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第1話 退屈な世界


  ——退屈だ


 月下快つきしたかい。9歳は日常に辟易していた。


 何を9歳で大袈裟なと思われるかもしれないが、これは冗談でも子供特有の大言壮語では無い。というのも、俺は生まれた時からの記憶を保有している。


 恐らく、幼児期健忘が起こらなかったのだろう。大抵の人間は3歳以前の記憶を憶えていないが、俺はどういうわけか生まれた時からこれまでの事を鮮明に覚えている。


 そのバグの影響か、元々の性質か、理由は定かではないが、俺は周りと比べて精神的な部分においてかなり早熟だった。


「はい、皆さーん。ここまでは理解できましたかー?分からない人は手を挙げて質問してくださーい」


 ガヤガヤと全体的に落ち着きのない教室で、懸命に算数の授業を進行する女教師。


 しかし、その懸命さとは裏腹に授業なんて既に成り立っていなかった。その証拠に、説明をしている最中でも問答無用で笑い声や話し声が飛び交っている。


「質問も何も誰も聞いていないだろうに」


 余りの不憫さに思わずボソリと呟くが、その声でさえ周りの喧騒に掻き消されてしまう。


 ——コンコンッ


 そんな折、教室の前方の扉がノックされ一人の中年の男の教師が入ってくる。


「あのー、田中先生。隣も授業をしていますので、もう少し生徒達を落ち着かせて下さいますか?これでは、こちらのクラスの生徒達まで気が散ってしまいます」


「も、申し訳ありません」


「いえ、最初ですからね。まぁ、大変な部分もあるかと思いますが、頑張ってください」


「…はい」


 恐らくは新任なのだろう。その男の言葉に、田中先生は申し訳なさそうに顔を俯かせる。


 そして、遂には目尻に溜まっていた涙をポロポロと溢れさせる。


 ——ガラガラッ


 しかし、無情にもその男は自分には関係ないとばかりに見なかった事にして、そそくさと自分のクラスへと戻ってしまった。


 これが新米教師への教育的指導なのだろうか。大人の男が少しドスの利いた声で生徒達に注意してやればすぐに大人しくなるだろうに…意味不明だ。


 まぁ、大人がガチ泣きしている姿は何だか新鮮で面白いから俺としては別にいいが。


「ねぇねぇ」


 俺がそうしてガチ泣き中の担任の田中先生を観察していると、隣の席の女児から声をかけられる。


「ん」


 反射的にその方向に顔を向けると、そこには知らない顔があった。


 その事実に、去年も同じクラスのはずなのだが…と一瞬困惑するが、思い返してみれば何もおかしいことはなかった。単に、俺にクラスメイトの顔や名前を端から覚える気がないから知らないだけだ。


 現に周囲の席の奴等を見渡してみても、全くと言っていいほど見覚えがない。恐らくは、名前を聞いてもピンとこないだろう。


 だが、その女児はそんな俺に構わず、無遠慮に質問をしてくる。


「これ分かる??」


 なにやら算数の問題を指差しているが…これは、四捨五入か。はっきり言って何が分からないのかが分からないし、無視してやりたい所だが…まぁ、田中先生とやらに丸投げすればいいか。


「あの人に聞いてこいよ」


「でも泣いちゃってるよ?」


「お前が質問に行けば嬉し泣きに変わるだろ」


 授業崩壊まで秒読みの中で一人でも意欲的な生徒が現れれば残り時間くらいは耐えてくれるだろう。我ながら優等生ムーブが過ぎる。


 しかし、その女児は俺に言われるがままに席を立ち田中先生の元へと向かって早々、門前払いにされたとばかりに即座にUターンして戻ってくる。


 どうやら、俺の予想以上に田中先生の精神状態は酷かったらしい。気は進まないがこうなったら仕方ないな。

 

