第123話 狂人vs銀次・テンマ
すみません、こちらのミスによって123話と125話の話が入れ替わって投稿されてしまいました。ですので、読者の皆様にはお手数ですが123話から改めて読んでいただけると幸いです。既に読んでしまった方は、申し訳ありません。ストーリーの展開的にはあまり問題ないと思います。
『……』
銀次の手によって拠点の地下空間に新設された能管の訓練室を彷彿とさせるシンプルを極めた広大な空間。
そこで、快と銀次は互いに只ならぬ雰囲気を放って相対していた。
「よーい、はじめ!!」
そして、さながら格闘技のレフェリーのように2人の間に立ったテンマの掛け声によって、両者は一斉に動き出す。
「錬成系統術『剣樹けんじゅ』」
開始早々、俺が迷わず距離を詰めるように前進するのに対し、銀次は大きく後退し、即座に牽制するように地面から幾つもの剣を生成する。
——スッ
銀次のマナによって完璧に制御された剣が宙に浮かんだまま一斉に俺へと向けられ、その後すぐに幾つもの風切り音を立てながら迫り始める。
剣樹とは、仏教による所の数ある小地獄の中のひとつだ。その内容に関しては諸説あるらしいが、大方の解釈としては、木の葉が剣となっている林の中で、全身を切り刻まれるというもので一致している。
物騒な名前からして生半可なものではないと思っていたが、実際に目にしてみるとこれは想像以上だ。
それぞれの剣身の長さ自体は50センチ程と大したことないが、その鋭利さはとても即席で作り出したものとは思えない程の完成度をしている。そして、その数も剣樹という名前に違わず、10や20では到底収まらず、目測だが裕に100は超えていた。
この技を見るだけでも、ここ数ヶ月の銀次の並々ならない努力が窺い知れる。無機物に干渉できると言えど、それも無制限に出来るわけではない。生成した対象を浮かせるのにしても相当量のマナが必要となるだろう…だが、しかし銀次は伊達に鬼と呼ばれていないという訳か、その難度にも関わらず名前負けのしない見事な技として昇華している。
恐らく、多数の斬撃という技自体はテンマがよく使う技から着想を得たのだろう。様相は大分異なるが、どこか通ずるものを感じる。
その為、些か新鮮味には欠ける。
しかし、俺を相手に数ある攻撃手段の中からこの技を選択したのは正解だ。斬りつけるにしろ、突き刺すにしろ、打撃耐性に特化している俺に対して斬撃は効果的だ。
「とはいえ、これほどの完成度だ。直接体感しないのも勿体無いよな!」
しかし、俺は危険だと分かって尚、特に躊躇する事なくそのまま向かってくる数多の剣を正面から迎え撃つ事を選択する。
打撃程の耐久性は無いとはいえ、並の刃で有れば碌に刺さりもしないだけの肉体の耐久度はある。となれば、幾ら銀次のスキルで強化された素材で生成された剣と言えど、警戒し過ぎる必要はないだろう。迎え撃った末に多少の傷を負ったとしても、それもどうせその場ですぐ治癒すれば事足りることだ。
何にせよ折角の完全初見の技。これは正面から受けねば面白…頑張った銀次に対しても失礼というものだろう。
「?!」
銀次は俺が回避を選ばなかった事に露骨に驚いたように目を見開くが、俺は変わらず距離を詰め続け、遂に第一の剣を目前にまで捉える。
「っ…」
至近距離で見ても何ら変わらない剣の出来栄えに思わず息を呑む…が、そう悠長にしている場合でもない為、感心するのも程々に俺はそれを直撃の寸前で軽く体を捻って躱す。
そして、剣が体の横を通過する間際にその剣の柄の部分を掴みに行って自分のものとし、第二、第三と続く剣をそれで次々と弾いて無効化していく。
——キンッキンッキンッキン…
息つく暇もなく続く連続攻撃。
並の能力者であればこの技で終いだっただろうが、俺はその全てを無傷で凌ぎきる。
決して緩い攻撃ではなかった。しかし、どこか既視感がある上に、様々な経験を積んだ今の俺からしてみれば、それなりの速度で接近する100を超える剣のそれぞれの軌道と角度を見極めて正確に対処するのもそう難しい話ではない。
緊張感のない勝負には成長も面白みもない。その為、俺は攻撃が止んだ事を確認すると、肩をすくめて露骨に挑発するように銀次を見る。
「もう終わりか?」
