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第114話 査問会(3)



「あの状況下では、それが最善の選択であったと考えております。命令違反についてはお詫び申し上げますが、後悔はしておりません」 


「なっ、き、き、貴様!!事態の深刻さを理解していないのか!!!上級のスキルオーブは奪われ、特級のスキルオーブは貴様の独断専行によって喪失。敵に遅れをとるばかりか、貴重なスキルオーブを実質2つも失ったのだぞ!!!」


 てっきり深い謝罪が来ると思っていたところに来た予想外の浅霧の悪びれもしない反応に、動揺から口調に気を使うこともなく感情のままに声を張り上げる日下部。


 しかし、そんな日下部を前にしても、浅霧は強気な姿勢を崩さない。


「失ったという表現には些か同意し兼ねます。私は、咄嗟の判断でスキルを獲得することによって、敵組織の目的の妨害を果たしました」


 実のところは、その敵組織から嬉々として返却されたのだが、それを馬鹿正直に言う必要はないだろう。真実はどうあれ、筋が通っていれば事実として成り立つ。確かめようがないのなら尚更。


 しかし、やはり浅霧を何かと目の敵にしている日下部には通用しない。


 日下部はより興奮した様子で怒声を上げる。


「そんなものは詭弁に過ぎん!本来なら我々上層部へと提出しなくてはならないスキルオーブを1つでも他へやった時点で貴様の非は明らかだ!」


 興奮した影響か…スキルオーブを私物化しているとも取れる発言をする日下部に、浅霧は政府への確かな違和感と不信感を覚える。


 しかし、この場でそれを追求してもはぐらかされるだけだろうと、まずは場の沈静化を図る。


 浅霧は反抗的な態度を一時的に緩め、再度話の主導権を日下部へと戻す。


「……では、逆にお尋ね致しますが、あの状況において、私はどのように行動すべきだったとお考えでしょうか?施設の設備によって、強力な能力者と共にまともな戦力もない中で軟禁されたあの状況下で…スキルの取得を無しに、他にどういった選択をすれば、強大な力を持つ敵から部下を守り、スキルオーブの被害を最小限に抑えられると仰るのでしょうか」


「…っ!」


 暗に人命よりもスキルオーブの方が大事なのかと言い含める浅霧に、日下部は露骨に顔を強張らせる。


 内閣官房長官は、政府の方針や政策を国民に伝えるとともに、国民の意見や要望を受け止め、それを反映させることを職務の一部としている。


 であれば、どれだけ興奮していようと、幾ら内々の会議であろうと、滅多な事は口に出来ない。


 ここで国民を蔑ろにする発言は、その内閣官房長官という任を指名した内閣総理大臣である一条の顔へ泥を塗ることと同義だ。


「ふ、ふん、そんなものは決まっている。その独断で獲得したスキルを使って制圧すれば良かったではないか。そうすれば、少なくとも上級のスキルオーブは失わずに済んだ!」


 一条の顔もある為か、日下部は部下の安否の事には触れず、別の切り口で責任を追求し始める。


 そして、咄嗟に方向転換をしたその切り口は、思いの外日下部にとって都合の良いものだったのか、その語勢は次第に強くなっていく。


「そ、そうだ…それに、聞けば相手は能力者と言えど、まだ年端も行かぬ子供だったと言うではないか!そんな者を相手に特級という破格のスキルを獲得しておいて、遅れを取るだと?…貴様、これが一体どれ程罪深いことか分かっているのか!」


