表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
127/136

第126話 逆鱗(1)


 ——厄災


 それは何の前触れもなく訪れた。


「クソがっ」


 その時…唐突にクロウズからの緊急の呼び出しを受けた俺は、学校を適当な理由で抜け出し、凡そ常人では出しえない速度で帰路を駆け抜けていた。


 ——タッタッタッ


 副作用の強い身体強化さえも惜しまずに駆使して1秒でも早い目的地への到着を目指すが、その焦燥感が収まることはない。それどころかアスファルトを打つ足音が、俺の心の焦りを余計に助長させる。


 現状に至るまでの原因を簡潔に言うなら、事態は俺の想定以上に進行していた…というところだろうか。


 クロウズからの要請があって直ぐに学校を飛び出して来た為、未だ事態の全容は分からない。


 しかし、自宅付近を巡回している筈のクロウズからの緊急信号。それは即ち俺の家族に何かしらの危険が迫っている、もしくは降りかかっている事を示すサインに他ならない。


 そして、現在の世の中の情勢からするに、政府が関知していない野良の能力者が偶然、俺の家族を狙う可能性は極めて低い。となれば、必然的に結論は以前より警戒していたアヴァロンの一味が俺の推測よりも早く日本に進出していたというものになる。


 単なる偶然なのか、意図的なのか…俺の家族に危険が迫っている理由には未だ見当が付かない。ただ、クロウズが鬼気迫る様子で俺を呼びに来た以上、ユンだけでは対処が難しい何らかのイレギュラーが起こっていることは間違いないだろう。


 どれだけ備えていたとしても、想定外というのは往往にして起こり得る。こればっかりは仕方がないことだ。


 とはいえ、クロウズが俺を呼びに来るまでの諸々の時間を考慮したとしても、現時点で少なくとも事が起こって5分以上が経過している。


「5分…」


 事態の全容が分からない以上、確かな事は言えないが、この騒動の原因が仮に俺の推測通り竜王もしくはその一味であるのだとしたら俺の家族が無事であるかどうかは微妙なところだ。腐っても混沌級。決して侮っていい相手ではない。


「何にせよ今は急ぐしかない…か」


 そして、快は身体強化を使った体により一層力を込めて目的地を目指す。その瞳に燃え滾るような尋常ではない怒りを宿して。



 ——事の発端は約20分前


「少し買い過ぎちゃったわね〜」


 青空が広がる午後、月下愛はいつものように夕飯の買い出しを終え、買い物袋を手にぶら下げて帰路へとついていた。


 その道中、不意に何かにぶつかる感触がした。


 ——ドンッ


「すみません。大丈夫ですか?ごめんなさい、私…どうやら前をよく見ていなかったみたいで」


 前に人なんて居たかしら…と、多少の違和感を覚えながらも愛は慌てて謝罪の言葉を口にする…が、それに対する相手方からの返事はない。


 その事にお相手が怪我をしてしまったのではと思い下げていた顔を上げてみると、そこには異様な存在感を放つ2人の男が愛の進行方向を妨げるように立って、獲物を見るような鋭い目で愛を見据えていた。


 そして、2人の内の1人。体格が大きく茶色みがかった髪をした男が口を開く。


「ほらな、俺の言った通り上玉じゃねぇか!こんな別嬪探したってそうそうお目に掛かれねぇぞ!」


 粗暴な印象を受ける物言いをするその男の言葉に、対照的に華奢な体格をした何処か品を感じさせる金髪のミディアムヘアをした少年が答える。


「そう?確かに美人ではあるけど、ボクはもっと同年代くらいの若い子の方が良いな…まぁ、やっぱり東洋人だからか見方によっては幼くも見えるし、全然無しではないけど」


「がははっ、何だよ!なんだかんだいってお前だって気に入ってんじゃねぇか!だが、この女にはじめに目をつけたのは俺だ!先は譲ってもらうぜ!」


「君に先を譲ったなら僕はもう要らないよ。君のお古とか使えたもんじゃないし、何より衛生的じゃない…でも良いのかな、こんな勝手な事して。本格的に動くのは、皆が配置についてからって話じゃなかった?」


「んだよ。今更、ビビってんのか?」


「別にそういうんじゃないよ。ボクは、ただあのお方が考えた計画に支障をきたしたくないだけ」


「そんなん俺だって同じだ。だが、にしたって計画の時間まで男2人でただボーッと待ってる訳にもいかねぇだろ。なーに心配いらねぇ、一般人の女1人攫って遊んだところでそんな直ぐ騒ぎにはならねぇよ」


「ふーん。ま、ボクはあのお方に迷惑をかけさえしなければ何でもいいけどさ。やるなら程々にしてよね。多少早めに到着したとはいえ、別に時間にすごく余裕があるって訳でもないんだから」


 2人が話す日本語以外の言語に、意味の分からない愛は首を傾げることしか出来ない。ただ、なんとなく視線や何やで自分が話題になっていた事は分かった為、取り敢えず思い当たる節を口に出してみる。


