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第118話 社会科見学(1)



「じゃあ、行ってきます」


「あうう!」「ユーン!」


「は〜い、行ってらっしゃい!車に気を付けるのよ〜!」


「うぅ…行ってらっしゃい…」


 手を振り微笑む母さんと明らかに元気のないテンマという何とも対象的な見送りを背に、抱っこ紐で鈴を前に抱えた俺とユンは家を後にする。


「大分暑いな」


「うぅ…」


 夏休みも残り僅かといえど、季節としては8月も下旬の夏真っ只中。その日差しはやはり厳しいものがある。


 鈴も俺と同じ気持ちなのか、同意を示すように顔を歪める。


 先の一件の直前に約束し、今日までなんやかんやと後回しとなっていた遊ぶという鈴との約束。


 学校が始まれば一緒に居られる時間も少なくなるから、どうせなら目一杯時間の取れる長期休みの内に消化してしまおうと予定を立てたは良いものの、この暑さを前にしたら途端に考えも変わる。


「日を改めるか?」


「ぅぅう…」


 伝わるかはさておき、一応今日の主役である鈴の意思を聞いてみようとするが、直に生後2ヶ月を迎えようという幼体にとってはとてもそんな質問に答えられる程の余裕はないのか、ひたすらに暑さに耐えるように唸る。


 泣かないだけ大したものだと感心する傍ら、その反応が決め手となり、まだ家を出て5分も経っていないのに、俺の中に引き返すという選択肢が割と真剣に浮上する。


 しかし、そんな時…


「ん、なんか急に涼しくなったな」


 不意に周囲の気温が下がる。そして、心なしかキツかった日差しさえも和らいだように感じる。いや、事実気のせいではないのだろう。その証拠に、さっきまで苦しげに唸っていた鈴が元気を取り戻している。


「うぅ!うぅ!!」


 その急激な変化におかしいとは思うものの、心当たりはあった為、動揺は極めて少なかった。


「お前か、ユン」


「ユーン!!」


「周囲の影を操って、意図的に日陰を作ったんだな。良くやった」


「うぅ!」


「ユーン!!」


 そう俺がユンを褒め撫でると、鈴もそれに倣ってユンを優しく撫でる。


 本来、この何かと能力者への注目が高まっている今の時期に、外で迂闊に能力を使うのは、あまり褒められたことでは無い。だが、こと今回に限っては違和感も些細なものだし、そこまで気にする必要はないだろう。側から見れば、ただ少し暗がりにいるように映るだけだ。きっと、余程他と比較し注視しない限り、この違和感には気付かない。


 ま、兎にも角にも嬉しい誤算なのは間違いないし、一先ずは予定が狂わなかった事を喜ぼう。


「じゃ、行くか」


「うぅ!」「ユーン!」


 そうして、俺達は殆どの人間が茹だるような猛暑を過ごす中、春先のような快適な気温を保ったまま歩を進める。


 道中、やけに人の視線を集めていると感じたが、メンバーを考えればそれも無理はないだろう。


 子供、乳児、タヌキ。


 どう考えても異色である。俺と鈴の組み合わせはまだしも、そこにタヌキがリードもなしに粛々と追従していたらそりゃ視線も向いてしまう。


 まぁ、直にこの視線にも慣れるだろう。ヒグマのクロを連れてるならまだしも、タヌキのユンならまだ常識の範囲内だ。


 ともかく、注目を集めているのが、散々同行を断ったはずのテンマが不審者の如く隠れて着いてきているからでなくて良かった。


 アイツには、今日はユンの代わりに家族の護衛をやってもらっているからな。着いてきてもらっては困る。まぁ、今朝も渋々ながらすんなりと送り出してくれた事からして、自重もしているようだし、今回はそこまで神経質にならなくても良いだろう。