「なるほど。貴方の仰りたい事はよく分かりました」


 日下部の様子から、もはや言葉で言っても無駄だと察する。


「分かればいいのだ!分かれば…」


 そんな浅霧を前に、我が意を得たりと再び強気になろうとする日下部。


「先に非礼をお詫びしておきます」


 しかし、浅霧はそれを日下部の言葉を遮り、その場に居合わせるお偉方に軽く頭を下げることで阻む。


 そして…


 ——パシャァッ


 浅霧が頭を上げた直後。


 唐突に、長机に置かれていた幾つものペットボトルのお茶が破裂し、それが瞬く間に刃の形を形成して、お偉方それぞれの首筋へと突き付けられる。


『?!?!?!』


 その一瞬の出来事にその場にいる浅霧以外の者は驚愕し、少しでも動けば肌に触れてしまう刃にあからさまに動揺して見せる。


「き、き、貴様!何をしている…私達に刃を向けるとは一体何を考えている!国賊にでもなるつもりか!!」


 動揺を見せる面々の中でも一際怯えながらも、無表情でその場を制圧する浅霧へ堪らず声を張り上げる日下部。


 その言葉で、浅霧はふっと軽く息を吐いて、目的は果たしたとばかりにお茶で生成された刃を空気中へ一瞬で霧散させる。


 そして、再び頭を下げる。


「ご無礼をお許しください。言葉だけでは十分に伝えきれないと感じ、このような方法を選ばせていただきました。事情があったとはいえ、ご迷惑をお掛けしましたことを改めてお詫び申し上げます」


「貴様!そんな形ばかりの謝罪で許されると思っているのか!これは未遂とは言え、国家反逆罪と言われても何らおかしくないのだぞ!」


 例の如く、激昂する日下部であったが、浅霧はそれにも平静を崩さずに対応する。


「理解しております。処分は如何様にも。ですが、これで少しは事態の重さを皆様にもご理解頂けたかと思います」


「何を…!」


 問答無用とばかりに食い気味に浅霧に食ってかかろうとする日下部を、これまで静観を続けていた一条が手を挙げ制する。


 その行動に周囲は驚くが、浅霧は続きを促されたと解釈し、そのまま話を続ける。


「先程、私は抵抗する間を与える事なく、一瞬の内に皆様の命を断つ事が可能でした」


 浅霧の口から飛び出した予想よりも遥かに強い言葉に、思わず息を呑む一同。


 その緊張感は、続く言葉次第では今すぐにでも室内を飛び出してしまいそうになる程にまで上っていた。


 その結果、自然と皆の恐怖を帯びた視線が浅霧へと集中する。


 そんな中、浅霧はそんな意図はないと周囲に言い聞かせるように落ち着いた声色で話を続ける。


「その事実は、私の獲得したスキルがそれ程強力である事を示しています。そして、同時に能力者と非能力者の力量差を明確に示しているとも言えるでしょう。強力な能力者を前に非能力者は無力に等しいです」


 ここまで言うと浅霧の意図が掴めてきたのか、室内の緊張感は大分緩和する。


「独断専行の命令違反をしたのにも関わらず、結果を示せなかった私に皆様がお怒りになるのはご尤もです。しかし、逆に言えば私はこれ程の力を持っていて尚、敵を制圧し切れなかったのです。それの示すところは聡明な皆様にはご理解頂けることと思います。相手が子供の姿をしていようと関係ありません。私が対峙した印象では、その実力は確実に一国家を相手にしても引けを取らないものでした」


