第113話 査問会(2)
「…以上で報告を終わらせて頂きます」
『………』
浅霧が今回の事件に関する全ての報告を終えると、場内は静寂に包まれた。
各々、報告に対する反応は様々だったが、一条という上司がいる中での発言は、どういったスタンスを取ればいいのかも分からない為、中々難しいものがあるのか、誰も口を割ろうとしない。
とはいえ、一条も一条の方で周囲の反応を見たいのか、我関せずとばかりに柔和な笑みを浮かべたまま静観を続けている。
「説明の中、何かご不明な点がございましたら、どうぞお気軽にお尋ね下さい。私の知識の範囲内でお答えさせて頂きます」
概要の報告を済ませて尚、一向に進展しない会議に痺れを切らし、浅霧は質疑応答の形を取る。
すると、その直後。
待ってましたと言わんばかりにその静寂を破る者がいた。
「では、私から一ついいかね?」
そう軽く手を挙げ、周囲の視線を一身に集めたのは、浅霧の上司であり、現防衛大臣でもある勇義孝。
手を貸すタイミングをずっと見計らってくれていたのか、その眼差しは周囲の者達とは違って、何処か温かみのあるものだった。
浅霧は、その様子からここでの回答は今後の流れに大きく関わる事だと察して、勇の目を見て続きを促す。
「はい、どうぞ」
「ふむ…君の話にある通りなのだとしたら、その今回の事件を引き起こした鬼灯という組織は、相当な武力と能力を持ち合わせている事になるが…それは具体的にどれくらいのものなのだ?分かりやすいよう簡潔な情報伝達を心掛けてくれたのだろうが、可能であればもう少し掘り下げてくれると助かる。どうも今の話だけでは想像がし難くくてな」
浅霧は、勇の質問に内心ガッツポーズをして、思考を最大限働かせる。
分かり辛いがこれは勇によるアシストだ。この場で鬼灯という組織の脅威を十分に伝える事が出来れば、今後の風向きも大きく変わる。
そして、数秒の間を置いて考えをまとめた浅霧は鬼灯に対する見解を語り始める。
「正直な事を申し上げますと、鬼灯という組織に関しては、未だに不明な点が多いというのが実情です。正確な構成員の数や組織の規模に至るまで、断定して申し上げられる事は何もありません」
『……』
浅霧の返答にため息を吐きあからさまに落胆する上層部。
しかし、ここで風向きを変えたいが為に、無理して少しでも情報を申告しようと迂闊な事を言うのは危険だ。それは後に自分の首を絞める事態へと発展しかねない。
ならば、ここは多少印象が悪くなろうとも、分からないものは分からないと、不確定なものは不確定だと正直に白状して、後の保険として置く方が何倍もいいだろう。
勝負はここからの巻き返し。
この場で嘘や不確定事項を言うのは御法度だが、実際に起こった事実を言うのは何の問題にもならない。
「ですが、現時点で明らかとなっている情報だけでも十分な脅威となる事は既に証明されています」
「ふむ」
「まず第一に、鬼灯という組織は明確な目的を持って行為に及んでいません。その為、行動の予測等が全くと言っていい程つきません」
暗に今回の襲撃は仕方が無かったと言っても、上層部は聞く耳を持たないだろう。なら、結果ではなく過程の段階で遅れを取ったという方がまだ言い訳がし易い。
ただ、この問答は勇が浅霧の肩を持ちすぎても破綻する。実情はどうあれ、防衛大臣という任を預かる勇の立ち位置はあくまで公平なものでなければならない。少なくとも関係者が多く集まるこの場では。
その為、バランスを見て時には浅霧がキツイと感じる鋭い指摘や追求をする必要がある。
それを互いに理解しているからか、2人に顔見知りだからと緊張が緩んでいる部分は見られない。
そして勇は、周囲と同様の厳しい視線を浅霧へと向けながら追求を続ける。
「それは何か証拠があるのか?」
「はい。鬼灯との直接的な接触は2度目ですが、以前は殺人ピエロを、そして今回の目的は能管の所持する情報とスキルオーブでした。唯一の関連事項としてはスキルですが、それは今や世界中の人々が興味を抱いている為、行動の予測と裏付けるには些か弱いでしょう。そして、これは私が鬼灯の首領と接触し、幾らかの言葉を交わした印象ですが、鬼灯は楽しむことを基本理念としているようです」
「ふむ、それは愉快犯ということか?」
「はい。しかし、従来の愉快犯とは違うのは、そこに確かな計画とそれを実現するに足る十分な力を持ち合わせている点です」
「動機が明白でない状況下での計画的な奇襲か。なるほど…それなら確かに急な襲撃で遅れを取ったのも頷ける」
勇と浅霧の問答が進む度に、周囲の雰囲気が浅霧を責める空気を霧散させ、鬼灯の脅威という観点に置かれて行く。
そこにダメ押しと勇は更なる質問を続ける。
「緻密な戦略による奇襲攻撃で対応が難しかったのは分かった。しかし、元来訓練とは非常時の備えとして行われるものだ。それを予測がつかなかったから仕方がないと見過ごす程、我々も甘くない。敵がいくら強大と言えど、能管も元は害をもたらす能力者に対抗する為に設立された組織。なれば当然、能管にもそれに対抗するだけの戦力と準備はあったはずだ」
肩を持ち過ぎず、かと言って突き放し過ぎない反論する余地を十分に与えた見事な返答。
それに、もはや内心では勇の株が上昇するばかりだったが、それを態度に出す訳にもいかず、浅霧は真剣な面持ちで淡々と、しかし脅威が十分に伝わるようにと言葉を選んで質問に答える。
「確かに、能管にも少なくない戦力があります。ですが、鬼灯にはそれを優に超える戦力がありました」
