第117話 認知(2)異名
「あれ、おかしいな。今し方土下座をさせてやるとかなんとか息巻いていた奴が、今俺の目の前で土下座どころか五体投地をしているのだが………なぁ、銀次、これはもしかして俺の幻覚か?」
「いや、幻覚であってほしい所だが、残念ながら現実だ。だから、そろそろ治してやってくれ。拠点の使用感を確かめるのもこれだけやれば十分だろう」
「ん、あぁ、そういえばそんな理由で始めたんだったな」
「忘れてたのか…はぁ、誰が直すと思ってるんだか」
俺の眼前でボロボロの状態でうつ伏せで倒れるテンマを横目に、破損した拠点を見て盛大な溜め息を吐く銀次。
俺の煽りにものの見事に激昂したテンマを制圧する傍ら、この際生まれ変わった拠点の使用感を確かめるのも良いだろうと唐突に始まった手合わせ。
流石にテンマを相手に油断する訳にも行かず、使用感を確かめるという目的も途中からは殆ど考えていられなかったが、それも終わってみれば評価のしようもあるというものだ。
両者共に全力ではなかったとはいえ、俺とテンマの踏み込みや攻撃にも些細な破損で済んでいるのは並大抵の強度ではない。この分だと本当に能管の施設くらいの強度はあるかもしれないな。
まぁ、流石に一際頑丈な訓練室ほどと迄は行かないが、銀次曰く、まだまだ強化の余地はあるらしいし、期待はして良いだろう。地下空間も建築予定だと言うし、この際適当に欲しい設備を注文しておくのも悪くない。きっと無理難題のダメ元の注文であったとしても愚直な銀次なら本気で実現させようとしてくれる。
幸い、この辺りの敷地は、公的にも既に俺達の敷地。周囲の目を気にしなくて良い分、自重する必要もない。
『ここはもう俺達の所有地になったんでボス達の自由に使ってもらって良いですよ。あ、でも俺達も敷地の端の方に事務所は構えさせてください。親達には仕事に使うって言ってあるんで見てくれだけでもないと言い訳ができないんで…』
なんて報告をカラーズから受けた時には、流石に何の冗談だと思ったが、数十枚もの公的な書類を見せられたらどれだけ信じ難くとも信じる他ないだろう。
なんでも現在カラーズが主軸となって進めている探偵業が上手くいっているのを知ったカラーズの実家が共同出資して褒美として買ってくれたのだとか。
廃れた土地とはいえ、そこらの学校くらいなら丸々入ってしまいそうな敷地面積はある。決して安い値段ではないだろうに…持つべきは実家の太いボンボンの仲間だな。
とはいえ、流石にここまでされて何も返さない訳にはいかないだろう。カラーズは、元を辿れば俺のお陰だから気にする必要はないと言っていたが、タダほど怖いものはない。
しかし、腐るほど金を持ってる奴等に金をそのまま返した所で然程有り難くはないからな。結局のところ金以外で俺に返せるとしたら今後のカラーズ一族の安全保障くらいしかない。
俺としては今後降り掛かるか定かではない危険からの保険等ではとても足りないような気もしたが、ダメ元で提案してみたら、『ボスが守ってくれるなら怖いもの無しです!十分です!』と、カラーズ一同がめちゃくちゃに喜んでいたから良しとしよう。結局、プレゼントは送り手の気持ちより本人の気持ちが大事だ。
と、俺が治癒を施す傍ら、そんなことを考えていると…
「っは!」
「あ、起きた」
「か、快ちゃん…あれ、僕は一体」
ようやくテンマが目を覚ます。
しかし、どうやら加減をミスって少し強めに殴り過ぎてしまったらしい。治癒を施したというのに、テンマはここ数分間の記憶を失っているのか、気絶から復帰して早々うんうんと唸りながら頭を抱える。
不慮の事故とはいえ可哀想に。こうなっては仕方ない。怪我同様ここは責任をとってしっかりと記憶も思い出させてあげよう。
「土下座させてやると息巻いていた相手に、一方的にボコボコにされた上、情けをかけられる気分はどうだ?」
「…穴があったら入りたい」
「それは埋めて欲しいっていう比喩表現か何かか?親友たってのお願いなら聞いてやらないこともないが、生き埋めは怖い上に苦しいらしいからオススメしないぞ?」
