第129話 敵の敵
——能力者管理局東日本支部
「すみません、今何と?」
薄暗く照明の落ちた会議室のモニターに映し出された映像を見つめながら、浅霧は静かに眉をひそめる。
対面に映っているのは、つい先日、内閣総理大臣の一条正治の推薦により、西日本支部の局長に任命された京極高将。
『通信不良か。まぁ、いい…大義を為すには犠牲がつきものだと言ったんだ』
京極の声は相変わらず落ち着いたトーンを保っているが、その口元には微かに嘲るような笑みが浮かんでいた。
浅霧はその視線を感じ取りながら、内心で小さくため息をつく。
戦場を駆け抜けてきた海外の特殊部隊出身という京極のそんな華々しい経歴を考えれば、同じ階級とはいえ、元はただの一介の自衛官に過ぎなかった自分を軽んじるのも無理からぬことだ。
実際、京極が局長の座に着任して以来、こうした態度は何度となく垣間見えている。会議での発言の際の微妙な表情の変化、作戦立案時の明らかに上から目線の助言、そして今のような、言葉にこそ出さないものの明確に伝わってくる軽蔑の眼差し。
浅霧はモニターに映る京極の顔を一瞥しながら、その数多の古傷に覆われながらも自信に満ちた表情を確認する。
「…」
腹が立たないと言えば嘘になる。
とはいえ、今は一刻を争う非常事態。状況は刻一刻と悪化の一途を辿っており、こんな子供じみた意地の張り合いや感情的な軋轢に構っている余裕などどこにもない。
その為、浅霧は優先すべきは任務の完遂であり、個人的な感情は二の次だと自分自身に強く言い聞かせながら、京極からの嘲笑めいた視線を淡々と受け流す。
「あなたが俺を見下すのはこの際どうだって良いですよ。年齢だって俺の方がずっと若いですしね。何かと気に入らない部分もあるのでしょう」
浅霧はここで一度言葉を切り、京極の目を真っ直ぐに見据える。
「ですが、先程の発言だけは訂正してもらいますよ。どうやら俺の聞き間違いではなかったみたいなので…」
浅霧の声は最初こそ静かな調子だったが、言葉を重ねるにつれて徐々に鋭さを帯びていった。多少の無礼は見逃しても、ここだけは譲る訳にはいかないと、その声音には明確な威圧感が込められている。
それに呼応するかのように、会議室内の空気も一段と張り詰めていく。
しかし、そんな緊迫した雰囲気の中でも京極は微動だにしない。まるで浅霧の言葉など微風程度にしか感じていないかのように、その表情には緊張の欠片も見て取れなかった。
『浅霧、感情論はやめろ。我々に求められているのは早急な事態の鎮圧という結果だけだ。その為なら多少の損失は計算に入れるべきだろう。それが合理的というものだ』
耳に入る京極の言葉に、明確な嫌悪と怒りが込み上げ、浅霧は一瞬目を細める。
「多少の損失?合理的?京極さん。俺達は、ボードゲームをやっているんじゃないんですよ」
別に浅霧とてこの非常時において一切の犠牲を出さないなどと綺麗事を言うつもりはさらさらない。事実、それは現実的でもないだろう。とはいえ、腐っても正義や大義を掲げるのであれば、始めから一定の犠牲を許容するような京極の物言いは到底見逃す訳にはいかない。
「犠牲になった人々の命を、単なる数字として扱うのはやめてください。そこには家族を想い、故郷を守ろうと必死に戦った仲間達も含まれています。指揮官である我々こそ、最後まで一人でも多くの命を救う道を模索するべきでしょう」
浅霧の言葉には、失われた命への深い哀悼と、生き残った者たちへの責任感が込められていた。
しかし、その真摯な反論に対しても、京極の顔には気に食わないとばかりの苛立ちの色が走る。
『…浅霧、お前の綺麗事は聞き飽きた。現実を見ろ。時間的猶予はない。余計な感情論は捨てて、実効性のある対策を議論しよう』
京極の声には、浅霧の信念を一蹴するような冷ややかさが滲んでいた。まるで人の感情など取るに足らない障害物としか捉えていないかのような、そんな機械的な冷たさがそこにはあった。
