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第103話 期待



 恐らく、俺がこの場に来ると分かった段階で、こういった展開になる事も想定し、事前に準備をしていたのだろう。


 浅霧は、事態の唐突な変化に動揺しながらも、その切り替えが恐ろしく早く、俺がカウントを終える頃には、既に戦闘の態勢を整えていた。


 両手に2本のナイフを携え、それぞれを順手と逆手に持ちながら、右足を前にし半身の状態で構える。


 装備にも無駄がない。


 普通、俺のこれまでの動きを鑑みれば、常人であればまず間違いなく、身を守ろうと重装備となっている。


 しかし、浅霧は濃い藍色の活動服を身に付けているだけで、部隊が持っていたような小銃や防具の一切を装備していない。


 一見無防備に見えるが、これは俺がここに至るまでの事を踏まえて、敢えて身軽な状態にしているのだろう。


 浅霧は、俺が相手なら動きの妨げになるような装備は却って自分の首を絞めることになるとよく理解している。


 言うは易く行うは難し。理屈では分かっていても、実際に行動に移せる奴はそういない。どうしたって恐怖心が先行する筈だ。


 しかし、コイツは感情を完全に制御し、即座に合理的な判断のもと最善手を選んだ。


 浅霧梁…やはり面白い男だ。


 思慮深いだけでは無い。きっとコイツは戦闘面でも普通では無い。


 事実、コイツの構えには微塵の隙もなく、纏う雰囲気までもが殺伐としたものに変質している。


「ははっ」


 俺は、その浅霧の変貌ぶりについ笑ってしまう。


 何も、森尾一冴のようにスキルで姿が変わった訳ではない。強力なパワーアップを成し遂げた訳でもない。


 言ってしまえば、ただ戦闘の意思を持っただけ。たったそれだけの変化。


 だが、ただそれだけの変化のはずなのに、俺は確かにそれ以上の変化を感じていた。


 俺が今対峙している浅霧梁という男は、俺がついさっきまで対峙していた男とはまるで別人のようだ。いや、正直に言うならその変化を目の当たりにしていた今でさえも、同一人物か疑わしく思える程だ。


 今の浅霧が纏う雰囲気から放つ気配まで…その全てが俺に只者ではないと告げている。


 本当に面白い。


 カウントも終わり、鬼ごっこもとい勝負はもう数秒も前に始まっている。それなのに、その著しい変化についつい感心して見入ってしまう。意識の切り替え一つでここまで人は変われるものなのかと。