「いや、単に恥ずかしいって意味です。あと本当の本当にお願いだから、僕が答える前に墓穴掘ろうとしないで」
「ったく冗談が通じない奴だな。だが、思い出してくれたようで何より。今後は身の程を弁えて発言するように」
これ以上やると銀次の仲裁が入りかねないからな。揶揄うのも程々にしておこう。壮大な拠点改造計画を控えている今、その主軸となる銀次の反感を買うのは得策ではない。
しかし、そうしてそのまま俺が手を引こうとした時、テンマがまたしても問題を起こす。
「へいへい…流石、僕とは格の違うお方です。僕なんかではとても敵いません。今後はおっしゃる通り身の程を弁えます」
『はぁ…』
あからさまに拗ねた態度でそう言うテンマに、俺だけでなく、ここまで中立の立場をとっていた銀次までもが深い溜め息を吐く。
「まだ言っているのか、テンマ。いい加減大人にならんか」
「本当にな。終わった事をいつまでもグチグチと言いやがって。一体いつまで引っ張るつもりだ」
「…更新されるまで」
俺と銀次の説教にも一切耳を貸さず、生産性のない無駄な抵抗を続けるテンマ。
「よし、銀次。今すぐシャベルと棺を作ってくれ。俺がコイツの口を物理的に塞いでやる」
「気は進まないが仕方ない。今回ばかりは…」
「いや、ちょっとまってよ。今の冗談だから!ってか、シャベルと棺って絶対口を塞ぐ以上の事やろうとしてるでしょ!」
渋々ながらに俺の提案を承諾する銀次に、テンマは露骨に焦り始める。
そして、銀次の行動によってようやく事の重大さを理解できたのか、許しを得ようと頭を下げる。
「ご、ごめんって!もう言わないよ…」
「本当だな?」
「う、うん。本当の本当に言わないって!……ふぅ、もう2人共ちょっと愚痴を溢したくらいで大袈裟なんだから」
「ちょっとだ?」
「え、ちょ、ちょっとでしょ?!」
前言撤回、どうやらテンマは事の重大さを全く理解していないらしい。
俺は再度威圧するようにマナを放ちながらテンマを睨む。
「ふざけんな。俺と銀次が一体何回お前のその愚痴を聞いたと思ってるんだ」
「うむ、二桁では収まらないのは確かだな」
「え、うそ、そんなに僕言ってる?!」
『はぁ…』
その完全に無意識だったと言うようなテンマの態度に、俺と銀次は当分はまた聞くことになりそうだと揃って肩を落とす。
愚痴ひとつで大袈裟だと思うかもしれないが、再三たる注意をしても尚、全く効果がなかったとなれば呆れて溜め息くらい吐きたくもなる。それくらいここ数日のテンマは喧しかった。
理由は他に考えるべくもない。
ほんの数日前、政府は今回の鬼灯による襲撃を受けて、ガイドラインに続く、ある情報を公開した。テンマが愚痴を溢す元凶となっているのも、偏にここに由来する。
——主要警戒能力者
これは平たく言ってしまえば国民に注意喚起を促す国際指名手配。世界各地で日々苛烈化する能力者による暴動を受けた政府が、世界各国と協力して情報を共有し、危険度を階級に分けてリスト化したもの。
先の能管襲撃作戦で鬼灯という組織が世間に知れ渡ることになったのは言うまでもないだろう。今や殺人ピエロの時と同様に、街を歩く人々の中で鬼灯という名を知らぬ者は居ない。
しかし、タイミングが良かったのか、悪かったのか、このリストの公開により、鬼灯への注目はより高まってしまっている。
主要警戒能力者の危険度の階級は大きく分けて3段階。
最も危険度が低いのは…
——禍害級
これは的確な備えを怠らなければ、十分に制圧可能な能力者を示す。しかし、これは備えを怠れば甚大な被害をもたらすという意味合いも含まれている為、決して軽視していいという意味ではない。
ここでこのクラスに分類される最たる例を挙げるとするなら、やはり殺人ピエロだろう。既に死んでいる為、リストの中に名前はないが、能力の厄介度や戦闘力を加味したらこれ程分かりやすい例は他にない。
そして、今回の襲撃によりそこに名を連ねたのが、我らが鬼灯の戦闘員である銀次とクロだ。
無論、素性が分かる者ばかりではない為、実名による表記はない。
しかし、このリストには能力者の危険度が分かりやすいようその能力に因んだ異名と所属する組織がある場合には組織名が記されている。
