第115話 決起会
「いやー、やっぱりシャバの空気は一味違いますね。さっきとは身体の軽さが段違いです」
「まだ同じ施設内ですけどね」
地獄の報告会もとい査問会を乗り切った浅霧は現在、アイドルの出待ちのように会議室付近で待機していた中野によって勇の私室へと連れて来られていた。
本音では、一刻も早くこの施設を抜け出し、能管へと戻りたい浅霧であったが、査問会でも何かと助け舟を出してくれた勇による指示だと聞けば従わない訳にもいかない。
その為、今は開き直って、勇の到着が遅れているのを良い事に、つい先程までの緊張感を解すようにこれでもかとソファーに深く座り寛いでいた。
一応中野も勇と同様に上司ではあるのだが、今し方の苦労を理解してくれているのか、その態度を改めるようには言ってこない。
それが今の浅霧には堪らなく有り難かった。
しかし、流石に緊張感のない浅霧の態度が目についたのか、注意はしないまでも情報共有を兼ねてそれとなく会議での様子を伺ってくる。
「その疲労感漂う様子を見るに…やはり、今回の会議は相当荒れたようですね」
「まぁ、はい…そうですね。結果的に処分自体は半年間の減給と想定よりもかなり甘く済んだので良かったんですが…そこに至るまでがとにかく大変で」
「また叱責ですか?それとも他の要因でも?」
「…両方ですね。一つ確実に言えるのは中野さんの忠告が無ければ、入室した瞬間に条件反射で逃走していたということです」
「室外からでも空気が相当な緊張状態にあったのは感じられましたが、そこまででしたか。ひょっとして、総理でもいらっしゃいましたか?」
「………」
「なるほど、ご苦労様です」
浅霧の様子から諸々の状況に察しがついたのか、中野は心底同情するような視線を向ける。
これまで代理人を立てていた所に、本人が直接出席する。その事実が事態の重さをそのまま物語っているようなものである。
「ですが、逆に考えれば良くそこまで深刻な状況から、寛大な処分を勝ち取れましたね。叱責も尋常ではなかったということですから、貴方の責任を追求する場であったのは間違いないのでしょう。何か秘策でも講じたんですか?」
「あーーー、それは…」
中野の言葉で、改めて自分のしでかした事を振り返り、浅霧は深く反省する。
話の説得力を上げる為だったとはいえ、スキルを行使するのは流石にやり過ぎた。
一条が見過ごしてくれたから良いものの、あれでは一歩間違えれば日下部の言う通り、国家反逆罪と言われても仕方がない。場合によっては、更なる罪状が付け加えられていた可能性も十分にあった。
「…一体何をやったんですか?いえ、何をしでかしたんですか?」
露骨に言い淀む浅霧に決して誉められた行為をしたのではないと確信し、白状させるように薄目を向ける中野。
「いえ、ちょっとした水遊びを…」
「何がちょっとした水遊びだ馬鹿タレ!たかが水遊びで国の上層部をあそこまで脅せるものか!それも総理にまで能力を使いやがって!この野郎、寿命が縮んだわ!」
「痛っ!」
中野への下手な言い訳を遮るように繰り出される重みのある拳骨と怒声に思わず抜けた声が出る。
「勇さん。自分から呼び出しておいて、いきなり何するんですか。危うくたんこぶが出来る所でしたよ」
「それはすまんな。どうやら無意識に手加減してしまったようだ。次は、必ずたんこぶを作ってやる」
「いえ、結構です。というか、すみません、俺が全面的に悪かったです。なので、お願いですからその拳を引っ込めて下さい。これでも今ストレスで色々と限界なんですよ」
「…はぁ。俺の心労を考えれば、もう10発は堅い所だが、今日のところはお前の日頃の頑張りに免じて大目に見てやる。次はないぞ」
「…はい」
一先ずの危機は過ぎ去ったと、浅霧はホッと安堵の息を吐く。
中野の視線が厳しいままだったが、それは見てない、見えていないと自分に強く言い聞かせ、早々に話の転換を図る。
「ところで、勇さんは何の用で俺を呼び出したんですか?勇さんもあの場には居ましたし、今更情報を共有することもないでしょう」
「確かに、今回の一連の騒動に関しては共有することはもう何もない。それに関しては俺は今日だけでなく、別途で前にも一度報告を受けているからな。ただ、今後についての話はまだだろう」
「今後…ですか?」
