第110話 成果
何かと収穫の多かった作戦から一夜明けた正午過ぎ。
俺を含めた鬼灯一行は、今回の作戦での成果や何やを報告する為にいつものように拠点へと足を運んでいた。
既にポーションを使用したのか、俺が見る限り戦闘に参加した奴等に特に大きな怪我を負っている様子はない。事前に無事だという連絡は受けていたが、どうやら政府の追跡も無傷で振り切れたらしい。
そして、状態の確認も程々に始まる報告会。
先ずは、陽動組の話を聞こうと銀次へと視線を向けるが、例の如く話の下手なテンマが話し始めてしまった為、それを銀次が横から随時補足するようにと指示する事で何とか要点を掴む。
「俺達の方は大体こんな感じだ」
「なるほどな」
報告を聞き終わった俺は、胸を撫で下ろしホッと安堵の息を吐く。
今回のテンマは一体どんなバカをしたのか…と報告を受ける傍ら内心ヒヤヒヤしていたのだが、どうやら今回のテンマは俺の危惧とは裏腹にそれなりに気を利かせて頑張っていたらしい。
幼馴染兼世話係の銀次曰く、何でも今回ほぼ完璧な形で作戦を終えられたのも、全てはテンマが居たからこそだとか。
指揮官をくれと言われた時はどうなることかと思ったが、珍しい事もあるものだ。
まぁ実際のところ恐らくは、作戦の少し前にうっかり銀次とクロを殺しそうになったのが思いの外効いていたんだろうな。それできっと普段より周囲を気にしていたに違いない。
とはいえ、結果は結果。ここは銀次共々一先ずよくやったと褒めてやっても良いだろう。
実際、話を聞く限りテンマは上級能力者2人を、銀次とクロは能力者3人を相手に数的不利がある中でよく戦った。そして、勝ったと言うのだから尚更だ。
だが、やはり現代兵器もバカにならないくらい厄介だったらしく、クロウズには少なくない犠牲を出してしまったらしい。
幸い、俺のポーションのお陰で作戦終了時点で息のあるものは大方蘇生させることが出来たらしいが…それでも俺がその場にいれば全てを蘇生させることが可能だった為、些か悔やみきれないものはある。
しかし、過ぎてしまった事は仕方ない。一先ずは殉職手当と称して、遺族であるクロウズには暫くの間は少しいいお肉を贈呈しよう。
果たしてカラスに同族の死を悲しむ程の情緒があるかどうかは甚だ疑問だが、何もやらないよりはマシだろう。死を悼まなくても、喜んでくれれば吉だ。
仕事はブラックに、福利厚生はホワイトに。それが鬼灯株式会社のモットーだ。
そして、いよいよ迎えた俺の成果報告。
俺は間違っても責められないよう事実に多少の脚色を加えながら、淡々かつ簡潔に事の次第を話していく。
「…ってな感じで作戦は見事大成功。成果としては上級のスキルオーブ1つと能管の機密情報が入ったUSBの2つだ」
——シーーーーーーーーンッ
報告の後に訪れる長い長い静寂。
俺はそれに少しの居心地の悪さを感じながら、恐らくこの場で1番状況をよく理解していないであろうクロへと逃げるように視線を向ける。
「なぁ、クロ。お前お腹減らないか?」
「ガウ!!」
「おー、そうか。そうだよな。退屈な話ばかりでお腹減ったよな。なら、ちょっと俺とぶどう狩りと洒落込もうか。なーに、金なら心配ない。お前がちょっと敷地へ入ったらタダも同然だ」
「ガウガウ!!!」
「そうだな。お前も今回頑張ったらしいからな。ご褒美で食べ放題だ。好きなだけ食べろ」
「ガウ〜!!」
俺とのお出かけが余程嬉しいのか、すりすりとデカい身を寄せるクロ。
そして、そんなクロを横目に俺は未だ無言を貫くテンマと銀次へと視線を向け、急ぎ足で出口へと向かう。
「よしよし………じゃ、そういうことで。報告も無事終わったことだし、俺はクロとぶどう狩りに行ってくるから」