しかし、銀次はその挑発にも動揺する事なく、至極冷静な眼差しで俺を見据えていた。
そして…
「いや、まだだ」
そう言うのと同時に、俺に弾かれ辺りに散らばっていた剣が再び浮かび上がり、今度は俺を包囲するように展開される。
「初撃を防がれるのは想定内ってか?」
「当然だ。今ので倒せるなら苦労はない」
この落ち着いた様子を見るにどうやら満更強がってる訳でもないらしい。事実、それを裏付けるように周囲に展開されている剣の数が先程とは比にならないくらいに増えている。これは予め防がれる事を想定していなければ出来ない芸当だ。
恐らく、俺が剣を捌くのに夢中になっている間に、散らばった剣に紛れ込ませながら絶えず生成し続けていたのだろう。
とはいえ…
「多少数が増えたからって、今の攻撃と同じじゃ俺には通用しないぞ?」
結局、技が同じであれば俺がやる事はさっきと変わらない。俺を傷付けようと接近する剣を目についたそばから適当に叩くだけだ。まぁ、数が増え、迫ってくる方向を絞れない分、多少難易度は上昇するだろうが、言ってもそれだけ。
俺が防げない謂れはない。
しかし、銀次はそんな俺の言い分を聞いても、強気な口調で応える。
「通用しないかどうかはやってみれば分かる」
「へ〜、それは楽しみだな」
油断を誘おうとしているのか、いないのか…あからさまに俺を期待させるような言葉を吐く銀次に、俺は内心大いに期待を膨らませながらも、緩んでいた緊張感を一応引き締め直す。
すると、銀次も俺と同調するように一層強い気配を放って俺を見据える。
『……』
そして、再び戦闘の開始前のような緊張感が周囲に漂い始めた時、事態は唐突に動いた。
「錬成系統術『鬼荊棘きけいきょく』」
——ザッ
銀次の発声と殆ど同時に、俺の足元から剣山の如く飛び出して来る剣より増して鋭く尖った棘。
この瞬間、銀次のやった事は派手な技を陽動に使い、他の技で仕留めるという戦略としては至極ありふれたもの。
しかし、それは何の予兆もなく現れ、五感を研ぎ澄まし、極限まで警戒していた俺の防御網を簡単に突破して、俺のふくらはぎを抉るように貫いた。
「っ!?」
幸い体に走る痛みと同時に飛び退く事が出来た為に、それ以上の怪我を負うことはなかったが、咄嗟に俺は宙へと回避行動を取った為に無防備な状態となっていた。
明確な判断ミスの為か、余計に長く感じる滞空時間の中。俺はその1秒にも満たない圧縮された思考の中で、この場における最も優先して取るべき行動を考える。
そして、その後すぐに結論を導き出した俺は、治癒を使うのも後回しにして、即座に剣を握る右手へと力を込めて、すかさずそれを銀次の方へと向かって勢いよくぶん投げる。
——ビュッ
空中で無理な体制から投げた反動で先にも増して大きな隙が出来るが、それにも構わず俺は視線を銀次から外さずにその結果を見届ける。
この状況で最も避けなければならないのは、剣を無傷で凌ぐ為に必要な剣を手放す事ではなく、周囲に展開されている夥しい数の剣による追撃を未然に防ぐ事である。
その為には、例え少なくないリスクを負ったとしても、制御装置である銀次を狙うのが最も効率が良い。
そうして俺が放った剣は狙い通りの軌道を描き、剣の包囲網の僅かな隙間を抜けて、物凄い速度と風切り音を伴って銀次へと肉薄する。
「…グッ!」
俺が投擲のモーションをとった瞬間、銀次は俺の意図を瞬時に理解して、すかさず自分へと繋がる動線を展開する剣によって遮断しようとしたが、それも既に俺の膂力によって投げ放たれていた剣を前には一足遅く、遂には左腕を肩口から切り落とされてしまう。
漫画なんかでもよくあるように、通常の手合わせなんかであればこの辺りで勝敗は着いたとして勝負は終わりとなるだろう。だが生憎、鬼灯流の手合わせには、そんな生易しいルールはない。
その為、銀次は腕を失う程の重傷を負って尚、何とか俺が地面へと着地するより前に攻撃しようと、激痛にも構わず、即座に俺を包囲するように展開していた剣達を俺へと一斉に放ち始める。
ある種の結界のように張り巡らされた剣による猛襲。無論、完璧な逃げ場なんてない。
だが、咄嗟の機転によって講じた奇襲は、銀次の意識を散らし僅かにだが確かな隙を発生させていた。
その為、俺は着地するや否や負傷した脚を全快させ、即座に強く踏み込んである一点に向かって飛び出す。