「あぁ。今後は能管の第二支部の設立も控えているし、それに際して何かと体制や環境も変わる。お前は望まないだろうが、政府との交流もこれまでより密になるだろう……だからまぁ、有り体に言ってしまえば警告だな。交流が増えるとなれば、必然的に気を付けるべき点も増える」
「……それ後日じゃダメですか?というか、それ絶対に聞かないとダメなやつですか?」
先刻の査問会での事もあり、警告という不穏過ぎる単語に嫌な予感が拭えず、浅霧は露骨に嫌な顔をする。
しかし、それでも勇は予想通りとでも言うように構わず話を続ける。
「そう言うな。お前の気持ちも分からんでもないが、こういうのは早めに共有しておいた方が巡り巡って後が楽になるもんだ。気が付いた時には詰んでましたってのはお前も嫌だろ。嫌々でもなんでも今の内に聞いておけ」
「…はい」
ここで疲労を理由に断固反対の姿勢を貫く事もできるが、勇の言う事も一理あると考え、浅霧は面倒くさい事は一気に終わらせてしまおうと腹を決める。
そして、大事な話をするのなら防音が不可欠だろうと、査問会の時と同様にスキルを発動し、瞬く間に自身と勇と中野を包む水の結界を生成する。
『!!』
「ここは勇さんの私室なので防音設備も十分でしょうが、念には念を入れておきましょう。何処に誰の耳が有るかも分かりませんし…個人的に少し気になる部分もあるので」
「…あぁ、分かった。だが、浅霧お前…次からは事前にもう少し説明してから能力を使ってくれ。お前は常日頃、スキルに触れ慣れ親しんでいるかも知れんが、俺を含めた殆どの人間はそうではない。害意がなくても見慣れない現象が突然起こるのは心臓に悪いものだ」
「すみません、配慮に欠けました。以後、気を付けます」
「あぁ、そうしてくれ」
勇の言葉で、自分が如何に非現実的な世界の渦中にいるのかを思い知らされる浅霧。
知らず知らずのうちに環境に毒されている事に気付けないのは、今後の立ち回りにも影響するだろうと、話はこれからだと言うのに早速忠告を受けた気分になった。
そして、そう浅霧が反省を繰り返す中、勇は真剣な面持ちで本題を切り出す。
「便宜上、他に言いようがなく警告とは言ったが、別に何か特別な事をしろって訳ではないんだ。お前はこれまで以上に周囲を警戒しろ。それだけだ」
「警告…と言う割には随分と漠然としていますね。偏に警戒とは言いますが、対象が分からなければ警戒のしようもありませんよ。それに、立場上、自分だけで全てを完結させる訳にも行きませんし、全てを疑って掛かるのはとても現実的ではありません」
「それもそうだな…ただ、他に何と言えば良いものか。気持ち的には全てを疑って掛かるくらいで丁度良いって事なんだが…」
珍しく煮え切らない様子の勇。
それを、これまで黙って成り行きを見守っていた中野が助け舟を出すように口添えをする。
「大臣。警告をするならするで言葉を選ばずに、はっきりと発言なさってはどうですか?婉曲的な表現ばかりでは折角の助言にも誤解が生じてしまう可能性があります。その様子を見るに何かを懸念なさっているようですが、幸い今は浅霧さんの能力で間違っても露見する可能性はありません。客観的に見て臆する必要は全くないかと…勇なんて苗字なんですから、もっと勇気を出してください」
「あぁ、そうだな。助言をありがとう中野秘書官…だが、一言余計だ。名前は関係ないだろう、名前は」
「すみません、日本語に不慣れもので」
「にしては、流暢に話し過ぎだ」
「ちょっと何を仰ってるのか分かりません」
『………』
勇が視線で助けを求めてくるのを、浅霧は視線をずらしてそれを拒む。
立場とはまた違った両者の力関係が明確になった今、どちらに味方をするのかは考えるまでもない。虎の尾は踏まないに限る。
そして、勇は部下に尻を叩かれた影響か、見捨てられた影響か、威厳を取り戻すように先程とは打って変わって声量を上げて堂々とした態度で話の続きを口にする。
「浅霧、つまるところ俺が言いたいのはこれだけだ。政府を、上層部をあまり信じるな」
『!?』
とても政府中枢の一角を担う大臣が放ったものとは思えない発言をする勇に、中野と浅霧は驚愕し大きく目を見開く。
しかし、勇はまだ序の口だとでも言うように、止まる事なく話を続ける。
「俺自身、立場上こんな発言をしても良いものかと悩んだが、今回の会議やこれまでの上層部の行動を鑑みた結果そうも言ってられなくなった。奴等は確実に何かを隠している」
その言葉で、浅霧は自分や森尾の感じた違和感は決して間違いではなかったのだと確信する。