——ガシッ
「まぁまぁ、そんなに慌てること無いじゃない…夏休みはまだ半分も残ってるんだし、これからもまだまだぶどう狩りに行くチャンスは沢山あるよ。それより快ちゃん…さっきの話。もう1回、詳しく話してくれる?」
「いや、時間は有限なn…「話してくれるよね?」
「…あぁ」
今回はしっかりと役目を果たした影響か、はたまた弊害か…テンマは逃すつもりは毛頭ないと有無を言わさず俺の肩を掴み、得も言えぬ迫力のある笑みを浮かべる。
すまんな、クロ。どうやらぶどう狩りはまたの機会となりそうだ。
そして、俺は再度事の次第を話した。それはもう正直に。自分に都合の良い脚色等は一切加えないありのままの事実を。
「ふむふむ。なるほどね。つまり、快ちゃんは割と早い段階で目的は果たしていたっていうのに、消化不良だからと能管の局長に喧嘩売って遊んでいた訳だ。それで挙句には、その能管の局長が能力者になれば面白くなりそうだからっていう理由で、よりにもよって手元にあった2つのスキルオーブの内の1つの特級の方を渡してしまったと…そういうことかな?????快ちゃん」
俺の一切虚偽のない報告内容を先程と同様の得も言えぬ威圧感を放ちがら繰り返すテンマ。
俺はそれにぶどう狩りに行けなくなったと知り、猛烈に落ち込み蹲るクロの上に足を組んで座って反省を微塵も感じさせない態度で返す。
「あぁ、全くもってその通りだが何か文句でも?もし、あるなら5文字以内でなら聞いてやらんこともないが」
「いや、開き直り過ぎでしょ。幾ら何でも流石に開き直り過ぎでしょ。反省どころか悪びれる様子すらないじゃん。てか、何その5文字っていう短過ぎる文字制限。それ、端から文句言わせる気ないでしょ」
「うるさいな。文句が言えないなら感謝を言えば良いだろ」
「いや、そんなパンがないならケーキをみたいな感じで言われても普通に意味不明だから…普通にこれ反省した方がいい事案だから!」
ふむ。人の怒りを鎮静化させるには呆れさせればいいといつか本で読んだことがあったが…どうやらこの件に対する俺の罪は思った以上に重いらしい。効果が全く感じられない。
その証拠にテンマは俺の態度に呆れながらも、未だにプンスカと顔を赤らめている。
「僕達が今回頑張ったのは銀ちゃんに能力者になってもらう為でしょ!それで出来るなら最大限良いスキルをってのが、作戦前の共通認識だったじゃん!なのに、快ちゃん酷いよ!特級のスキルが手元にあったのに、それを面白そうだからってポッと出の局長だか社長だかに譲っちゃうなんて!」
局長な。
だが、これはどうしたものか。テンマの癖に思いの外正論をぶつけてきやがる。
正直、反論できない。
となれば仕方ない。俺にも考えがなかったわけでは無いが、ここは一先ず素直に謝っておくか。実際、全く俺に非がないかと問われれば、それは多分違うだろうしな。
そして、俺は自らの過ちを素直に認め、反省の意を示すようにクロに乗ったまま限りなく浅く頭を下げる。
「分かった。確かにお前の言うことは一理ある。だから、勝手したことについては俺が悪かったよ。反省する」
「本当に反省してる?…僕としては謝ってる側なのに、めちゃくちゃ図が高いのが気になるところなんだけど」
「…まぁ、ほんのちょっとな」
「いや、ちょっとかい!僕がこれだけ言ってほんのちょっとなんかい!どうりでクロから降りないわけだ!やっぱり全然反省してないじゃん!」
「とは言うけどなーテンマ…今回の当事者はお前じゃ無いだろ?なら銀次が怒るならまだしも、お前が怒ったって仕方ないだろ。ここで大事なのは当事者である銀次の意見だ。違うか?」