 きっと今頃は、俺の言いつけ通り、普段結構な頻度でタダ飯を食らっている分、うちのパン屋であくせくと働いてくれている。


 そうして好奇の視線を浴びながらも暫く歩き続けると、住宅街の多かった街の様相も変わり、様々な店が立ち並ぶ商業区画にまで出てくる。


「にぃにぃ!うぅう!!うぅう!」


「あー、車が沢山走ってるな」


 多少大きくなったと言えど、鈴もまだ生後2ヶ月の正真正銘の人生初心者だ。今はその視界に映るもの全てが物珍しく感じられているのだろう。


 鈴はキラキラと目を輝かせながら周囲を見る。


「もっと近くで見てみるか?」


「あうぅ!あうぅ!!」


 俺の提案が余程気に入ったのか、鈴は手足をバタバタとさせ、尋常ではない程に暴れて喜びを表現する。


「うぅう!にぃにぃ!うぅう!」


「分かった分かった」


 俺の懐にいる為、鈴が暴れる度にとても乳児が繰り出したとは思えない強力なパンチが俺に炸裂しているのだが、それはこの際無視でいいだろう。これも愛嬌の内だ。


 何にしても楽しんでくれているようで良かった。


 鈴にとっては待ちに待った約束の日。折角なら何かいつもと違った方法で遊んでやろうと柄にもなく色々と悩んだりしたが、この様子を見るに、やはり今日の予定を社会科見学としたのは、間違いではなかったみたいだ。


 新しい体験というのはそれだけで自分の世界を広げてくれる。この際、思う存分、鈴の見聞を広めてやるのも悪くないだろう。


「にぃにぃ!うぅう!うぅう!」


「あぁ、ブーブーな。でも、あれは普通のブーブーじゃないぞ」


「う?」


「あれはバスって言うんだ」


「あぅ?」


「そう、バスだ。乗ってみるか?」


「あぅ!!」


 言葉の意味はなんとなく理解しているみたいだが、言語能力がまだ未熟だからか、いまいち読み取りにくい。まぁ、今でもしたいか、したくないかくらいの判断はつくし別にいいか。


 他所の家の事は知らんが、乳児の社会科見学なんてきっとこんなもんだろう。簡単な意思疎通が出来るだけでも大分賢い。地道にやっていこう。


 そして、俺達は鈴の要望により、バスに乗ろうとバス停へと向かう。


 元々、行き当たりばったりで行く予定だった為、目的地なんかは特に決めていない。その為、俺はなるようになれと鈴の指差す方向へとそのまま舵を切る。


 バスには、ケージがあればペットも一緒に乗せられるらしいが、生憎そんな荷物は持ち合わせていない為、今回ユンには俺の影に入ってもらう事で同行してもらう。


 幸い、乳児もペットも手荷物扱い。であれば、多少手段が違えど、俺1人分の運賃を払っておけば問題にはならない。


 ——ピッ


 タイミングが良かったのか、バス停に到着するのとほぼ同時にバスが到着する。案内板によると行き先はよく知らない場所であったが、それもまた一興だろうと構わずに乗り込む。


「ここにするか」


 座席は、鈴の為にも景色が見えた方がいいと思い、車内右後方部の前方部よりも少し位置が高くなっている窓際の席へと腰を下ろす。


 夏休みではあるが、行き先がレジャー向けではない為か、車内はそれほど混雑はしておらず、利用者は俺達を除いて5人程しか居なかった。


「うぅあ!!」


「楽しいか」


「あぅ!!」


 バスが発車して早々、初めて乗る乗り物に興奮しているのか、鈴は楽しげに声を上げてはしゃぐ。


「…」


 それなりに大きい声である為、一応他の乗客への影響がないか周囲を見渡すが、幸い懐の広い人達ばかりなのか、文句を言うでもなく微笑ましいというように静かに見守られていた。


 乳児である鈴と同列の視線を向けられるのは、もう直ぐ中学生となる俺としては少し複雑なところではあったが、今は無視して大人しくその心遣いに預かる。


 俺はモラルなんて気にする質じゃないが、鈴はまだどういった人間に成長するかは分からないからな。何でも真似してしまう今の段階では、あまりモラルに反した行動は取るべきじゃないだろう。


 持論だが、生きとし生けるものはこの世に生まれ落ちた時点で自由だ。社会秩序に反するか否かも自分自身で責任を取れるのであれば何もかも自由。であるなら、当然鈴もどう生きるかも自由だ。


 俺に倣う必要はない。


 自分の好きに生き方を決めていい。


 まぁ、親族である以上、俺の行動が鈴の成長に全く影響を与えないとまでは言えないが、最低限そういった方向性は自分自身で決めるべきだろう。少なくとも俺が関与するべきじゃないのは確かだ。