「具体的には?」
「これは先の報告でも申し上げましたが、今回の件で、私は能力者を含む実働部隊の殆どを通報のあった市街地へと送りました。しかし、それらは全て鬼灯の支配下にあると思われる夥しい数のカラスと熊、そしてたった2人の能力者によって鎮圧されました」
「それを我々に信じろと?」
「信じ難いですが、これが事実です。必要とあらば私以外にも直接現場へと赴いた者へ確認をとって頂いても構いません」
少なくない能力者と現代武器を携えた能管の実働部隊が、たった2人の能力者と動物に敗北した。
そんなものは到底信じ難い。
しかし、浅霧の堂々とした態度がそれを虚偽ではないと物語る。
「……」
そして、更に完璧なタイミングで論破されたとばかりに押し黙る勇によって、その信憑性はより高まる。
一連の問答を聞いていた周囲の面々は、浅霧の話と勇の態度を前に小さくない動揺を見せる。
それ程の脅威をこのまま放っておけばどうなるか…。
仕事に対する姿勢はともかく、元はエリート街道を歩いてきた人達だ。決して頭は悪くない。となれば、実際にその脅威を目にしてきた者の証言から、最悪の事態を想像するのはそう難しくないだろう。
『今は責任の追求をするのではなく、今後の対応を考えるべきでは?』
難しい立場に立たされている浅霧としては、目の前で面接官の如く並ぶ国のお偉方が、ここまでの話を聞いて、こういった思考になってくれることを望んでいた。
事実、本来であれば危機感を与えるには十分な内容を伝える事が出来ただろう。勇との問答はそれくらい限りなく理想に近い形で終えられていた。
しかし、やはり事はそう簡単には運ばなかった。
「ふん、呆れたな。実に呆れたものだ」
直に動揺が大きくなり、風向きが変わろうとしかけていた時。室内にその気勢を削ぐように不機嫌そうな日下部の声が木魂する。
「呆れた…とは、どういう意味でしょう」
本音は、ここで意見など求めたくはない。
しかし、皆の注目が集まっているこの状況で、どうせ碌なことを言わないからと無視する訳にもいかない為、大人しく日下部の方へと視線を向ける。
すると、日下部は不愉快という気持ちを隠そうともせずに意見を口にする。
「どういう意味も何も言葉のままだよ…どう謝罪するのかと様子を見ていれば、自分達の能力不足を棚に上げて、あまつさえ責任の所在をあやふやにしようとするとは…これを呆れたと言わず、何と言えばいい」
少しでも脅威が伝わればと報告したというのに、どれだけ穿ったものの見方をすれば、そんな捻くれた解釈になるのか…と内心、日下部に呆れを通り越して感心する浅霧であったが、捉えようによってはそう聞こえなくもない為、誤解がないよう大人しく否定する。
「まず、私の発言が誤解を招いてしまったことについて、深くお詫び申し上げます。しかしながら、責任の所在を不明確にするつもりは全くございません。今回の件につきまして、私たちに責任があることは深く認識しております」
「ほう、それは今回の一件に関する責任が全面的に自分達にあると認めたと捉えても良いのか?」
全面的に…という言葉から意図が筒抜けだが、これを素直に受け入れる訳にはいかない。受け入れたら最後、きっと能管の立場は今よりずっと悪いものになる。
「いえ、全ては私の不徳の致すところです。部下に落ち度はございません。処分に関しては、私一人が受けるべきだと考えています」
「チッ」
浅霧が自分の望み通りの返答をしなかった為に、苛立たしげに舌打ちをする日下部。
また面倒臭いことになった、今度は一体どんな罵詈雑言をプレゼントされるのやら…と、内心辟易する浅霧。
しかし、その日下部の苛立ちは浅霧の予想に反して、意外にも長続きはしなかった。
「まぁ、いい。君には他に重要な案件が残っているからな。責任の取り方についてはその時にゆっくり考えてあげることにしよう。もちろん、君のためにね」
そう嫌味ったらしく言い、目に見えて口角が上がる日下部。そして、それと反対に分かりやすく表情が曇る勇を見て、浅霧は日下部の言葉の示す意味を一瞬で理解する。
恐らく、これまでの報告や説明はあまり重要ではなく、今回の召集の主な目的はこれから始まる案件に関連しているのだろう。
何より重要な案件というものに浅霧自身心当たりがある。
そして、日下部は優勢なのはこちらだと言わんばかりに意気揚々と重要な案件へと話を展開していく。
「では、私からの質問…というより、これは純粋な疑問なのだがね。何故君は独断専行の命令違反をしたのかな?」
スキルオーブの無断使用。
やむを得ない状況だったとは言え、この件に対する追求が避けられないのは始めから分かっていた。理解が得られないのも承知の上。
とはいえ、事態の報告と説明を終え、少し状況がこちらに傾きかけていた所で、この話を持ち出すのか。なんと性格の悪い。
——ギュッ
浅霧はここが正念場だとその場で拳を強く握り、森尾の強気で行けという言葉を思い出す。
ここからは勇とのような単なる質疑応答では済まない。こちらに命令違反をしたという明確な非がある以上、どれだけ模範的な回答をしたところで付け込まれるのは必然。
となれば、ここで取るべき行動は自ずと決まってくる。
開き直り。この場は寧ろ非を認めるのではなく、自分は正しい行為をしたと胸を張るくらいで丁度良い。
そうして、今後の方向性を定めた浅霧は一切の淀みのない声で自信に溢れた返答をする。