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第124話 憂



 拠点の半壊という波乱の結末を迎えた銀次との手合わせから数時間。


 それぞれの能力を駆使することで何とか拠点の復旧作業を終えた俺達は、無機質な訓練室から一変、モデルハウスのような洒落た家具が立ち並ぶ談話室へと場所を移していた。


「ふー、作業を始める前は絶対に今日中には終わらないと思ったけど、やってみると案外なんとかなるもんだね!あれだけ壊れてたのに、もう完全に元通りだよ!」


「お前が無駄に逃げ回らなければ、その作業ももっと早く終わってたんだけどな。破壊箇所が点在していた分、余計に手間がかかった」


「いや、それ壊したの僕じゃなくて殆ど快ちゃんだから!てか、後ろから殺気増し増しで追いかけられたら誰だって死に物狂いで逃げるでしょ!僕、後半は復旧作業が面倒臭いからじゃなくて、完全に快ちゃん怖さに逃げてたもん」


「はぁ…都合が悪くなると、すぐに人のせいにするんだもんな。だが、お前がそこまで言うなら分かったよ。お前より7つも年下だが、今回は精神年齢が上の俺が折れてやるよ。ごめんごめん、要らぬ手間をとらせて悪かったな。これでいいか?」


「………銀ちゃん。まだマナに余裕あったりする?」


 俺の軽口が余程頭に来たのか、暗にもう一度壊していいかと銀次に許可を取ろうとするテンマ。


 未だ体力が有り余っている俺としては、これからテンマの相手をしてやるのも吝かではなかったが、それは立て続けにスキルを使いやや疲労気味の銀次が許さなかった。


「ない。というか、マナの残量関係なしにやめてくれ。これ以上壊されるとマナ以前に心の方が先に折れる…それでもやると言うなら俺はその事には一切関知しないから勝手にやってくれ」


「……命拾いしたね、快ちゃん」


 銀次の言葉を聞いて気が変わったのか、途端に怒りを鎮めるテンマ。


 まぁ、銀次なしでの復旧作業がどれほど難航を極めるかは想像に難くないからな。気持ちは分かる。


 とはいえ、言動が色々と露骨過ぎるだろ。見逃してやったとばかりの捨て台詞といい、腰掛けていたソファにやけに偉そうに深く座り直す所といい、年上の体裁を保とうとしているのがバレバレだ。大方、精神年齢が低いと揶揄された事を気にしているのだろうが、露骨過ぎて見ているこっちが恥ずかしくなってくる。


 しかし、テンマはそうして俺が呆れている事にも気が付かずに、体裁は保てたと言わんばかりの満足げな笑みを浮かべて話題を変える。


「にしても、快ちゃんが中学に入学してからもう1週間か〜。あんなに小さかった快ちゃんがもう中学生だなんて、僕は未だに信じられないよ!」


「卒業式に続いて、入学式にまで参加しといて今更何言ってんだ。てか、お前との付き合いはここ2年くらいだろ。お前にそこまで言われる程の成長の過程を見せた覚えはない」


「いやいや、実際の付き合い自体はそうかもしれないけど、卒業式に際しておじさんとおばさんと一緒に快ちゃんの成長記録ビデオを予習した僕には2年では収まらない感動があるんだよ。気分はさながら月下家の長男よ!」


「何が長男だ。末っ子の間違いだろ」


「えぇ、幾ら何でも鈴ちゃんより下はないでしょ?!」


 薄々感じてはいたがコイツ俺の家に侵食し過ぎだろ。イベントの度に家族面して出席する事もそうだが、いつの間にビデオ鑑賞なんてしてたんだよ。


 まぁ、それを母さんや父さんが良しとしてるのが1番の問題のような気もするが。いや、食卓にテンマや銀次の食事が並んでいても大して違和感を抱かなくなっている辺り俺も大概か。


 何にせよ、テンマが俺の幼少期を見たという事であれば、この話題は一刻も早く変えるべきだな。別に恥ずかしい過去がある訳ではないが、そこはテンマの事だ。有る事無い事吹聴しかねないし、それは流石に俺の沽券に関わる。


