身体能力を向上させます。しかし、どうやらスキルというのはその特性によって、獲得するのと同時に体も変化するようですね」


「変化ね…やっぱり疲労を感じにくくなったのもその影響かな?」


「はい。私のスキルのような身体能力を大幅に強化するような能力はそれに耐えうる肉体が無ければ満足に使えませんからね。事実、スキルを使っていない素の状態でも、体力や筋力等の肉体の機能が以前より大幅に上昇しているのを感じます」


「なるほどね。道理で俺よりもタフになった訳だ」


「はい」


 森尾は浅霧の言葉に素直に頷くと同時に、またも不必要な事を考えてしまっていた。


 もし、自分でなく局長がスキルを獲得していたら…今更な事だとわかっていてもつい考えてしまう。


 浅霧梁という人物は優秀な人間である。

 それが、周りの彼に対する評価だ。


 しかし、同じ部隊で近くから彼を観察し、接してきた森尾から言わせれば、それは浅霧梁という人間を評するには十分ではない評価であった。


 普段の軽い態度で忘れがちだが彼は天才だ。


 その頭の良さはさる事ながら、運動能力や状況を把握する視野の広さもずば抜けて高い。加えて要領も良く、他者が1年を要する事でも彼なら半年もあれば十分成し遂げてしまう。


 事実、絶え間なく手を動かしている自分よりも、ちょいちょい休憩を挟みながら駄弁りながら仕事をする彼の方が仕事を捌くスピードは格段に早い。


 それが、森尾一冴が思う浅霧梁という人間に対する嘘偽りのない評価であった。


 だが、だからこそ惜しいと思ってしまう。スキルというのは、その本来あるべき差を簡単に覆してしまう人の身には過ぎた力だ。


 スキルがよりにもよって自分に宿ってしまった事が惜しい。彼ならもっと有効的に使えたはず。


 もしかしたら、このスキルの本来の持ち主は局長で、自分がなにかの間違いで横取りしてしまったのでは?


 そう考えたのも一度や二度ではない。


「まーた、いらん事考え込んでるだろー?」


 そして、勘まで鋭いときた。本当に敵わない。


「いえ、ただ能力者との戦闘時において局長は足手纏いだなと考えていただけです」


「いや、それは仰るとおりです。そこはマジで申し訳ないけど任せるわ。俺死にたくないからちゃんと守ってね??」


「考えときます」


「いや、考えるな感じろ。脊髄反射で守ってくれ」


 ——ピコン


 そうやって軽口を飛ばし合っていると、突如浅霧のパソコンに一通のメールが届いた。


「誰からですか…って、こんな所にメールを送れるのは一つしかありませんね」


「あぁ、上層部からだ」


 充血した目を擦り、浅霧はパソコンの画面に目をやり新着メールを開き内容を確認する。


「森尾ちゃん、マジで書類仕事やんなくてよくなったかも」


「どういう事ですか?」


「人員が補充されるって」


 浅霧の言葉に森尾は驚き目を見開く。


「一体誰がこんな部署に配属されるんですか?忙しい上に命の危険もあって、給料は良くても使う暇は無くて…良いところなんて面倒くさい人間関係に困らず、無駄に広いオフィスでキャッチボールが出来ることくらいしか無いのに…」


「いや、マジで全部その通りだけど、一旦落ち着いて!ね?」


 浅霧は、やっと人員が補充される喜びからか、同情からか、変に興奮する森尾をなんとか宥めた。


「失礼しました。それでは、詳細を」


「うん。落ち着いたようで何よりだよ。それで、肝心な詳細だけど、これはちょっと困った事になるかもね。どうやら上層部は毒をもって毒を制するつもりらしい」


「毒…というのは能力者の事ですね?」


 浅霧は、森尾の確認に頷くと一枚の資料を見ながら話を続けた。


「この目下、俺達を仕事の缶詰にさせている要因の殺人ピエロ然り、人手不足然り、上層部は一気に問題を解決するつもりだよ」


「というと?」


「今現在政府が把握している日本の能力者を能管の管理官として雇うってさ」


「…なるほど、確かに理には叶ってますけど、能力者の方々はちゃんと説明した上で同意してくれたんですかね。この部署は、書類仕事だけでなくて、殺人ピエロのような危険な相手との戦闘も予想されます…いざ戦闘となって、土壇場で戦えないではすぐに死ぬことになりますよ?」