 しかし、なんと間の悪いことか。


 鈴の手前、こうして今日はモラルに欠けた行動は慎もうと心掛けていたのに、図らずもそこに俺に反モラルを強制するイベントが起こる。


「ったく、うるせぇな。ガキだけでバスなんか乗ってんじゃねぇよ、邪魔くせぇ」


 停留所から発車した直後、俺や鈴に向けたと思われる悪態が車内に大きく響き渡る。


 その顔に見覚えがないことからして、今し方乗車してきた利用者なのだろう。


 汗まみれのワイシャツを身に着けた中年の男で、腹の虫が悪いのか貧乏揺すりをしながら優先席の中央に無駄に幅を取って座っている。


 それにしてもおかしい。


 その男とは前部と後部でそれなりに席も離れているし、発車してからもまだ間もない。鈴もここ数分は大分興奮も収まってきたのか大人しいし、とてもそこまでの悪態を吐かれるほどの迷惑をかけたと思えない。贔屓目をなしにしても鈴の行動は十分に常識の範囲内だった。


 周囲の乗客の怪訝そうな表情を見ても、それはきっと間違いないだろう。


 つまり、何故かは知らんが、あの男は大した理由もないのに難癖を付けて八つ当たりをしてきた訳だ。


「親の顔を見てみてぇなぁ…いや、見なくても分かることもあるなぁ。ガキに赤ん坊を任せるなんて、きっと碌な親じゃねぇ。ネグレクトだネグレクト」


 誰からも咎められない事に気をよくしたのか、徐々にエスカレートしていく男の悪態。


 アルコールの匂いがしない事から、ただの癇癪持ちだということは分かる。大人なのにみっともないと思う反面、このストレス社会ではさして珍しくもないと理解も出来る。


 ただ、その口から吐かれる悪態の数々は、とてもだから仕方ないと流せる程、軽いものではなかった。この場に居る俺や鈴はともかく、この場にいない両親への謂れのない誹謗中傷は流石に度が過ぎているだろう。


 最初の動機がどうだったかは知らないが、今は純粋な悪意で行動しているのは、男の態度を見れば誰の目にも明らかだ。


『…』


 懐が広いと思って居た周囲の乗客も俺や鈴に不憫という顔を向けるだけで誰も助け舟は出そうとしない。中には関わりたくないと露骨に顔を背ける者まで居る。


 まぁ、相手が子供とはいえ所詮他人だ。別に仲裁に入らないからといって責めるつもりはない。とはいえ、ここまで顕著に無視を貫くとは思いもしなかったな。流石は事なかれ主義大国という訳か。国民性通りすぎて逆に感心する。


 しかし、そうなると困った事になった。


 誰かが俺に代わり注意でもしてくれていたなら俺が出張る必要もなかったのだが、ここまで我関せずを貫かれてしまったら俺が出張るしか無くなる。


 俺としては、ゴミクズがバカな妄言を吐いているだけで実害がないから別に無視してやっても良かったのだが、何やら鈴が幼いながらに不穏な空気を感じ取ったのか、今にも泣きそうな顔をしてしまっているからな。


