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25) 息子マモルの旅立ち

(火星授業記録その34)


 再開したいと思います。よろしいでしょうか。


 今日の授業のまとめにはいります。

 ここまでみなさん、よくついてきてくれました。ほんとうに立派だったと思います。この授業を通じて、私もみなさんから教えられることがいっぱいありました。

 だから、授業の準備をしていたときに考えていたこととはちがうことをお話ししたいと思います。

 お話ししたいのは「希望」についてです。

 Xさん、「希望」の反対の意味のことばはなんですか。


――「失望」でしょうか。


 そうですね。けれど、もっと強い印象を与えることばはありませか。


――「絶望」ですか。


 そう、「絶望」です。


 地球人類の人口は最盛期には100億を超えました。それが第三次世界大戦の結果、60億にまで減りました。第四次世界大戦を生き延びたのは1億人と少しです。

 そして、インパクトを控えたいま、月と火星上に残された人類は、あわせて約700万人にまで減ろうとしています。最盛期の人口のわずかに0.07%です。

 月や火星も完全に安全な場所というわけではありません。

 人類は「絶望」的な状況にあるといっても過言ではありません。

 そんな「絶望」的な状況の中で、私はみなさんに対して、あえて「希望」についてお話ししたいと思いました。


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 帰宅すると

「おかえりなさい、ヒカリさん」とクッキングマシーン。

「カレーライスをお願い」と告げる。

 ほどなくカレーライスが用意される。

 オレンジジュースをフードストッカーから取り出し、ひとりきりの最後の晩餐。

 フードストッカーが「食料保管状況。なにもありません。補充するものはありますか?」と聞いてくる。

「最後までおつかれさま、もうなにもいらないわ」と答える。



 思い出す...


 月行きのシャトル便に乗る前日、マモルが訓練施設から最後の帰宅をした。

 ちょうどマモルの誕生日だった。

 夕食は、マモルの希望でカレーライスだった。


 火星へ行く8歳になったばかりのマモル。

 ケアの日程が決まったカゲヒコ。

 まだしばらく残されるわたし。

 そんな三人の、お誕生日会にして最後の晩餐は、言葉も少なく黙々としたものだった。


 翌日、マモルが火星に向かう日、見送りのためにカゲヒコとわたしは仕事を休んだ。

 火星行きの便に乗るまで必要のない荷物は、まとめて先に預けてある。だからマモルが持っているのは、最低限の着替えや身の回りのものが入ったバックパックひとつだった。カゲヒコのエアカーに乗り込み、1時間ほど乗って、月行きのシャトルのターミナルに着いた。


 ターミナルは、そこだけレフュージから突き出した格好になっている。

 搭乗ゲートへ向かう途中のセキュリティ・チェックの前のロビーは、搭乗者と見送りの人で混雑していた。時間がくるまでソファーにすわり三人並んで待つ。そこここからすすり泣く声が聞こえる中、わたしたちは黙って待っていた。

 やがて搭乗開始を告げるアナウンスが流れた。

 最初にカゲヒコが立ち上がって、マモルのほうを向いた。

「マモル。頑張れよ...いや、あんまり頑張り過ぎないでいいよ...」

「うん、わかった。パパ」

 カゲヒコとマモルはしっかりと手を握った。

 マモルが立ち上がった。

 わたしも立ち上がってマモルのほうを向いた。

「元気でね。落ち着いたらMATESを送ってね」

「わかった。ママも元気で」

 マモルの左頬を、わたしは右の手のひらでそっと撫でた。


 セキュリティを抜けたところで、マモルは一度だけ振り返った。いまにも泣き出しそうな、そしてそれを必死で堪えているマモルの表情が、わたしの目に焼きついた。搭乗ゲートに向かうコーナーを曲がると、マモルの姿が見えなくなった。


 見送りの人でごった返す展望デッキから、マモルが乗ったスペースプレーン型のシャトル便を眺めた。

 マモルがセキュリティを抜けてから小一時間ほど経っただろうか、ボーディングブリッジが船体から離れ、ターミナルビルに吸収された。スペースプレーンはゆっくりとテイクオフ・スポットへ向かった。

 右手側にあるテイクオフ・スポットで機体がふわりと浮かび上がり、脚が格納された。エンジン音が猛烈に高鳴り、轟音となって窓越しに響いてくる。

 動き出すスペースプレーン。

 ものすごい勢いで加速し、わたしたちの視界の右から左へと通りすぎると、機首を上へ向けながら飛んで行った。


「行っちゃったね」カゲヒコがぽつりとつぶやいた。

「うん」とわたし...



 ひとりきりの晩餐を終え、いつも通り食器をディッシュウォッシャーへ入れる。


 PITに目をやる。MATESのテキストメッセージが1件はいっている。

 マモルからのものだ。


「ママ。ボクは大丈夫です。心配しないでね」


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