第101話 消化不良
「さて、ここからどう動くかな」
俺はこの作戦の一先ずの終結を迎えたところで、この後の動きを考える。
目的は達成した。それも想定以上に良い成果で。普通に考えれば、ここで撤退するのがベストな選択だろう。
だが、正直な事を言うとどうにも消化不良だ。
いや、罠に縛りプレイで挑んだりと、これまでもそれなりに楽しんではいたのだが、やはり能力者との戦闘をテンマ達に譲ったせいか、何とも言えない物足りなさを感じる。
ここまでマナの消費も殆ど無い…ん…ってか、俺今日スキル使ったっけ?いや、擦り傷程度は治した気がするな。
だが、それでも国が莫大な金をかけて作った施設に侵入しといて、体力的にもマナ的にも、普段テンマと戦う方がよっぽど消費しているってのは楽しむ事を本懐としている鬼灯としてはどうなんだ?
なんか勿体なくね?損してるくね?
地下もあと4階残ってるし。
これは十分にこのテーマパークを満喫したと言えるのだろうか。いや、言えないだろう。
「よし、ちょっと寄り道して帰るか」
ってな訳で俺はあまり深く考える事もなく、合理的な選択より、自分の欲を優先する事にした。
だって仕方ないだろう。まだ、未到達な階層があるんだから…ここで帰るのは、もはや食べ放題に来たのに腹5分目で帰るくらいの愚行だ。
そうして、俺が自分の我儘で動く事を脳内で正当化していると…タイミング良く、優男のポケットからバイブ音が鳴る。
——ブーッブーッ
「……」
バイブ音は鳴り続けるが、優男は一向に出ようとしない。
俺が取り押さえた影響で、顔は血だらけとなっているが、見た目ほど重症では無いし、電話に出れない程ではないと思うのだがどうしたのだろうか。
このタイミングで電話が掛かってくるのだとしたら、その相手はまず間違いなく局長だろうに。上司からの電話を無視して良いのだろうか。
もしや、託された任務を失敗したから出辛いのだろうか。それとも、俺が近くにいるからあえて出ないようにしているのだろうか。あるいは、その両方だろうか。
ま、そんなことはこの際どうでも良い。コイツらが電話に出れないのなら代わりに俺が出てあげるまでだ。それに、こんな面白そ…困っている人は見過ごせないもんな。
「ん」
俺は、コイツらには見えないだろうが、面の下で笑顔を作りながら、優男に向かって手を差し出す。
「い、いや…これはダメだ」
「いいから貸せ…上司に任務の失敗を伝え難いんだろ?だから、お前らは任務を遂行できませんでしたって俺が代わりに言い訳しといてやる。退職代行ならぬ言い訳代行だ」
「い、いや…」
——ガチャーンッ
俺は2度は言わないぞと、優男の寄りかかる車に拳型の穴を空けてから、無言でもう一度手を差し出す。
「ど、どうぞ…」
これはマズイ…と横で見ていたプルプル男が、責任感の強い優男からスマホを奪い取り、俺に急いで手渡す。
「よろしい」
——ピッ
そして、俺はスマホを受け取ると直ぐに画面をタッチして、電話に出る。
「はい、こちら侵入者。ご用件をお伺いします」
『!…おっと、これはちょっと予想外だな』
「驚いてくれたようで何よりだ。こうして話すのはなんだかんだで初めてだな。能力者管理局局長浅霧梁」
俺が、能管の局長の名前を知っているのは、何もおかしな話では無い。
世間では能管に勤める者の名前は基本的に公表されていない。だが、局長を含む一部の役職の高い局員は名前の公表がされている。
俺としては、名前だけと言えど個人情報の公表は、すれば抱えるデメリットが増えるだけだし、しないものとばかり思っていた為、ニュースで普通に森尾一冴の名前を見た時は驚いたものだ。
だが、そこは世間の不安感や殺人ピエロの事件でのスキルの関与を秘匿していたことによる政府への疑心を緩和するという目的もあったのではないかと推測している。
『そうだね。自己紹介要らずというのはこちらとしても時間が省けて助かるよ…鬼灯の首領君。それで、君が何でこの電話に出るのかな。色々と疑問は尽きないけど…先ずは中間とは言え管理職の俺としては、部下の安否が気になる所なんだけど』
「あー、それは安心しろ。2人共、無事…とは言えないが軽傷で済んでいる」
『そうか、それならどうかそれ以上は傷付けないでくれると助かるよ……それでこの状況は、俺の作戦が読まれて、君の目的が達成されたという認識であってるのかな』
「まぁ、簡単に言ってしまえばそうだな。にしても、意外と落ち着いてるんだな。俺の予想に反して、スキルオーブはお前らにとってそれ程価値のないものなのか?」
『はぁ、そんな訳ないだろう。これでも大分無理して取り繕ってる方さ。能管の組織力が上がったといえど、スキルオーブの貴重さは変わらないよ。それは君だって十分知っているだろう…態々他所で騒ぎを起こして、こんな敵地まで乗り込んできたんだから』
へー、既に俺達の作戦の全容もお見通しって訳か。
「いつから気付いていた」
『それは、君が1人でここへ乗り込んだと分かった時点でさ。鬼灯に複数のメンバーが居ることは既に明らかとなっている。なら、そこと結びつけるのはそう難しい話じゃない。まぁ、今でも後悔はしてないけど、そっちに主力の殆どを送ってしまったのは俺の判断ミスだね』
「この施設内に入って以降、度々感じていたがお前は中々鋭いな…伊達に局長は名乗ってないって事か」
