第19話 追いかけっこ
ステラの魔力を感じることが出来たことによって、俺達はステラが拉致されたであろう場所へと敵を錯乱することも兼ねて別々に向かうことにした。
魔力を感じたのは現在地からほぼ真反対。それも下の方だ。だが一層や二層からではない。もっと下、おそらく地下だ。
ガンザバーテは山にできたクレーターに沿って出来た都市であり、入口となっているトンネルや、そこらにある住居も掘られているものがあるため、地下もあるとは考えていた。が、まさかそこが敵の拠点の一角になっているとは。
「俺の方に一人来たか……」
俺が進んでいるのは左回りのルートだ。エウルが右回りで、ロゼリーが一直線のルートをそれぞれ進んでいる。
来ているのは女の方だ。「待ってよぉ」と言いながら俺の後ろを走って追いかけてきている。
スピードはほぼ五分。このまま目的地へと突っ走っても追いつかれることはないだろうが、一対一の状況のときに倒しておいた方が良さそうだ。
走っていた足を止め、相手の方へと体を向ける。桃色の髪をした女は赤い服を着ていて、これといって防御力の高い身なりとは思えない。
「あれぇ私と殺りあってくれるのぉ?嬉しいなぁ……遊び相手が出来て」
ニヤリと笑みをこぼす姿はなんとも不気味だ。お祭りの雰囲気とは全くの真逆。人もいて賑やかではあるのに、俺と女だけは別次元にでもいるかのようだ。
「勘違いすんなよ。俺はお前を倒すために立ち止まったんだ」
今の状況で遊びなんて言葉が出てくる時点で割と異常者だ。
だが異常者だからこそ警戒は怠れない。敵の戦力は未知数。何をしてくるのか一切の情報がないため、無闇に手出しはしずらい。
しかも今のガンザバーテは人が多い。範囲系の魔法を使えば民間人を巻き込んでしまう。
よって遠距離や範囲で攻めるのではなく、インファイト型で戦わなければならないのだ。
刀術の心得はあるが、あまり自信がない。それでもやるしかない。
「私を倒すぅ?面白いこと言うねぇ。やってみなよっ」
女は携帯していた小型の剣を手に取り、逆手持ちで仕掛けてくる。
氷で剣を創り、相手よりも長い間合いで戦えるように構える。が、俺が使い慣れているのは刀。剣で戦うとなれば数段劣ってしまう。
するりと剣を避けられ懐へと潜られてしまう。すぐに剣を短剣へと創り変え、女に向けて右上からの振りかざしで応戦を試みる。
しかしその攻撃は弾かれる。それにより生じる隙を埋めようと空いていた左掌を相手へ向け、氷の短剣を創り飛ばそうとする。
「閃光」
女の発言と同時に俺の視界を眩い光が覆った。いや、俺だけでは無い。周りにいた民間人の視界すらも覆っただろう。それほど無差別に眩しく光ったのだ。
予想外の一手に視界を奪われてしまう。そんな状況では隙を埋めることも出来ず、お腹の辺りに強い衝撃が走り吹き飛ばされる。
無防備なお腹に蹴りを喰らったようだ。
「やっぱ初見じゃ避けれないかぁ」
呼吸を整える俺に向かって残念そうな顔をしながら呟く。それは俺に向けて放った言葉ではあるが、周りの見ていた民間人にも向けた言葉であるともとれるようだった。
「なにをした……?」
少しの間目が使い物にならなくなってしまい、目を瞑った状態で桃色の髪をした女へ問う。
「簡単だよぉ私の固有魔法《閃光》を使っただけだよぉ。これを初見で避けられないようじゃぁ君に興味はないかな」
「あまりにも理不尽だなそれは。ま、いいや。目瞑った状態でもお前には勝てそうだしな」
「……は?」
やはりこの女はお喋りだ。自分の固有魔法を話すし。俺の挑発にも乗ってくれそうだ。そうすれば攻撃の精巧さは荒っぽくなり、凌ぎやすくなる。
「聞こえなかったか?お前なんて目瞑ってでも充分だって言ってんだよ」
「ふーん……そういうこと言っちゃうんだぁ。もう容赦しなくなっちゃってもいいのかなぁ?いいのかぁ私君たちを排除してこいって言われたし」
先程よりも数段速いスピードで女が踏み込む。彼女の固有魔法《閃光》は一度使ってしまえばその対象者に使う意味は無くなる。よってここからは単純な技量で戦うしか彼女の選択肢はないと思われる。
両手に短剣を創って構え、どこからの攻撃にも反応出来るように耳を澄ます。
目が使えないのなら次に頼るのは聴覚だ。
左からの剣での行動にバックステップで躱し、その追撃に女も踏み込んで付いてくる。
ずっと近づいてくる彼女の行動は芸が無いとも言えるが、小回りの利く彼女にとってはそれが一番しっくりくる戦術だ。
剣と剣が火花を上げてせめぎ合う。自分の視界は真っ暗だが、どこからの攻撃にも短剣で防いだり、氷で盾を創って防ぎ続ける。
その時間稼ぎのおかげで、次第に目が見えるようになってくる。しかし目は開けない。開いたとしてもまた閃光を喰らえば結果は同じだ。
「さっきよりも速度あげたと思うんだけどなぁ...なんで反応出来てるのかなぁ?もしかして目見えてるんじゃないのぉ?」
攻撃を捌かれ続けているからか、どの攻撃にも対応する俺に向かって疑念を抱いた声色で問いかける。
「安心しろ、目はちゃんと見えてないぞ。ただちょーっと別の方法使ってるだけだ。といっても難しい事じゃないんだけどな」
「それを教えて欲しいなぁ?とぉーっても気になるからさぁ」
方法を知りたがっているが「嫌だね」と言い捨てる。
流石に敵と対面してる状況で自分のタネを明かすなど出来るものか。聴覚を頼りにしていると分かれば、音をたてないようにして攻撃してくるようになってしまう。
魔力で補足出来なくもないが、それは魔力が大きかったり特殊な形の魔力でなければ、一度その魔力を覚えるのは難しい。
ここは民間人もいたし。
「このままじゃ埒が明かないなぁ...時間かかって面倒だしぃ私戻るねー」
……え?戻るって言ったこの人?なにか命令受けて来たんじゃないの。
思わぬ発言に思考が固まりかける。その言葉通りに女はステラの魔力を感じた方向へ移動を始める。
「待て!俺の事ここで無視してもいいのか?排除しろって言われたんだろ。お前の独断一つで勝手に決めていいことなのかよ?」
引き止めるために少し必死になった口調で言葉を述べる。
しかし、女は「めんどくさ」と言わんばかりに顔を顰めて
「怒られるだろうけど、それ以上のことはされないしぃ……私飽き性だからさぁ。君たちのこと簡単に殺れると思ってたのにぃ、案外しぶといからぁ、いいかなーと思ってぇ」
「べぇー」と舌を出して女は移動を始める。
本当に飽き性で戻ったのか、俺を騙し討ちするためについた嘘なのかの真意は分からない。だが、相手を騙して戦うようなタイプではないはずだ。
走り去っていく女の後を追いかけてその場を後にするのだった。