しかし、同時にここで疑問も生じる。
「勇さん、その発言には俺も同意します。ですが、何故それを貴方が言うんですか?俺からしたら立場的には貴方も歴とした上層部の一員です」
内閣総理大臣を筆頭とした内閣府の中で、大臣以上の権力者は殆ど存在しない。複数の省庁の存在がある影響で大臣もまた複数いるが、省庁間には序列が存在しない為、その権力は決して小さくない。
それを考えれば、今し方の勇の発言には矛盾が発生する。
その浅霧の考えを見越してか、勇は「分かってる」と続ける。
「俺が上層部の一員であるなら、上が秘匿しているであろう何かを知ってなきゃならない。そう言うのだろう。だが、それは無理だ。いや、無理だったと言うべきか」
「無理だった…ですか?」
「あぁ、無理だった。他の省庁や口の軽そうな日下部を含む総理側の人間、交流の有無も問わず、俺は違和感を持った時点で疑われないようそれとなくあちこちに探りを入れてみたが、スキルの話になった途端全員揃って口をつぐむ。唯一、得たモノと言えば、諸々の反応から伺える上が何かを秘匿していると言う事実の確証くらいだ」
確証…それは小さいようで大きな進歩のようにも感じられる。時間経過と共に漠然とした得も言えぬ不信感が募るよりは疑って掛かれる分ずっと良い。
しかし、能管を抱える防衛省の大臣ですら取得できない情報とは一体どんなモノなのだろうか。
浅霧がその疑問を持つのと同時、中野は同様の事を感じたのか、話の矛盾点を指摘する。
「ですが、そうなるといよいよ不可解ですね。上層部が何かを秘匿しているにせよ、それがスキルに関する事であるのだとしたら、尚更能管という専門的な組織を抱える防衛省を自陣に引き入れた方が良いでしょうに」
「確かにそうですね」
上層部がスキルオーブを求めているのは、今回の日下部の様子からも十分に窺える。
実利を考えるのなら、能管と敵対という形を取るよりも、協力という体制をとった方が確実に得に働く。
しかし、日下部にはこちらと協力しようなどという考えは少しも見られなかった。むしろ、高圧的でどうすれば首輪をつけられるのかと、徹底的に粗を探しているようにさえ見えた。
自陣には引き入れたくないが都合良く利用はしたい。日下部の様子から推測するならこんな所だろうが、肝心なそこまで拒む理由がわからない。
浅霧の思考がそこまでに至った時、その理由に幾らか思い当たることがあるのか、勇が自信無さげに推測を口にする。
「…もしかしたら俺が原因かもしれないな」
「勇さんが原因?どういうことですか?」
通常であれば組織が個人を原因にここまで面倒臭いことをするとは思えない。だが、そこにスキルという不確定要素が加わるのなら十分に考慮する価値は生まれてくる。
そして、勇は「単なる憶測だから話半分に聞いてくれ」と付け足して、話を続ける。
「俺は、実のところ他の省庁と関係があまり良くない。交流も殆ど無いしな」
え、それって。
「端的に言うとボッチです。ボッチ大臣です」
「なるほど」
「おい、2人揃って茶化すな」
『すみません』
重大な話が来ると思っていた所に来たカミングアウトについ悪ノリして怒られる中野と浅霧。
その後、腰を90度に曲げて謝罪をする2人の様子に「まぁ、いい」と半ば呆れながら勇は続きを口にする。
「単純な話、俺のように叩き上げによって大臣になった奴は別として、通常、各省庁の大臣や要職に就いている奴には名家の出身が多いんだ。そして、古くから名家は名家とつるむ傾向にある。実際、政界には総理の親戚や昔からの友人が結構な数いたりするみたいだからな。今日いた日下部なんかも聞いた話によると一条の遠戚っつー話だ」
「なるほど、そういうことですか」
ここまでの話を聞けば、嫌でも自分が原因だと言った勇の考えにも頷ける。
「恐らく、奴等は昔からの交流が無く、良くも悪くも中立の立場にいる俺の事が信用出来ないんだろう。それか、その秘匿するモノには多くの人間に知られてはならない理由があるか…だがまぁ、何にせよ各省庁全てとは言わなくとも、一先ず大臣辺りには一通り一条の息が掛かってると考えて動いた方がよさそうだな」
「そうですね。現在は俺の命令違反の件もあって、上層部の防衛省に対する評価としては思い通りにならない組織となっている可能性が高いです。その為、重要な情報等を共有する場合は、信頼の置ける人間を選定し、場合によっては間者が居る可能性も加味して用心して動きましょう」
