第17話 光の影は深く
鐘の音が合図となり、祈霊祭が始まった。
一日目の日中は特になにかイベントがある訳でもないようで、お祭りが始まったという雰囲気と、幾つもある出店を廻って楽しむというのがメインになってくるようだ。
硬く冷たいであろう道を歩いていると、家族や友達で楽しんでいる者が多い気もする。
という俺も一人ではなく、ロゼリーと途中で見つけてから少しの間共に行動することになったアーリアと廻っているのだが。
「あれも美味しんだぜ、口の中に入れた瞬間に溶けるようになくなっちまうんだ……はあ、想像するだけで美味しいぜ」
先程までガッツリと肉料理を食べていたのに、まだお腹の一割も満ちていませんとでも言いたげにヨダレを垂らしている。
食べ盛りなだけなのかもしれないし、あまり人の胃袋の容量について考えるべきでもないだろう。
七層も八層と同じように一周し、出店に寄ってアーリアの言う美味しいものを食べたり、アーリアが食べたいものを食べたり、アーリアが勝手に寄ったり……主導権が握られてるじゃねぇか!
「出店って全部の層にあるのか?」
「いんや?一、二層目は主要な建物が揃ってるから、毎年そこまでは出てなかったはずだぜ」
一つの層だけでも相当な数の出店が出ているというのに、下まで満遍なくあっては一日じゃ廻り切れないだろうからな。当然か。
「じゃあ次は六層ね」
「あぁあちょっと待って、六層はさっき廻ったから次は五層から行きたいなーなんて……」
「わかったわ」
俺たちと鉢合わせる前にアーリアは六層を廻っていたようで、両手を合わせながら「ありがとう」と言い、ルンルンで五層へと降りていった。
「すごいマイペースな子ね」
「まったくだ」
ロゼリーもその自由奔放さに少し呆気にとられつつも、アーリアに続き五層へと足を進めた。
「ここはちょっと違うんだな」
俺の視界に映ったのは、道端で芸を披露して民衆を楽しませている光景だ。七、八層では見られなかった光景だったため、すぐに注目がいった。
「五層は中間層だからなー。ガンザバーテで一番人の行き交う量が多い場所なんだよ。だからこういう注目を集められるようなことをする時は五層でやるってなるんだ」
「結構面白そうじゃない」
意外にもロゼリーは芸に興味を持ち、一番近くで行われていた、笛で蛇を操る芸を見に行った。
ロゼリーに付いていき、一緒に見ることにしたが、これが思っていたよりも面白い。
芸者の笛の音に合わせて、踊ったり、跳んだり、壺から壺へとジャンプしたり。固有魔法によるものなのか、ただ磨いてきた芸なのか。
人を魅了して惹き付けるってのはそれほど興が乗ることであることは確かだ。
一通りの芸を終え、芸者が礼をすると観客から拍手が鳴り響いた。
「とても面白かったわ。たまにはこういうのを見るのも悪くないわね」
「だろだろー!毎年いろんな奴がいろーんなことするから面白いんだよ!ここに住んでもいいんだぜ」
俺達は旅人の身だし、どこかで定住するってのは考えたことなかったな。まだ旅は始まったばっかりだし、する気もないが。
「住みはしないわ。でも、この時期になったらまた来させてもらうわ」
笑顔でそう返すロゼリーを見て、初めて心からの笑顔を見た気がした。
しばらくの間他の芸も廻って見ていたが、途中で知り合いに出会ったらしく、アーリアはそちらに流れて行った。
「結構時間潰したな……空が暗くなってきてる」
「楽しかったからよ。あっという間だったわ」
気が付くと空はオレンジ色に色付き、夕日があと二十分もすれば沈むだろうという位置に移動している。
「四層からは明日にでもみんなで廻るか」
魔物増加について調べるために来たとはいえ、その件はもう聖魔騎士団に任せた。
ここに来てからロゼリーと二人でしか行動を共にしていないため、せっかくなら四人でお祭りを楽しんでみたいと思ってしまう。
決してロゼリーと二人が嫌な訳ではないですからね。
「じゃあそろそろ宿に戻りましょうか。遅すぎたら二人が心配しちゃうわ」
「それもそ
肯定の言葉を言いかけた時、横を走り去る子供達の声が聞こえた。