銀次とクロであれば以下の通りである。
・剛鬼【鬼灯】
・鬼熊【鬼灯】
クロに関してはそのまま。
銀次に関しては、恐らく判断材料となった当時の主だった戦闘方法が優れた身体能力によるものだった為、このような表記となっているのだろう。
実のところは、当時の銀次は非能力者であったのだが、それは政府の知る所ではないからな。複数の能力者を相手に勝ち越したとなれば、能力者として認知されていても何らおかしくない。
恐らく、現時点での政府の位置付けとしては銀次は俺の下位互換のようなものなのだろう。まぁ、今後の活躍次第では…というか、今の銀次であればその危険度が跳ね上がるのはもはや確実だな。
俺もまだ手合わせをしていないから、正確な銀次の戦闘力は分からないが、少なくとも殺人ピエロと同等級で収まらないのは確かだ。
そして、この次に危険度が高いのが…
——天災級
これは禍害級とは違い、一度出現すればどれだけの備えがあったとしても、被害を出すのは避けられない程、強大な力を持つ能力者を示す。制圧するには軍隊の出動が不可欠で、それを持ってしても尚制圧出来るかは定かではない。
・風鬼【鬼灯】
風という修飾語から誰を指しているのは明らかだろう。
テンマは不服なようだが、ここに名を連ねる能力者は禍害級に比べるとグンと減る。
俺としては、中級という決して高くない等級でありながら、ここに名を連ねるのは相当な事のようにも感じるのだが、そこは俺と日々手合わせをしているという自負があるからか、本人としては譲れない部分のようだ。
そして、この次に最も危険度が高いとされるのが…
——混沌級
これは世界を文字通り混沌に陥れる事が可能な能力者を示す。その戦闘力は単独で一国家と同等とされ、制圧は極めて困難。
・夜叉【鬼灯】
ま、多分俺だろうな。
夜叉…という表記がこれまでの流れから些か逸脱しているような気もするが、まぁ、そこは鬼灯の首領という意味合いをこめて鬼神の名が与えられたのだろう。
夜叉の能力としても諸説あるが、強靭な体躯と脅威的な身体能力というので大体一致する。
まぁ、混沌級という表現に関しては少し過大評価が過ぎるような気もするが、そこは鬼灯という組織の底知れなさや天災級や禍害級を複数従えているという点を加味されていると考えれば納得もいく。実際、世界を滅茶苦茶にしろと言われれば出来ない事もなさそうだしな。俺の戦闘力はともかく、スキルを使えば世界を引っ掻き回すのくらい造作もない。
ま、メリットがない上に俺の主義に反するから絶対にやらないが。
それにしても、異名といい位置付けといい誰が主体となって考えたのかは知らないが大したものだ。伊達に世界各国が手を取り合っていないという訳か、多少の誤差はあるにしろ、このリストの確度は極めて高いと言える。
この分なら鬼灯以外の位置付けに関しても、それなりに信じて良さそうだ。
しかし、そうなるとまずはじめに気になるのが、やはり俺と同等級に区分された奴等だが……一先ずはそれは置いておこう。
差し当たっての問題としては、本来であれば下の階級であればあるほど嬉しいはずのこの危険度ランキングもとい位置付けに、我が組織のバカ筆頭が難癖をつけた挙句、今し方注意して、謝罪したばかりだと言うのに、話している内に悔しさが再燃したのか、無謀にもランキングの更新に乗り切ろうとしている事なのだが…さて、どうしたものか。
現在の情勢を思えば今は安易に動くべきじゃないのは猿でも分かる。
ただ、それが分からないのがテンマだ。下手に言いくるめようとしたら、逆に猛反発するのは目に見えてる。だからといって耳触りの良いそれっぽい甘言を吐けば、確実に間に受けて止める暇もなく暴走するだろう。
うん、改めて思うがコイツはつくづく面倒臭いな。
まぁ、仕方ない。こういった場合の対処法はある程度テンプレが決まっているものだ。
言って聞かないなら行動で示すしかない。
そして、俺は銀次が平和的に言葉での説得を試みてるのを良いことに、完全に油断しているテンマの腹部へと躊躇なく全力の蹴りを放つ。