「ふむ、間者か…確かに今までは目の前の違和感を払拭することに夢中で失念していたが、上層部が関わっている以上、その可能性も拭えないな。未だ上の目的が分からず、俺達から得た情報をどう利用されるかは定かじゃ無いが、用心するに越した事はない。今後は目を光らせるとしよう」
「はい、ですから当面の目標としては組織内の把握と言った所でしょうか。俺は能管を、勇さんは一先ず身の回りで動く情報を取り扱う者達を中心に探りましょう」
「そうだな。防衛省も一枚岩ではない。効率を求めるなら近くから探るのは合理的だ。しかし、そうなると1番最初に思いつくのが……」
そうして、不意に一致してしまう勇と浅霧の視線。
この場に居合わせるのは勇と浅霧を除けば1人しかいない。
その視線の先に居るのは勿論…
「何やら遺憾にも疑われているようですが、私は間者ではありませんよ。政府の中枢と一省庁…勢力図は火を見るよりも明らかです。裏切るならとっくの昔に見切りをつけて裏切っています」
「す、すまん」
「…すみません」
「いえ、別に微塵も気にしていないので謝罪は結構です。貴方方の立場なら、防衛省と能管の情報を取り扱い、情報の収集が容易な私を疑うのは、至極当然の考えですので。尤も、ここまで献身的に仕事をしてきて真っ先に間者として疑いの目を向けられるとは思いませんでしたが」
気にしていないと言いながら確実に気にしているであろう物言いをする中野に、情けなくも男2人は平謝りを繰り返す。
『申し訳ない』
「いえ、職務上、微妙な立ち位置に居るのは事実ですのでもう結構です。これ以上の謝罪は逆に負担になりますのでやめて下さい」
2人の様子を見て少しは気が晴れたのか、中野は再度疑われるのは仕方がないと言葉を添えて、謝罪を止めさせる。
しかし、それだけでは終わらず、中野は仕返しとばかりに2人にとっては聞きたくないであろう本音を溢す。
「ですが、そうですね。良い機会ですので、言っておきます。これは最も寝返りやすい位置にいる私からの脅しだと思って聞いてください。私が裏切るかどうかは偏に貴方方の頑張りに掛かっているのですよ」
「それはどういう…」
「私もこのような職に就いているので、少なからず愛国心があります。その為、現在は上層部ではなく正義があると思う貴方方の方についているのです。ですが、私が最も大切に思うのは国では無く家族であり子供達です。ですので、今後もし仮に貴方方側よりも上層部側の方が家族の安全を守れると思った時は、私は簡単に裏切ると思って下さい」
中野の口から出た想像以上の脅迫の言葉に露骨に顔を引き攣らせる勇と浅霧。
しかし、浅霧はその物言いの中に少し違和感を覚える。
「あの、その言い方だと…勢力図は火を見るよりも明らかなのに、まるで現状はこちらが優勢だと言っているように聞こえるのですが…」
矛盾点の指摘。
しかし、その浅霧の指摘に対して、中野は掛かったとばかりに意地の悪い笑みを浮かべる。
「そう言っているのですよ、浅霧局長。勢力図はともかく、劣勢だとは私は少しも思いません」
「それはどういう…」
そう、やけに確信した様子で話す中野に浅霧の疑問は更に深まる。
上層部がどれだけの情報を秘匿しているか分からない以上、現時点ではこちらが優勢だと断言できる根拠は無いように思える。
しかし、中野はそのままの勢いで話を続ける。
「今の世の中に一体どれだけの能力者が潜んでいるのかは不明です。ですが、現時点でまず間違いなく敵に回してはならない能力者の筆頭は浅霧局長、貴方です」
唐突な名指しと中野の中での自身に対する想像以上の期待値の高さに瞬く間に全身に緊張が走る。
「青い惑星とも呼ばれるこの星の大半を占める水を支配する特級能力者。その力は私等ではとても計り知れません。恐ろしくも思います。しかし、それが味方となればこれ程心強い事はありません」
中野の言葉に勇は深く同意を示すように頷く。
「ですから、期待していますよ浅霧局長。その人智を超えた力で国を、そして国民を守ってください。そして、貴方がその脅威に屈しない限り、私は貴方の味方であり続ける事をここにお約束します」
過ぎた信頼のように思える中野の言葉と、それに強く同意を示すような視線を向けてくる勇に、浅霧は無意識に佇まいを正す。