「教えてやるよ」


「ほんと!!」


「あぁ、四捨五入だったな。4以下が切り捨て、5以上が切り上げだ」


「どーゆうこと??」


「これで理解できないなら、算数っていうか数字を諦めろ。最低限10まで数えられれば生きていける」


「ちゃんと教えてくれれば分かるもん!!」


「ちゃんと教えただろ」


「…なんで、イジワルするの」


「意地悪してるのは俺ではなくてこの程度の問題を理解させてくれないお前の頭の方だ。自分に意地悪をするなんてバカも大変だな」


「…バカじゃないもん。あたし、バカじゃないもん」


「バカじゃないならいじめっ子だな。俺が一生懸命教えているのに、わざと分からないフリして意地悪してるんだろ」


「そんな事してないもん!…でも、バカは嫌。いじめっ子でいい!」


「え、いじめは犯罪なんだぞ?お前、犯罪者だったんだな。犯罪者は刑務所に入って、パパとママに一生会えなくなるんだぞ」


「え、う、うそ…ちが」


 女児、大泣きである。


 まぁ、確実に言い過ぎの自覚はあったが、流石に泣くとまでは思わなかったな。とはいえ、これも退屈凌ぎの一環と考えれば意外と悪くない。簡単すぎる内容の授業を聞かせ続けられるより、多少煩わしくとも学級崩壊の方がマシというものだ。


 だが、これも所詮は一時凌ぎ。やはり根本的な問題が解決しない限りは、俺が真に満たされることはないだろう。


 しかし、それが現実的でないのは自明の理だった。


 俺の現在の学年は小学4年生。いくら高い能力を持ち合わせていても、身体や年齢はそれに合わせて成長してはくれない。


 フランスやアメリカみたいに飛び級させろとまでは言わないが、授業の免除くらいは考えて欲しいものだ。でなければ、義務教育というガチガチの鎖で繋がれ、少なくともこんな生き地獄が後6年は続く。いや、まず間違いなく続いてしまうのだろう。そんな都合良く法が改正されるとは思えない。


 故に辟易している。いや、これはある種絶望していると言っても良いのかもしれない。


 結末が分かっている物語ほどつまらないものはないだろう。中には、楽しめるものも有るだろうが、それは結末までの過程が劇的な場合においてのみ言えることだ。


 漫画やアニメの中では、簡単に劇的な過程が描かれる。だが、現実はそうもいかない。俺の人生は、先が見え過ぎてしまっている。故にどこまで行っても想定内でしかないのだ。


 幸せな人生とはどういうものを言うのだろうか?


 無為に過ごす時間があると、ふとそんな取り留めもない事を考えてしまう。


 受験して偏差値の高い学校に入り、その学歴を武器に給料の高い職に就き、結婚して、子供が出来て、いつしか子孫に看取られて…それが幸せな最良の人生なのだろうか。


 いや、違うだろう。少なくとも俺の感性では。


 ——俺は刺激が欲しい


 ありきたりな未来ではなく、もっとぶっ飛んだ現実。安定、安穏なんて要らない。想定も想像すらも超えるような非日常が欲しい。


 俺はきっと生まれる時代を間違えたのだ。戦国の世なら俺はこんな退屈に嘆くこともなかっただろう。もっと自由に生きられた筈だ。


 腕を切り落としたら、目をつぶしたら、人を殺したら、どんなに心踊るだろう。どんな感触で、どんな感情になり、どんなに刺激的だろう。こんな俺でも罪悪感とか芽生えるのだろうか?


 つまるところ、俺は変化を求めている。自分の人生を劇的に変える。そんな変化を。


 しかし、俺の生きる現実は無情にも人に怪我をさせれば大騒ぎされ、人なんて殺そうものなら即刑務所に連行され、結局は普通に生きるよりもつまらない死に方をする。


 だから、俺は居るのかどうかも怪しい神様に無駄だと分かっていても願わずには居られないのだ。面白いものを見せてやるから、いっそ異世界転生でも転移でも何でも良いからやってくれ…と。

   









元はカクヨムで掲載していたものなので、最新話に追いつくまでは1日5話程度更新していこうと思います!

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― 新着の感想 ―
快くんの症状?頭の良さ、みたいのはは約束した永遠のランドに出てきた黒髪の主人公みたいな感じなのかな
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