その言葉とともに、会議室の空気は一層重く、窒息しそうなほど緊迫したものとなる。2人の間に流れる緊張感は、もはや言葉を超えた次元にまで達していた。まるで研ぎ澄まされた刃同士が触れ合い、火花を散らしているような鋭さを帯びている。
浅霧は、指摘されても頑として自分の非情な方針を曲げようとしない京極の態度に、心底呆れ果て、胸の奥で燻る苛立ちを必死に抑え込みながら内心で毒づく。
一体、何故上はこんな人間を局長の座に据えたのか。
政府の人事に対する不信感がじわりと募るが、この緊急事態にそんな愚痴を垂れている余裕などない為、浅霧は嫌々ながらも会議の継続を選択する。被害を最小限に抑える為にはやはり東と西の連携は欠かせない。
「実効性のある対策…その点については俺も全面的に賛成します。ですが、不要な感情に支配されているのは、俺ではなく他ならぬあなたの方ではないですか」
アヴァロンによる大規模な侵攻作戦が勃発し、国家全体が未曾有の混乱に陥る中、浅霧の脳裏には無数の作戦計画とシナリオが次々と浮かんでは消えていた。リスクを最小限に抑えた配置転換、補充線を断つための奇襲作戦。
何故これほどまでに有効な計画が次々と潰されるのか。その答えは京極の態度を見れば火を見るよりも明らかだった。
『…お前が提案した対処法というのは、戦力の再配置によるものだったか?』
京極の確認の言葉は、まるで面倒な書類を処理するかのような事務的な調子だった。そこには未だ議論への真摯な姿勢など微塵も感じられない。
「はい」
しかし、浅霧は、京極のそんな態度を前にも辛抱強くこれ以外に道はないのだと言い聞かせるように、力強く頷く。
「効率性を最優先に考えるのであれば、なおさら能力者を多く抱える東日本支部の戦力を九州方面に集中投入するべきです。九州沿岸部からの敵の補充線の完全遮断に成功すれば、各地に分散したアヴァロンの残存勢力も自然と弱体化していきます」
浅霧の説明は論理的で、実現可能性も高い優れた作戦だ。しかし、京極はその詳細な戦略説明を聞き終えると、またしても例の嘲笑めいた表情を浮かべた。
『ふん、無謀だな。東日本が手薄になれば、首都圏への攻撃を誘発する可能性もある』
「それは西日本支部が担当すれば…」
『却下だ』
京極は浅霧の言葉を遮り、まるで子供の戯言を聞かされているかのような、明らかに小馬鹿にした表情で断固として言い切った。
『東京はお前の責任範囲だ。だから、敵勢力の補充線に関しては引き続き俺の指揮下にある部隊で制圧する。それが最も確実で無駄のない作戦行動だ』
浅霧はその言葉を聞き絶句した。
そして、何度説明しても理解しようとしない京極の頑なな態度に、遂にこれまで必死に保っていた冷静さが一気に崩れ始める。
「あんたじゃ力不足だって言ってるんだよ」
その浅霧の発言に京極の眉が露骨に釣り上がる。
『…若造が、口の利き方には気をつけろよ?』
空気が一気に凍りつき、モニターの光がふたりの表情を淡く照らし出す中、浅霧と京極の緊迫した視線がぶつかり合う。
モニター越しであっても、その京極の威圧的な眼差しは相手を圧倒するほどの鋭さを放っていた。普通の人間なら、その視線を直視することすらできないだろう。
しかし、浅霧は違った。混沌級の能力者との実戦経験のある浅霧にとって、京極の威圧感など殆どあってないようなものだった。
その為、浅霧は動揺を感じさせない、至って冷静な声で切り返す。
「おや、あなたと俺の立場は対等な筈では?…それとも、戦場では効率よりも礼儀を重んじるので?」
『対等だと?笑わせるな。お前のような現場も知らない理論屋に何がわかる』
「現場を知らない?」
浅霧は皮肉げに笑みを浮かべる。
「そう思いたいなら、そうすればいい。だが、あんたのその経験とやらが状況を悪化させているのは紛れもない事実だ」
『黙れ!20年この世界で生き残ってきた俺の直感が間違えるわけがない』
「直感?」
浅霧は心底呆れたようにため息をつく。
