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第104話 投資


能力者の関与という形で、浅霧の並外れた力の原理は明らかとなった。だが、同時にここでもう一つ明らかとなった事がある。


 それは、俺が以前から浅霧を知っているということだ。いや、厳密に言えば知っていたという方が正しい表現だろう。


 コイツは…浅霧梁は、中学、高校と陸上短距離の日本記録保持者だ。加えて言うなら、確か水泳なんかでもそれに近しい記録を打ち立てていたはずだ。


 数年前の、それも日課のネットサーフィンをしている時に適当に流し見して得た情報だっただけに、思い起こすのに少し時間が掛かったが間違いない。


 動画サイトに当時の映像が残っていたのを見たが、全国の猛者ばかりが集まる中、一際異彩を放ち、周りと圧倒的な差を付けていたのがよく印象に残っている。


 身のこなしや運動神経と呼ばれるものを、後天的に身につけるには限界がある。故に、世に優れた成績を残す者は、総じてそれだけの先天的な能力を有しているものだ。


 それを鑑みれば、今し方見せた浅霧の並外れた身体能力にも説明が付く。加えて、異常なまでの集中力と状況判断力。


 深く考えるまでも無い。


 コイツは俺と同類。


 天才の類だ。


「…何で笑っているのかな。俺としては、力の種明かしもされたし、普通に勝てる気もしないから、君がお喋りをする気になってくれてたら嬉しいんだけど」


 おっと、どうやら無意識にも笑い声が漏れていたらしい。だが、浅霧の言う通り、この際一度お喋りに興じてみるのも悪くない。


「悪いな。期せずして有名人に会えたもんで嬉しくなってしまったんだ。なぁ、日本記録保持者さんよ」


「…うわぁー、何でそれ君が知ってるの。それって君が生まれたかどうかってくらい昔の話でしょ。ネットでも殆ど話題になってないのに」


 ふむ、どうやら本人で間違いないらしい。同姓同名っていうつまらないオチでなくて良かったな。


 まぁ、この話題がネットで上がらないのは、仕方がない話だろう。能力者なんていう非現実的な事象が起こっている中では、日本記録という大層な記録もたちまち霞んでしまう。ましてや世界記録ではなく日本記録…それも中学、高校限定なら尚更だ。


 だが、俺はここでコイツに会えた事を心の底から嬉しく思っている。


「そりゃ知ってるさ。なんて言ったって記録が健在なんだからな。10年以上も抜かれないなんて、大したもんじゃないか」


「褒めてくれてどうも…でも、君がそれを言うかね。君がいる以上、抜かれるのも時間の問題だったと思うんだけど」


「まぁ、そう言うな。今の俺と比較することに意味はない」


 確かに今の俺になら世界記録だって余裕で更新できるだろう。だが着眼点はそこじゃない。真に着目するべき点は、恐らく元のスペックでは浅霧と俺に大した差はないということだ。


 俺がスキルを獲得する以前、俺が順当に成長した末に、浅霧の記録を抜けたかどうかは分からない。


 当然、抜く自信はある。


 だが、同時に確実に抜けると断言出来ないのも事実だ。肉体の成長度合いによっては、負ける可能性も大いにある。


 そういう意味では、いつかテンマの言っていた同じ時代に生まれたかった…という無理難題な気持ちも少し分かるような気がする。


「だが、やはりそうなるとどうしても腑に落ちないな」


「何がだい」


 浅霧は、棒立ちで話を続ける俺に応えながらも、警戒の態勢を崩さない。


 だが、もはや俺には攻撃の意思はなく、現状に対して純粋な疑問を抱いていた。


「何故、お前程の男がスキルを獲得していない。先の話にも少し出たが、能力者管理局の局長ってんなら、ひとつくらいスキルオーブを好きにする権限ぐらいあるだろ」


「いや、まぁ…さっきは話の流れ上そう濁して言ったけどね。それよりも前にずっと言っていたでしょ。アレが本音だよ。局長なんて大層な肩書きは付いてても、事実上俺は単なる中間管理職に過ぎない。言ってしまえば上との橋渡し役に過ぎないのさ。だから、おいそれとスキルオーブを使う事は出来ないって訳」