 ここはやはりお兄ちゃんが出張るしかないだろう。


 慎むというスローガンを掲げて早々、それを破る事にはなってしまうのは不本意極まりないが、この際仕方がない。


 俺の弟を泣かせるくらいならモラルなんてクソ喰らえだ。徹底的に抗議してやろう。


 そして、俺は泣きそうになっている鈴を心配ないと優しく撫でながら、程よく加減した殺気を込めて男を睨む。


「おい、そこの老害。妄言を吐くのもその辺にしておけよ」


『?!』


 俺の放つ雰囲気が優しげなものから殺伐としたものへと一変した事で、車内の空気は一瞬で緊張状態となる。


「ろ、老害だと…!?そ、それは俺に言ったのか、クソガキ!!」


 俺の放つ殺気に怯えながらも、体裁を保つ為なのか、ブルブルと足を震わせながら声を張る老害。


「お前以外に誰が居る。それとも、お前には他にも分別のない人間が見えるのか?もしそうなら早めに教えてくれ。耄碌したお前に代わって、俺が救急車を呼んでやる」


「…老害の次は耄碌だと?大人をおちょくるのも大概にしろよ、クソガキ!俺はまだそんな歳じゃねぇ!」


「おっと、それは悪い事をしたな。ただ、あまりにも堂々と優先席に座るもんだから、てっきり座り慣れてるもんだと思ったんだ。あぁ、でもだからと言って別にそこから動く必要はないぞ?その様子を見るに大分頭がやられているみたいだからな。幸い、そこは怪我人や病人も対象だ。だから、お前を咎める者は誰も居ない、どうかそのまま堂々と座って居てくれ。その席はお前専用席だ」


『プッ…』


 俺のアンサーが面白かったのか、堪らず吹き出す乗客達。


「…この野郎…黙って聞いてりゃ調子付きやがって!」


「責任転嫁も甚だしいな。それとその言葉。そっくりそのままお返しする」


「…グッ!だ、黙れ!俺は躾のなってないガキ共に注意をしただけだ。それの何が悪いってんだよ!」


 子供に言い負かされて一際感情的になる男。


 酔ってもないのに、ここまで話が通じない奴となると逆に問答を続ける方が面倒臭い気もしてくるが、謝罪ぐらいはしてもらわないと俺の気が済まないからな。  


 鈴の手前、汚い言葉を使うのはあまり気が進まないが、もう少しだけ付き合ってやろう。


「悪くないさ。ただ、公衆の面前で子供を相手に乳児の躾云々を謗言混じりで説くような大人はどうなんだ?それが、果たして道理を弁えた大人のすることなのか?」


「うるせぇ、碌に社会も知らねぇガキが屁理屈ばっかり捏ねてんじゃねぇぞ。理由なんて要らねぇ!子供は大人を敬って然るべきなんだよ!」


「無駄に歳を重ねただけの奴が偉そうにするなよ。敬意を払って欲しいならそれ相応の態度を取れ。敬意を払うべき相手かは俺が判断する。そして、少なくとも現時点で俺がお前に払う敬意は微塵も持ち合わせてはない」


「…こんの口の減らねえクソガキがッ!ガキだからって舐めた態度ばっかり取ってると痛い目見るぞ!!赤ん坊が居ても関係ねぇ!俺が手を上げないと思ったら大間違いだ!!」


 俺の挑発に、テンマと同じくらい簡単に乗せられるモラハラ男。


 その男は余程頭に血が上っているのか、さっきまでブルブルと震えて居たのも忘れて、走行中なのにも構わず、俺の方向へとズカズカと距離を詰めてくる。


「おらっ!」


 そして、俺の目前にまで来ると、男は鈴が居るのにも構わずそのまま胸ぐらを掴み、俺を立ち上がらせるように持ち上げる。


「き、君!」


 流石にそこまで事態が悪化すると、他の乗客達も黙っていられなかったのか、ちらほらと制止しようとする声が出てくる。


 しかし、それらの語勢はどれも弱く男の動きを制止するまでには及ばない。


 その為、俺はされるがままの状態から一転、冷たい視線を男へと向け、首元へ伸びる男の腕を掴む。そして、徐々にそこに力を込めていく。


 先に手を出された時点で、既に正当防衛の要件は全て満たしている。なら、躊躇する必要はない。


「感情的になるしか脳のないゴミが。潔く自分の過ちを認めて謝ればいいものを…後悔するなよ?」


「あぁ?それはこっちの…!?」


 反論しようとしたその瞬間、男は自分の腕に走る小さくない痛みに気が付き、驚愕で目を見開く。


「なぁ、俺達はそんなに煩かったか?」


「……ぁ、ぁ」


 俺が優しい声色で男に問いかけるも、男は立っているのも精一杯とばかりに途端に怯えた表情をする。


 どうやら、骨にヒビが入ってようやく俺が普通じゃない事に気が付いたらしい。


 このご時世、一般人であったとしても、力を直接体感すれば、能力者と結びつけるのは決して難しい話ではない。この男も確信とまでは言わなくとも、俺の尋常ではない握力に少なからず能力者の存在が脳裏に浮かんでいることだろう。