「んーーー、ちょっと納得はし難いけど、まぁ銀ちゃんの意見が大事ってのは確かに一理あるかも?」
意見が一致した事で、俺とテンマはここでようやくここまで静観を決め込んでいた銀次へと視線を向ける。
「で、どうなんだよ。お前も俺に文句があるのか?もし、あるなら当事者ということに免じて100文字以内の罵詈雑言なら甘んじて受け入れてやるが」
「…あ、ちょっと増えてる。でも、そうだよ銀ちゃん!今回悪いのは100パー快ちゃんなんだから文句言っても良いんだよ!この際、日頃の鬱憤もここで発散しちゃえばいいよ!!」
うん。今すぐテンマに拳を叩き込みたいところだが、ここは我慢してまた後にしよう。今は銀次の意見を聞く方が大事だからな。
そして、銀次は俺とテンマの視線に応えるように、普段と何ら変わらない落ち着いた様子で口を開く。
「2人とも落ち着いてくれ。俺が黙っていたから、何やら勘違いさせてしまったようだが、俺は全然怒っていないぞ。黙っていたのは、ただスキルオーブを持ち帰ってきたと聞いて驚いていただけだ」
「…それ本当?目の前に快ちゃんいるからって無理してない?銀ちゃん、特級のスキルを逃しちゃったんだよ?」
「まぁ、正直なところはじめは多少惜しいとは思うがな…だが、そこは快の事だ。特級と上級の2つの内から選べる環境下で態々特級のスキルオーブを敵に渡したのなら、そこにはそれに足るだけの理由があるのだろう。だから、今は気にしていない」
「うわ銀ちゃん…それ快ちゃんのこと信用し過ぎだよ。きっとくじ引き感覚で選んだんだよ。それか、強い方渡しておけば楽しめるとかなんとか…どっちにしろ絶対碌な理由じゃないっブフォ……」
俺は上手くまとまりそうになっていたところを、余計なことを話して妨害しようとするバカの口を物理の力で遮り、銀次へ向き直り平然と話を進める。
「さて、バカが消えたところで真面目な話だ。銀次。だが、勿体ぶるのも何だし、先ずはお前にこれを渡しておこうか。ほら」
そうして俺の手によってバックパックから溢れんばかりの光を放って現れるスキルオーブ。
「!?!?!?」
銀次は急な事態に困惑と驚愕の混じった顔をしながら目を見開く。
「受け取らないのか?」
「あぁ、いや。受け取る…ありがとう」
あまりの事態に頭が追いつかなかったのか、俺が差し出した手から一向にスキルオーブを受け取ろうとしない銀次に、少し強引に差し出すことで何とか受け取らせる。
「お、おぉ…これが…」
そして、受け取ってなお大事そうに金色に輝くオーブを眺める銀次。念願のスキルオーブが手元に有るのだからその感動もひとしおだろう。
そんな銀次に対し、俺は少し真剣な雰囲気を醸し出しながら、さっきの話の続きもとい補足説明をする。
「銀次。お前さっき…俺が浅霧に特級を渡したのには何か考えがある筈だって言ったよな?」
「あぁ、言ったな。まぁ、それはテンマにきっぱりと否定された訳だが…その様子だとやはりあるんだな」
「まぁな。ただ、テンマの言うことも全てが間違いって訳でもない。あの時の俺が平静じゃなかったのは紛れもない事実だ」
「そうか」
「あれ、意外と怒らないんだな。これは流石に怒られると思ってたんだが」
「怒るかどうかは話を全部聞いた後にするさ」
流石テンマの長年の世話係兼幼馴染。思慮と懐の深さがあのバカと段違いだ。
なら、お言葉に甘えて最後まで話すとしよう。銀次への義理を通す為にも納得するかは別として上級を持ち帰った理由ぐらいは今の内に話しておいた方がいい。
「あの時、浅霧の方に特級を渡す判断をしたのは、もちろん面白そうって考えもあったが、それ以前にお前には特級の方のスキルは合わないって思ったからだ」