 その為、俺はテンマの話をぶった斬り、半ば無理矢理話題を変える。


「にしても、ここは居心地が良くて良い部屋だな」


「いきなりどうしたの快ちゃん。そんな藪から棒に部屋の感想なんて言って…」


「いや、別に特にこれといった意味はない。ふと、そう思ったから口に出してみただけだ」


「ふーん…でも、確かにそう言われてみるとそうかも。このソファも座り心地抜群だし。これ完全に人をダメにする類の奴だよ。もしかして、これも銀ちゃんが作ったの?」


 流石に無理があるかと思ったが、どうやら話題の転換には成功したらしい。テンマは特に疑う事なく、銀次へと興味の対象を移す。


「あぁ。ソファだけでなく、拠点にあるものは大体な。とはいっても、既製品を参考にして作ったものだが」


「いや、それにしたってこの再現度はすごいよ!やっぱりスキルとの相性がいいんだね!多分、僕が同じスキルを持っててもここまで上手には使いこなせなかったよ!」


「そ、そうか?それは流石に褒めすぎだとは思うが、まぁ評価してもらえてるなら悪い気はしないな」


 ここ数ヶ月の努力が実ったようで嬉しいのだろう。銀次は俺やテンマからの賞賛の言葉に、謙遜しながらも満足げな笑みを浮かべる。


「うんうん!てか、銀ちゃんが戦ってる時も思ったけど、錬成ってほんと便利な能力だよね。戦闘はもちろん、こうして生活にも色々利用出来るし!」


「まぁ、そうだな。確かに汎用性の高さは度々感じるな。だが、使い勝手の良さで言えばお前の風も負けてないだろう?」


「いやいや、僕のスキルも使い勝手は良い方だとは思うけど、銀ちゃんと比べると流石に見劣りしちゃうよ!まぁ、肉体の再生と破壊しか出来ない快ちゃんよりは断然マシだけどね!」


「お、おい…事実だとしてもそんな言い方はないだろう」


「え、なんで?」


「いや、何でってな…」


 テンマの物言いが俺の機嫌を損ねると思ったのか、銀次は露骨にあたふたとして焦り出す。


 しかし、そんな銀次の心配とは裏腹に、俺はテンマのあけすけな発言を前でも至って平静だった。


 確かに、テンマの言い方には多少の棘があったが、言っている事自体は間違いではないからな。テンマ自身も全く悪気はないだろうし、特に怒る理由もないだろう。


 そして、俺は勝手に焦っている銀次を宥めるように落ち着いた声色でテンマの発言を肯定する。


「ま、そうだな。そこに関しては俺もテンマの意見に完全に同意だ」


「快…」


 銀次は俺の落ち着いた態度に意外とばかりに目を見開くが、テンマはうんうんと深く頷いて相槌を打つ。


「元々、治癒系統術だってその汎用性の無さから俺が苦肉の策として作り出したマナの運用法でしかないからな。まぁ、一部身体強化のような例外もあるが、あれも元を辿れば治癒の特性である再生を応用した結果でしかない。それを鑑みれば、テンマの言う通り俺のスキルは酷く限定的だと言わざるを得ない」


 ある種の縛りとでも言おうか。スキルとは、通常その能力の名に因んだ力しか発現できない。


 その為、スキル名というのは意外と能力者にとっては大事だ。その名の解釈の仕方によっては、自分でも思いもよらなかったスキルの可能性が見えてきたりする。


「スキル名が広義であればある程、スキルの可能性としては高くなる。その点、銀次の錬成は汎用性で言えば数あるスキルの中でも飛び抜けていると言えるだろう。何なら万能って言ってもいいくらいだ」


 生物にしか干渉出来ないという酷く限定的な俺のスキルを特化型とするなら、逆に無機物であれば何でも干渉と生成が出来る銀次のスキルは正しく万能型だ。


 これは客観的な事実であり、決して銀次を驚かせようとして大袈裟に言っている訳ではない。


 しかし、銀次は俺の発言が存外に衝撃的だったのか、復唱し噛み締めるように反芻する。


「万能…か。だがそれなら何故、俺は快に一方的にやられたんだ?快の話が本当なら俺は先の手合わせで勝つとまでは言わなくとも、もう少し食い下がれても良かったんじゃないか?」


 その通りだ。等級の差があると言えど、銀次が錬成本来の真価を引き出しさえしていれば、少なくとも俺が身体強化を使わずに勝利なんて結果にはなっていなかった。


 まぁ、スキルを獲得して7ヶ月やそこらで、警戒している状態の俺に治癒を必要とする程の不意打ちを食らわせただけ大したものだとは思うが、それも本人が満足してないんだったら意味のない評価だからな。


