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第112話 査問会(1)



 ——防衛省 本部


「はぁ…」


 能力者管理局局長である浅霧は今、何度来ても慣れないどころか、来る度に居心地の悪くなっていく施設の廊下を歩きながら…猛烈に帰りたい衝動に駆られていた。


 やべー、既に超帰りたいわ。めっちゃ帰りたいわ。もう大穴空いてても良いから、とにかく今すぐ能管に戻りたいわ。てか、なんで態々呼び出すかなー。別に直接会わなくてもいいじゃん。リモートで十分じゃん。可愛い女の子ならまだしも、男の俺の顔直接見たって仕方ないじゃん。


「はぁ…」


 これからの展開を予想して、内心愚痴の止まらない浅霧であったが、場所を考慮するととても口にする訳にもいかず、なんとかため息に留める。


 しかし、それをして尚、うんざり度合いが隠せていなかったのか、浅霧の少し前を先行して歩く…直属の上司で防衛大臣秘書官である中野洋子なかのようこが、心底呆れたような声で注意を促す。


「毎度毎度よくそこまで嫌がれますね。別に叱られるのは今回が初めてという訳ではないでしょう。どうせ逃げられないのですから、いい加減観念しては?」


「叱られるですか…罵られるの間違いでは?」


「すみません、日本語に不慣れなもので」


「いや、中野さんが帰国子女だったのってもう随分と昔の話ですよね…というか中野さん、前に小学校に上がるタイミングで帰ってきたから殆ど日本育ちだと言ってませんでしたか?」


「……何か言いましたか?」


「…いえ」


 女性ということもあってかどこか森尾を彷彿とさせるその威圧感のある返しに、浅霧は即座に撤回の意を示す。


 上層部とのやり取りをする上で何かとお世話になっている身。間違っても反感を買うわけにはいかない。


 それを遅れて思い出し、浅霧は顔見知りだからと幾らか緩んでいた態度を改める。


 しかし、そんな浅霧を他所に中野は微塵も気にしていないとでも言うように、真剣な面持ちのまま更なる注意を始める。


「今回の招集…呉々もお気を付けください。貴方が思う以上に上は今回の一件を重く捉えています」


「と言いますと?」


「……」


 中野のその不穏すぎる一言に説明を求めるも、立場上それ以上の事は言えないのか、中野は口を閉じる。


 しかし、少しの間を置いて、直ぐ後ろを歩く浅霧にしか聞こえない声量でボソリと呟く。


「……私や大臣のように貴方の尽力を理解している者ばかりではないと言う事です。私も詳しい事は分かりませんが、大臣の様子からして今回の招集にこれまでとは比較にならないナニカが有るのは間違いありません」


 今でこそ独立しているように思える能力者管理局も元を正せば、防衛省の末端に秘密裏に設立された機関。となれば、当然その所属は防衛省となる。


 防衛大臣秘書官である中野が能力者管理局の局長である浅霧の上司にあたるのもその為だ。


 浅霧としては、元々自分自身が自衛官であったこともあるが、実務経験もあり、現場での苦労に何かと理解のある現防衛大臣が味方で有ることは、僅かながらにも心の支えとなっていた。


