第18話 手がかり
紙切れを見てからは俺含め三人全員が、顔や行動に焦りがでていた。
「僕の不注意のせいだ。ほんとうにすまない」
「お前のせいじゃない……攫う奴らが悪いんだ」
エウルは自分のせいでステラが攫われてしまったと、重く責任を感じているようで、ベッドに座り込んだまま俯いた顔を上げようとしない。
この件で誰かを責ようとは思わないが、どう声をかけたら良いか分からない。
そんな状況になっているのはロゼリーも同様で、声をかけようとして喉につっかえてしまっているようだ。
「これからどうするの?手がかりもなんにもないから探しようがないわ」
そうそれが今一番考えていることだ。敵の情報が一切ないため、追うことが出来ない。
今はどうすることも出来ない無力感が体の中で疼きはじめる。何処を探せばステラを救い出せるだろうか。
「このまま外に出られたら探しようがないわよ」
「いや、外に出ることはない。100パーセントとは言えないけどな」
「どういうことだ?」
俺の発言に二人が驚いた表情を見せながら、耳を傾ける。
「まず魔物増加なんて大層なことを移動しながら行うのは難しいはずだ。しかもガンザバーテに近づくにつれて魔物の数は増えていた。この都市に近づかせたくないと言っているように」
「それはそうかもしれないけど……外に出る可能性は全然考えられるわ」
まあ俺もこれだけだったらガンザバーテに敵が必ずいるなんて考えていない。そう考えられるのは……
「そうだな。でもじゃあなんでフラーマ王国の副団長クラスがこの都市に来てると思う?」
「そうか……聖魔騎士団は何らかの証拠を掴んでいて、敵の拠点がガンザバーテであることを特定したのか……」
「そういうこと」
ただの調査に副団長を起用するとは考えにくい。敵の拠点を暴いている可能性だってゼロじゃない。
燭台の上の蝋燭の火がゆらゆらと揺らめき、花火が終わって闇が増えた部屋を照らす。
少し希望が見えたかのように、ロゼリーとエウルの表情が緩んだように見える。
少しの希望があればそれは原動力になりうる力を持つからな。
「だからといって今すぐに行動はできない。暗い中で行動すれば地の利が有るのは敵側だからな。動き始めるのは早朝からだ、いいな?」
二人は肯定の意を示す頷きをし、今夜は交代で見張りをしながら夜を明かすことにした。
翌日の早朝、夜には特に何事もなく次の日を迎えることが出来た。
誰かしら夜襲をかけてきてくれれば、場所を特定する手がかりが得られたかもしれないが、既に一人攫っていて、警戒してるところに突っ込んでいくなど馬鹿のすることだ。
「まずはステラが攫われたであろう場所に案内してくれ」
もしかしたら魔力痕が残っているかもしれない。何かヒントになるものが得られるかもしれない。期待などしていないが、期待を持たずには何事もやる気など起きない。
敵の勢力は未知数。ステラが連れていかれた場所が魔物増加の根源となる場所なら、俺達に勝ち目はないかもしれない。それでも、もう関わらないなんて判断なんてできない。
ステラはもう大事な仲間だ。先に手出されたからには覚悟してもらわないとな。
「こっちだ」
エウルの案内でステラが攫われたであろう場所に着く。
場所は八層。宿を時計の十二時として考えれば、だいたい四、五時辺りだ。
調査を早朝に始めたのは人が少なく、動きやすいから。それと、今日明日はまだ祭りなので人通りが非常に多い。そのため手がかりがあったとしても、揉み消されてしまう可能性があるからだ。
犯人は現場に戻るって言うしな。
「足跡でも魔力痕でもなんでもいいから探すぞ。少しの違和感でも全員に共有すること、それが今できる最大のことだ」
俺の言葉を合図に案内してもらったところをくまなく散策する。
といってもガンザバーテの道はほとんどが石造りであり、今いる所も当然石造りだ。足跡など残るはずもない。
魔力痕もできるだけ探していたが、残っていたらエウルが気づいていただろう。
ロゼリーは獣人の鼻を活かして、匂いでなにか分かるか試していたが、時間が経っていたのもあり、残念な結果にしかならない。