そして、国防を担う公務員である身として、特級のスキルを持つ能力者として、そこには大きな責任と覚悟が伴うことを改めて自覚する。
先の敗北を考えれば、とてもじゃないがその期待に応えられるとは断言できない。
しかし、ここは例え虚勢であろうと頷かなければならない場面だろうと、浅霧は一分の隙もない自信の垣間見える堂々とした態度で力強く頷いてみせる。
「全力を尽くします」
——同時刻
薄暗い会議室で一条正治は1人、窓辺で景色を見ながら佇んでいた。
既に散会して暫く、周囲に人気がない影響か、室内には閑散とした雰囲気が漂う。
しかし、そんな中。
不自然にも一条はさもそこに人が居るかのように話し始める。
「それで、浅霧君が君の存在に気付いて居たというのかい」
依然、室内には一条を除いて人影はない。
しかし、一条の言葉は独り言に終わらなかった。
その声は、老若男女のどの声にも聞こえる不思議な声色を室内に響かせる。
「…断定は出来ません。しかし、あの者は私から漏れ出た僅かな殺気に反応して、一瞬で全身の筋肉を緊張させました。あの者の能力が私を捉えなかった事から場所の特定にまでは至っていないようですが、それらの行動を鑑みると確信とまでは言わなくとも、疑念は持ったと考えるのが妥当かと」
浅霧の些細な行動からその存在が気取られた事を報告された一条は、今一度査問会の時の浅霧の行動を思い出し、信憑性を確認するように報告内容と照らし合わせる。
「ふむ。それなら、浅霧君が能力を発動した真意は、話の説得力を上げるのとは別に、私を含む上層部へ探りを入れたかった…と考えるべきかな。ふふっ、それが事実なら面白い」
一条は自らで導き出した推論を口にしながら、浅霧のその非凡さについ笑みを浮かべてしまう。
この推論が事実であるのなら、浅霧は本来なら許しを請わなければならない場で、不敬にもその審判者達に向かって盾をついた事になる。
そして、事実それで少なからずだが情報を抜き取られているのだから笑うしかない。
「…ご命令とあらば排除します」
一条の心情を察したのかまたしても感情を感じさせない無機質な声が響く。
それを聞いた一条は、その声の主を試すような鋭い視線を作って窓を見つめる。
「君に…いや、君達にそれが出来るのかい。私の護衛をする君が浅霧君の能力を見た瞬間に殺気を放ってしまったという事は、それだけの危機感を与える実力が浅霧君にあるからではないのかい」
「…あの者に相当な戦闘力があり、制圧が困難である事は認めましょう。しかし、それは直接刃を交えた場合です。我々の土俵で有れば制圧は容易です」
急な詰問にも淀みなく応えるその声に、一条は満足気な笑みを浮かべる。
「それなら良いんだ。だが、浅霧君は放って置きなさい」
「よろしいので?」
「優秀な駒はある程度自由にさせてこそ、その能力は発揮されるものだよ。私の手駒にならないのは惜しいが、他にも使い道はあるし、勧誘の機会もまだあるだろう。それなら、多少の不信感があろうと暫くは様子見で良い…それより、気になるのは…」
「鬼灯なる組織ですか」
「あぁ、あれは目障りだね」
一条の優しい口調に強く滲む怒気に室内の緊張は一気に高まる。
「今回はスキルオーブも奪われたし、その首領は君が一目置く浅霧君でも制圧出来なかったというし…このまま放っておくのは百害あって一利なしだ」
「調査しますか」
一条はその声に首を傾げ、最適解を探るように思考を巡らせる。
そして、数秒の間に考えをまとめたのか、感情とは裏腹に冷静な結論を下す。
「いや、それはやめておこう。報告によれば自衛隊の追跡も難なく振り切ったらしいし、浅霧君が神出鬼没だと言うのも伊達じゃない。恐らく、決定的な情報がない中で捜索するのは、君達でもかなり難航を極める。それなら、他の事に時間を使った方がずっと良いだろう」
「こちらも放っておくので?」
「一先ずはね。でも、何も策を講じないって訳じゃないから、心配は要らないよ。だから、君達はこれまで通り余計な事は考えず、ただ私の言う事を聞いていれば良い」
「御意に」
その言葉を皮切りに接続が切れたように室内は静寂を迎える。
そんな中、一条は変わらず、薄暗くなり始めたなんて事ない外の景色を眺める。
そして、誰に向けるでもない心情を口にする。
「統治も楽じゃないね」
それは単なる愚痴に他ならない。
しかし、そう言う一条の顔はとても評判の良い統治者がする顔とは思えない程に、醜悪な笑みに塗れていた。