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第128話 開戦



 その後、俺が住む関東地方をはじめ、全国各地でアヴァロンの存在が確認されるようになった。


 恐らく、これこそがアヴァロンが日本に上陸した当初から抱いていた計画だったのだろう。


 被害の程度は地域ごとに様々であったが、やはりアヴァロンの勢力はかつてのモンゴル帝国のように海を渡って襲来してきているのか、その被害は数ある被災地の中でも特に九州地方に集中しているようだった。


 また、ネットニュース等の随時更新される報道によれば、自衛隊等が既に出動し制圧に動いているものの、敵の戦力は予想以上に強大らしく、現時点でも少なくない死者を出しているという。


 そして、母さんが羽虫共に狙われてから凡そ3日という時間が経過した現在。


 政府が大々的に緊急事態宣言を発令し、市民に対して近隣の避難所への可及的速やかな移動を促す中、俺はそれを無視して家族を堂々と引き連れて、我らが拠点へと来ていた。


「あら〜、本当に家の近くにこんなに立派な施設があったのね〜!快ちゃんの話を信じてついて来て良かったわ〜!」


「そうだな!これ程の施設ならちょっとやそっとのことでは、ビクともしなさそうだ!」


「にぃにぃ!にぃにぃ!!」


「ユーン!!!」


 年齢の割に何かと大人びている俺からの進言…とはいえ、国の存亡が掛かった緊急事態の最中でのこと。近隣の学校なんかよりもずっと良い避難所があるという言葉も、子供の戯言として一笑に付される可能性も大いにあったが、そこは流石の俺の親と言うべきか、はたまた日頃の俺の行いに対する信頼の賜物か、特に疑われる事もなく、スムーズに拠点へと連れてくる事ができた。


 まぁ、中でも鈴が非常時という現状をよく理解しておらず、家族総出で遊びに来たのだと勘違いしてテンションを上げまくっているのは、少し気掛かりな所ではあるが、不安に押し潰されて泣きじゃくるよりはずっと良いだろう。


 何にせよ、刻々と外の状況が悪くなる中、誰に悟られるでもなく、迅速にこの場へと身を潜める事ができたのは僥倖だ。お陰でアヴァロンの勢力につけ込まれるリスクをグンと減らせた。


 そして何よりこの拠点。


 元々はただの廃工場だったが、今やこの拠点は銀次の力によって、あらゆる状況に対応できる特別な施設へと進化している。ほとんどの設備は地下空間に設置されているため隠密性が高く、使用されている資材も頑丈でセキュリティ面における強度も極めて高い。備蓄品についても食料からポーションに至るまで、平時から備えていた事もあって、施設同様あらゆる事態に対応できるよう十分に準備が整っている。


 おそらく全国のどこを探したとしても、ここ以上に最適な避難場所はないだろう。


 直近でも万全を期していたにも関わらず、隙をつかれてしまった為、油断は禁物…とはいえ、これで最低限の家族の安全は保障されたと考えて良いはずだ。客観的に判断したとしてもこの牙城を崩すのは容易ではない。


 そして、俺が家族への一通りの施設の案内を終え、避難区画とは別の鬼灯メンバーが集まる談話室へと足を運ぶと…


『ボス!!ありがとうございます!!』


 入室早々、レッドを始めとしたカラーズ幹部に取り囲まれ、何故だか一斉に深々と頭を下げられる。


 その何ら見覚えのない唐突な感謝の言葉に、訳が分からないと俺が困惑していると、そこでようやくレッドが頭を下げた意図を口にする。


「俺達やその関係者にまでこの拠点を避難所として使わせてくれてありがとうございます。この場に全員は呼ぶことは出来ないので伝わらないかもしれないですが、カラーズ一同、皆ボスに心の底から感謝しています」


 なるほど、何事かと思えばその事か。


 確かに、俺は今回のアヴァロンの襲撃を受け、俺の家族同様、鬼灯の配下にあるカラーズ150名及びその関係者が避難所として拠点を使用することを早々に許可した。だが、言ってしまえば俺がしたのはそれだけだ。それ以外の事は特に…というか、本当に何もしていない。


「礼ならたった3日で数百人が日常生活を送れる環境を整えた銀次に言え」


「銀次君にはもう散々言いましたよ。でも、それだけでは気が済まないからこうしてボスにもお話ししているんですよ」


 散々というその言葉にチラリと部屋の隅にあるソファに深く腰掛けている銀次の方へと目を向けてみると…確かに改築の疲労とは違う、明らかに精神的な疲労を感じさせる表情を浮かべていた。