 事実、防衛大臣は能管発足当初から何かと反発する者が多いのにも構わず、状況が悪くなり過ぎないよう適宜便宜を図ってくれていた。


 しかし、そんな防衛大臣が居るにも構わず、ここまでの注意を促す事態とは…一体これから行く場所に何が待ち受けているというのか。


 浅霧は、より一層帰りたくなる気持ちを抑え、複雑な立場も顧みずに忠告をしてくれた中野へと礼をする。


「ありがとうございます。散々、覚悟はしてきたつもりでしたが、今一度、気を引き締めようと思います」


「いえ、私は少し口を滑らせただけですので…ですが、それくらいの心持ちの方が良いかもしれませんね」


 そして、そこから程なくして、2人は遂に目的の部屋の前にまで辿り着く。否、辿り着いてしまった。


「では、私はここまでですので。健闘を祈ります」


「…やっぱり今からでも帰って良いですか?」


「後が怖くないならどうぞ」


「…行ってきます」


 土壇場で再燃する猛烈な帰りたい衝動に負け堪らず愚痴を溢すも、中野の御尤も過ぎる返しに秒で観念して、大人しく一度入ったら最後の面倒が確定している扉へと向き直る。


「ふぅ…」


 そして、軽く息を吐いて感情を瞬く間に殺し、内心とは正反対な戦闘の前のような平静を装う。


「……」


 その浅霧の変貌度合いに中野は驚き目を丸くするが、これも毎度の事だと驚きながらも声は上げずに静かにその背中を見守る。


 ——コンコンッ


「入れ」


 意を決してノックをすると、不機嫌を隠そうともしない、節々から不遜な態度が垣間見える不快な声が返ってくる。


 それに、内心のうんざり度合いが爆増しながらも、それを態度に出す訳にもいかず、平静を維持したまま入室する。


「失礼します」


 そうして、入室して直後。


 浅霧は、中野が忠告した意味を正しく理解する。


 視線の先に横一列に並ぶ幾つもの長机とそこに隙間なく鎮座する十を超える要人の数々。


 普段の会議とは比較にならないメンバーが揃い、更には事態の深刻さを物語るように、その視線の殆どが厳しいものであった。


 これは確かに只事ではない。状況は想定を遥かに超えて悪い。


 そう刹那の間で認識を再度改めた浅霧は、引き締めた筈の気を今一度引き締め直し、動揺を悟られないよう部屋の中央部にまで進み、お偉方の対面に立って敬礼をしながら淡々と挨拶を始める。


「能力者管理局局長浅霧梁です。この度の騒動に関する詳細な報告をせよとの招集により馳せ参じました」


 本当は渋りに渋りまくった上に、土壇場まで帰ろうとしていたのだが、そこは言わないのが美徳だろうと、心にも無い言葉を使って申し訳程度に上層部に尻尾を振っておく。


 何かとか気難しいお偉方のことだ。こんなあからさまな追従でもやらないよりは遥かにマシだろう。


「…」


 その時、かねてから親交があり、浅霧の人となりを知っている現防衛大臣である勇義孝いさみよしたかは、その様子を内心ヒヤヒヤとしながら見守っていた。


 勇は続けて、「耐えろよ」…と今後の展開を予想しさり気なく注意を促そうと腰を下ろす1番端の席から視線を送るも、分かっているのか、分かっていないのか…浅霧は軽く会釈をするように一瞬視線を交わすだけで直ぐに前へと向き直る。


 国の中枢の中でも選りすぐりの官僚が数多く並ぶ中で、自分にだけ個別で挨拶をするのは何かと反感を買う為、この場における浅霧の対応としては間違っていない。


 その反応からこんな状況下でも冷静ではあるようだと、勇は少しの安堵を得る。


 しかし、安堵したのも束の間、そこに案の定とでも言えば良いのか、入室時と同様、心底不愉快そうな声で浅霧へと嫌味を言う者がいた。


「ふんっ。馳せ参じました…か。散々待たせておいてよく言う。今回の件で少しでも責任を感じているなら誰よりも早く来ていなければならないだろうに…本当に反省しているのか甚だ疑問だな」


 指定の時間に遅れたわけではない。現時刻は指示された時間通りのもの。


 しかし、粗を探している者に対して反論は禁物だと浅霧は現内閣官房長官であり、普段の会議の際にも何かと理由をつけて度々叱責を喰らっている日下部利之くさかべとしゆきへと大人しく頭を下げる。


「申し訳ありません。以後気をつけます」


 そうして全く落ち度のない中でも、一切の躊躇なく頭を下げる浅霧。


 元より殆ど言い掛かりにも近い暴論。本来であるならここで日下部が謝罪を受け入れるべきなのは誰の目にも明らか。


 しかし、この浅霧のなんとでも言えとばかりの開き直った態度がまた気に食わなかったのか、日下部は謝罪を受け入れもせず、媚を売るように視線を露骨に左へと移しながら、ネチネチと浅霧への口撃を続ける。


