第29話 対戦相手
「歩きにくいわねこの道」
右腕の痛みに耐えながら、自身の選んだ道は三つのうちの右の道。
センに猛心配されながらも、ステラのためだと無理やり納得させた。しかしあれは、納得ではなく諦めに近いのかもしれない。
ガタガタした道は歩いているだけでロゼリーの体力を奪っていく。
最初の通路と比較しても、こちらの雑さは明らかだ。
「ハズレを引いたかしら…」
万全ではない状態で敵地にいることに、どうしようもない不安がのしかかってくる。
センやエウル、どちらかと一緒に進んだほうが良かったかもしれない。
そんな考えもよぎるが、足手まといにはなりたくない。ステラを確実に助けるには分かれた方が良案だったと、自分に言い聞かせる。
冷えた空気が悪い思考を助長させるが、痛みで掻き消えていく。
心臓の鼓動は早くなり、五感が研ぎ澄まされている感覚に陥る。
「もう少し急いだほうがよさそうね」
そう思い、歩く速度を上げるも、歪んだ道がそれを阻む。
「魔力も回復しきってないのに…」
平然を装っていた顔は次第に曇っていき、苦悶の表情へと皮を剥がしていく。
しかし、ここは敵地である。
どんなに傷が痛もうが、不安を募らせようが油断をしてはならない。
「さっそく来たわね」
そう呟いたロゼリーが視界に捉えたのは、クモのような魔物。
丸い胴体に八本の足が生えていて、顔と思われる場所には対をなすような牙が見える。しかし、目はどこにも見当たらない。虫嫌いには苦しい戦闘が強いられるだろう。
魔物もロゼリーに気付いたようで、八本の足で音を立てずに近づいてくる。
だが、見えているのならば問題はない。
左手側の壁を進む魔物に対して、得意の身体強化と獣人の生態による身体能力の高さで、ロゼリーからも素早く距離を詰める。
大きさと見た目から強くはない魔物だというロゼリーの予想通り、距離を縮められたことに魔物の反応は追いつかない。
攻撃を繰り出そうと動き出した時には時既に遅し。強烈な右足による蹴りが魔物を戦闘不能へと追いやっていた。
「即断即決…魔物相手に時間はかけてられないわ。それに、こんな狭いところを脚だけで戦うのは早いとこ避けたいわね」
動くたびに傷は疼き、全身に痛みの信号を伝達してくる。
閉所での戦闘になれば、それは尚更だ。機動力の高さがより自身を蝕んでいく。
「…ふぅ」
痛みを無理やり噛み殺し、再び前を向く。
暗く狭い道は常に陰気な空気を帯びていて、どうにも重たい。
ロゼリーがまた一歩、二歩と踏み出せば、見えてくるのはこの道の終わりなどではない。こちらを覗いている魔物の群れだ。
目の前の暗闇には、暗闇でも見えるように進化したためか、目と思われる光がいくつも見える。
滲む冷や汗を左腕で拭いながら、どうするべきか、ロゼリーは考えた。
考えたが、思いつかない。
ロゼリーは頭脳派ではない。むしろ難しいことは苦手分野だ。ただ分かるのは、闇雲に突っ込んだら死が待っているということだけ。
「もっと広範囲な技が使えればいいのに…」
『活性化』は便利ではあるが多対一にめっぽう弱い。さらに狭い場所では使える力が制限されてしまう。
固有魔法では厳しい戦いが強いられるのならば、一般魔法を使えばいい。
そうも考えたが、ロゼリーはそれが苦手だった。
〜〜
静かな洞窟の中、エウルもまた静かに道を進んでいく。
セン、ロゼリー、そしてステラ。三人とも短い付き合いだが、近くで見てきてどんなやつらなのかは大体理解っている。
だからこそ、ステラを助けるために二人が無茶をすることは容易に想像できる。
特にロゼリーは右腕を怪我した状態での無茶になるため、一刻も早く助太刀に行きたい。
はやる気持ちが、エウルを早歩きにさせるがすぐに冷静になる。