「全く馬鹿馬鹿しいことこの上ないな、政府という組織は。だから嫌いなんだ。能力がある者にスキルオーブを使わせないで、一体誰に使わせるって言うんだ」


「部下にばかり危険を強いてる身としては、俺もそれは本意じゃないんだけどね。でも、頑なに許可が降りないってことは…まぁ、他に適任者がいるってことじゃないのかな」


「お前以上の適任者…ね。まさか、本気で思ってる訳じゃないよな?」


「…」


 俺の言葉に、浅霧は肯定も否定もせず、ただただ無言を貫く。


 だが、この場においての無言は、殆ど肯定と同義だろう。


 コイツはこれまでにおそらく俺と同じで、自惚れでも何でも無く、事実として、自分程優れた人間を殆ど見たことがないのでは無いだろうか。


 浅霧は、中学、高校とあらゆる競技で学生の日本記録か、それに近しい成績を残している。そして、つまりそれは心身が成熟していない時点では、国内でもトップの身体能力を身につけていたということだ。


 それなら、浅霧がこういった反応になるのも頷ける。


 要は、自信がある訳だ。露骨に態度には出してはいないが、政府が当てにしている人間よりも、自分がよりよい結果を残せると。


 頭も切れる。見たところ、体格に恵まれなかったわけでもない。別に、怪我や後遺症があるわけでも無さそうだ。


 なら、コイツに合うスキルさえあれば…。


 その時、ふと俺の中に妙案が浮かぶ。


 にしても、こんな逸材にスキルを獲得させることに、待ったを掛ける政府の思惑とは…どうもきな臭いな。


 まぁ、今はそんなことはどうでもいい。とりあえず、コイツの宝の持ち腐れ問題だな。


 一先ずは計画変更だ。コイツがスキルを獲得するのは、俺としても都合がいい。ってか、そっちの方が絶対面白い。


 そこで俺は振って沸いた妙案を決行すべく、徐に背負っているバックパックへと手を入れ、特級のスキルオーブを取り出す。


 そして…


「これ、返してやろうか?」


 浅霧へと差し出すようにして見せつける。


 すると、浅霧は眉を顰め露骨に訝しむような目を俺へと向ける。


「…えっと、それは一体どんな心境の変化なのかな?自分で言うのも何だけど、手応え的にはとても君を楽しませるという条件を果たせたとは思えないんだけど」


 この浅霧の反応は正しい。


 先の戦闘で浅霧は驚くべき動きを見せたものの、普段テンマという絶好の遊び相手のいる俺には少し物足りないものに感じた。


 しかし、コイツは判断の仕方によっては、それ以上に価値のあることを成し遂げたのだ。なら、それ相応の褒美を与えるのが筋ってものだろう。


「察しの通り、確かにお前は条件を満たせていない。だが、お前は俺を期待させることに成功した。だから、これはその報酬って訳だ。とはいえ、流石に2つ共とはいかないがな。まぁ、おまけなんだし文句ないだろ?」


「…期待ね…言っている意味はよく分からないけど、そうだね。くれるって言うなら、折角だし遠慮なく頂いておこうかな」


 浅霧は、未だ俺の行動に疑念のこもった視線を向ける。だが、俺はそれに反し特級のスキルオーブを躊躇なく、浅霧の方向へと投げる。


「ほらよ」


「!」


 そして、浅霧はそれに驚きながらもしっかりと受け取る。


「……驚いた。まさか本当に渡すとはね。全くもって意図が読めないよ」


 浅霧は、特級のスキルオーブを手にし、驚愕から心底訳がわからないといった表情をして俺を見る。


「君たち鬼灯にとって能力者を取り締まる立場にある能管は邪魔な存在の筈だろ。何故こんな敵に塩を送るような真似をする」


「はっ…俺達にとって能管が邪魔な存在ね」


 俺は、浅霧のあまりに見当違いな言葉に、おかしくてつい鼻で笑ってしまう。


「浅霧、お前はまた1つ…俺に対しひいては鬼灯という組織について大きな勘違いをしている」


「勘違い?」


「あぁ。俺達は端からお前らと敵対しようなんて事は微塵も考えていない。その証拠に、殺人ピエロの首も最終的には渡したし、未だお前らの組織で俺たちの手によって死んだ者は出て居ないだろ?」


「そうだね、確かに不思議な事に死者は出ていない…でも、現にこんな騒ぎが起こっている以上、その言葉は到底信じられないね」


「まぁ、お前らが俺達をどんな風に認識するのかは勝手だがな。ただ少なくとも俺達は、お前ら能管を邪魔な存在、ましてや敵だなんて認識したことは一度もないぞ?」


 これは紛れもない本心だ。なんていったって能管は、俺達にとってなんとも至れり尽くせりの都合の良い組織なんだからな。


 時に遊び相手に、時に情報源に、時にお宝箱に。本当に感謝してもしきれないくらいだ。


「それなら、なぜこんな騒ぎを起こすのかな。殺人ピエロの件は百歩譲るとしても、今回の件に関しては俺達に対する明確な敵対行動だと思うけど」


「敵対行動…か。まぁ確かに共通の敵のいない今回はそうとも捉えられるな。だが、よく考えてみろ。お前らにとってこの騒動はマイナスでしかなかったか?得るものは何も無かったか?」


