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第121話 進路




 ——さようなら


 今日は冬休みを目前に控えた登校最終日。


 誰もが早く帰りたい日だ。


 その為、俺は帰りの会が終わるや否や、大量の荷物を抱えているのにも構わず、教室を出て一目散に帰路に着く。


「あ、あの!快くんっ!」


 しかし、そうして気分よく俺が校門を抜けようとした時、それに水を差すように後ろから息を切らしながら走ってきたメガネ女児に呼び止められる。


「ちょっといいかな。2人だけで少し話がしたいんだけど…」


「なんだ。告白か?」


「違うよっ?!?!」


 メガネ女児は、俺の言葉に顔を真っ赤にしながらも直ぐに否定の言葉を口にする。


 経験則からするとこの流れは完全に告白だったのだが、この驚いた様子を見るにどうやら本当に告白ではないらしい。


「じゃあ、なんだ。早く帰りたいから、話なら帰りながらにしてくれ。お前からしたら遠回りになるだろうが、それが嫌なら話はまた休み明けだ」


「わかった…話は歩きながらにするよ」


 そして、メガネ女児は俺の横に並んで歩き出す。


「…」


 しかし、並んで歩き出してもメガネ女児は一向に話を切り出さない。深刻そうな顔をしている事からして軽い話では無いのだろうが、どうにもじれったい。


 そこでふと、いつも一緒に居る鶏はどうしたのかと思いそれとなく聞いてみる。話の切り出し方としては悪くない話題だろう。


「俺に話すくらいなら鶏も一緒にいた方がいいんじゃないか?」


「あ、うん。まぁ、それはそうなんだけど。内容的に、あーちゃんには今はまだ話さない方が良いと思うんだ」


「今はまだか」


「…うん」


 そう、俺の言葉を小学生らしからぬ物憂げな表情で肯定するメガネ女児。


 この様子を見るだけでも、ここ数日の内に出来た悩みでないのが分かる。もしかしたら、以前何かを言い掛けたのもこれに関連する話だったのかもな。


 何にせよ、やはり二言三言話して終わる軽い話ではないらしい。


「にしても、お前よく鶏の奴を振り切れたな。俺に追いつく為に急いで来たとはいえ、アイツのしつこさを考えたら振り切るのもそう簡単じゃないだろ」


「あ、ううん。その事なら大丈夫…あーちゃんとは最近は一緒じゃないから」


「一緒じゃない?あの年がら年中一緒に居るお前らが?」


「うん。正確には一緒じゃないというより、途中で別れちゃうんだけどね。ほらあーちゃん、最近は危険な能力者を警戒してるでしょ?だから、その名残りで帰りも気を付けようとしてるのか、物陰に隠れながら帰ってるの…だからその…ちょっと進むのが遅くて…ほら私、習い事とかあるし」


 なるほど。色々と苦しい言い訳をしているが、要は鶏に付き合いきれなくて毎回途中で置いて行く訳だな。理解した。


「相変わらずバカ丸出しだな…いや、これもある意味平和の象徴か」


「ふっ…ふふ。そうだね!」


 鶏の話をして緊張がほぐれたのか、メガネ女児はどこか影のあった表情から明るい笑みを浮かべる。


 そして、笑って出た涙を拭いながらいつもの落ち着いた声色で本題を切り出し始める。


「やっぱり迷っちゃうな…」


「迷う?」


「あ、うん。私ね…中学受験するかもしれないの」


「なるほど、そういう話か。それなら確かに今、鶏に話さないのは懸命な判断だな」


「うん…」


 メガネ女児は俯きながら憂を帯びた笑みを浮かべる。


 鶏とメガネ女児の仲の良さは見ているだけでもよく分かる。


 明るく積極的な鶏に対し、大人しく消極的なメガネ女児。性格は正反対だが、お互いに足りない所を補い合っている。俗に言う凸凹コンビってやつだ。交友関係の形からしても、2人の関係性はある種一つの理想系とも言えるものだろう。