 ここは素直に俺なりのアドバイスを送ってやるのが良いだろう。幸い、銀次が歯が立たなかった要因には、見当がついている。


「そうだな。色々と思い当たる節はあるが、1番の原因は、戦い方が単調になっている事だな」


「単調…それはワンパターンということか?」


「あぁ。これは碌に手合わせもせずに拠点の改築ばかりを優先させていた俺にも責任の一端はあるが、お前の戦い方は現状、極端に物質の干渉に偏っている」


 剣樹に鬼荊棘。手合わせの中、銀次が繰りだしたものは2つとも見事な技であったが、その本質は物質の干渉という同じものだ。


「物質の干渉に偏っている…か。だが、錬成スキルを戦闘に組み込むとしたら、必然的にそういったものになるんじゃないか?」


「んー、僕も錬成スキルのイメージ的には銀ちゃんの戦い方で大体一致してるかな。快ちゃんは、物質の干渉に偏り過ぎって言うけど、僕も基本的には風を利用して戦うし…」


 そう言い、銀次の意見に賛同するように首を傾げるテンマ。


 しかし、図らずともそのテンマの発言の中に俺の言いたい事が集約されていた。


「それだ」


「え、それ?どれ?どれのそれ?」


「風を利用ってところだ。それで言うと、銀次は錬成を利用しているんじゃなく、利用されているって表現の方が正しい。お前はスキルの万能さに無意識に振り回されている」


「そう…なのか…?」


 俺に問題点を指摘されて尚、自らの問題に気が付かない銀次。


 俺はその様子に重症だと思うのと同時に、現段階で気づかせる事が出来ることにほっと安堵していた。


 そして、俺は感覚の狂っている銀次にも伝わるよう、一気に核心に迫る言葉を告げる。


「なら聞くが、お前手合わせの時、始めに牽制する為に大きく後退して以降、その場を回避以外で動いたか?」


「動いたかと言われてもな。そりゃ戦ってるんだから当然……!?」


 先の戦闘を思い返したのか、露骨に動揺を露わにする銀次。


 そして、続けて「何故今まで気が付かなかった」と溢し、いかに自分がスキルの固定観念に囚われていたかをここで漸く自覚する。


「俺はスキルの万能さにかまけて、固定砲台と化していたんだな」


「まぁ、有り体に言って仕舞えばそうだな。お前は俺が剣を投げた時も、身体で回避することよりも先に周囲に展開していた剣で攻撃を凌ごうとしていた。それはお前がスキルに囚われている事を示す何よりもの証拠だ。とは言え、通常の能力者であれば、その選択は何も間違っていない。だが、お前にはアレを避けられるだけの十分な身体能力があっただろう。ならそれを戦闘に活かさないのは、宝のもち腐れ以外の何者でもない」


 拠点の改築をするのに準じて、マナの総量や練度といった基礎力が上昇する為、ここ数ヶ月の銀次の努力が全くの無駄だったとは俺も微塵も思わない。だが、その末に思考が凝り固まり、攻撃が単調になるのであれば、それは明確なデメリットでしかない。


「俺が口を出すのはここまでだ。この指摘を今後どう活かすのかはお前が決めろ」


「あぁ、お陰で重大な問題点に気が付く事ができた。ありがとう。これからは、拠点の改築もひと段落ついた事だし、戦闘の方にリソースを割いてみる事にする」


「それがいいだろうな。単純な基礎力という意味ではお前はもう数ある能力者の中でも確実に上位層だ。だから焦る必要はない。心ゆくまで自分に合った戦闘方法を探ってみろ」


 俺がここで効率的な改善案を出す事は簡単だ。だが、それをしたら最後、格段に強くはなるだろうが、手合わせでの面白味も無くなってしまうからな。強くなっては欲しいがそれでは本末転倒だ。


 きっと俺の為にも銀次の成長の為にもこれくらい放任する方が丁度良い。それに、今は俺個人としても今後を見据えて少し時間が欲しいのが本音だ。


 というのも、以前からマークしていたアヴァロン。ここ最近、奴等の動きが少し妙なのだ。


 先月まではこれまで通りロシアを横断するように東へと進路を進めていた。しかし、それが遂にアジア圏へ侵入しようという場所で騒ぎを起こして以降、何故だかピタリと騒ぎを起こさなくなった。


 かれこれ2週間。そのまま奴等は鳴りを潜め続けている。


 その為、ネット上なんかでは既に政府によって制圧されたのでは?という、声もちらほらとだが上がってきている。だが、それが事実なのであれば既に大衆に安心を与える為にもその類の報道がされているだろう。


 しかし、そういった情報は一向に流れてこない。どころか、より一層不安を煽るような中身の無い報道がされ続けている。


 俺にはこれが嵐の前の静けさのように思えてならない。


「やはりどうも気になるな…」


「気になる?気になるって何が?…あ、もしかして遂に快ちゃんにも学校で好きな子でも出来た?」


「…」


「えー、マジなの?それで誰なの?名前は?ほらほら、お兄ちゃんに教えてみなって。僕が恋愛相談に乗ってあげるから!」


 しまった。俺とした事が…遠くにいる混沌級能力者ではなくて、まずは身近の天災級能力者を始末するべきだったか。


「はぁ…バカ言え。入学して1週間で好きな子も何もあるかよ。何なら、中学に入って早々、増して告白されて困ってるくらいだ」


「うわー、何それ感じ悪!」


「感じ悪くて結構。とにかくお前に恋愛相談する事はないから余計な事は気にせず公園にでもいって砂遊びでもしてろ」


「いや、砂遊びって一体僕のこと何歳だと思ってるのよ」


「体はともかく精神年齢は5歳くらいか?…てか、そもそもお前モテないんだから恋愛相談されても碌なアドバイス出来ないだろ」


「い、いや、出来るし!てか、モテるし!快ちゃんに言ってないだけで、僕これでも結構学校で声とか掛けられてるし!何なら取っ替え引っ替えだし!!」


「どうだか」


 コイツは顔は比較的整っている方だと思うが、如何せん童顔でチビな上に煩いからな。高学歴といえど、需要があるのかはどうも怪しいところだ。


 にしても、人が真剣に考え事をしてるってのに、コイツは相変わらず能天気なもんだな。まぁ、これくらい肩の力を抜けって事なのかもしれないが…そうして肩の力を抜いたせいで、隙をつかれるのは癪に触るからな。備えておくに越した事はない。


 とはいえ、これと言って有効な手段も思いつかないからな。一先ずはクロウズを様子見として連中の動向が途絶えた場所へ送るのが妥当なところか。





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