 テンマやクロが水を渡したりと色々と気を遣っている辺り、どうやら俺が思っている以上にカラーズは銀次に感謝の気持ちを抱いていたらしい。


 とはいえ…


「直接的に手を貸した銀次ならともかく、許可を出しただけの俺にそこまでする必要はないだろ」


「いや、そんな事ないですよ。ボスは許可を出しただけ…なんて軽く言いますけど、政府と良好な関係とは言えないボス達は、この施設を関係のない人間に提供するだけでもかなりのリスクを負っている筈でしょう。だから、お礼を言うのは当然です!」


「…それはまた律儀なもんだな。俺が適当に頷いただけとは思わないのか?」


「はははっ、それこそあり得ないでしょう!俺達が考える程度の事をボスが思いつかない筈ないですから。だから、重ねてになりますがボス…本当にありがとうございます」


『ありがとうございます』


 そして、頭を下げるレッドに続いて、またしても深々と頭を下げるカラーズ。


 そもそも、この拠点のある土地を公的に私物化したカラーズの協力がなければ、現在のように堂々と避難所として活用することも出来なかった筈なのだが、その辺コイツら分かってるのかね?


 いやまぁ、物言いからして十中八九分かった上で言ってるんだろうが、ここまで改まって礼を言われると、どうにも反応に困るな。とは言え、ここまでされて無下に扱うわけにもいくまい。


「はぁ…俺としては以前の非常時には守ってやるという約束を果たそうとしただけで、そこまで大層な事をしたつもりも、感謝される謂れも全くないんだけどな。でも、ま、お前らがそこまで言うならその感謝は受け取っておいてやるよ。どういたしまして」


『はい!』


 俺の言葉に、そう心底満足げな笑みを浮かべて返事をするカラーズ。


 実のところ、カラーズやその関係者を拠点に受け入れたのは、以前の約束とは別に俺が今後自由に動き回るのに際して起こる問題へのフォローを任せたかったという下心もあったのだが……まぁ、それもきっとコイツらは承知の上で言っているのだろう。でなければ、俺が家族を拠点に連れて来て早々、カラーズ総出で挨拶なんてしに来ない。


「その感謝の気持ちを利用するつもりはないが、俺が不在の間の事は呉々も任せたぞ」


「……やっぱり行くつもりなんですね」


 やはり俺の予想通り、レッドは諸々の事を事前に察知していたらしく、分かってましたとばかりに俺の言葉に目を細める。


 ただ、理解はしていても危険だと分かっている場所に俺達が身を投じることに対して何か思うところがあるのか、レッドは珍しく納得のいかない様子を見せた。


「必要とあらば、ボスのご家族へのフォローくらい幾らでもしますよ…けど、それは絶対に行かなきゃならないんですか?このまま能管や自衛隊の人達に任せるのではダメなんですか?」


「なんだ心配でもしてくれてるのか?」


「はい」


 俺の茶化すような軽口に対して、真剣な面持ちで即答するレッドに、俺は思わず目を見開く。


「いや、まぁ現時点でボスに守ってもらっている分際で、何言ってんだって言われたら本当にその通りなんですけど、それでも心配なもんは心配なんですよ。俺達だってボス達が滅茶苦茶に強いのは十分分かってますけど、今回の敵は殺人ピエロの時とは訳が違うじゃないですか。既にあの時以上の死者が出ていますし、世の中に絶対はありません…」


 レッドの言う事はカラーズの総意であったのか、皆一様に同じ目をして俺を見る。


 まさかカラーズに心配される日が来るとは思いもしなかったな。だが、確かにレッドの言う事には一理ある。


 先の一件からも分かるように世の中に絶対はない。今現在、俺達にどれだけの備えや自信があったとしても、それが敵がそれ以上の備えをしていないという保証にはならないのだ。特に、圧倒的な戦力を持ちながらも様々な策を弄して攻めてくるアヴァロンに関しては、レッドたちが危惧するような事態になる可能性も一概に否定できない。


 レッドが口にした対策に関してもそうだ。


 能管に浅霧が率いる東日本支部に加えて、新たに第二支部、すなわち西日本支部が設立されたことは、今や全国に広く知られている。となれば、レッドが言うように、この場で静かに家族やカラーズ共々、熱が冷めるのを待つのも一つの賢明な判断のように思える。いや、実際その方が鬼灯関係者の安全を確実に守ることにはつながるし、言うほど悪い策でもないのだろう。


 しかし、この選択にはただ一つ。決して無視する事ができない明確な欠陥が存在する。


「お前の言いたい事は分かるし、理解も出来る。ただ、それはこの国がアヴァロンに屈しないという前提の上に成り立つものだ」


「…ボスは…その前提が成り立たないと?」


「いや、俺も何もそこまで言うつもりはない。だが、全ては何を持って勝利とするかだ」


「何を持って勝利とするか…ですか…」


「あぁ。多大な被害を出して尚、最後に竜王を含むアヴァロンの勢力を討ち果たす事を勝利の条件とするのなら、浅霧を中心とした複数の能力者や多くの現代武器を抱えている政府が勝つ可能性は極めて高いと言えるだろう。だが、それは裏を返せば多大な被害を出さない限り、勝ち得ないと言っているも同義だ」


