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22) ヘプバーンと老占い師

「17時30分ですよ、ヒカリ」とアカネが告げる。

 いつも通り勤務時間が終わった。

「明日からお休みですね」

「そう、お休みね」

「どうかよい休日を」


「アカネ、ほんとにいろいろとありがとう」

 アカネともこれでお別れ、か。


 帰り支度をしていたら、なぜだろう、無性に髪を切りたくなった。

 バッグをオフィスに置いておき、PITだけ持って、ヘアサロンへ向かう。エレベーターで1階に下り、1ブロック歩いて5分ほどのところに行きつけの店がある。

 スライドドアが自動で開くと、中から「いらっしゃいませ」の声。

 ロボットがお出迎え。人間のスタッフは、もうここ2年ほど見かけない。

 ロボットに促されて、奥から2番目のチェアに腰をおろす。

 わたしのやせっぽちの体にケープをかぶせながら「どのようになされますか」とロボット。

「短く...そうね、思いっきり短くしたいわ」

 わたしの髪は肩が隠れるくらいの長さだった。


「ディスプレイにヘアカタログが映ります。ご希望のサンプルがあればお教えください。」

 最初の、ちがう。

 次、これもちがう。

 その次...どうもいまひとつ。

 4番目のサンプルに目が留まる。

「止めて」


 おでこの真ん中ぐらいのところで切りそろえた前髪。

 横はうしろに流して耳を完全に出している。

 うしろは短くカットした髪をふんわりと襟足あたりまで巻き上げている。

「映画『ローマの休日』オードリー・ヘプバーンのヘアスタイル」とある。

「これにしてちょうだい。」とロボットに告げる。

「かしこまりました」と言って、ロボットが動き出す。


 学生のとき地理の授業で教わった、イタリアのローマは「永遠の都」と称されていたと。


「永遠の都」

「ローマの休日」


「永遠の休日」


 アカネの最後の言葉は「どうかよい休日を」だったっけ。


 ロボットが鋏を使う音が、静かな店内に響く。わたしの他にだれも客はいない。他の2体のロボットも手持ち無沙汰そうに見える。

 そうね、こんな日に「髪を切ろう」なんて人、そうそういないわよね。この時間だし、サロンにとってわたしが最後の客になるのかしら。


「最後の客」といえば、2年前にこんなことがあったのを、思い出した...



 息子のマモルと夫のカゲヒコを相次いで「見送った」直後の頃。さすがに応えたのだろう、わたしはまる1週間欠勤した。

 ずっと寝込んで、出勤したときには体力が相当落ちているのを感じた。

 2日目の勤務が終わったあと、エアカーを回送させて、歩いて帰宅した。衰えた体力の回復と気分転換を兼ねて、歩いて1時間ほどで帰宅するつもりだった。

 西へ2ブロック歩いて右に曲がると、ちょっとしたショップが並ぶ通りにはいる。

 角から3つめの、小さなビルの1階の前に「占い」とだけ書いたスタンド看板が出ている。

 中をのぞいてみた。占い師だろうか、和装で白髪を長く伸ばした男性がいた。

 わたしに気づいたようだ。

「のぞいとらんと入ってこい。安くしとくぞ」とその老人が言った。

 まあ気分転換になるか、と思い、わたしは店内へと入った。


 白い布がかかった、ちょうど腕をひろげたくらいの幅の机の向こうに、老人が座っている。老人の前には、漢字がいろいろと配置された四角い台の上に円盤が乗っかったものがある。円盤は外側から3列、文字を配した円があって、真ん中には北斗七星らしき星座が描かれている。横にはなにやら古めかしい冊子。


「おかけなさい」と老人に勧められるまま席につくと、向かい合わせになる。

「わしはこういう者だ」と言って、年老いた占い師が時代がかった名刺を差し出す。

 名詞には「陰陽博士 慶徳司 保友」

「博士...博士号をお持ちなんですか?」

 目を見開く占い師。

「その博士ではない。『おんみょうはかせ』といって、ニッポンの古代から続く宮中の官職の名である」

「お名前はなんと読むのですか?」

「ケイトクシ・ヤストモ。れっきとした平安貴族の末裔だ」

 2週間後に施されるケアに備えて1週間後には収容されることになっているので、身辺整理もあってきょうで店じまいとのこと。

「そうですか。それは...じゃあ、わたしが最後の客ということになるのですか」

「そうだな、そうすることとしよう。そこで通常料金30連邦ドルのところ、特別に...」

「特別に?」

「1割引きの27ドル!」


 もう2年近く前のことなのに、ありありと思い出す。


「...もう少し安くなりません?」

「はっはっは、冗談、冗談。無料で占って進ぜよう」

「それはありがとうございます。よろしくおねがいします」

「どんな占いをご所望かな?」

「おまかせします」

「なんとかはかせ」のヤストモさんから、名前、生年月日、家族構成、などいくつかの質問を受けた。

 質問が終わると、彼は机の上の円盤を動かし、冊子を見、また円盤を動かし...しばらくしてこう切り出した。

「お前の運命だが...」と低い声で、彼がゆっくりと言う。


「お前は、近々死ぬ。九分九厘死ぬ。」


「...あの~、いくら無料にしても...」一呼吸おいてわたしは続けた。

「あたりまえじゃないですか。わたしだってカテゴリBなんですから。それに『九分九厘』って...99%の確率っていうことですか?」

「話は最後まで聞け」と老占い師は言い聞かせるような口調で言った。

「大事なのは数字ではない。お前には『一厘の生』がある、ということじゃ」

「一厘の生」

「そうだ」


「一厘の生」

 わたしはもう一度繰り返した。

「九分九厘死ぬ定めのお前が、もしも『一厘の生』を授かったときには...」

「どうすればいいんですか?」

「お前が『会いたい』と思う者のところへ向かうとよい」...


 ヤストモさんのところを出て自宅へと向かう道すがら、わたしはつぶやいていた。

「『会いたい』と思う者のところ」...



 ...いつの間にかロボットも仕上げにかかっていた。

「これでいかがでしょうか。」

 前面の鏡とロボットが手にした鏡に映った仕上がりをチェックする。

「OK。いいわ」

「とてもお似合いですよ」

「ありがとう」

 ドライヤーと櫛で髪型を整えると、ケープをはずしてくれる。

 服をブラシで払ってカット完了。


 PITで代金20連邦ドルを払って、スライドドアに向かう。

「ありがとうございました。『また』お越しくださいませ」とロボット。

 襟元に直にあたる空気を感じながらオフィスに戻る。


 副支部長に任命されてからほぼ3年間過ごした部屋をひと通り見渡す。私物は、昨日のうちに引き払って持って帰っているから、今日はもう何もない。

 バッグにPITを入れて部屋をでると、オフィスを後にする。もう誰も残っていない様子。

 せっかくのヘアスタイルも、誰にも見せることなく終わることになりそうだ。


 パーキングでエアカーに乗り込み、自宅へと向かう。


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