 しかし、今更気付いたところでもう遅い。未遂とは言え、鈴を泣かそうとした罪は重い。


 そして俺は、他の乗客に悟られないよう、恐怖でまともに声も発せなくなった男の耳へとゆっくりと顔を近付ける。


「なぁ、答えろよ。俺達はそんなに迷惑だったか?俺達はそんなにお前を不快にさせたか?」


「い、いや…」


「いや?」


「い、いえ…迷惑…なんかじゃないです。ふ、不快でもないです…」


 絞り出すように出されるか細い声。そこにもうさっきまでの傲慢さは見る影もない。


「そうだよな。俺達に非は一切ないよな。…で、そこまで分かったならもう自分のすべき事は分かるよな?」


「は、はい…ご、ご無礼を致しました。ま、誠に、も、申し訳ございませんでした。し、仕事で大きなミスをしたので、むしゃくしゃしてつい関係のない貴方方に八つ当たりをしてしまいました。ど、どうかお許しください」


「ふむ、なるほどな。人間は失敗をする生き物だ。確かにそういう日もあるだろう。しかし、いくらむしゃくしゃしていたとは言え、自分より弱い立場の者に当たるのは良くないよな」


「は、はい…反省しております。ま、誠に申し訳ございませんでした…」


 もう体裁はいいのか、男は周囲の乗客には目もくれず、一際深く俺と鈴に頭を下げる。


 窮鼠、猫を噛むとは言うものの、その実猫を噛める鼠というのは、全体で見れば極小数だろう。大概の者は、上の立場の者に食い物にされて終わりだ。


 今回は相手が俺だったから良かったものの、これが反抗する力を持たない者が相手であったなら、謂れもない発言を前にしても泣き寝入りするしかなかった。


 コイツの態度を見るに、典型的な上に弱く下に強いタイプだろう。恐らく、こういった事も今日が初めてという訳ではない。一体何度罪のない人間を相手にモラハラをしたのやら。


 俺が言えた事ではないが嫌な人間だ。この程度の人間なら死んでもさしたる問題はないだろう。


 未だ決定的な証拠を掴ませては居ないとは言え、能力者である事を悟られた今、見逃すメリットもない。


 とはいえ、態々殺す程のメリットもない。


 まぁ、まだ思う所が無いわけではないが、周りの乗客が引くほどの謝罪もされた事だし、ここら辺が引き際だろう。鈴の反面教師だったと考えれば、このゴミのような時間も幾らか有意義だったと感じられる。


 一応、念には念を入れて証拠となり得るドライブレコーダーや携帯端末なんかは後からユンに始末させよう。そうすれば罷り間違っても後々問題になる事もないだろう。


 そして、俺は男への仕置きも程々に、その後直ぐにやってきた停留所でバスから降車する。


「今回は見逃してやる。だが、今後は生き方を改めろよ…でないと、碌な死に方しないぞ?」


 最後、そう俺が殺気を込めて言い残すと、男は心底安心したような顔を浮かべて返事をする。


「は、はい……」


 バスのドアが閉まる直前、何故だが男の股間にとても見覚えのあるシミのようなもの広がって見えたが、それは見てみぬふりをするのが情けというものだろう。


 そして、俺はため息を吐きながら、鈴とユンの様子を伺う。折角の外出。イレギュラーに邪魔をされて、気分が盛り下がるのは本意ではない。


「大丈夫か?」


「うぅぅ!!!」


「ユーン!!!」


 しかし、俺の心配とは裏腹に、何故だかバスに乗る前よりも一層キラキラとした視線を俺に向ける鈴とユン。


 俺はそれに底知れぬやってしまった感をひしひしと感じながらも、気にしたら負けだと考える事を放棄して、その場を後にする。


 今のは善意の世直しだ。だから悪影響は与えていない。無い。無いはず。


「とりあえず少し休憩するか」


「あうぅ!!」


「鈴…今ミルクをやるから、俺の真似をしてユンの足首を掴もうとするのはやめなさい。怪我しちゃうだろ」



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― 新着の感想 ―
おぅ…子供に手を出す奴は流石に現代だといないだろ……いないよね? 快ちゃんが常識をしっかり鈴に学ばせようとお兄ちゃんしていてほっこりしました!
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