「ぐぅぁあッ!!!」
——ズドーーーンッ
銀次の改築によって幾らか頑強になったはずの拠点の壁が俺の蹴りの威力のままに衝突したテンマによって難なく破壊される。
どうやら、銀次の言う通りまだ強化の余地はあるみたいだな。床はそれなりに頑丈だが、壁の強化はまだまだ足りてない。
綺麗に整備されたところを再び壊してしまった事に関しては銀次には申し訳ないが、そこは俺に手を出させたテンマに謝らせよう。俺は悪くない。
「……………テンマは大丈夫なのか」
流石にこのタイミングで壁の心配をするのは銀次の良心が許さなかったのか、とても無視のし難い間を置いてからテンマの身を案じる銀次。
自分の感情を押し殺して、友達の心配をするとは…立派だな、銀次。
しかし、悲しい哉、俺はまだ年端も行かぬ小学6年生。とても行間を読むなんていう高等スキルは持ち合わせていない。
その為、俺はその間を華麗に無視して、質問にだけ答える。
「そうだな。身体強化は使ってないから、幾つか内臓と骨はイカれただろうが、死んではいないはずだ。多分そろそろ起き上がって来るぞ」
「そうか、それは良かった」
そして、それから程なくして、予想通り少なくない血を吐き出しながらテンマが戻って来る。
「ぐへぇ、死ぬかと思った…てか、これ絶対右側の肋骨全滅してるんだけど…快ちゃん、急に何してくれてんのよ…」
「…いや、悪いな。少し試してみたんだ」
「試した?」
「あぁ、お前が俺と本当に同格なら不意の攻撃でも難なく防いで見せるんじゃないかって思ってな…だが、悪いな。その様子を見るに、それはまだお前には荷が重かったみたいだ。ほら、こっちこいよ。謝罪ついでに、俺がか弱いお前の怪我を治してやる」
「…ぐぬぬ」
俺の言葉に悔しげに歯噛みし、威嚇する時のクロのような低い唸り声を上げるテンマ。
しかし、それでも怪我は治してほしいのか、ゆっくりと俺の方に近づいて来る。
と、その時…
——シュッ
唐突に、俺の顔目掛けて風の刃が飛んでくる。
挑発した後なら十中八九仕掛けて来るとは思っていた。その為、至近距離と言えど回避は容易い…にしても、普通顔を狙うかね顔を。俺じゃなかったら確実に今ので死んでいる。無鉄砲さなら確実に混沌級だな。
まぁ、これはこれで説得に丁度良いから良いが。
「なんだ今のそよ風は。まさか、あんなに心地良い風が攻撃ってことはないだろうが…もしかして、意趣返しのつもりか?」
「べ、別に…」
図星とばかりにテンマは露骨に居心地の悪そうにする。
「嘘つけ、バカが。魂胆が見え見えだっての。お前が格下扱いされて、気に入らないのはもう十分分かったから、これ以上騒ぎ立てるな。今の俺とお前の状態が格の差を物語ってるだろ。いい加減諦めて受け入れろ」
「……」
俺からの正論に、碌な反論も出来ずに堪らず黙るテンマ。
しかし、その後少しの間を置いて、テンマは反論ともいえない弱々しい口調で本音を溢す。
「…別に僕は快ちゃんより格下とされるのは良いよ。悔しいけど納得もいくし、実際快ちゃんより弱いのは本当だから。でも、僕は快ちゃん以外の人に劣ってるとされるのは絶対に嫌だ。僕は快ちゃん以外には絶対に負けないもん」
その発言で俺はようやくテンマの騒いでいた理由を正しく理解する。
なるほど。問題は、自分の位置付けではなく、俺と同等級にいる奴等の方だったのか。てっきり、今回も持ち前の負けず嫌いが災いして自分の位置付けが不服なのだとばかり思っていたが、それは俺の早合点だったみたいだ。
まぁ、あの物言いだったら誰だって勘違いするだろう。理由を聞いた今でさえ、理解し難い。
とはいえ、納得がいかない訳でもない。
テンマが俺を特別視しているのは前々から気が付いていた。今日だけでもそれを裏付けるような言動は何度かしているし、以前俺が浅霧を話題に出した時に無駄に張り合っていたのを思えば、今更否定のしようもないだろう。コイツは俺に異常なまでに執着している。
それが悪いとは言わない。人は誰しも程度に差はあれど、何かに執着しているものだ。ただ、今回はそれが少し厄介な拗れ方をしてしまったな。