「数多くの死傷者が出ているのにも関わらず…それでもまだそんな当てにならない直感を信じるのか?」
『当てにならないだと?ふざけるな。戦場は経験こそがものを言う。この国に俺以上に戦場を知るものはいない』
「それが無駄な犠牲を出す言い訳になるとでも?」
『…若造のくせに。碌に命をかけた事すらないお前に戦場の何がわかる』
「碌に命をかけた事すらない…この一点に関しては声を大にして反論したい所ですがね。端からこちらの意見を聞き入れる気のない人間にどれだけ力説しても伝わらないでしょう。だから、これだけは言っておきます」
その言葉に京極の表情が一層険しくなるが、浅霧の声は変わらず冷ややかだった。
「こちらの意見を聞く気が無いなら、せめてこれ以上の被害は一切出すな。西日本の各地で突発的に起こるものは仕方ないとしても、最前線である九州沿岸部においてこれ以上の被害が出る事は、上が許しても、この俺が許さない」
『俺が許さないだと?…はぁ、多少の犠牲が免れないのは先の会話で理解したものとばかり思っていたが…浅霧よ。お前、この規模の戦いで、まだそんな夢物語が可能だと思ってるのか?』
そう京極は皮肉を込めて言い放つ…が、浅霧は顔を上げ、真っ直ぐに京極の目を見据え、間髪を入れずに言い返す。
「俺なら可能ですが?」
『!?』
その浅霧からの挑発的な言葉に京極は一瞬、呆気に取られたような表情を見せるが、すぐに対抗するような好戦的な笑みを浮かべる。
『ふ、ふははは、大言壮語も甚だしい…だが、面白い。その挑発に乗ってやる。この際だ、東と西、どちらがより効率的に事態を収束できるか、競争と行こうではないか』
「念の為、伝えておきますが、これは冗談ではありませんよ。あなた方がその言葉を守れないようであれば、俺たち東日本支部はこちらの事態を収束次第、なんとしてもそちらへと駆け付けます」
浅霧の声には、先ほどまでの挑発的な調子とは打って変わって、冷徹な決意が込められていた。
『無論、分かっている。それに関しては勝手にしろ。尤も、こちらとてそちら程ではないにしろ、少なからず能力者を抱えているからな。万が一にでもお前等の世話になる事はないだろう』
「それは何よりです。そういった展開になるに越した事はありませんから…では、健闘を祈ります」
浅霧は感情を押し殺した冷静な声で告げると、通信を切断するボタンに迷いなく手をかける。モニター画面が一瞬白く光り、次の瞬間には暗転する。その瞬間、会議室に重い沈黙が落ち、空調の微かな音だけが響く。
そして…
「やべぇ、完全に言い過ぎたー!」
先ほどまでの威厳ある態度はどこへやら、浅霧は深く息を吐き出すと、両手で額を覆い込むように頭を抱える。
「ふ、ふふ」
そんな浅霧の様子を見て、控えめな笑い声が室内に響く。
浅霧が慌てて顔を上げると、いつの間にか会議室の入り口に付近に立っていた森尾の姿があった。藍色の活動服を身につけており、袖口に僅かな汚れが付いていることから、つい先ほどまで現場に出ていたことが窺える。
「痛快でしたね」
「…森尾ちゃん、来てたの…って、ちなみにどこから聞いてた?」
「すみません、今何と?…辺りからです」
森尾は申し訳なさそうに答えたが、その声色には悪びれた様子はあまり見られない。むしろ、満足そうな響きが含まれていた。
「いや、それ殆ど全部じゃん。てか、居たなら俺が言いすぎる前に止めてよ。お陰で俺あの海賊みたいな強面相手に大分キツイこと言っちゃったじゃん。あれ絶対見た目以上に怒ってるよ」
「年上とはいえ同階級なんですから、そんなに心配なさらなくても大丈夫ですよ。というより、あちらの態度を考えれば、むしろ優し過ぎるくらいです。あ、でも、俺なら可能ですが?のところは皮肉が効いていて最高でした」
頭を掻きながら半ば自嘲気味に呟く浅霧とは裏腹に、森尾は楽しげに親指を立てる。そして、それに触発されたのか、その場に居合わせた局員達も続々と浅霧へと賞賛の声を送る。