 鬼灯との実力差。施設の想定の甘さ。局員の意識の低さ。


 図らずも、この騒動によって浮き彫りとなった現在の能管の問題点の数々。思い当たる事は沢山あるだろう。


 故に、浅霧は俺の言葉に目を大きく見開き、驚愕を露にする。


「……まさか、君はこの騒動を俺たちの為に起こしたとでも言うつもりなのかい?自分達は義賊だとでも?」


「はははっ、義賊か。それは面白い例えだな。だが、何もそこまで美化するつもりはないさ。端から、お前らの為を思って〜なんて、そんな義侠心溢れる動機で動いたつもりは微塵もない。ただ、今回はそれが結果論としてうまいことお前らの成長の糧になりそうってだけの話だ。そもそも、俺たちがお前らから情報やらスキルオーブやらを盗み、損害を与えたのは紛れもない事実だしな」


「はぁ…聞けば聞く程、君達の事が分からなくなる気がするよ」


 浅霧は、参ったとばかりに深いため息を吐いて、首を項垂れさせる。


「何も難しく考える必要はない。俺達、鬼灯の基本理念は楽しむこと。それが全てさ」


「なるほどね。全ては楽しむ為に…か。今ので大分思考がクリアになった気がするよ。それなら、さっきの期待させたっていう君の言葉から察するに…こうしてすんなりとスキルオーブを渡すのも、今後を楽しむ為の君なりの投資ってことなのかな」


「ははっ、流石に察しが早いな。ご明察の通りだ」


「…本気かい?」


 浅霧は、俺がスキルオーブを渡した真意に気が付いたのか、これまでになく真剣な目で俺を見据える。


 俺はそれに躊躇なく頷く事で返す。


「この状況はお前にとっても都合がいいだろ?なら、存分に俺を利用しろ。俺がお前に丁度いい大義名分を与えてやる」


 この言葉の意味も勘のいい浅霧なら正しく理解出来ているだろう。


 密室の中で、俺という強大な侵入者と2人きり…それの示す所は、絶望的なピンチであるのと同時に、千載一遇のチャンスに他ならない。


「……」


 虹色に輝くスキルオーブをジッと見つめ、逡巡するように瞬きを繰り返す浅霧。


 立場、責任、規律、秩序、命令、違反、部下…どんな要素が浅霧の行動を抑制させているのかは、俺には分からない。


 てか、そんなの分かりたくもないし、分かってやる義理もないし、知ったこっちゃない。


 俺が今後の人生を楽しむ為の計画には、既にコイツがスキルを獲得する事は決定事項だ。


 故に、俺はそれを実現する為に、優しく背中を押してやらなければならない。


「さっさと使えよ、焦れったいな。ここまでお膳立てしてやったのに何今更悩んでんだよ。政府にとっても侵入者に2つ共スキルオーブを略奪されて力を付けられるより、1つだけでもお前が使ってそれを阻止する方が何倍もマシな展開の筈だろ。結論は既に出ているだろ、その長考に何の意味があるんだ。優柔不断か?遅延行為か?嫌がらせか?何にせよ、これ以上続けるつもりなら、お前の手ごと無理矢理スキルオーブを握り潰すぞ」


 おっと、優しく背中を押すつもりがつい本音が漏れ出てしまった。失敬、失敬。


「……あれ、俺何故か敵に説教された上に脅されてる?」


 俺の唐突な罵倒口撃に真剣な表情から一気に唖然とした表情をする浅霧。


 そりゃ説教の1つもしたくなるだろうよ。気を利かせて、ていのいい大義名分を名乗り出てやったってのに、勝手にシリアスモードに入った挙句、目の前で放置されたんだからな。


 こうなったら意地でも自分で使わせてやるよ。小6の説教の威力を思い知らせてやる。


「そろそろ、次、いつか、近いうちに、今度…度々、大人はそういった言葉を使うよな。だが、そういった先延ばしが、今回のような結果を作るんじゃないのか?」


「…」


 俺の言葉で、唖然とした表情から、再び真剣な顔へと戻る浅霧。


 能力者の部下を満を辞して現場へと送り出したは良いが、自分は戦力外だからと拠点で待機。しかし、その拠点は侵入者に好き放題にされた挙句、スキルオーブまで奪われる始末。