「あの〜、何かお困りですか?見たところ怪我はされていないようですが、もしかして道に迷われたのでしょうか?外国の方のようですし、もし何か私にお手伝いできることがあれば、喜んでお手伝いしますが…」


 純粋な善意からの申し出。


 ただ、愛が良かれと思って取ったその行動は、事態を嫌な方向へと進展させた。


「がははっ!日本語だから相変わらずなんて言ってんのかは分からねぇが、今の上目遣いは堪んねぇな!グチャグチャに痛め付けたくなる…」


 そして、徐に愛へと手を飛ばし始める大柄の男。


 と、その時。


 それを制止するようなタイミングで愛の背後から声が上がる。


「あれ、おばさん??」


 ——ピタッ


 流石に目撃者がいる中で騒ぎを起こすのはマズイと思ったのか、男は愛へと触れる寸前でその動きを止める。


「あら〜、テンマ君と銀次君!こんにちは!」


「あはは〜、やっぱりおばさんだー!こんにちはー!」


 偶然鉢合わせたのが、快の母親である愛だと分かり、露骨にテンションを上げるテンマと、その場で笑みを浮かべて小さく会釈をする銀次。


「僕達は学校サボって丁度月下家に遊びに行こうと思ってた所なんですけど、おばさんはこんなところでどうしたんですかー?お買い物の帰りなのは見れば分かるんですけど、もしかして何か困り事ですか?もしそうなら、この月下家の長男六道テンマが解決しますけど!」


「月下家の長男を自称するならせめて六道とは名乗るな。矛盾してるぞ」


「う、しまった!」


「うふふ、相変わらず賑やかね〜。でも、そういうことならお言葉に甘えて頼っちゃおうかしら!実は、丁度今困ってて…」


 そして、愛はこれまでの経緯を簡単にテンマと銀次へと話す。


「ふむふむ、なるほど。大体の話は分かりました。でも、そういう事なら尚更任せてください。僕、こう見えて日本語以外の主要言語も割といける口なんで!この人達の目的が何であろうと完璧に対処してみせますよ!」


「あら〜、沢山勉強しているのね!流石テンマ君!頼りになるわ〜!」


「あはは!いや〜、それ程でも!」


 人妻とはいえ美人の愛に手放しに褒められ、テンマは頬を緩め露骨に照れる。


 しかし、その一方で銀次は真剣な面持ちで前方を見据えて警戒を露わにしていた。


「テンマ…」


 銀次からの緊張感のある小声での呼びかけに、テンマも訝しむように目を細めて頷く。


「うん…分かってるから大丈夫だよ。あの人達、放つ気配が普通の人のそれじゃないね。流石は快ちゃんのお母さんというかなんというか…おばさんは観光外国人特有の迷子かなんかだと勘違いしているみたいだけど、さっきの様子からして結構危ない状況だったみたい」


「気付いていたか。それで、これからどうする…運良く未遂に終わったとはいえ、ここで見逃すほど俺達は優しくないだろ」


「当然。だから僕はここであの人達の相手をするよ。銀ちゃんは、まだ他に仲間がいないとも限らないから、このままおばさんを家まで送ってあげて。分かってるとは思うけど、おばさんには気取られないように」


「あぁ、分かった。お前が負けるとは微塵も思っていないが、呉々も油断だけはするなよ」


「うん!」


 そして、互いにやるべき事を迅速に把握したテンマと銀次は、直ぐにその行動に移り始める。


「愛さん。テンマもこう言っている事ですし、ここはテンマに任せて俺達は先に帰りましょう。荷物は俺が持つんで!」


「あら、そう?でも、何だか2人に任せきりにしちゃって悪い気がしちゃうわ」


「そんな事気にしないでください。こんなの、いつもよくして頂いているお礼にしたって全然足らないくらいなんですから」


「銀ちゃんの言う通りですよ!でも、そんなに気になるならまたご飯をご馳走して下さい!!僕、おばさんの作る料理大好きなんで!」


「うふふ、分かったわ!それじゃあ、2人ともよろしくお願いね!」


『はい!』


 そう2人揃って愛の言葉に返事をした後、銀次は直ぐに愛を2人の男達から守るような位置を取って、並行して歩き始める。


「あ、おい!!!」


 そして、銀次と愛がその男達の横を通り過ぎようとした瞬間、その展開に納得のいかない大柄の男が声を張り上げて、離れて行こうとする愛を引き止めようとするが…


 ——ポンッ


 それを、空歩を使い、一瞬で並び立つ2人の男の懐にまで距離を詰めたテンマが阻止をする。


「まぁまぁ、名残惜しいのは分かるけど、先ずは落ち着いて僕と話でもしようよ」


『?!』


 肩に手を添えられるまで接近されたことに気が付けなかった事実に、驚きを露わにする男達。


「…因みに死にたくなければ、今は迂闊に動かない方が良いよ」


 テンマの存在に気付くや否や男達は即座に攻撃体制を取ろうとするが、それさえも行動に移すより先に言葉で制される。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