 鶏がメガネ女児と離れたくないと思っているのは短冊に書いた内容からしても明白だ。


 それを考えれば、とても伝える事なんて出来ないだろう。別れが近いと伝えたら最後、アイツがどんな態度を取るかなんてのは想像に難くない。


「前々からそういう話は出ていたんだ。でも…」


「あー、続きの話はちょっと待て」


 俺はそのまま詳細を語ろうとするメガネ女児の話を遮りやめさせる。


「え、でもまだ話が…」


 メガネ女児は、何を勘違いしたのか捨てられた子猫のような今にも泣きそうな表情をして見てくる。


「別に話を聞かないって訳じゃないからそんな顔するな。ただ、このままの調子で話されても、到底俺の家に着くまでに終わりそうにないからな。だから、無駄な部分は省いて簡潔に行こう」


「あ、うん…」


 大事な話なんだから少しは帰るの待ってくれても良いじゃん…なんて声が聞こえてきそうな表情で見つめてくるメガネ女児に対し、俺は一切歩く速度を落とさずに話を続ける。


 気の毒だが仕方ない。時間は有限なのだ。


「つまるところ、お前が俺にこの話をする目的はなんだ。既に決定した事柄を報告したいだけか?それとも、その進路の事に関する諸々の相談か?どっちだ」


「……相談かな」


「そうか。じゃあ、まだ受験は決定事項って訳では無いんだな。で、お前の意思はどうなんだ。中学受験をしたいのか、したくないのか」


「……わ、わからない」


「分からないね。迷ってるだけあって曖昧だな。だが、前々から話があったという所を鑑みるに別にお前も絶対に行きたくないって訳ではないんだろ」


「う、うん。学校自体はすごくいい所なんだ。私立だから校舎も綺麗だし、勉強する環境は凄く整ってる。だから、前まではあーちゃんとは離れちゃうけど、将来の為に行ってみてもいいかななんて思ってたの。でも、今年に入ってから快くんとあーちゃんといる時間が凄く楽しくて…中学に上がったらもう一緒に居られないって思ったら急に迷いが出てきちゃって…」


 ふむ。別に俺はそんなに楽しい時間を過ごした覚えはないが、感じ方は人それぞれだからな。話の腰を折るのもなんだし、とりあえずはスルーしておこう。


「つまりは仲のいい友達を取るか。将来にとってより良い進路を取るかって事だな。親的にはやはり中学受験を推しているのか?」


「うん。直接は言わないけど、やっぱり受験してほしいみたい。うちの両親は2人とも良い大学を出てるから、なるべく娘の私にもって」


「そうか。まぁ、話は大体わかった。それで態々勿体ぶる必要もないし、早速俺の結論だが、別に進路を今すぐ決める必要はないな」


「え…?」


 俺の言葉が予想外だったのかメガネ女児は驚き呆けた声を出す。


「なんだ、そんなおかしな事は言ってないつもりだが」


「いや、なんか思ってた答えと違くて。快くんならもっとはっきり答えを出すと思ってた…」


「まぁ、確かにな。だが、進路なんてのは後からどうとでもなるだろ。中学受験界隈の事は詳しくないが、どうせ試験は年明けなんだろ?」


「う、うん」


「なら、まだ考える時間は十分にあるじゃないか。土壇場まで考えてそれで受けるかどうか決めればいい。行きたいと思ったら受ければいいし、行きたくないと思ったら受けなければいい。簡単な話だ」


「でも、お母さんとお父さんが…」


「親の意向なんてのは、この際気にするな。お前が親の意向を汲みたい気持ちは分かるが、それは自分の意思を捻じ曲げてまでする事ではない。それに、お前の親が見据えてるのはいい大学であって、いい中学ではないだろ。なら、過程は無視だ。結果的にお前がいい大学を出れば親も文句はない」


「う、うん…そうだね…」


 頷いてはいる…だが、まだ何か思う所があるのかメガネ女児の顔は依然曇ったままだ。


「おい、人がせっかく貴重な時間を割いて真面目に相談に乗ってやったというのに、なんて顔をしているんだ。これじゃ、まるで俺が役に立っていないみたいだろ。何か思うところがあるなら納得したフリをするんじゃなくて、正直に全部言え」