「なんにもないわね…」
手がかりとなりそうなものはなんにも見つけることが出来ず、時間をかけるにつれて人通りも多くなってきた。
「違うところを探してみよう。ここにはなにもないようだし」
「そうね、ここにいても手詰まりなだけね」
他の場所に手がかりがないか探すために一層ずつ降りて詳しく探していく。
が人が増えたこともあり、満足のいく調査はできず成果も得られない。
お祭りムードの人々は俺達がなにをやっているのか気にも留めず、少し見ては通り過ぎていく。
手がかりが見つからず、今どこで何をされているのかも分からない状況に段々と、心の奥に沈んでいっていた不安が浮き上がってくる。
「くそっ何も見つからない……僕が目を離さなければ...僕のせいで...」
「だからお前のせいじゃないって、そんなに自分を責めるなよ」
まずいな。このままだとエウルが精神的にやられそうだ。そうなる前になんとか見つけ出せるようにしなければ。
だがどうすれば突き止めることが出来るだろうか。八層、七層、六層と調べはしたが分かる気配は無い。
たとえ足跡が残っていたとしても、この一通りの多さでは、それが犯人に繋がるものだとは考えにくい。どうすれば……
「あははっすっごい考えてるねぇ君たちぃ。痕跡はなーんにも残ってないよ〜?」
突如、俺たち三人の前に桃色のはねた髪をした子供っぽい女と、強面顔のつるつるした頭の男の二人組が現れた。
「その口ぶりからして、お前らは敵って思っていいんだよな?」
「君たちからすればそうなのかもねぇ。でもねっ私たちはぁ誰かを傷付けたりなんてことはしてないよっ?自分たちのために自分たちが望むもののために動いているだけなんだからぁ」
向こうから出向いてくれるなんて手詰まりだった俺たちからすれば好都合だ。男は無口だが、喋っている女の方は口が軽そうだ。上手くやればなにか聞き出せるかもしれない。
「あなた達の望みってなにかしら?それを達成するためにステラを攫う必要はないと思うのだけど」
「それはねぇ君たちがっ私たちの邪魔をしようとしてるみたいだったからさぁ?注意喚起として攫わせてもらったのぉ。そしたらぁあの子魔力すっごい多いみたいでぇ協力してもらうことにしたんだよぉ」
ステラの魔力が多いことが既に相手に知られているとは。魔力制御は教えたが、やはりすぐにあの膨大な魔力を抑えるほど熟達は出来ないようだ。
「協力だと?それは魔物の増加に関係してることか?」
「それは言えないなぁ。でも一つだけ教えてあげられるのは…私たちがここに来たのは君たちを排除するためだよぉ」
女が言い切ったと同時に、こちらに突っ込んでくる。男は微動だにしない。
現在地は五層。住宅なども少なく、ほかの層に比べて開けた場所ではあるため、戦闘には向いているのかもしれない。だが今は祈霊祭。人も通常より多く、ここで戦い始めれば民間人への被害は避けられない。逃げの一手が最も現実的な最善手となる。
そんな思考も束の間、女の手がもう少しで届くというタイミングで、思わずそちらに気を取られてしまうほどの魔力が都市全体を伝わる。
「今のって……」
攻撃をしようとしていた女でさえも例外ではなく、魔力を感じた方向を見ている。
魔力はすぐに引っ込み、時が止まったかのような静寂は再び祭りの活気に溢れ始める。
しかしその一瞬の魔力は俺達が欲しかった手がかりを蹴散らすほどの重要な情報となった。
「ロゼリー!エウル!今の魔力の発生場所は分かったな!今のはステラだ。ステラの魔力が俺達に居場所を教えてくれた。この機会を逃すな。別々の方向から向かうぞ!」
一瞬の魔力を目指し、俺達は敵を錯乱することも兼ねて別々の方向からステラがいるであろう場所を目指して行動を始める。
「置いていかないでよっ」
一歩遅れて向かい合っていた女と男の二人組も行動を始めた。
手詰まりだった状況から一変。ステラが与えてくれたこの好機を逃す訳にはいかない。
絶対に助け出すという思いを胸に、俺達は救出へと向かい始めた。