 浅霧の心情は容易に想像できる。


 不甲斐ない、情けない、申し訳ない…そんな自責の念で一杯のはずだ。


 だからこそ、そこを刺激する。


「スキルオーブも有限だ。そう何度も発見出来るものではない。加えて、スキルの存在が公になった今、スキルを獲得することを目論む人間はごまんといるだろう。きっと、その中には殺人ピエロのようなリサイクルも出来ないゴミクズもいる。お前は、それを今後もずっと安全地帯で黙って見ているつもりか?」


「……」


 浅霧は、変わらず無言のままであったが、ここで初めて怒りのような感情を露にする。態度には見せなかったが、これまでも散々我慢をしてきたのだろう…浅霧が悔しげに握る拳からは血が滴っていた。


 どうやら効果は抜群らしい。


 俺はしめしめと更に説教を続ける。


「大人は先を見据えて生き、子供は今を生きる。短い時間でより多くのものを吸収するのは、果たしてどちらだ?…お前は先を見据えて動いているつもりかもしれないが、それは俺から言わせれば、今を疎かにしているに過ぎない」


 適切な状況判断の下、先を見据えるのは結構なことだ。しかし、先を見据えるあまり、肝心な時に躊躇するようになるのは本末転倒だ。時には無鉄砲とも取れる選択が、起死回生の一手となることもある。


「今を疎かにしている…か。全く耳の痛い話だね」


 浅霧は、俺の言葉で手に込めていた力を抜いて、何か得心したような顔をして続ける。


「俺達は殺人ピエロの一件で教訓を得た筈だった。しかし、それを無駄にした。ぐうの音も出ない程に君の言う通りだよ…いつかいつかと先延ばしにしていた結果がこの様だ。敵に侵入を許し、あまつさえ好き放題に暴れられ、戦闘を要する大事な局面では部下に任せることしかできない。そういう意味では、確かにこれは良い機会なのかもしれないね」


「少しは目が覚めたか?」


「お陰様でね。だから、君の提案通りこのスキルオーブは、遠慮なく俺が使わせて貰うことにするよ。その方が組織にとっても、俺にとっても都合が良い……でも、君は本当にこれを俺に渡して良かったのかい?」


「吟味した上でそっちを渡したから問題ない。だが、何故そんな事を聞く。得しかないんだから、黙って特級を受け取っておけばいいだろ?」


「まぁ、そうなんだけどね。このスキルオーブを俺に渡すリスク…それを君はちゃんと理解してるのかなと思っただけだよ」


「ん、それは一体どういう意味だ。まさか、俺の身の心配でもしているのか?」


「そうだよ」


 ——ゾクッ


 肯定の言葉と同時に得体の知れない威圧感を放つ浅霧に、俺は自然と頬が緩むのを感じた。


「はははっ、お前は本当に面白いな…だが、その心配は無用だ。現時点ではお前は絶対に俺に勝てない」


「現時点では…か。君のスキルが未だハッキリしていない以上、推測も出来ないしその発言に異論はないけど、君にしては随分と自信なさげだね」


「そうかもな。ただ、そのスキルがそれだけの可能性を秘めているのは、お前にも分かるだろ?きっとお前がその能力を獲得したら最後、場合によっては能管と鬼灯の力は一瞬にして拮抗する」


「それを承知でこのスキルオーブを俺に与えるのか…全く、君って人は理解出来ないね。狂っているとしか思えないよ」


「狂人で結構だ。だから、しっかりと使い熟せよ?俺を楽しませる為に」


「はは、本当にブレないな君は。でも、この機会をくれた君には心底感謝してるよ。経緯はどうあれ…これでもうもどかしい思いをしなくて済む」


 そう言い、浅霧は虹色に輝くスキルオーブを持つ右手へと力を込める。


 すると…


 ——パリッ


 スキルオーブの耐久は直ぐに限界を迎え、多彩な光の粒子を包んだ球体は簡単に割れる。


 そして、その球体から解き放たれた光の粒子は、宿り木を変えるように浅霧の体へとあっという間に吸い取られていく。


 快は、その既視感のある光景を、心を躍らせながら見守る。


 そして、今頃浅霧の脳内で浮かび上がっているであろう文字列を想像し、面の下で喜色満面にあふれるのであった。


























【スキル:水(特)を獲得しました】






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