 既に上層部には能管にどれだけの被害が及んでいるかは通達済み。そして、そこには当然あの化け物が作り出した大穴の存在も含まれている。


 それに加えて、今し方、体験した浅霧の研ぎ澄まされた能力と、それを持ってしても制圧しきれなかったという事実。


 それらは、上層部に少なくない衝撃をもたらした。


 そして、遂に…


「ふむ。どうやら結論は出たようだね」


 そう、動揺が冷めやらぬ場に一条の声が響く。


「浅霧君の判断は正しかった。それが今証明された。よって…スキルオーブの無断使用については、やむを得ない事情があったとして不問としよう。皆も異論はないね?」


「そ、総理!!それは…」


「もう良いだろう、日下部君。浅霧君が組織の輪を乱した事は事実だが、それによって守られた命もある。謝罪もした事だし、今回は水に流そう。何事もケースバイケースだよ」


「…そ、総理がそこまで仰るなら私は…その決定に従うまでです」


 他に異論を唱える者が居ない影響か、この場における最高権力者である一条が主導している影響か、日下部は先程までの反発が嘘のように簡単に異論を引き下げる。


 思わぬ急展開を見せる事態に困惑する浅霧であったが、一先ず最大の山場は乗り切ったとホッと安堵の息を吐く。


 しかし、安堵したのも束の間、そこに冷や水を浴びせるように一条の声が続く。


「とはいえだ。スキルの件を不問にしたとしても、浅霧君が独断専行の命令違反をした事実は変わらない。事情を考慮すれば、今回の件に関する一切を見逃したい所だけど、組織である上、何かしらの処罰を与えなければならない。それは分かるね?」


「はい。理解しております」


「助かるよ。それでは、早速、何か適当な処罰を与えたい所だけど、如何せん今回は何かと異例な事態で前例がない。さて、どうしたものかな…」


 そう首を傾げ、思考を巡らせる一条。


 そして、数秒程で何か考えついたのか、防衛大臣である勇を見て意見を求める。


「勇君。自衛隊での命令違反に対する処罰はどんなものがあったかな?」


「はい。処罰は具体的な状況や違反の内容によって異なりますが、一般的には命令違反の程度に応じて、戒告、減給、停職と言ったところでしょうか」


「なるほどね。ありがとう、とても参考になったよ……では、処分を言い渡すよ」


 浅霧は、今一度佇まいを正し一条の声に耳を傾ける。


「浅霧君。君は半年間の減給処分とする。本当は停職でも何らおかしく無いけど、それだと君だけの処分に留まらないからね。何かと大変な状況を鑑みて、今回は譲歩させて貰ったよ」


 しでかした事に対する処分としては、些か甘過ぎるとも言える処分に何か裏があるのかと、浅霧の中で一条への不信感が増大する。


 しかし、取り敢えずは表立って怪しい所も無い為、気が変わる前に頷いておく。


「寛大な処分に感謝致します」


「いや、礼を言う必要はない。譲歩とは言ったが、これは単に君の頑張りを評価したまでだよ。これだけの被害で済んだのは、偏に君の能力によるものが大きいのだと、今回の立ち回りを見てよく理解出来た。どうやら、勇君は相当に優秀な部下を抱えているらしい」


「いえ、それは買い被りかと」


 高過ぎる自分の評価に目を付けられたと感じ、咄嗟に礼節も忘れて否定の言葉を言ってしまう。


 しかし、それでも手遅れだったのか一条は執拗に食い下がる。


「ふむ。どうやら、私は君の事を随分と気に入ってしまったらしい… そこで、物は相談なのだが浅霧君。君さえ良ければその能力を私の為に使ってみる気はないかね?必要とあらば、待遇も考えるし、局長の座には他の者を推薦するよ」