「私は良いのだよ。私は…気が利かない部下に無駄な時間を取られても、その分残業をすれば良いだけなのだからな。ただ、総理はそうもいかないだろう。総理は、常日頃国の為を想い、尽力なされている。今日だって忙しい時間の合間を縫って来られているのだ。それなのに君と言う奴は……全く…疲労が祟って、万が一の事態にでも発展したら君は責任が取れるのかね?」


「いいえ」


 内心、終始何言ってんだこの人…と呆れながらも、この状況で更に沈黙を肯定と取られでもしたら敵わんと、短く否定の意を示す。


 しかし、元より正解等存在しない選択肢の為、状況が好転することはなかった。


「ほう、一応身の程は弁えているか。なら、相応の責任の取り方というものがあるだろう。ほれ…」


「……」


「何をしている。さっさとその軽い頭を下げないか」


 日下部の視線は露骨に床へと向けられている。


 その事から何を求めているのかは簡単に読み取れた。


 だが、浅霧は幾ら権力の差があろうと、憂さ晴らしの為にそこまで付き合ってやる道理はないと一向に体勢を崩さない。


 頭を下げる事に対してそこまで抵抗がある訳ではないが、下げる時と場所くらいは選ぶ。


「貴様!!」


 自分の要求を前にも、毅然とした態度で無視を続ける浅霧に腹が立ったのか、日下部は遂に声を張り上げる。


「日下部!いい加減に…!?」


 そんな2人を見兼ねて、遂に勇が声を掛け制止しようとするが、そこに思いもよらぬ人物が声を上げた。


「まぁまぁ、日下部君もその辺にしたまえ。些か悪ふざけが過ぎるよ。私のことを案じてくれるのは嬉しいが、私は然程気にしていない。実際、あまり待っても無いしね。それとも、君は待つ間に私と雑談するのがそんなにも退屈だったのかな?」


「い、いいえ!そんなことは決して!ですが…総理!この者は!!」


「これ以上はなし、いいね?」


「はい…総理がお許しになるのなら。私もこれ以上は…」


 まさに鶴の一声と言ったところか。その要人は、あれ程興奮していた日下部をあっという間に鎮静化させる。


 そして、遂には浅霧へと向き直り頭まで下げ始める。


「浅霧君も悪かったね。日下部君も悪い人ではないのだが、その責任感故か時折熱くなってしまうんだ。今回は私の顔に免じて大目に見てくれると助かるよ」


「…いえ、お気になさらず」


 そう返す傍ら浅霧は、自分の認識が誤りでなかった事を2人のやり取りから確信する。


 この国で総理と呼称される役職は一つしかない。


 日本政府の最高責任者である内閣総理大臣。


 そして、その現首相であるのが目の前にあるこの人。


 一条正治いちじょうまさはるその人である。


 連綿と続く名家として名高い一条家の出身。遡ればその歴史は長く、その一族は数百年にも亘って国の中枢で働く優秀な人材を輩出しているという。


 そして、それは現内閣総理大臣である一条正治も例外ではなく、類稀な指導力と人徳は、多くの人々に信頼され、歴代最高の総理との呼び声高い。


 事実、スキルや能力者などといった前代未聞の事態が続く慌ただしい世の中であってもその支持は些か不自然に感じてしまう程厚いものとなっている。


 防衛省のトップは防衛大臣でも、各省庁を統括するのは内閣総理大臣。役職を思えば、この場に居ても何ら不思議はない。だが、これまでの上層部との会議等の際には一条は参加せず、日下部を代理人として出席させていた。


 これ迄にはなかった選りすぐりの要人の出席。


 その事実に、浅霧は今回の招集が単なる報告で終わるはずがないのを改めて確信する。


 そんな浅霧を他所に一条は人好きのしそうな柔和な笑みを浮かべて、脱線していた話を戻す。


「では、早速だが報告を始めてもらおうか」


 語り気が特別強い訳ではないが、何故だかその声は会議室の緊張感を高める。


 もはや、室内の空気は報告会なんて生易しいものどでは無く、査問会のような厳粛な空気へと変貌している。


 そんな中、浅霧は一条の指示に倣って動揺を表に出さずに粛々と報告を始めた。






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