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第100話 敵陣(5)奪取


 ——ヒュー


 管制室を後にした俺は、エレベーターではなくその昇降路を使うことで、速やかに階層を降りていた。


 体が浮遊感に包まれる中、1階で止まっているエレベーターのかごを視野に捉えて、着地体勢を整える。


 ——ダンッ


 6階からの衝撃をもろに受けたかごは少し沈むが、それがいい具合に衝撃を殺して難なく着地する。


「この方法はここまでだな」


 エレベーターは隣り合うように複数あるが、昇降路は壁で区切られている為、これ以上はこの方法で進む事はできない。


 まぁ、隣の壁を壊すなりなんなりすれば、このまま昇降路で無理やり先に進めない事も無いのだが、今はその手段を取ってまで急ぐ必要はないだろう。


 管制室で見かけた何かを企む連中は、そう急がずとも、俺が緊急ロックボタンを押した影響でどうせこの施設内から出れない。


 ——ゴンッ


 ——ゴンッ


 着地の衝撃で既にそれなりに耐久値が消耗していたのか、かごの天井部分を殴ると簡単に壊れる。


「お、案外脆いな…よっ」


 そして、エレベーター内部へと飛び降りた俺は、そのまま開くボタンを押して、悠々と地上1階へと降り立つ。


「さて、振り出しに戻った所で再出発と行こうか」


 俺は見覚えのある通路を通り、始めに選択した上へと続く階段ではなく、下へと続く階段を進む。


 道中、また武装部隊が来るか?…とも思ったが、管制室をぶっ壊した影響か、下手に投入しても被害者を増やすだけだと学習したのか…そんな邪魔が入る事もなく、俺はすんなりと地下1階へと辿り着いた。


「一般的な侵入者的には、邪魔が入らないのは願ったり叶ったりの筈なんだがちょっと味気ないな」


 そんな贅沢な愚痴を吐きながらも、俺は着々と目的地へと進む。


 ——ウィーン


「!」


 俺の吐いた愚痴がフラグとなったのか…目的地へとあと少しとなったところで、俺がひたすらに走る通路の先で、唐突にゾンビを一掃する時によく見られるガトリング砲のようなものが地面の下から現れる。


 ——ダダダダダダダダダダダダダダダッ


「ははっ」


 弾丸が絶え間なく襲いかかってくる中、通路の縦横幅を一杯に使い弾丸を避けようとするが、俺の動きと合わせて自動的に照準も合わせられるのか、その幾つが容赦なく俺に掠り傷を付けていく。


 どうやら、この施設にはまだまだアトラクションが隠されているらしい。こういうバリエーション豊かなギミックがあるのは飽きなくて楽しいな。


 だが、それも俺が回避をしつつ走っている以上、長くは続かない。俺は大したダメージも受けずにあっという間にそのガトリング砲へと辿り着く。


 そして…


 ——ガンッ


 俺は、通りすがりにものの数秒だが楽しませてくれたガトリング砲に感謝を込めて強めのグータッチをして別れを告げる。


 そして、その後程なくして…一先ずの目的地として設定していた駐車場へと到着した。


 そこには、広い空間一杯に沢山の車が並んでいて…やはり色々と面倒ごとも多い職場なだけに、給料もそれなりに良いのか、中々の高級車も並んでいたりする。


「……」


 そんな中、俺は到着して早々、物陰に息を潜め、人の気配を探ろうと聴覚に意識を集中させる。


 管制室で怪しい連中を見かけた時点での、俺の予測進路が正しければ、奴等はここにいるはずだ。


 俺の聴覚では、遠く離れた人の鼓動まではまだ拾えない。だが、それなりの緊張感を持って動いている人間の息遣いくらいなら拾える。ましてやこの静けさの中、小声程度で話しているのなら、広い空間といえど場所を特定するくらいは容易い。