『?!』


 その突拍子もないあけすけな勧誘に浅霧だけでなく、その場に居た全員が驚愕を露わにする。


「そ、総理!」


 その勧誘に堪らず、勇が異議を唱えようとするが、それより先に浅霧が断りを入れる。


「非常に光栄なお話ですが、今回は辞退させて頂ければと思います」


「ふむ、やはりダメか。理由を聞いても?」


「第一は現在の自分の立場や状況を考慮した為です。負わなければならない責任を前に、この席を放棄する訳には行きません」


「なるほど。それは確かに納得の行く理由だ。しかし、第一があるという事は第二があるのかい?」


 失言だった…と、思うがもう遅い。既に問われている以上、ここで答えない訳にはいかない。


 しかし、内容を考えれば口にしていいものかと悩む。だが、ここで正直な事を言わずにその場しのぎの事を言えば、確実に更なる追求が来るのは目に見えている。


 ならば…と、浅霧は意を決して、本心を口にする。


「……私が個人へ忠誠を誓う騎士ではなく、国へ奉仕する公務員だからです」


「!」


 浅霧の言葉に一条は大きく目を見開く。そして、同時に自分の犯した致命的なミスに気がつく。


 一条は、勧誘の際に国の為にと言わず、自分の為にと言った。否、言ってしまった。


 それはつまり、真意はどうあれ額面通りに受け取るのなら一条が国民を第一に考えていない事を示す。


 個人へ忠誠を誓う騎士では無い。


 この言葉には浅霧の皮肉にも近い言葉以上の意味が隠されている。


 敢えて言語化するなら…


 総理が国民の事を第一に考えるなら、その道は私と同じ方向へ続いています。それならば、たとえ私が総理の元に居なくとも私は総理のお力となることが出来ましょう。


「ふ、ふはははははっ」


 それに少し遅れて気が付いた一条は場も弁えずに派手な笑い声を上げる。


 そして、一頻り笑うと、これまでの人好きのしそうな笑みではなく、全くの別人のような冷たい印象を与える笑みを浮かべて、勇を見る。


「勇君。君は随分と面白い部下を持っているんだね。正直、羨ましいよ」


「……恐れ入ります」


「まぁ、いい。随分と笑わせて貰えたし、少し惜しいけど浅霧君ももう下がっていいよ。今回の一件での被害を補填する為の詳細の通達なんかはまた後日になるだろうけど、一先ずはご苦労様。暫くは能管の機能回復に専念するしかないと思うし、通常の業務は別途で応援を送るから、これを機会に家に帰ってよく休むといい。まだ心身共に疲労も残っているだろう」


「…はい、ありがとうございます。では、私はこれで失礼致します」


 情緒が不安定な一条に若干怯えつつも、こんな伏魔殿は即刻立ち去るに限ると、そそくさとお偉方に背中を向けて出口へ向かう浅霧。


 しかし、背を向けて間もなく…わざととしか思えないタイミングで再び一条から声が掛かる。


「あー、そうそう。これは伝え忘れてたけど、近々、浅霧君には朗報が届くと思うよ?」


「朗報…ですか…」


「うん、これは前々から話には出てて、長いこと保留になってた事なんだけど、今回の一件が決定的になってね。まぁ…君もどうせ近日中に知ることになると思うし、そこまで引っ張る事でも無いから今言っちゃうけど、能管に第二支部が出来るよ」


 能管の第二支部。


 驚きが無い訳では無いが、以前からいずれ必要になるだろうとは考えていた為、受け入れるのはそう難しく無い。


 唯一、今後の働き方にどういった影響を与えるのかは気になる所だが、そこは自分に関係のあるものなのだとしたらこの時点で通告されるだろうし、それが無いのならこれまでとは大きく変わらないのだろう。


 それなら、異議を唱えるまでも無い。


「承知しました。第二支部の設立に関しましては、如何様にも。私としても戦力が増えるのは、望むところです」


「そう、取り敢えずは良い返事を聞けてよかったよ。第二支部が出来れば、色々と体制も変わることもあるだろうけどよろしく頼むよ。人材には当てがあるから心配しなくて良いけど、こちらとしては新旧問わず仲良くしてくれると助かるよ。2つの支部はこの国を支える要だからね」


 先程の皮肉の意趣返しとばかりに強調される国を支えるという文言に、浅霧は色々と限界を迎え痛み出す胃に堪えながら何とか平静を崩さずに返す。


「はい…では、これでお話は終わりのようですので、私はここで失礼させて頂きます」


「あぁ、またね…」


 そして、何処か含みのあるように感じる一条の声を背に、浅霧はようやくその居心地の悪過ぎる空間を後にした。




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水に流そうか… 水だけなってな! 完璧なめんどい親父ギャグからの私物化宣言さすがは総理!
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