「合わないか…確かそのスキルってのは…」
「水だ」
「水。水か…あぁ、なるほど。上級の方のスキルがまだ何の能力か知らない以上、迂闊な事は言えないが、快の言いたい事は何となく分かった気がするぞ」
どうやら、銀次は俺の話の着地点をこの時点で察してしまったらしい。
「水のスキルは危険過ぎる。いや、言葉を選ばずに言うなら俺には荷が重過ぎる…きっと、お前が言いたいのはそういうことなんじゃないか?」
「ま、有り体に言ってしまえばそうだな。お前は根性もあるし、頭も悪くないし、使い熟すという観点に置いてはなんら不足はない。事実、俺は獲得当初は特級か上級のどちらでもお前に獲得させて良いと思っていたしな。だが、その2つを比べた時に、どちらが銀次に合っているかと言われたら、俺の独断と偏見によれば確実に上級の方が勝つ。お前の推測通り、お前はきっと特級の水スキルを獲得しても、性格上その性能を十分に活かしきれない」
昔から問題児であるテンマの面倒を見ていたのも影響しているのだろうが、銀次は真面目だ。
そして、今でこそ優先順位が確立して多少の荒事を熟せるようになっているが、その性根は元来優しいものだ。
別に悪い訳じゃない。人間として評価するならその真面目で優しいという気質は間違いなく長所として作用する。だが、真面目故に悩み過ぎる性質は、こと特級の水スキルという規模感も力も強大過ぎるスキルを獲得するという点に関しては確実に短所として作用する。
なら、例え等級が落ちようとも、銀次の性格に合うスキル選択をし、余すことなく力を発揮させる方がずっと良い。
「なるほどな。その点、その浅霧という男はお前がそれ程のスキルを託すのに相応しい精神性と能力を持ち合わせていたという訳か」
「あぁ、納得はしたか?」
「まぁ、たった一度戦っただけでお前にそれ程認められているってのは、何度も手合わせをしている俺からしてみれば少し悔しいところではあるがな…十分合点はいった。お前に怒る必要もない」
そう心から納得したような顔をする銀次に、最低限の筋は通せただろうと俺はホッと安堵する。
しかし、そこにまたしても邪魔が入る。
「ふん…浅霧だか甘栗だか知らないけど、絶対僕の方が強いもんね。快ちゃんが認めたって言ってもどうせ僕の次。2番手だよ」
何がそんなに気に入らないのか、相当浅霧を嫌っている様子のテンマ。
互いに面識は無い筈だから、特に嫌う要素もない筈なのだがおかしいな。むしろ性格的にはテンマと合いそうなものだし、テンマなら強い遊び相手が出来たと喜ぶと思ったのだが、これは意外な反応だ。
だが、これはちょっと面白いな。
別に銀次はもちろんテンマもそれぞれの強みが違うだけで、浅霧より劣ると評価している訳ではないが……少し煽ってみるか。
「2番手ねぇ。さて、どっちが2番手かな」
「え?!嘘でしょ、快ちゃん!僕の方が強いでしょ?強かったでしょ?」
「さ〜どうだったかな。アイツは身体強化を使った状態の俺に傷を付けてきたのに対し、お前は瞬殺も瞬殺だったからな」
「くっ…あれは急だったから!ってかあんなの反則だよ!技の詳細も言わないで、唐突に身体能力上がるんだもん!普段の速度に慣れている僕が反応できないのは仕方ないじゃん!!」
以前、身体強化の試用運用として戦った時の事を思い出して、悔しげに歯噛みするテンマ。
当時はまだ身体強化の制御が今以上に甘く、秒で戦闘不能にしてしまったからテンマとしては後味が悪いのだろう。
だが、言っていることは確かに一理ある。
下手に普段のスピードに慣れていると、逆に反応し難いというのは事実だ。とはいえ、実戦でそんな言い訳は通用しないから負けは負けなのだがな。