「…た…」


「…わ…」


 そうして耳を澄ましていると……100メートルか200メートルか、それほど離れていない位置で余裕の無さそうな声色で話し合う2人分の声を捉えた。


「…」


 俺は相手に気取られないように音を立てずに、ゆっくりと接近する。


 気分はさながらだるまさんがころんだだ…まぁ、俺が鬼の面をつけているから、攻守が少しややこしいことになっているが、それはこの際どうでも良いだろう。


 そして、忍び足を続けること数十秒…俺は遂に、気取られないまま、相手と車をひとつ挟んだ声を拾い易い位置にまで距離を詰める事に成功した。


 この位置まで来れば制圧は容易い…となれば、2人の会話を盗み聞くのが礼儀だろうと、俺はその場に腰を下ろし、耳を澄ませる。


 コイツらが俺の探し人であるのかは、話を聞けば断定できるはずだ。


「…局長はなんだって」


「そこで下手に動かず、静かにじっとしていてくれってよ」


「じっとっていつまでだよ…てか、なんで非常時のシェルターとする為の緊急ロックが作動してんだよ。これじゃ、コレを外に持ち出す事も出来ねぇじゃねぇかよ」


「知らねぇよ…俺に言うな。それより無闇に任務の事を口に出すな。緊急とはいえ極秘だぞ」


 ふむ、どうやら会話から察するに、俺が距離を詰めている僅かな間に、未だ姿を見せていない能管の局長と連絡を取っていたらしいな。


 そして、コイツらはその局長から極秘の任務を緊急で託されたと。で、その内容は恐らく、施設内が俺のせいで混乱している状況に乗じて、コレとやらを外へ持ち出すこと…と。


 うんうん、管制室で感じた違和感ってのが単なる気の所為の可能性も大いにあったが、ここまでの話を聞く限りなんだか深層に向かうより先にこの場に駆け付けたのは大当たりっぽいな。


 俺は作戦の成功を半ば確信しながらも、まだ有益な情報が聞けるかもしれないと会話をもう少しだけ拝聴する。


「局長が言うには、今はどうやら管制室がまともに機能してないらしい」


「おい、それって…」


「あぁ、侵入者があの最上階の罠を突破したと見て間違いないだろうって」


「嘘だろ…それならこの緊急ロックをやったのもその侵入者かもしれないって事か?自分で?なんでだよ、敵地に閉じ込められるだけじゃねぇか。バカなのかよ、メリットが無いだろ…」


 おぉ、散々な言われようだな。まぁ、確かに敵陣でこんな事をやらかすのはこの辺なら俺かテンマくらいのものだろうな。


 だが、実際そのバカみたいな行動のお陰で、相手の計略を潰せてるのだから結果オーライだ。


「…おい、ちょっと待て。管制室がまともに機能してないって事は、侵入者の現在位置の補足も出来てないって事じゃないか?…まさか、こっちに向かって来たりしてないよな?」


 さーせん。もう直ぐ側に居ます。


「分からない…だが、局長は侵入者なら地下を目指すだろうって言ってた。そして、現に管制室の奴等が言うには、侵入者はエレベーターの扉無理やりぶっ壊して、昇降路を飛び降りて行ったって」


 局長とやらは中々に俺の思考を読んでいるな。俺が管制室のモニターでコイツらを偶然発見していなかったら、その局長の思惑通り上手いこと出し抜かれていた訳だ。危ない危ない。


「…あの初見殺しの罠を突破するわ、自分の首を絞めかねない緊急ロックのボタンを自分で押しちゃうわ…なんなんだよその侵入者。敵地で自由に動きすぎだろ。俺ら本当に大丈夫なのかよ。クソっ…本来なら今頃コレ持って外に避難出来てた筈なのに…」


