第20話 力比べ
セン・シルヴァが戦闘を始めた同時刻。銀色の枝毛が出てボサッとしたような髪の獣人もまた、戦闘に入るところであった。
真ん中のルートに付いてきたのは、髪の毛の無い男だ。
ロゼリーと比べると身長はやや大きいといったところだろう。筋肉質な男性という訳でもなく、一般的な男性の体型に近い。
人のいる石道を走りながら、仕掛けるタイミングを伺う。
スピードでは圧倒的にロゼリーが勝っているため、仕掛けるタイミングもロゼリーが握っている。
出店が出ている八層や芸を披露している人がいる五層と違って、現在走っている二層には人は少ない。
「やりづらいわね……」
人が少ないといっても今のガンザバーテは祭事の途中。通常に比べれば出歩いている人の数は多い。
道を走っているのに加え、攻撃を繰り出すとなれば一般人へ被害が及ぶ可能性がある。
このままステラの魔力を感じた場所まで走り抜けるか、人のいない所に引き付けて対応するか。
後者の選択肢は走っていることも相まって目立ってしまっている。よって必然的に前者の択を取らざるを得ない。
対応に思考を巡らせつつ、一般人とぶつからないよう走る。
こうなればもっとスピードを上げて、距離を離したほうがいいだろう。そう思い《活性化》の段階を上げる。
その状態で次の一歩を踏み出そうとする。その瞬間、視界の右側に男が映ったかと思えば、ロゼリーの体は吹き飛ばされ近くの建物の扉を破る。
壁は石造りだが扉まではそうでもなく、木製の扉はバキッと音をたて、ロゼリーと共に吹き飛ばされ、土埃を舞う。
周囲の目線が何事かと土埃へと向けられ始め、近づくまいと、男を中心として円のような人だかりができる。
「あまり手荒な真似をするのは私の好みではないのだが、同じ志しを持つ仲間から頼まれては断る理由もない。お嬢さんには申し訳ないが、ここで退場してもらおう」
扉のない建物の中へ手に黒い手袋を履きながら男は歩く。
吹き飛ばされて入った建物は飲食店。入ってすぐにあるカウンター席から立ち上がり、対面する。
幸いにも扉からの直線上には人はおらず、怪我人はロゼリーだけ。しかし、それも身体強化と活性化によりかすり傷程度だ。
「簡単に倒せるだなんて思わないでくれる?こう見えて私、力には自信があるのよ」
「それは失礼。実は私も単純な力には自信があるんですよ」
向き合ってから約二秒。先に仕掛けたのはロゼリーであった。
自身の肉体を壊さない限界まで活性化し、蹴った反動で木製の床を破壊しながら一瞬で距離を詰め、渾身の一撃を喰らわせる。
─────────はずだった。
実際に起きたのは、ロゼリーが踏み込もうと足を床に着けた瞬間、男は一瞬で距離を縮めて、先程の攻撃とは比較するまでもないほどの力でロゼリーを再び吹き飛ばした。
攻撃の体勢、瞬間的な出来事であったため、防御は当然間に合わずに攻撃をもろに喰らってしまう。
いくつかの建物を貫通し、その先にあった二層と三層の段差に打ち付けられる。
防御が出来なかったことも重なり、打ち付けられた瞬間に吐血してしまう。
(最初の攻撃と同じ……いつの間にか距離を縮められてた。どういう魔法なのか全く分からないわ……)
再び体を起こし男が歩いてきている方向へ目を向ける。攻撃の時のような速さは見えず、ゆっくりとこちらへ歩いてきていた。
「今の攻撃で分かっただろう?君では私に敵わない。このまま戦ってても一方的に蹂躙されるだけだと」
「今の攻撃で?笑わせてくれるわね。たった二発喰らわせただけで調子に乗らないでもらいたいわ」
息巻いてはいるが、未だに攻略法は思いつかない。タネさえ分かれば考えることも出来るのだが。
全身の活性化と身体強化で対処出来ない速さならば、部分的な活性化で一つのパラメータを上回って倒すしかない。
そう考え、威力と耐久に重きを置いて腕の活性化に力を入れる。
相手の魔法を見破るために、目も活性化させ速さへの対策をする。
「防御面を固めるか……ま、妥当な対応策だ。だが、それは愚策でもある」
手袋越しにも分かるほどに男の拳が握りしめられ、それと同時にとてつもないプレッシャーを感じ取った。
「今までは全力どころか半分の力も出してなかったってわけね。それなら私だって……」
翡翠色の淡い光が 灰色の壁を照らす。高まる魔力の質がより色を濃くしていく。
「本気で迎え撃たなくちゃ失礼よね」
口端が少し吊り上がり、翡翠色の光は腕を中心に纏っている。
「へぇ……お嬢さんも本気を出していなかったのですか。おもしろい!私の攻撃を耐え忍ぶことが出来るかな!」
振りかざされた拳は、体の前で腕をクロスさせるロゼリーへと直撃する。
攻撃の衝撃により岩肌には亀裂が広がっていき、ボロボロと崩れていく。立ち込める砂埃が大きく舞い上がり、威力がどれ程のものなのかを示す。
「結果はやはりこうなるか……」
砂埃の舞具合、岩の崩れ具合、なにより拳に伝わる確かな手応えが目の前の少女を倒したという思考へと移行させる。
まだ砂埃が舞うなか、勝敗が決まり男は背を向けてその場から立ち去ろうとする。
「……耐え切ったわよ」
しかし、まだ勝負は終わっていない。晴れつつある砂埃の中から、翡翠色の淡い光が見え始める。
その光は攻撃を受ける前と比較すると色は薄く、小さくなっていたが、少女が倒れていないことを示す十分な証拠となった。
男は振り返り声をかけようと口を開ける。が、開いた口はすぐさま閉ざされる。
声をかけることをやめたわけでは無い。男の本能がそうさせたのだ。
ロゼリーから感じる獣としての闘争本能。自分は狩人なんかではなくただの獲物だと認識させられてしまうほどの。
小さく薄くなっていた光は次第に色を取り戻していき、濃い魔力のオーラとなっていく。
「あなたがどんな魔法を使っているのかも、どんな事に協力しているかは私には分からないけれど、仲間奪ったからには覚悟はできてるわよね」
踏み込んだ足は地面を抉り、男目掛けて走っていく。活性化の影響で目には追えない程の速さで男の元へと到達する。その間約一秒弱。
砂埃から出てくるロゼリーの光は、緑一閃。美しい直線を描く。
最大限に活性化された右腕による攻撃は男へ直撃し、そのまま一層まで吹き飛ばす。
「これで当分、右腕は使い物にならなくなったわね」
活性化の負荷に耐えきれなかった右腕は中の骨はぐちゃぐちゃに、内出血もひどくその見た目は非常に痛々しい。
痛む右腕を押さえながら、勝利を噛み締めることなくその場を後にした。