確かに、浅霧自身にも間違った事は言っていない自覚はある。とはいえ、流石に最後の方は感情に任せて言い過ぎた感は否めない。
「はぁ、勘弁してよ…殆ど売り言葉に買い言葉だったんだから」
「でも、局長ならその夢物語も本当に出来ますよね?」
森尾の視線は真っ直ぐに浅霧を見つめている。その瞳には疑いの色は微塵もなく、純粋な信頼の光が宿っていた。
「どうかな」
浅霧は曖昧に答えるが、内心では自分でも確信が持てずにいる。確かに能力を獲得して以降、耐え難い苦痛に耐えに耐え抜いて研鑽を積んできた。実際、そこらの能力者相手に1対1で負ける気は微塵もしない。
しかし、それが何かを守る戦いとなれば話は変わってくる。個の強さとそれは全くの別物だ。
「局長なら大丈夫ですよ」
森尾のその声は浅霧自身よりもはるかに確信に満ちており、揺るぎない信念が感じられた。まるで浅霧が成し遂げられないことなど存在しないとでも言うように。
「いや、前から思ってたけど、森尾ちゃんのその底なしの自信はどこから来るのよ」
「それは勿論、信頼からですよ。それより、これからどう動きますか?」
森尾は当然といった表情で答えると、話題を実務的な方向へと転換した。
「…そうだね」
そう、浅霧が具体的な行動計画を考えようと思考を巡らせ始めたその時だった。
——ピッ
突如、会議室の壁に設置された大型モニターが明るく点灯し、情報収集を担当していた若い男性局員の顔が慌てた表情で映し出される。彼は別室にある情報統制室からリアルタイムで連絡を入れてきているようだった。
『局長!大変です!』
スピーカーから響く男性局員の声は緊迫感に満ちており、冷静さは完全に失われている。
「まずは落ち着いて。ゆっくりでいい…何があった?」
浅霧は先ほどまでの緩んだ空気を一瞬で切り替え、局長としての威厳を取り戻して冷静に尋ねる。
『そ、それが、俺にも何が何だかよく分からなくて…何て言えばいいか。と、とりあえず今、SNSで凄く話題になっている映像があるんです。それをすぐにお見せします!』
そして、男性局員が慌ただしくキーボードを叩くと、直ぐにモニターの画面が切り替わる。
「これは……」
画面に映し出された映像を見た瞬間、浅霧と森尾を驚愕で目を見開く。それだけではない。会議室の卓を囲む全員が、まるで雷に打たれたように息を呑み、言葉を失った。
大型モニターに投影された映像には、現代の都市部とは思えない異様な光景が展開されていた。
忍び装束を現代風にアレンジしたような漆黒の衣装…何処か和のテイストを感じさせるそれに身を包んだ集団が、人並外れた身体能力で竜人化したアヴァロンの勢力を次々と瞬殺していく。一切の無駄のないその動きは、もはや芸術とでも呼ぶべき冷徹さが宿していた。
そして、何より印象的なのは、彼らが着用している白い鬼面と、黒衣の所々に組織を象徴するかのように施された紅色の刺繍。それらの意匠はなんとも見覚えのあるものだった。
『避難移動中の民間人によって撮影された映像から、一気に拡散されたようです。他にもこれと同様の映像や賞賛のコメントが東日本の各地から多数SNSに上げられています……でも…これって鬼灯ですよね?』
補足情報と共に若い局員が恐る恐る口にした組織名に、会議室の空気が一変する。
——鬼灯
それは今更共有するまでもなく、能力者管理局にとって最大の敵とされる組織の名前だ。
しかし、それでも浅霧は映像を食い入るように見つめ続けた。そして、ただならぬ緊張感が漂い始める場内の中で1人、やがて小さく笑い始めた。
「はは、どうやら俺達は一つの大きな賭けに勝ったみたいだね」
「どういうことですか?」
森尾の声には困惑が滲んでいる。
「敵の敵は味方ってことだよ」
浅霧の言葉は短いが、その意味するところは重大だった。
「それは、鬼灯がアヴァロンに対して敵対的だということですか?」
「そういうこと」
浅霧の確信に満ちた答えを聞いた瞬間、森尾を含めたその場にいる局員全ての脳裏に、過去に局と鬼灯との間で起きた数々の衝突の光景が鮮明によみがえった。