「気持ちは分かるが落ち着け。局長が言うには、侵入者は地下1階ではなくもっと深層を目指す筈だから俺達は大丈夫だって。きっと、今頃はもうここを通り過ぎてるさ」


「本当か?」


「本当だ。だから、俺達は事が鎮圧するまでここで静かに隠れていよう。あの侵入者はきっと局長がなんとかしてくれる。な」


「あぁ、ごめんな。俺ばっかり動揺して弱音吐いて…お前も不安なのにな」


「良いんだ」


 さて、中々登場しにくい空気となったところで…空気を読まずにそろそろ制圧に出るとしよう。これ以上は有益な情報も吐かなそうだしな。良い頃合いだろ。


 そうして、俺はそのまま気配を殺しながら2人が背を預ける車へと迫り、どうせなら驚かせてあげようと、弱音を吐きまくっていた男の隣へと事もな気に腰掛ける。


「呼ばれた気がしたから来てやったぞ?」


『!!!』


 先程まで話題としていた人物の…タイムリー過ぎる登場に、2人は驚きのあまり声を詰まらせる。


「どうした、逃げなくて良いのか?」


「っ、おい!!」


「あ…あ、たた立てな…い」


 俺の言葉に、ずっと同僚を宥めていた方の男は直ぐに我に返ったように立ち上がるが、もう1人の弱音を吐いていた方の男は、腰が抜けたのか、俺の隣から座ったまま動けないでいた。


 加えて、腰が抜けて逃げる事の出来ない同僚を見捨てられないのか、もう1人の局員も何も出来ないながらもその場に残る。お優しいことで、美しい友情だな。


「で、ずっと気になっていたんだが、お前らがこんなピンチに陥りながらも、頑なに離そうとしないそのアタッシュケースには一体何が入っているんだ?」


 これこそが、俺がコイツらを見かけた時に怪しいと感じた原因であり、深層に向かうより前にこの場に駆けつけた発端だ。


 アタッシュケースと言えば札束だが、アウトローな事をしている人間ならまだしもこんな立派な施設で働いている人間が…ましてやこのキャッシュレスが主流になりつつあるこの時代に、今更札束をアタッシュケースに入れるバカはいないだろう。


 となれば、必然的にそのケースの中にあるのは、札束ではなく…能力者管理局の人間がここまで必死になって守らなければならない程の貴重品が入っているという結論に至るわけだ。


 して、その貴重品とは…そんなのもうひとつしか思い浮かばないだろう。


『…っ!!』


 2人は確かに俺に怯えながらも、そのケースをそれぞれ両腕で抱え込み、絶対に渡さないとばかりの意思表示をする。


「組織の一員としての矜持か、見上げた忠誠心だな。だが…」


 ——パリッ


「グハっ!?」


「俺もそれを目的にここまで遥々やって来たんだわ」


 俺は未だ腰の抜けている男はさておき、逃走の恐れのある立っている優男へと、一瞬で距離を詰め、近くの車のフロントガラスへと押さえ付け拘束する。


「や、やめろ…!!」


 同僚が一瞬でフロントガラスへと叩きつけられるその光景に、腰の抜けていた男もこのままでは居られないと思ったのか、脚をプルプルと震えさせながらなんとか立ち上がる。


「ナイス根性だ。よし、ならその勇気に免じて物々交換といこう。対象は、お前の持っているアタッシュケースと俺が握っているコイツの命だ」


「わ、分かった…」


 プルプル男は仲間の命には替えられないと思ったが、素直に了承する。


 だが、俺がフロントガラスへと押さえ付けている優男がそれに制止の声を上げる。


「や、やめろ…俺のことはもう良いから…お前はそれを持って今すぐ逃げろ…お前のまで奪われたら…任務がゥァアッ」


「余計な口を挟まないでくれ。俺もなるべくなら手荒な真似はしたくないんだ。血で汚れるしな」


 俺はスムーズな取引の為に、心を痛めながらも悪役ムーブを貫く。


「や、やめてくれ!ほ、ほら!これ渡すから」


 ——スーーッ


 俺がヒビの入ったフロントガラスへと、グイグイと男の顔面を押しつけたのが決め手となったのか、プルプル男は直ぐにアタッシュケースを俺の方へとスライドさせる。


「取引成立だ。ほらっ」


 俺はケースが足元にまで来たことを確認すると、拘束していた優男をプルプル男の方へと押して解放する。


 そして、俺は早速2人から巻き上げたケースの中身を確認する。


 ——カチッ


 1つ目のケースを開けると、そこには沢山の緩衝材に包まれたソフトボール程の大きさの金色に光り輝く球体があった。


「ビンゴか…」


 そこで俺は、管制室で働いた勘が間違っていなかった事を確信する。やはり、外に脱出するのが困難になるとしても、緊急ロックのボタンを押しておいて正解だった。でなければ、まんまと出し抜かれていた。