狙うは、部分的に剣と剣の間隔を狭め、動線を遮断しようとしたが為に発生した…等間隔に隙間なく俺を包囲していた剣の結界、唯一の歪み。いわば穴だ。瞬間的に包囲が緩くなっている結界の穴。
その穴に向かって移動する傍ら、様々な角度や位置から剣が猛追してくるが、剣が俺に到達するよりも早く、俺はその包囲網を抜ける。
「確かに甘くない攻撃だった!だが、次はこっちの番だ!」
「くっ!」
包囲網を抜けた俺を確認した銀次は、大量の血を垂れ流しながら悔しげに歯噛みする。
しかし、まだ諦めるには早いと思ったのか、直ぐに意識を切り替え、続けて攻撃を放ち始める。
剣、槍、矢…その後も懲りずに様々な手段で銀次は攻撃を続けるが、包囲網を抜け、自由に動ける空間を手に入れた俺に死角はなく、その悉くを回避してのける。
そして、遂に…
「これで終わりだ」
疲労困憊といった具合で肩で息をする銀次を目前にまで捉え、決着の拳を振り下ろす。
しかし、そうして振り下ろした拳が銀次に届く事はなかった。
「テ、テンマ?!」
「おい、これは一体何の真似だ?」
俺は、銀次の前に立ち、俺の拳を幾つもの風を纏った脚で受け止め邪魔をするテンマに鋭い視線を向ける。
しかし、テンマはその視線を正面から受け止めつつも、悪びれもせずいつもの軽い調子で答えた。
「何の真似も何もそんなの決まってるでしょ!助っ人だよ助っ人!!大切な仲間のピンチを黙って見てる訳にはいかないからね!!」
以前その大切な仲間を何の気無しに殺しかけた奴が、どの口で言ってんだ?…と思いながらも、俺はテンマの思惑を瞬時に理解する。
要は、俺と銀次の戦いを見てたら、居ても立っても居られなくなったんだな。
「丁度良い建前があってよかったな?」
「た、建前…?いやー、何の事を言ってるのかな。僕、銀ちゃん助けたさに必死だったから全然分かんない………あー、もうそうだよ!楽しそうだったから僕も混ざりたかっただけだよ!これで良い??」
流石に自分でも無理があると思ったのか、少し前を置いて勝手にヤケクソとばかりに自白するテンマ。
そして、遂には開き直って本格的に戦いに加わろうとしてくる。
「でも、別に良いでしょ?そもそも僕たちの手合わせに今更ルールも何もないんだから…あ、それとももしかして僕と銀ちゃんの2人相手だと流石の快ちゃんも負けそうで怖い?」
「はっ…んな訳あるかよ」
テンマの口車に乗るのは癪だが、こうもあけすけに煽られたら乗らない訳にもいかない。それに実際、今の2人を相手に戦うのは、滅茶苦茶に面白そうだ。
「ははっ、決まりだね!じゃ、ひとまず仕切り直し!」
俺の笑み混じりの言葉を承諾と取ったテンマは、俺をそのまま風共に蹴り出し、強制的に一定の距離を取る。
そして、依然片腕を失った状態の銀次の隣に立ち、俺の闘志を煽るように風を発散する。
「その様子を見るに、どうやら本気で俺に勝つ気みたいだな」
「ふふっ、当たり前でしょ!僕はいつだって本気だよ!それに、今日は銀ちゃんと一緒だからね!もしかしたらもしかするかもよ?」
「言ってろ…だが、面白い。お前らが本気で勝ちにくるなら俺も手を抜いていられない。本気でやってやる」
「げっ、まさか…」
「あぁ、そのまさかだろうな」
テンマと銀次が露骨に顔を歪める中、俺はここ数ヶ月の鍛錬の成果を披露するように、即座に深く意識を集中させ、一つの技名を口にする。
「治癒系統術『身体強化』」
発動に欠かせない全身破壊による一瞬の脱力の後に、全身に巡る周囲に蒸気を発散する程の高熱と溢れんばかりの力。
それを体感し、俺は技の発動の成功を確信する。
「くっ、やっぱり出たな!快ちゃんの反則技!」
「あー、戦う前から負け惜しみがうるさいな」
「ま、負け惜しみなんかじゃないわい!!身体強化がなんだ!こっちは勝つ気まんまんだわい!!」
「なら、よかった。でも、肩透かしだと困るから一応思いっきり来いよ?」
「言ったなー!!」
俺の挑発に普段通りいとも簡単に乗って興奮を露わにするテンマ。
しかし、重傷を負っている銀次に余裕がない事を分かっている為か、普段のように安直な行動には出てこない。ただ、その代わりとばかりにニヤリとイタズラを思いついた子供のような笑みを浮かべて俺を見る。