焦りはミスの誘発剤として大きな原因となる。ここで自分が殺られれば、今考えてる事はすべて夢物語で終わるのだ。
「それにしても長いな…」
歩き始めて約5分。昨日来たときには存在していなかった道のため、長さはそこまでないとかんがえていた。
その考えとは裏腹に先の見えない暗闇を進まされ続けている。
正面の道と違い、足元は削られたかのようにガタガタだ。
「もし、魔物を作っている黒幕がいるなら、地面を掘る魔物がいてもおかしくはないよな」
エウルディスは魔物に詳しくはないが、大方想像はついている。陸、海、空にそれぞれ魔物がいるのなら、地中に生息する魔物がいたっておかしくないのだ。
「問題なのは大きさだな」
人が2人は並んで歩ける程の大きさを、おそらく一度で掘っているだろうと推測する。
手で壁を触ってみるが、そこに不自然な段差はなく、無理矢理掘ったであろう荒いザラザラとした感触があるだけだ。
耳も当ててみるが、音は聞こえない。洞窟なら多少は反響するはずだとエウルは睨む。
疑問の解けないまま、先へ先へと進んでいく。
ズサッ……
地面を踏み込むような音がすると同時に、エウルに強い痛みが生じた。
「痛っでぇ」
痛みの箇所は左の上腕部分。見てみると短剣が刺さっていた。
痛みに悶える隙もなく、1本2本と短剣は飛んでくる。狭い通路では避けるのも困難だが、なにより遮蔽物がない。
携えていた剣で致命傷は避けるも、飛んできた短剣は落としきれない。
左足、そして脇腹からも血が滲み出す。
痛みが全身を襲い、汗が滲んでくる。体が冷えていく感覚がエウルを焦らせる。
これ以上は食らうまいと、隙を見て影に潜り攻撃をやり過ごす。
影に潜っても痛みは消える訳ではなく、荒くなった息遣いが洞窟に響く。
なぜ自分が来ていることがバレたのか。見える明るさでもなく、音を立てていたわけでもない。
「くそッ」
今は考えるだけ無駄だ。そう自分に言い聞かせ、影の状態で前にいるであろう敵との距離を縮める。
魔法を使っている以上、魔力探知で位置は把握されている前提で動く。
最高速度で攻撃を食らわないように近づき続ける。
「閃光」
その声が聞こえたと思えば、辺りは眩い光に包まれる。その声を中心に洞窟内が満遍なく照らされていく。
影に潜っていたエウルが影から弾き出され、その姿を露わにする。
「やっぱりぃ思った通りねぇ」
光が止み、露わになっていたのはエウルだけではなかった。
そこには、投げられていたものと同様の短剣を携えているライカの姿があった。
「あなたぁ影に潜るとかそういう固有魔法でしょぉ」
舐め回すような目つきのライカが、短剣の刃先をエウルへ向けながら話しかける。
姿も確認されている状況をみて、エウルも会話に応じる。
「まあな。なぜ僕が来てることがわかった?」
隠す必要もないと思い固有魔法については肯定の意を返す。
会話から主導権が握られないように、続けざまに疑問を口にする。
そんなことは簡単だと言わんばかりにライカは腰に手を当てて答える。
「だってぇ魔力がバレバレなんだもぉん」
「魔力制御はしてたはずだぞ」
「元冒険者舐めないでくれるぅ?魔物は騙せるかもだけどぉ、その程度じゃぁ人は騙せないわぁ」
元冒険者という事実に驚きもあるが、自身が今まで魔物に対してばかり魔力制御に気をつけていたことに気づく。
敵を侮っていたことを反省するが、露呈した経験の格差にエウルは冷や汗を覚える。
「あらぁ?ビビっちゃったかしらぁ…まぁあの氷使い以外ならぁ誰でも勝てたのよねぇ」
コツコツとエウルとの距離を徐々に縮めていく。
これ以上の会話は危険だと感じ、エウルは言葉を返さずに沈黙する。
「それにぃ…特にあなたはぁ相性がいいみたいだしねぇ」
その言葉が戦いの合図となった。