 これは正しくスキルオーブだ。


 俺の獲得したオーブと色は違うが間違いない。ってか、これ程ファンタジーを感じさせる球体はスキルオーブ以外にあり得ないだろう。それに、いつか鶏が沖縄で見たという証言とも一致する。


「一先ずは、目的を達成って事だな。で、もう1つの方は…」


 そして、俺は続けて、もう1つのケースの中身も確認する。


 ——カチッ


 指で留め具を外すと、そこからは1つ目と同じく沢山の緩衝材に包まれた…何とも見覚えのある輝きを放つ球体があった。


「…まさか特級が手に入るとはな」


 色は、忘れるはずもない…俺が獲得したのと同じ虹色。滑らかな表面の中では、多彩な色の粒子が飛び交っていて、それは小さな宇宙を彷彿とさせる。やはり、何度見ても神秘的だ。


「数はたったの2つか。まぁ、等級を思えば労力を加味したとしても釣りが来る程の成果だな。で、問題はどんな能力が入っているのかだが…」


 そして、俺はスキルオーブを手に入れた余韻に浸るのも程々に、すぐさま能力の判別方法の方に思考を切り替える。


 これが分からない事には、銀次にどっちを勧めれば良いのか悩むのは目に見えてるからな。取り敢えず2つとも持って帰るのは確定として、何とかその判別方法が知りたいところだ。


 管制室で頂いてきたUSBにその方法も入っていれば苦労はしないんだが、今直ぐには確かめようもないしな……さて、どうしたものか。


 俺はその場で解決策を考えるも、そんな都合よく妙案が思い付くはずもなく…取り敢えず丁度都合よくいる能管内の情報をそれなりに齧ってそうな奴等にダメ元で聞いてみる事にした。


「なぁ、お前ら」


「…な、なんだっ!」


 プルプル男は顔面を負傷した優男を背に庇いながら、俺の呼びかけに警戒した様子で身構える。


「スキルオーブの能力の判別方法とか知らないか?」


「…し、知らない!た、例え知っていても敵のお前なんかに教える訳がないだろ!」


 はぁ、余計な手間を取らせやがって。何か知ってるなら素直に喋れば良いものを…。


 ——ミシミシッ


 俺は近くにあった乗用車を片手で持ち上げながら、再度優しく尋ねてみる。


「知ってることを喋ればこれを元の位置に下ろしてやる。喋らなければうっかり手を滑らせてしまうかもしれない」


「…ほ、本当に知らないんだ。で、でも、前にマナをどうとか…って話を聞いた事がある」


「ふむ…マナか」


 ——ガタンッ


 俺は取り敢えずうっかり手を滑らせるのを保留にし、一先ずプルプル男の言葉を参考にして能力の判別を試みてみる。


 特級と上級のオーブを右手と左手にそれぞれ乗せて、順番にマナを流し込んでみる。


 すると…脳内に俺が能力を獲得した時のように、スキルオーブの秘めている能力の種類が浮かび上がってきた。


「ははっ…これはヤバい能力だな」


 判別の方法に驚くよりも前に…俺は2つのスキルを確認するのと同時に、自然と頬がどうしようもなく緩んでいた。


 銀次がスキルを獲得した先もそうだが…こんなスキルを持った能力者がまだ世の中には隠れていると思うと、俄然未来が楽しみになってくる。


 そして、結論から言うと、銀次に渡すのはどちらのスキルでもいい…等級の差はあるが、素直にそう思えるくらいには2つとも応用に優れた能力だった。これは使い手次第で幾らでも強さが変化する。


 ここでスキルの判別方法が分かったのは僥倖だったな。これで、今後またスキルオーブを獲得した時にも能力の判別が可能となる。


「まぁ、まだまだ調べたい事はあったりするが、一先ずはコレを収納した後にするか」


 そうして俺は忘れないうちに今の今まで全く出番のなかったぺったんこになっているバックパックへと、ケースの中に入っていた沢山の緩衝材と共に2つのスキルオーブを詰め込む。


 かくして、俺は本作戦の最重要任務とも言える能管からのスキルオーブの奪取を達成した。






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