「余裕ぶっていられるのも今の内だよ、快ちゃん!行くよ、銀ちゃん!」
「あ、あぁ!」
既に打ち合わせは済んでいるのか、2人で視線を合わせて頷き合う。
そして、テンマは徐に幾つもの小規模の竜巻を作り出し、それを組み合わせて瞬く間に上級能力者も顔負けの巨大な竜巻を作ってみせる。
「へー、出力の低さを組み合わせることによってカバーしたか。テンマにしては考えたな」
だが、でかい竜巻と言えど所詮風。一撃の攻撃力は普段多用している刃にも劣る…と、思ったのも束の間。俺の考えることなんてお見通しとばかりに、俺は竜巻の中に混じって乱回転をする大量の武器を発見する。
「名付けて、風・錬成混合術『武器回転竜巻』!!」
即興なだけにダサ過ぎるネーミング諸共、色々と改良の余地はありそうだが、技自体が強力なのは間違いない。
そして、重傷を負い素早く動けない銀次にはその場を動かず武器の生成に集中してもらい、テンマは俺の動きを牽制するために竜巻でその行く手を阻む。
テンマの事だから単なる偶然の可能性も大いにあるが、状況判断の観点からしても申し分ない。色々と出来過ぎで怖いくらいではあるが、面白い状況ではある。
技の規模や銀次の状態からして、恐らくテンマはこの一撃で勝負を決めるつもりなのだろう。
「この空間と銀次の限界も近い以上、長々と戦っても仕方ないしな。いいだろう、お前らの頑張りに免じて、その技も避けずに真っ向から受けてやるよ」
「流石、快ちゃん!でも、僕たち快ちゃんみたいに蘇生は出来ないから死んじゃダメだよ!食らえ、風・錬成混合術『武器回転竜巻』!!」
死んじゃダメと言いつつも、殺意満々な様子でダサい技名を声高々に叫んで俺への攻撃を断行するテンマ。
俺はその攻撃を前に、高揚する心に従うように飛び上がり、背面にある壁の側面を蹴って竜巻の中腹辺りへと突っ込む。
そして、いよいよあらゆる武器が飛び交う竜巻の中へと突入しようという時、俺は半ば無理矢理体制を制御し、竜巻を散らせるイメージで思い切り脚を上から下へ斜めに振り下ろす。
——ドンッッ
そうして竜巻の中に脚を入れた瞬間、鈍い音と共に銀次の仕込んだ武器によって決して軽くない怪我を負う感覚があったが、それにも構わず治癒を平行してかけ続け俺は脚を最後まで振り下ろす。
すると、どうだろう。
目下の目標だった竜巻を霧散させる事には見事に成功したものの、それと同時に同じフロアに併設されていた部屋全てを無理矢理繋げるように壁をぶち抜いてしまっていた。
その惨状は、俺にいつぞやの施設を破壊した時の事を否が応でも思い出させる。
当然、俺の蹴りの威力に伴い、銀次が仕込んでいた武器までぶっ飛んでいる為、綺麗な感じで部屋が拡張されているわけではない。部屋の破壊に伴い、その中にあったもの全てをダメにしてしまっている。
「…僕、知ーらない」
破壊された物の中に、銀次が丹精を込めて作った鈴のプレイルームが入っている事を確認した為か、戦闘終了早々、テンマは滅茶苦茶に戦闘に参加していた癖に、途端に無関係を主張し始める。
これまでの流れを鑑みれば、責任の一端は確実にあるというのに…全くもって汚い奴だ。こういう大人にだけはなりたくないものだ。
だが、面倒臭い復旧作業を回避するには、ここは俺も便乗する他ないだろうと、腕も施設も滅茶苦茶に破壊されて半ば呆然とする銀次へと、遠隔で治癒の弾丸を打ち込み全快させ、心ばかりの労いの言葉だけを残して静かに俺もその場を後にする。
「…ま、ちょっとやり過ぎてごめんな。俺こう見えてまだ12歳だから、力の加減が出来ないんだ。許してくれ。それで、餞別という訳ではないが、治癒をして気力と体力は共に全快している筈だから……復旧作業頑張ってくれ」
「………あ、あぁ」
気力は全快している筈なのにこの力のない返事。心のダメージは相当のようだな。
仕方ない。面倒臭いが俺にも責任の一端はあるし、ここはやはり手伝ってやるとするか。
だが、何にせよ先ずはいち早く逃げたテンマをとっ捕まえてからだな。俺が作業をするのに、アイツだけが何もしないなんてのは絶対に許さない。
そして、快は身体強化の影響で無駄に上昇している身体能力を駆使して、逃げたテンマをとっ捕まえる為に更なる被害を生み出しながら駆け出した。