良く言えば対抗意識、悪く言えば嫉妬。
テンマの様子からすると、俺と同等級に数えられていたならば、その溜飲も少しは下がったのだろうが、生憎と現在のテンマの階級は俺の一つ下の天災級。
これが先の作戦を実行する前に公開されていたのなら、コイツを黙らせる為にも騒ぎを起こすのも悪くなかったが、今置かれている鬼灯の状況を思えば生憎そう簡単には実行は出来ない。
さて、どうしたものかな。
いや、今は動くメリットがないと分かっている時点で、話の着地点はもう決まっているようなものなのだが、問題はそれをどうテンマに納得させるかだ。まぁ、ここまで本音を溢した後なら、別に正攻法でも十分説得出来るか。
そして、俺はいじけた子供のように俯くテンマへと回復呪文さながらの効果を持つ言葉を放つ。
「なら、証明すればいい」
「証明?って、え!…でも、それってさっきと言ってること違うじゃん。僕、証明しに行こうとしたから快ちゃんに蹴られたんじゃないの?どういうこと?」
「無闇には動くなってことだ。どうせ中途半端に動いた所でお前の目的は果たせない」
禍害級ならともかく、既に強大な戦力として認められている天災級の場合はそう簡単には位置付けは変動しないだろう。下手に動いた所で、それは天災級としての脅威の証明をするに他ならない。
天災級から混沌級への昇格を目指すなら、まず間違いなく実力だけでなく、それ相応の場所とタイミングが必要となる。
「だから、そう遠くない未来に来るであろう厄災の時に、自分の力が天災級に収まるものでないと証明しろ」
「タイミングか…厄災って快ちゃんが前に話してた組織のこと?」
「あぁ」
俺はテンマの言葉に頷きながら、以前浅霧へと忠告した時の事を思い出す。
最近、ヨーロッパで苛烈化していたという犯罪組織。その組織は、たった数日の内に遂にロシア西部にまでその手を伸ばした。
未だはっきりとした目的は分からない。しかし、依然その組織は東へとその勢力を伸ばしている。であるなら、騒ぎを起こすのが目的なのではなく、それとは違った明確な目的意識を持って動いていると考えるのが自然だろう。
「数多の国を越境しても尚、止まる気配のない、むしろその被害規模を拡大していく様から並の組織力でないのは容易に読み取れる。きっと、これまでの戦いのようにこちらが主導権を握って進められはしないだろう」
『……』
これは他人事ではないと思ったのか、俺の言葉をテンマだけでなく、銀次までもが真剣な面持ちで聞く。
「数で劣る中、主導権を握れないのは相当に分が悪い。だが、それは裏を返せば、活躍の機会が多いという事でもある」
「あはははっ!そっか!そういうことか!」
ここでようやく俺の意図を理解したのか、テンマは満足げに普段のような好戦的な笑みを浮かべる。
俺がやったのは問題の先送りでしかない。だが、テンマの反応を見るにこれで一先ずの説得は完了したと考えていいだろう。恐らく、当分はこれで大人しくなる。いや、なってくれないと困る。
あとはその犯罪組織が台風のように急に進行方向を変えない事を祈るばかりだが、そうなった時はまたこちらから襲撃すれば良いから、要らぬ心配だろう。いずれにせよ、連中が大人しくならない以上、少なくない余波が日本にも来るのはもはや必然。となれば、衝突は避けられない。
まぁ、相手の出方次第では今後の俺達の行動もどう転ぶかは分からないが、相手が並の実力でないのが明らかとなっている以上は、強くなっておくに越した事はないだろう。
なんと言ったって、その犯罪組織は俺と同格とされる混沌級に分類される能力者が率いる組織。
・竜王【アヴァロン】
ニュースによる報道では、被害規模が尋常ではないという情報が繰り返されるだけで、直接的な戦闘力は窺い知れない。
しかし、リストから推測するに、俺の力の一端を見た能管もとい政府の見解では、少なくともその実力は、先の作戦で街に甚大な被害をもたらしたテンマ以上ということだ。
「…俺も気を抜いていられないな」
『……』
そう言い、言葉とは真逆の表情を浮かべる狂人の姿に、2人は形容し難い期待と不安を胸に抱いた。