「そろそろ花火上がっるてよー!あっちで見よーぜ」
はなび……ってなんだ?まだなにかやるみたいだな。それを見てからでも戻るのはいいか。
「ロゼリー、はなび?ってやつがあるらしいからそれ見てから戻らないか?遅くなるのは危険かもしれないけど、折角なら見ていくのも悪くないだろ」
「花火……花火……。ええ見ましょう。すごい見たいわ」
花火という単語を聞いたからか、ロゼリーは思い出に浸るような顔をしていた。
「はなび見たことあるのか?」
高い所の方がいいと言われ、五層から八層へと石の上を歩いて移動しながら、ロゼリーに聞いた。
「昔…ね。小さいときに見たことがあって、ものすごく綺麗だったのを覚えているわ」
空が暗くなってきているのに、ロゼリーの顔は不思議と明るくなっていっているように思えた。
どうやら見たのはここではないらしく、別のところでも花火とやらをやっている場所があるだとか。
ぜひ旅の途中に寄ってみたい。
空も暗くなり、七層から八層へと移る階段を登っている時、ドーーンという音が聞こえたかと思えば、都市全体が明るく照らされ、パラパラパラという音だけが残った。
「始まったみたいね」
なにが怒ったか分からない俺とは裏腹に、ロゼリーは始まったであろう花火に見惚れ始めていた。
既に多くの人がいるのが見えていたので、八層には上がりきらずに、階段の途中に腰を下ろして上がっては儚く散っていく、綺麗で縋りたくなるような光を眺めた。
「綺麗だな……」
「ええ、とっても」
花火が上がってからしばらくの間は目を合わせることもなく、ただ呆然と花火だけを見つめていた。
「ねえセン…私ねあなたに秘密にしていることがあるの」
花火の光に照らされ、重くなっていた口を淡々と動かし始めた。
「これを言うべきか、言っても信じてもらえないと思って誰にも言えなかったこと。でも、あなたならきっと信じてくれると思ったから」
きっととても重要なことなんだろう。誰にも言えなかった秘密を言ってくれようとしているのは。
「それは本当に俺が聞いてもいいのか?」
「むしろ聞いて欲しいわ。これからも旅を続けていくために。秘密をずっと隠し続けるなんて私は嫌。だから知っていて欲しい」
ロゼリーは本気でその抱えている秘密を話すと決めているようだ。ならそれに応えない訳にはいかない。
花火の音が響く中で、それに掻き消されないようロゼリーの声に耳を傾ける。
「本当は私はこのせ
「セン!ロゼリー!ステラを見なかったか?気が付いたらいなくなってて……」
ロゼリーが大事な何かを言いかけた時、焦った顔のエウルが息を切らしながら現れた。
「ステラがいなくなったのはいつだ?」
ただはぐれてしまって、迷子になっているならまだいい。しかし、このタイミングでしかもエウルが付いていながらいなくなるのは、少し疑ってしまう。
花火はまだ上がっていて、光が都市や人を照らす一方でそれにより生じる影は俺達には見当もつかない。
「宿に戻る途中で花火が上がって七層だっけか……いや八層か?どっちだ……そしてああどう話せばいいんだ」
「落ち着けエウル……らしくないぞ」
いつもからは考えられないほどエウルが取り乱している。俺が思っている以上にステラと仲良くなっていたようだ。
「一旦宿に戻りましょう?話はそれから聞くわ」
ロゼリーの一言で宿へと戻った。宿近くの階段だったこともあり、花火による光と影が交差する中、短時間でたどり着くことが出来た。
借りている一室のドアへと手を当て、ドアノブを捻ってドアを開ける。キイィィィときしみながら木製のドアが開き、今朝過ごした部屋が目に入ってくる。
しかし、一つ違うことがあった。それはドアを開けてすぐに机が置かれていて、その上に一つの紙切れが置いてあった。
「なんだこれ」
紙切れを手に取ると何かが書かれている。
「君達の仲間はもう俺達がもらった。関わってこないことをおすすめする」
紙切れにはそう書かれていた。
つまり、これから考えられることは……
ステラが何者かに攫われたということだ。