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15) マオ

「あー、それもこれも今日でおしまい、か」とマルグがぽつりとひと言。

「大変だったよね」

「うん」

「つらいこと、いっぱいあったよね」

「う、うん...そうね」

「よく頑張ったよね」

「...うん」

 マルグがどんどん涙声になってくる。

 わたしは立ち上がってマルグのとなりに腰掛けた。マルグの肩に右手を回し、そして左手を回した。

「言いたいこと、言っちゃいなよ」とわたし。

「...私だって...私だって、どれだけ言いたかったか!」

 マルグの顔は涙でぐじょぐじょになっている。

「そうよね...言いたかったよね」

「どうして私が...こんなことにならなきゃならなかったの?」

「そうよ、その通りよ」

「まだ30にも...なっていないのに」

「そうよ...わたしもそうよ」

「もっと...生きていたかったよぉ。もっと...もっと...」

 わたしの涙腺も崩壊した。


 ほとんど人のいないオフィス。わたしたちはぎゅっと抱きあって、気のすむまで泣き続けた...


 10分ほど経っただろうか。

 しゃくりあげながらマルグが言った「...ありがとう」

「...わたしこそ」

「あなたが最後までいてくれて、ほんとによかった。だって、こんなふうにさらけ出せるの、あなたしかいないから」

「そう言ってくれて、嬉しい」

 マルグのほうから、回していた腕をほどいた。


 隣り合わせのまま、しばらくじっと無言でいた。


「今日はこのあとどうするの?」とわたし。

「カウンセラー仲間といっしょに、そのときを迎える予定よ」

 マルグのご主人は、すでに1年ほど前にケアされていた。


「あなたはどうするの?」とマルグ。

「わたしはひとりで過ごすことにしたわ」

「そう...いかにもあなたらしいわね」


 立ち上がりドアへと向かうマルグ。ついていくわたし。

 ドアの前でもう一度、しっかりとハグする。

「じゃあ、よい残りの一日を、ヒカリ、ほんとにありがとう」

「あなたも、よい残りの一日を、マルグ」


 マルグの後姿をしばらく見送り、ドアを閉じた。

 ハンカチを目にあてる。

「大丈夫ですか、ヒカリ」とアカネ。

「うん、なんとか」とわたし。


 授業記録に戻る。


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(火星授業記録その24)


 よろしいですか。それでは再開します。


 これからお話しするのは、ひとつの天体とそれがあなたがたを含めた地球人類の運命をどのように変えたか、ということです。もうおわかりかと思いますが、先にお話しした小惑星とは別の天体です。

 その天体は2079年に中国人の天文学者によって発見されました。発見された時に小惑星であると思われたその天体に、発見者は「マオ・ツォートン」という名前をつけようとしました。中国の民族独立の英雄の名前にちなんだものです。

 その後の観測の結果、その天体は太陽系内にルーツをもつ小惑星ではなく、太陽系の外からやってきた恒星間天体であることが判明しました。「マオ」という名は正式の名称にはなりませんでしたが、その後も通称として使われるようになりました。

 マオは、ほぼきれいな球体をしていて、直径が100kmと小惑星を基準としても巨大な部類にはいるものです。恒星間天体というめずらしさはありましたが、さきの小惑星のインパクト危機が大きな問題となっていたこともあり、当初はマオはさほど注目を浴びることがありませんでした。

 さきの小惑星危機が一段落ついた頃、マオが23世紀の末頃に地球に接近する、という予測が公表されました。しかし当時はインパクトの可能性は考えにくいとされていました。そして世界は紛争の時代に入り、第四次世界大戦とその後の混乱の時代の間、マオのことを省みる余裕は人類にはありませんでした。

 レフュージの設置が終わり、一段落ついた2240年に、はじめてマオの地球へのインパクトの可能性が発表されました。当時の観測結果に基づくAIによる予測では、地球への最接近の時期は2290年、インパクトの確率は0.2%ということでした。

 10年後、2250年の観測結果ではインパクト確率は1%に、そして2255年には3%という結果になりました。国際連邦統治委員会の科学技術局に対策会議が設置され、本格的な対策の検討が始まりました。

 これ以降、マオに関することは、連邦統治委員会の限られた人以外には極秘、つまり一切明かされないこととなりました。明確な結論が出ないままに情報が流れることにより、人々の不安をあおることがないようにするため、という名目でした。


 地球にインパクトした場合、月にインパクトした場合の被害の予測が行われました。その結果は壮絶なものでした。

 およそ6500万年ほど前に恐竜をはじめとする多くの生物が絶滅したのは、小惑星のインパクトによるものとされています。その際にインパクトした小惑星は直径が10kmほどと推測されていますが、マオはその10倍の直径。体積は1000倍ということになります。


 ~ディスプレイ表示内容~

  衝突天体の大きさ(直径)

   さきの小惑星:560m

   6500万年前の小惑星:10000m(10km)

   マオ:100000m(100km)


 マオが月にインパクトした場合は、ほぼ一瞬で月の居住区は壊滅することが予測されました。

 地球にインパクトした場合、衝突角度や衝突時の速度、衝突場所によって影響は大きく異なりますが、地球表面のおよそ5分の1は一瞬で焼き尽くされ、約半分には焼けた岩石が降り注ぎ、ほぼ全域に台風やハリケーンの風速を上回る猛烈な衝撃波が襲うことが予測されました。また衝突場所が海の場合、高熱で海は沸騰し、衝撃で猛烈な津波、つまり海底の振動による巨大な波が陸地を襲うことも予測されました。

 衝突直後の破滅的な影響が過ぎた後、大きな環境変化に襲われることも予測されました。「核の冬」をはるかに凌ぐような気温の低下、そしてインパクトにより噴出する酸性のガスが雨水に混じり、酸性雨となって降りそそぐ、などです。


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