まぁ、実際のところ身体強化を生み出した理由には、いつまでもテンマに速度で劣っているのが癪だったというのが結構な割合を占めているのだが、それは調子に乗りそうだから本人には伝えない方がいいだろう。
悔しがっているぐらいが強くなるには丁度いい。
しかし、テンマは2番手というのを絶対に認めたくないのか、懲りずに断固抗議の態勢をとる。
「はっ…傷を付けたって言ってもどうせ快ちゃんの事だから、様子見とか言って受け身になってたんでしょ。そうじゃなきゃあり得ないよ。あんな化け物染みた快ちゃんを相手に一本取るなんて」
「…」
まるでその光景をそのまま見ていたかのような物言いをするテンマに、俺は驚き思わず絶句する。
伊達に親友を名乗っていないということか、俺の考えはお見通しという訳か。
そして、その様子からも図星だというのがバレたのか、テンマはぴょんぴょんと飛び跳ねながら喜びを表現する。
「はい、やっぱり僕が1番!!甘栗が2番!!」
「浅霧な…だが、そうだな。戦った中ではお前が1番強い。だから、ちょっと黙ってろ」
「はいはーい!」
俺が明言したことでようやく満足したのか途端に大人しくなるテンマ。手のかかり方がまんま子供だが、これで事実俺が戦ってきた中では現在進行形で1番強いのだから面白い。
浅霧も当然強いが、現時点ではそれは周囲の環境による部分が大きい。マナの総量が少ない以上、利用出来る液体が周りになければその戦闘力は大きく下がる。
その点、テンマは経験がある分コンスタントに技を発動できる為、環境に左右されることなく戦える。
もし仮に今2人が戦った場合、等級の差があると言えど、流石に現状はテンマに軍配が上がるだろうな。まぁ、それも環境のよっては覆るのだろうが。
両者今後に期待。
何にしろ強い奴が増えるのは楽しみだ。
そして、強い奴と言えば今日もまた1人。その能力者の戦いの世界へと入ろうとする有望株がいる。
「銀次、能力者になる準備はいいか?」
「あぁ、ずっと覚悟してきたからな」
とはいえ、いよいよとなると流石に緊張するのか、銀次の顔は若干強張っていた。
それをテンマが和らげようと七五三の写真を撮る時のように、声をかけ始める。
「銀ちゃん、リラックスだよ。リラックス!スキルの獲得は別に痛くないからね。緊張しなくても大丈夫だよ」
「そ、そうか…」
しかし、効果は薄く未だに銀次の腕はプルプルと震えてしまっている。
別に緊張していてもスキルの取得は出来るだろうが、せっかくの晴れ舞台だからな。こんなガチガチの状態じゃ、喜べるもんも喜べないだろう。
さて、どうしたものか。
俺はそう暫し考えを巡らせるが、大した案は思い付かない。ただ、打開策は思いつかなかったが、そこで運良く重大なミスを犯していることに気付く。
そこで、俺は多少の申し訳なさを滲ませながら緊張している銀次へと言葉を紡ぐ。
「なぁ、銀次。今更なんだが…そのスキルオーブの能力が何なのか聞かなくていいのか?」
「あ、あぁ…やっぱり、そうだよな?俺、まだこれがどんな能力を秘めているか聞いていないよな?」
やはり何処かおかしいと気付いていたのか、俺を見て露骨に安堵する銀次。
「うわぁー…快ちゃん引くわぁ。勝手に上級持って帰って来ておいて、その上能力すら伝えずにスキル与えようとするとか引くわぁ…」
——ガシッ
「んんん!!」
全くもって反論の余地のない発言をするテンマの口元を鷲掴みにし強制的に黙らせる。
浅霧へと渡した特級の件を謝罪もとい報告する際に既に情報共有はしたものかと思っていたが、どうやらまだしていなかったらしい。
俺としたことがつい失念していた。