 一国が満身創痍となってアヴァロンの軍勢を退けること。それを果たして勝利と言えるのか。会話の流れ上少し遠回しな言い方になってしまったが、俺が言いたいのはつまりはそういうことだ。


 そして、それは遠巻きに会話を聞いていた銀次やテンマも同じだったのか、俺の言葉に賛同するように会話に入ってくる。


「ふむ、分かってはいたつもりだが、改めて聞いてみると何とも皮肉なものだな。多くの人を守ろうとすればする程、被害が増えていくというのは…」


「まぁ、この国にどれだけの戦力があっても、アヴァロン側に戦力を分散されるように動かれたら、政府はそれに対応して動いていくしかないもんね。いっそ特定の地域をキッパリ見捨てられたら政府としても多少は楽なんだろうけど、その後の反発を考えたらそうもいかないだろうし…ほんと、敵ながらよく考えて動いてるよね」


 これは使い古された言葉だが、大いなる力には大いなる責任が伴うというやつだ。拘束がなく、自由に動いている俺達やその他の野良の能力者達はともかく、政府側に居る浅霧達はそれを今頃酷く痛感している頃だろう。


 にしても、よく考えて動いている…か。確かにここまで組織的に動いておいて、それが単なる偶然という可能性は低いだろう。これまでの動きを鑑みてみても、他の国で暴れていた時の動き方と大きく違う事といい、奴等が日本に他とは違う何かしらの明確な目的があって攻めてきているのは間違いない。


「ま、奴等の最終的な目的が何であれ、進むも地獄退くも地獄なのは変わらないんだ。なら、このまま座して待つのではなく、さっさと介入して早めに片を付けるのが俺達らしいってもんだろ」


「ふふっ、そうだよそうだよ!それでこそ自由気ままが売りの我らが鬼灯だよ!」


「既に覚悟は出来ている」


「ガウゥ!!」


「はぁ、止めても結局こうなるんですね。まぁ、始めから何となくこうなる予感はしてましたけど…呉々も気を付けてくださいね。いや、どうせなら滅茶苦茶に懲らしめて来ちゃって下さい!」


 俺の言葉に待ってましたとばかりに深く頷く鬼灯戦闘員と半ば呆れながらも最後にはしっかりと笑みを浮かべて背中を押すカラーズ一同。


 ふむ。どうやら鬼灯にはアヴァロンに負けず劣らずの組織力があるらしい。これもリーダーのカリスマ性故か。


 兎にも角にも身内の避難も済んでこれで全ての下準備が整った。となれば、後は本格的に動くのみだ。


 そして、俺は主要メンバーが丁度揃っているこのタイミングを巧みに利用し、そのまま最後のミーティングを始める。


「今後の動きについての詳細は後で確認するとして、取り敢えずまずは改めて鬼灯の立ち位置を明確にしておくぞ……とはいえ、この状況で長々と話しても仕方がないしな。端的に言おう。今回、俺がお前等に望む事はただひとつだ」


 俺の言葉が一瞬途切れると、部屋の空気が一気に緊張に包まれる。静寂が重くのしかかり、まるで時間が止まったかのように、全員の視線が一斉に俺に集中した。


 そんな沈黙の中、俺はわずかな殺気を滲ませながら、その続きを静かに口にする。


「敵対勢力アヴァロン…奴等が目論む全ての意に反せ」


『!』


 その瞬間、より一層緊張感が高まるが、俺はそのまま溜める事なく、今度は戯けたような口調で言葉を続ける。


「散々好き勝手やって来た俺達だ。今更、正義なんてものを掲げて戦うつもりは毛頭ない。だが、奴等がこのまま好き勝手に動くのをただ傍観しているのも面白くないだろう。だから、奴等が国を侵すなら国を、人を脅かすなら人を守れ」


 俺の言葉がどれだけの影響を与えたのかは分からない。だが、そこには確かに今もなお暴れ回る竜へと思いを馳せ、不敵にも映る悪戯な笑みを浮かべる鬼達が居た。


 その光景にこの組織もつくづく碌でもないな…と思うが、それも今更かと思うと途端に俺も笑えて来るのだから不思議なものだ。


 そして、鬼達はその不気味な笑みを浮かべたまま竜が預かり知らぬ場所で密かに戦いの火蓋を切った。


「行くぞ、鬼灯。楽しい害虫駆除の時間だ」





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