そして、今一度正確に認識する。鬼灯は現在進行形で能力者管理局の最大の敵だ…と。
しかし今、どういう訳か、彼らはアヴァロンという共通の敵を前に、奇妙な形で同じ側に立つ可能性が見えてきた。それは確かに心強くも思える状況だ。鬼灯の戦闘能力は局員なら誰もが認めるところであり、彼らが味方になれば戦力が格段に向上することは間違いない。
とはいえ、それが受け入れる理由になるかと聞かれればそれは断じて否であった。
「この猫の手も借りたいくらいの局面において彼らの存在が大きいのは認めます…ですが、相手はあの鬼灯ですよ?」
森尾の声には複雑な感情が込められていた。理性では鬼灯との協力の必要性を理解している。だが、感情的にはまだ受け入れ難いという葛藤が表れていた。
「ま、そうだね。皆の不安に思う気持ちはよく分かるよ。俺だって別に不安がない訳じゃない…でも、現状を考えればこれを利用しない手はない」
多少の面識があるといえど、アヴァロンを率いる竜王と同等の混沌級に振り分けられる能力者が鬼灯にいる以上、危険性がある事は浅霧も重々分かっている。
しかし、全国各地から一斉攻撃を仕掛けられている影響で、この一方的に被害ばかりが増していく現状においては、そのリスクを考慮して動くのはマイナスにしか働かない。
「優先すべきは事態の収束並びに民間人の安全。だからここは柔軟に行こう。この判断に対する全責任は俺が取る」
「…局長がそこまで仰るなら分かりました。気は進みませんが、私は局長の判断に従うまでです…それでは、すぐに彼らとの接触を試みましょうか?」
「いや、彼らから接触してくる可能性もあるし、今は態勢を整えることを優先しよう…てか、下手に刺激して気分で標的変えられても困るし、一先ずは様子見しよ」
「……あの…私の前でならともかく、他の局員がいる前で急に弱気にならないで下さい。トップが揺らぐと不安を煽ります」
「いや、ごめんって」
そして、そんなマジのお叱りを森尾から受けた後、浅霧は再び考え込むような表情を浮かべ、やがて部屋を見回した。すると、自然と疲労の色が濃い局員たちの顔が目に入る。
「よし、では息苦しい会議も終わった事だし、早速仕事再開!…と行きたいところだけど、まずは全員、数時間でも良いから休息を取ろうか」
「え、でも、今この瞬間にも…」
若い職員が反論しかけるが、浅霧はゆっくりと首を横に振る。
「気持ちは分かるけどこういう時こそ焦りは禁物だよ。この数日、誰も満足に休めていないし、これからは長期戦になる。だから、休める内に出来る限り体力を温存しておくんだ。いざって時に全員が潰れてちゃお話にならないだろ?」
「…私達に休息が必要なのは理解出来ますが、その間の防衛はどうするのですか?流石の鬼灯と言えど、全範囲をカバーする事は出来ないと思いますが…」
浅霧の言葉に部下達が不安そうな表情を浮かべる中、森尾がダメ押しとばかりに問題点を指摘すると、浅霧はモニターに映る外の景色を見つめながら、静かに告げた。
「俺が出るよ」
その言葉に、部屋の空気がピリっと引き締まる。浅霧が前線に立つという意味を、全員が理解していた。
そして浅霧は振り返り、疲れきった部下たちを見渡し、再度安心させるように柔らかな笑みを浮かべる。
「だから、心配はいらない。俺が現場に出る間、皆は可能な限り体を休めておいて。あ、もちろん森尾ちゃんたち能力者組もね…次に会う時は、本格的に反撃開始の時だから…」
そう言う浅霧の姿には、圧倒的な存在感と揺るぎない決意が漂っていた。たとえかつての宿敵、鬼灯との同盟を結ぶことになろうとも、たとえ自らが前線に立つことになろうとも、決して揺るぐ事のない信念。
——この国を守る
能力者管理局東日本支部の局長として、そして最強の守護者としての姿がそこにあった。
局員たちは一瞬の沈黙の後、静かに頭を下げる。この男の指揮の下なら、どんな窮地も乗り越えられる。その確信が、疲れ切った彼らの心に灯りをともして。