「遅れて悪いが、そのスキルオーブに入っているのはな…」
そうして、俺がスキルの名を口にしようとした時、銀次はそれを遮るように手を伸ばし制する。
そして、真剣な面持ちで俺を見て、口を開く。
「いや…快。それ以上は言わなくていい」
その銀次の発言に、俺は一瞬意味が分からず驚くが、落ち着いて真意を聞こうと確認するように注意事項を口にする。
「…良いのか?もしかしたらそれはお前が気に入らないスキルかもしれないんだぞ?取りやめるならこれが正真正銘、最後のチャンスだ」
スキルを獲得した後に、取り消す方法は今のところは不明だ。それは俺も突き止められていなければ、能管でさえ掴めていない情報だろう。それが可能ならとっくの昔に全国の能力者達からスキルを奪っている。
「念のため言っておくが俺が苦労したとか、今回の作戦の意味だとか…そんな無意味な事はこの際気にする必要はないぞ。お前がスキルを確認し、それが気に入らなければまた次の機会というのでも、俺は一向に構わない」
これは俺なりの最後の忠告。
だが、それでも既に心が決まっているのか、銀次は首を振り、スキルを聞くことを断固拒否する。
「俺はお前を信じている。なら、能力なんて知らなくとも獲得することに何ら躊躇はない…それに、これはお前が太鼓判を押すほど、俺に合っているスキルなのだろう?」
「あぁ、それは保証しよう」
「なら、尚更躊躇する必要はないな……だが、出来ればこれで貸しを清算したってことにしてくれるとありがたい」
貸し…とは一瞬何のことかと思ったが、記憶を漁ればその単語は簡単にヒットする。恐らくはいつぞやの運動会での一件の事を言っているのだろう。
確か、テンマを制御出来なかった事に対する連帯責任で与えたものだった筈だが、ここでそれを言うとは思わなかった。
正直、俺自身どうでも良すぎて今の今まで失念していたし、今言わなければこのまま有耶無耶になっていただろうに…バカというか、律儀というか、クソ真面目というか。
まぁ、いい。別にこれといって特にお願いしたいことも思いつかないしな。
今回の俺の身勝手をなんの後腐りもなく貸しの清算としてくれるのは俺としても願ってもない話だ。
「分かった。だから、さっさと能力者になっちまえ。俺はそのスキルを獲得したお前と早く戦いたい」
「あぁ」
俺との会話で幾らか気が紛れたのか、そう言葉を返す銀次に緊張している様子はない。
そして、銀次は落ち着いた様子でスキルオーブを持つ右手へと力を込めて行く。
——パリッ
例の如く数秒と掛からずに限界を迎えるスキルオーブ。それは、ガラスの割れるような音を立てて割れ、上級を示す金色の光の粒子を解き放つ。
『………』
その光景に、当事者である銀次はもちろん経験者であるテンマでさえも釘付けとなる。俺自身も3回目にもなるというのに、何度見ても不思議とその神秘的な光景に目を奪われてしまう。
そして、あっという間に銀次の体へと全ての光の粒子が吸い込まれていく。
「……」
スキルの発現を感じているのか、吸収して尚、銀次は目を閉じ微動だにしない。
その間が長くなるにつれ、次第に高まっていく未来への期待と予感。
それは俺を否が応にも高揚させる。
そして、それはテンマも同じだったようで、もはや逸る気持ちを抑えられないとばかりに、興奮気味に銀次へと追求を始める。
「ぎ、銀ちゃん。ど、どんな感じのやつ!?」
未知のスキルを獲得した者にする質問としては、些か抽象的過ぎるよう気もするが、それでも銀次はテンマの意をしっかりと汲めたのか、真剣な面持ちから一変、ニヤリと満足気な笑みを浮かべて自身の獲得したスキルを答える。
「俺が獲得した能力は…錬成。上級の錬成スキルだ」