 浅霧は、森尾の尤もな質問に黙ってパソコンのメール画面を提示した。


「…全員同意…絶対詐欺ってますよこれ」


 森尾が確認した画面には、同意済みと記された一文。にわかには信じられなかった。


「詐欺ってる…かもな〜」


 あながち無いとも言えず、浅霧は真っ向から否定できない。


「ただ、まぁ能力者の中には、戦闘系ではない種類のスキルもあるようだからな。補助系のスキルなら直接的な戦闘をしなくても破格の給料を貰える。それを考えれば、同意したとしてもおかしくない」


「それでも危険が無いわけでは有りませんよね?私には理解できません。自らこんな死地に飛び込むなんて」


 森尾は、そう口にし気に入らないといった様子でパソコンの画面を見る。


 自分の意思とは関係なくこの部署に配属された為にどこか思うところがあるのだろう。


「まぁ、気持ちは分かる。だがな、誰しも危険を冒すのを嫌がっている訳じゃない。それが、能力者ともなれば尚更だ。皆、不思議な力を身につけて、使い所を探している可能性は大いにある」


 実を言うと、日本で1人目の能力者が確認されてからこの能管が発足される迄には、それなりの期間が空いている。


 能管が浅霧と森尾の2人体制で本格的に始動したのはここ数ヶ月の話であり、2人は未だ能力者との接触を果たしていない。


 上層部も能力者を管理する適任者を探すのには苦戦していたらしく、2人を引き抜くまでは上層部の息のかかった者が代理で職務をこなしていた。


 その為、2人は現在政府の管理下にある能力者とは資料上の情報としては知っていても直接的な面識はないのだ。


「そうですね、すみません少し感情的になりました。私も高揚する気持ちは分からないでもないです。今まで出来なかった動きがスキルによって簡単に出来るようになる訳ですから…ですが、それなら何故もっと早くに補充してくれなかったのでしょうか?」


「さぁな。能力者であることを秘匿させてそのまま日常生活を送らせたかったのか、能力者をひとまとめにする事で起きるリスクを恐れたのか…その理由は定かじゃないが、リスクを冒してでも今能力者をひとまとめにしようとしている理由なら想像つくよ」


「理由って…」


 森尾は先程まで見ていた資料にもう一度視線を下ろす。


「あぁ、大方殺人ピエロの件でそうも言ってられなくなったんだろうな。奴は決定的な証拠はないが、十中八九能力者だ。マスコミも不可解な現象が起きている事に気が付き始めている。今はまだ有耶無耶になっているが、次もそういった事が起きればその限りではない…全く困った事をやらかしてくれたもんだよ」


 恐らくだが政府は、このまま日常生活を送らせながら能力者の管理をするのは無理があると踏んだのだろう。一般人が使えるものを制限するのは難しいものだ。


 その為、管理しやすいこの能管に所属させ働かせると共に俺達に監視をさせる。


 能力者を管理したい政府にとっても、スキルを使いたい能力者にとっても正に渡りに船の提案だった訳だ。


「…なるほど。毒をもって毒を制する…確かに言い得て妙ですね」


 森尾がそう感心したように呟くと、浅霧はやってられないとばかりに再び天井を見上げた。


「あーー、大量の書類整理の後は、能力者とのご対面かーーー、面倒くせーーーー」


「何をそんなに嫌がっているんですか?一緒に働く同僚になるんですよ」


「いやいや、資料見る限りなかなか癖のありそうな人達だよ?みんながみんな森尾ちゃんみたいないい子だったら良いんだけど、そうもいかないでしょこれ。しかも、局長が非能力者の俺だよ?絶対一悶着あるって」


「なるほど、私はそこまで心配しなくても大丈夫だと思いますけど」


 森尾は浅霧なら問題ない。


 そう言ったつもりだったのだが、言葉足らずだったのか浅霧を余計不安にさせた。


「え、もしかして俺に丸投げする気?俺、無意識に能力者の気に触ること言って秒殺されちゃうかもよ?森尾ちゃんその時はちゃんと守ってよ?」


「考えときます」


「いや考えないで感じて?脊髄反射で頼むよ?」


「もしかしてセクハラですか?」


「いや、マジで冗談言ってないからね?」


 浅霧の言葉に森尾は自分の手に力が入るのを感じた。


 殺人ピエロに、能力者の新しい同僚…これから始まるのが能管の仕事の本番とも言ってもいい。


 やるべき事や考えるべき事はきっとこれからたくさん増える。でも、それはきっと局長がやってくれる。


 自分の優先順位はこれまでと変わらない。


 この人が居れば何とかなる…浅霧梁という人間はそう思わせてくれる。だからこそ死なせてはならない。


 局長を守る。


 そう強く思い覚悟を決めるのだった。

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