「ごめんね…正直に言うと、両親はすごく私に期待してくれてるんだ。だから、もしギリギリまで考えて、行きたくないって思ってもその時に素直に許してくれるかどうか…」


 なるほどな。


 だが確かに、メガネ女児の利口さは贔屓目なしに見ても同学年では頭ひとつ抜けている。俺の話を難なく理解する事といい、普段の言動一つとっても年齢に見合わない落ち着きを持ち合わせている。


 まぁ、鶏が近くにいるから相対的に賢く見えている可能性もなくは無いが、何にせよ少なくとも現時点でメガネ女児の両親が大いに期待を寄せてしまうだけの頭がメガネ女児にあるのは間違いないだろう。


 個人的には多感な年頃の娘に過度な期待を寄せるのもどうかと思うが、より良い人生を送って欲しいと願う親心を思えばそれも仕方ない。


 とはいえ、それはそれ。これはこれだ。


「何を深刻に悩んでるのかと思えばそんな事かよ。それに関しては親が許す許さないは重要じゃないだろ。受験しても落ちれば済む話だ」


「落ちる?!」


 メガネ女児はその考えは盲点だったとばかりに目を見開く。


「あぁ、行くのが嫌なら不合格になれ。元より受験なんて何が起こるか分からないんだ。事実はどうあれ、適当に試験中に鉛筆砕けましたとか、極度の緊張で解答欄ずれましたとか受験なんて言い訳し放題だろ。そもそも、確実に受かる前提で話すのが傲慢だ。俺でもあるまいし…普通に受けてもお前が落ちる可能性は大いにある」


「俺でもあるまいしって相変わらずすごい自信だね…でも、確かにそうだね。少し自信過剰だったかも。でも、私が落ちたらお母さん達はどう思うかな」


「さぁな。それは知らんし、興味もない。だが、お前の将来を想い、中学受験を勧めるくらいの親なら少なくとも幻滅されるような事はないんじゃないか。それとも、お前の親はお前の失敗を酷く叱責するような人間なのか?」


「ううん、違う…多分、慰めてくれると思う」


「なら、些細な事に思い悩む必要はないだろう。受験するもしないも、通う通わないも、お前の勝手にすればいい」


 結局のところ始めからメガネ女児はなにも強制されていない。下手に察しがいいばかりに、勝手に親の気持ちを汲んで、勝手に思い悩んでいるだけだ。


 とはいえ、それをそのまま伝えた所で素直に聞き入れはしないだろう。真面目な人間というのは、事実を全て分かった上でも思い悩むから面倒なのだ。


「…だが、そうだな。そんなに親の意向に背くのが気に掛かるなら、能力を示した上で自分の意見を主張すればいい」


「能力を示す?」


「あぁ、受験して不合格になるのと、合格して入学を辞退するのとでは、結果は同じでも周囲へ与える心証は大きく違う。後は分かるだろ」


「そっか…!」


 俺の言葉に、メガネ女児は目を見開き得心したように頷く。


「ありがとう快くん。やっぱり、快くんに話を聞いてもらえてよかった!」


「そうかよ」


「うん!私、まだ進路をどうするかは迷ってるけど、試験はしっかり受けてみる事にするよ!それからもっとよく考えてみる!」


 そのメガネ女児の言葉に、「まだ考えるのかよ、何も解決してねーじゃん」…なんて、ツッコミをつい入れそうになったが、メガネ女児の晴れやかな表情を見て、俺はその喉元まで出かかった言葉を飲み込んだ。


 本人が納得しているならこれ以上言う事はない。メガネ女児が悩み抜いた末にどんな選択をするにしろ、俺はただそれを尊重するだけだ。


 ただ願わくは、受験するか否かに関わらず、喧しい鶏は同行させて欲しいところである。


 アイツの世話は俺の手に余る。



 ——うぁぁぁああん


 そして、そんな憂を抱えつつも迎えた卒業式当日。


 大半の生徒が学区内の指定の制服に身を包む中、メガネ女児と同様に異なる制服で身を包んだ鶏は、俺やメガネ女児が予想していた形とはまた違った理由で大泣きをかましていた。


「パパの転勤で北海道に引っ越すことになっちゃったよぉぉ…快くんとみーちゃんと離れ離れだよぉぉ」




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