『どうだかね。色々と策を弄したつもりだったけど、結局はこうして君に好き放題やられた上に、出し抜かれてしまっている。色々と頑張ってくれた部下達にも留守にしている部下達にも申し訳が立たないよ、損害も計り知れないし…まぁ、だからといってここで全部投げ出す訳にも行かないからね。どうにかこの事態をマシな形で収拾を付けたいと思ってるよ』
「不気味なほど潔いな」
『それしか選択肢が無いだけだよ。君が施設ごとジャックしてくれたお陰で、状況は最悪…この施設内にいる局員はもれなく人質だ。1人、2人の犠牲を出して挽回のチャンスがあるならやむを得ずその選択肢を取るけど、全員が人質となると流石の俺でもお手上げ。だからと言って緊急ロックがかかってるから、最低でも24時間は外に逃げることもできない…全く君も厄介な事をしてくれたよ。まさか、非常時に備えた設備がこんな形で牙を剥いてくるとは思わなかった』
なるほどな。単なる思いつきと運による部分の大きい行動ではあったが、それは着実にコイツらの首を絞めてたわけか。にしても人質か、言い得て妙だな。
そして、この局長。
コイツ電話越しだからか、妙に落ち着いている。というか、淡々としていて、掴み所がない。
だからと言って、無能という訳でもなく、状況は正確に把握しているし、俺の作戦や目的を言い当てた事といい、この施設内での動きを読まれた事といい頭も切れる。
やはり中々に面白い奴だ。
「まぁ、今回はお前の想定を俺がほんの少し上回ったってことだな。だが、お前も中々良い線行ってたぞ。結構楽しめたし、よくがんばったで賞でもあげたい気分だ」
『それはありがたいね。にしても、よくがんばったで賞か。途端に子供みたいなこと言うんだね』
「まぁ、現に子供だしな」
『あー、そっか。子供と話してる気しなくてすっかり忘れてたよ。そうだったね…なら、その俺の頑張りに免じて、スキルオーブを返してくれたりしない?』
「ふむ、そうだな。まぁ、前向きに検討してやってもいいぞ」
『そうだよね、無理に……ってマジ?』
「あぁ、マジだ」
『俺をぬか喜びさせるのが目的ならもう半分成功してるから、早めに種明かししてくれる?遅くなればなるほど傷深くなるから』
「本気も本気だから安心しろ。だが、1つ条件がある」
『聞こうか』
俺の言葉が冗談でないと察したのか、電話越しの浅霧の声色は、先程までのどこか軽い態度から一変、酷く真剣なものとなった。
そして、俺はその条件をシンプルかつ分かりやすく口にする。
「俺と遊べ」
『…というと?』
「言葉の通りだ。方法は何でも良い。俺を楽しいと感じさせれば、報酬としてスキルオーブを渡してやる」
『…なるほど。それはまたユニークに富んだ提案だね。参考までに君がどんな事を楽しいと感じるのか教えてもらっても良いかな。一般的な子供の趣向は到底参考にならなそうだし、こちらとしても可能性があると判断した上で挑戦したい』
「良いだろう。確かに要望も伝えずに楽しませろなんていうのは少し横暴だもんな。そうだな、俺はスリルがあるのが好きだな」
『スリル?』
「あぁ、直近で分かりやすいものを挙げると…武装部隊に催眠ガスに水責め、ガトリング砲なんてのもあったな。あれらのアトラクションはスリルとしてはイマイチだったが、まぁまぁ楽しめたぞ。まぁ、スキルオーブを渡すのならあれくらいではまだまだ物足りないけどな」
『オッケー、君が聞いていた通り規格外って事はよく分かった……でも、いいよ。そういうことなら遊ぼうか』
「へー、挑戦するとは意外だな。ここまで話を進めといて言うのもなんだが、俺の話を信じるのか?挑戦した挙句、俺が約束を反故にする可能性だって全然あるだろう。ましてや、判断基準は俺の感情、そんなの匙加減で幾らでも偽れる」
『確かにそうだね、でも俺は自分の勘を信じる事にするよ。君は嘘を言っていない…それに、そもそもの話、ここは既に君の匙加減で幾らでも悲惨な状況になり得る段階まで進んでしまっているからね。なら、君の提案に乗って、少しでもマイナスを回収できる可能性に賭ける方が合理的ってものじゃないかな』
「ははっ、気に入った…で、その方法は?」
『簡単に言えば障害物走だよ。君のやる事も至ってシンプル。君は今居る地下1階の駐車場から、俺の居る地下5階の訓練室まで数々のアトラクションを乗り越えて来ればいい』
「なるほどな、さては俺が深層に行くと想定して準備していた罠をこれで稼働させるつもりだな?」
『…あぁ、なるほど。勘のいいガキは嫌い…ってそういうことか。確かにこれは完全同意だな』
「なんか言ったか?」
『いや、何でもない。ちょっと得心していただけだよ。それで、君の方はこの方法でもいいかい?俺としてはワンチャン君を殺せる可能性もあるしで、ぜひ賛成して貰いたいところ何だけど』
「へー、それを聞いて俄然楽しみになったな。俺の方はそれで構わない。だが、お前はいいのか?俺がお前のところまで到達したら、お前は問答無用で殺されるかもしれないぞ?」
『そうならない事を祈るよ。でも…そうなったら全力で抵抗させてもらうよ』
「ははっ、良い答えだ」
…
——ピッ
その後、遊びの開始時間やルールの詳細を決める軽い打ち合わせをしてから浅霧との電話を切った。
そして、快は軽い準備運動をして、逸る気持ちを抑えながらその時を待つ。
「楽しい延長戦と行こうか」