 しかし、時間制限もあるし、いつまでも見つめ合っている訳にも行かない為、俺はゆっくりと歩きながら浅霧との距離を詰めていく。


「渡りに船と始めた延長戦だったが、これは俺にとってとんだご褒美になるかもしれないな。楽しくなりそうだ」


「…」


 俺が無防備に歩きながらそう呟くも、着実に距離を詰められている為か、浅霧に油断する素振りは一切見られない。


 そして、浅霧との距離が残り10メートルを切った時、俺はしっかりと予告をしてから仕掛ける。


「じゃあ、気を抜くなよ?」


 ——タッ


 俺は高級感漂う青白い地面を軽く蹴って、浅霧へと迫り顔面へ向けて拳を振るう。俺にとっては軽くでも、浅霧にとってそれは十分に驚異的な速度に感じられるだろう。


「…ッ」


 しかし、浅霧は俺の動きに難なく反応し…あまつさえ、俺が距離を詰めようと地面を蹴り出したのと同時に、浅霧もまた俺の方向へと踏み切っていた。


 互いが衝突するように猛スピードで急接近する。


「はっ!」


 その浅霧の予想外にも積極的な行動に、嬉しくなりつい声が溢れるも、俺の拳は容赦なく浅霧の顔面へと迫る。


 しかし、俺の拳が顔面へ直撃する間際。


「……」


 浅霧は、走りながらも膝を折り曲げて重心を落とすことで、俺の右方向へと避け拳を躱す。


 そして、そのまますれ違いざまに逆手で待っていた右手のナイフを俺の頸へと突き立てる。


 ——パシッ


 しかし、俺の頸へとナイフが刺さる瞬間、俺は身体を左側へと反転させ、浅霧の右手首を左手で掴みナイフを制する。


「ははっ、容赦なく急所を狙ってくれるとは嬉しいね」


 だが、俺が阻止したのも束の間、初撃が防がれるのは想定内だったのか、浅霧は淀みなく動き次の攻撃へと移行する。


 俺に右腕を掴まれてるのを良い事に、それを起点に左方向へ軽く旋回しながら跳び、俺の顔目掛けて左足の後ろ回し蹴りを放つ。


「フッ!」


「おぉ…!!」


 俺はその洗練された動きに感心しながらも、当たる瞬間に即座に左腕を構える……だが数瞬後、想定よりも遥かに重く腕にのしかかる衝撃に、思わず目を見開く。


「!」


 そして、そのまま大して踏ん張っていなかった俺の体は、衝撃のままに浮いていき、広い訓練室の空間を横切るように勢い良く壁へと衝突した。


 ——ドンッ


「おぉ、なんだこの威りょ…」


 ——ヒュッ


 壁に衝突して、どんな原理か考察しようとするも、その間さえ与えられずに顔へとナイフが放たれていた。


「っと!!」


 慌てて指先で挟んでキャッチするも、その軌道の奥では既に浅霧が非能力者とは思えない速度で走り、距離を詰めてきていた。


「ははっ、いいねぇ。だけど、これは返す」


 俺は、浅霧の徹底して受け身にならない姿勢に感心しながら、キャッチしたナイフを投げ返す。そして、それと同時に俺も地面を蹴り、ナイフと共に距離を詰める。


「っ!」


 浅霧は、俺の行動に驚きながらも、どこに隠し持っていたのか拳銃を持ち出し、器用にも走って距離を詰めながら片手で俺へと狙いを定める。


 そして…


 ——パンッパンッパン


 3発の銃声を鳴らす。


 すると…


 ——キンッ


 1発は、俺の前を飛んでいたナイフを、そしてもう2発はそれぞれ俺の顔と胸を捉えていた。


「…っと!」


 俺はそれを、記憶にも新しい管制室へと向かう際に披露したサッカーのゴールパフォーマンスのような膝で地面を滑走する体勢をつくり回避する。


 ——ッ


 俺の超人的な動体視力が捉える…文字通り目と鼻の先を通過する2つの弾丸。


 しかし、その視界の先には弾丸以外にもまだ迫っているものがあった。


「クッ…!!」


「お前は本当に面白い奴だな。浅霧」


 地面を滑る俺へと狙いを定め、飛び乗るようにして馬乗りとなり、容赦なくもう一本のナイフを突き立てる浅霧の腕を俺は直撃ギリギリで掴む。


「クッゥゥ…」


 浅霧は両腕で押し込むようにして、どんどん力を込め俺へナイフを突き刺そうとする。だが、俺が掴んだ地点からは一向にナイフは進んでいかない。


「凄い力だな」


 しかし、浅霧から伝わる力の強さは本物だ。確実に人の域を超えた力を感じる。


「それと殺す事に一切の躊躇がない攻撃の数々…実に俺好みの戦闘だ。だが、まだ足りないな。よっ!」


 俺は、空いている右手を使い、馬乗りとなっている浅霧の胸元を押し身体を少し浮かせると…その間に足を滑り込ませ、浅霧を後方へと押し出すようにして蹴り上げる。


「…」


 それによって浅霧は大きく宙を舞うが、冷静に空中で体勢を立て直し、着地に備える。


 だが、俺はその間にも追撃しようと浅霧の落下地点へと距離を詰め、着地する寸前の無防備なところを狙い、もう一度蹴っ飛ばす。


「ぶっ飛べ」


「グッ…!!」


 ——ドンッ


 浅霧は先程の俺のように鈍い音を立てて壁へと衝突する。


