第125話 闇
123話の方にも書きましたが、こちらのミスで124話を抜いた上に、123話と125話が入れ替わって投稿されてしまったので、「この話もう既に読んだよ!」って方はお手数をお掛けいたしますが、124話の方を読んでください。本当、すみません。ポンコツなもんで。
快がアヴァロンの動向に確かな違和感を抱き始めた頃。
少女はただ1人、狭い部屋の隅に身を縮めていた。
外の世界から閉ざされたその場所には、窓もなければ扉の隙間から漏れる光さえも許されず、ただひらすらに深い闇だけが広がっていた。
そんな中、壁を伝う冷たい空気が、まともな衣服一つ身に付けていない彼女の肌を容赦なく突き刺す。
「…ぅ」
そのあまりの冷たさに堪らず声を漏らすが、皮肉にもその痛みにも似た感覚で、憔悴しきっていた自分がまだ生きていることをかろうじて思い出させた。
終わりが見えない、無限に続く静寂と暗闇。
視界を奪われたその空間は、少女にとってまるで永遠のように感じられ、心の奥に沈む不安が静かに少女を蝕んでいた。
既に正常な時間感覚なんてものはない。もう自分がどれだけこの空間にいるのかも分からない。ただ、定期的に心の奥底から湧いてくる絶望の波に負けたくないという一心で必死に耐えていたということだけは覚えている。
しかし、時間経過と共に着実に精神は摩耗していく為、それももはや我慢の限界だった。現に、先程までの記憶が曖昧となっている。起きていたのか、気を失っていたのか、そんな簡単な事ですらもう判断が付かない。
——怖い
——寒い
——痛い
——寂しい
——いつまで
我に返って早々、心の奥底から際限なく湧いてくる絶望の声。それは止まるところを知らず、遂にはその絶望は自分をこのような状況へと追い込んだ者達への筆舌にも尽くし難い憎悪へと変化していった。
「どうして…」
自らの置かれている状況の悪さに堪らず愚痴にも似た疑問を口にするが、その疑問の答えは自分でも痛い程よく分かっていた為、その後に言葉は続かなかった。
その代わりに大きな後悔と虚無感だけが残る。
過去に現状を打破しようと何度も脱出を試みたこともあった。だが、それは自らの体と精神を酷く傷付けるだけに終わった。
分からない。
もうこの死んでいないだけの時間を、利用し搾取されるだけの時間を、どう生き抜いていけば良いのか分からない。不幸を撒き散らすだけの自分が、苦しくなっていくばかりの自分が、このまま生きていて良いのかさえ分からない。
自ら命を断つのは負けを認めるようなものと理解はしていても、いっそこのまま死んでしまった方が…と頻りに耳元で悪魔が囁く。
少女はそれを必死な思いで振り払う。
外の世界がどれほど遠くに感じられようとも、少女の心のどこかには、いつの日か光が差し込む瞬間が訪れると信じる気持ちが微かに残されていた。
しかし、それももはや風前の灯火だった。
一向に落ち着きを見せない精神が、今も尚、容赦なく飲み込もうとしてくる絶望の荒波が、もう諦めろと、希望なんか抱くなと、少女にそう強く現実を告げてきているように感じた。
「誰か……………………………」
依然、異様な静寂が支配する中、少女は今にも消え入りそうな声で希望を口にしてみるが、返ってくるのは自分の鼓動の音だけ。
「お願い…………………します………………」
少女は深く息を呑み、希うように更に耳を澄ませる。しかし、この暗く狭い場所には変わらず希望の声は聞こえてこなかった。
「ぅ…ぅう…」
静寂に響く少女の泣き声。その声は次第に大きくなっていき、慟哭といっても差し支えない程に大きくなる。
しかし、残酷にもそれでも少女を慰める者は誰も居なかった。もう大丈夫だと抱きしめてくれる者は現れなかった。この部屋の頑強な壁を壊してくれる者は居なかった。泣いても泣いても…どれだけ泣いても現実の逃れられない暗闇は変わらなかった。
そして、少女は直に泣き疲れ、虚しさと共に硬く冷たい床へと横になる。
それから、そのまま目を閉じて想像する。自由な空が、温かな日差しが、自分を包む瞬間を。優しかった両親の手を、家族の温もりを。どれほど繊細に想像をしたとしても所詮幻想に過ぎないという事は誰に言われずとも分かっている。
ただ、満足な食事も与えられずに、著しく体力を失った少女にはそんな無駄な行為をすることしか出来なかった。
自分の今にも折れそうになっている心を奮起させるには、孤独の苦しみが自分の心を押しつぶさないようにするには、いつかこの場所から出られる日が来ると信じて、こんな方法で自らを励まし続けるしかなかった。
「……ぅぅ…ぅ」
しかし、されども涙は溢れる。励ませど、励ませど、涙は際限なく溢れ続ける。
信じるだけ無駄なのかも知れない。ただ、それでも少女は夢見る未来が訪れる事を信じていたかった。
そして、そうして泣き続けた少女は運命の糸さえ見えない闇の深淵で、誰にも見られず、誰にも触れられず、自らの存在を見失わないようにただひとしずくの光を胸に抱いて再び眠りについた。