 それなりの力で蹴った。感覚で言うなら、銀次を相手にしている時と殆ど大差ない。通常の非能力者であれば、これで終わっているはず。


「ゲホッ…ハァ…ハァ」


 しかし、浅霧は地面に膝を突いて苦しそうにしながらも、まだまだ闘志の宿る瞳をしていた。


「んー、やっぱりどう考えてもおかしいな」


 浅霧の体格からして常日頃、並大体のトレーニングを積んでいないのは分かる。事実、コイツの洗練された身のこなしなんかはその鍛錬の成果とも言えるだろう。


 しかし、だからと言ってこの頑丈さと剛力さは異常だ。


 幾ら、俺の体重が軽いとは言え40キロはある。それを文字通り蹴っ飛ばすなんてのは、常人に出来る芸当ではない。俺の蹴りを喰らって、普通に立ち上がっているのも同じだ。


 身体能力と肉体能力…字面は似ているが、混同してはならない明確な違いがある。


「俺の考えではお前は非能力者の筈なんだがな。いつの間にかスキルを獲得していたのか?」


 俺の予想では、この件にスキルが関与しているのは間違いない。


 しかし、その関与具合がどうにも読めない。


 浅霧は、時間を稼げるならとでも考えたのか…自身に纏う殺伐とした空気感を解くように、軽く息を吐いてから俺の言葉に答える。


「ふぅ…さぁ、どうだろうね。ただ、俺は能力者管理局の局長だよ?だから、そういうこともあるんじゃないかな」


 明言せずに濁すか…だが、確かにそうだ。能管の局長ならそれくらいの権限があっても何らおかしくない。


 ただ、そうなると、どうにも矛盾が生まれてくる。


「俺がお前らと初めて接触したのは約1年前。政府がまだ能力者の存在を公表せず、能管の規模が今よりもっと少なかった頃…殺人ピエロの時だったな」


「あぁ、そうだね。あれは俺達にとっても衝撃的だったからね。忘れたくても忘れられないよ…それで、それがどうかした?」


「いや、何…それならやはり少しおかしいと思ってな。事実確認をしただけだ」


「確認…?」


 浅霧は俺の態度に、目を細め訝しむ。


「あの頃は、能管の規模が今とは比較にならないほど小さかった。それをお前は今認めたな。なら、なぜこれ程の能力を持つお前はあの場に居なかった」


 人材不足だったというのなら、これ程の実力者を温存しておくメリットはあの時の能管にはない。しかし、あの場に居たのは、森尾一冴と素人甚だしい立ち居振る舞いをする管理官3人だけ。


「そうだね。確かにそう考えるとおかしい。でも、君は俺がスキルを獲得したのが、あの一件以降だとは考えないのかい?」


「いや、考えたさ。当然その可能性も考えた。だが、やはりそれにも少し違和感が残る。お前がこの騒動が始まった時点で能力者だったというのなら…管制室に俺が向かっていた時点で…いや、そうでなくとも、もっと早い段階で俺へと接触していてもよかった筈だ」


 俺の最大の違和感はこれだ。


 浅霧が現に能力者なのだとしたら、今回の騒動でももっとやり用はあったはずだ。


 しかし、浅霧はこの最終局面まで能力を行使しようとしなかった。その選択には、やはりどうにも違和感が残る。


 ましてや、体だけでなく頭も切れる浅霧の事なら尚更…実際、これだけ動ける浅霧がもっと早い段階で動いていれば、少なくとも俺が簡単にスキルオーブを奪取するなんて結末にはなっていなかった。


「ハァ…全く君には驚かされてばかりだよ。そこまで分かっちゃうんだ」


 浅霧は、深めのため息を吐くと、俺の言葉を肯定するように頷く。


「なら、やっぱり…」


「あぁ、俺は紛れもない非能力者だよ。これは言ってしまえば条件付きの借り物の力さ」


 借り物の力…なるほどな。これでようやく謎が解けた。


「少し可笑しいとは思っていたんだがな。やはり、まだこの施設内に能力者が残って居たか」


「うわー、そこまで分かっちゃう?」


「まぁな。それさえ分かれば、お前がこの状況に陥った経緯についても察しがつく。大方その能力は他者または自らを強化する類の能力なのだろう。もっと言えば…ソイツはお前が送ったという主力部隊に付与を施していたんじゃないか?そして、その消耗が大きく、この段階までお前に付与を施せなかった」


「…君、前世の記憶あったりする?それか、マジで元は大人の名探偵だったりする?変な薬飲まされてない?ちょっと当たり過ぎて怖いぐらいなんだけど。てか、普通に引いてるんだけど」


 どうやら、この浅霧の反応を見るに、俺の推測は当たっていたらしい。流石俺だ。


 にしても、付与の能力者か。ゲームとかでは定番だが、これまた面白いスキルを見つけたもんだな。



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お前こそ異世界人の生まれ変わりでは?浅葱ィ
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