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11) 生真面目な来訪者

 ドアをノックする音と同時に「失礼します」の声。

「どうぞ」

 細身で背筋をピンと伸ばした男性が入ってきた。

 第3セクション副リーダーのイ・ミンジュンさん。わたしより3歳年下の、とびきり優秀なスタッフ。

「ミンジュンさんも早退の許可願い?」

「そうです」

「別にMATESでもいいのに」

「いえ、ちゃんとごあいさつしたかったもので」

「それはどうもありがとう。よかったらソファーにどうぞ」

 ミンジュンさんはソファーに腰掛ける。背筋はピンと伸びたままだ。

 わたしもソファーに移って向かい合う。

「長いような短いような間でしたが、いろいろとお世話になりました」とミンジュンさん。

「こちらこそ。お世話になりました」


「そうね、ネオ・ティエンジンがダウンしかけたときのことを思い出すわ」とわたし。

「あのときはどうなることかと思いました」

「あなたが現地に飛んでくれて、ほんとに助かりました」

「いえ、副支部長のバックアップがなければ、本当にどうなっていたかわかりません」

 1年ほど前、ティエンジン・レフュージのシスターAIに重大な問題が発生し、レフュージの主要な機能がストップする危機に瀕したとき、ミンジュンさんに急遽現地入りして対応してもらったことがあった。彼がエンジニアとして優秀なだけでなく、現地のキーマンがコリアンで、彼らが母語でコミュニケートできたことも危機の回避に役に立った。

「今にして思えば、なつかしいわね」

「ええ、なつかしいです。私にとっては楽しかった、と言ってもいいかもしれません」

 二人とも遠くを見つめるような視線になる。


 再び視線を合わせる。

「ミンジョンさんは、今夜はどうされるの?」

「仲間と焼肉パーティーです。『いかにも』って感じで恐縮です」

「それはそれは、楽しんでくださいね」

「副支部長はどうされるのですか?」

「わたしはひとりで過ごします」

「よかったらうちのパーティーに来ませんか?」

「お誘いありがとう。こんなときでなければ喜んで参加するけれど、今日はひとりで過ごしたいの」

「そうですか。わかりました」

 参加する機会は、もう永遠にこないけれど。


「約束の時間があるので行きます」

 そう言ってミンジュンさんが立ち上がる。

「本当にありがとう。最後にお顔を拝見できてうれしかったわ」

 わたしも立ち上がる。

「それでは」

「それじゃあ」

 ソファーテーブル越しに握手を交わす。


 歩き出すミンジュンさん。ソファーのところで見送るわたし。

 ドアの手前でこちらを向いて、ミンジュンさんがていねいにお辞儀をする。わたしもていねいにお辞儀を返す。

 涙腺がまたちょっと、刺激された。

 ドアを開けてミンジュンさんは出て行った。


 デスクに戻ってわたしは授業記録の続き。


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(火星授業記録その19)


 一方、国家主権のうち軍事と外交を国際連盟に移すことについては、なかなか進みませんでした。

 かわって登場したのが「国際連邦における意思決定の民主化の推進」という議論でした。

 それまで、総会でも各理事会でも、参加する国ごとに一票の議決権、つまり投票する権利を持っていました。国ごとの人口の多少にかかわらず、です。

 世界の「一体化」を理念として掲げるのであれば、手続きの「民主化」を徹底するために、各国の人口に比例した議決権を与えるべきではないか、という議論がおこったのです。

 その結果、2093年に「総会の議決権を加盟国の人口に比例して付与する総会決議」が発効しました。つまり、Aという国がBという国の10倍の人口がで、B国が1票の議決権をもつならばA国には10票の議決権を与えようという内容です。

くわしくはタブレットを見てください。

 一方で、安保理を含む理事会の決議、また理事国を選ぶ選挙については、引き続き1国1票の議決権・投票権とされました。総会決議とのバランスをとった形としたのです。


 ~ディスプレイ表示内容~

  国際連邦総会決議:

   加盟国の人口に比例した議決権

原則として人口50万人に対して1票とし、人口が「その何倍か」で票数(整数)

を決める。人口50万に満たない国についてはすべて1票とする。


  国際連邦の各理事会の決議:

   理事国それぞれに1票の議決権


  国際連邦の各理事会の理事国の選挙:

   加盟国それぞれに1票の投票権


 その結果として、世界中で国家の統合や連邦化の大きな流れが起こりました。

 国家の統合とは、2つ以上の国が完全にひとつの国になることです。

 連邦化とは、2つ以上の国がそれぞれある程度独立した状態を保ちながら、国家の外交や軍事を中心とする主権の重要な部分については一つにすることですね。連邦化すると、他国との関係では連邦がひとつの国家として扱われるようになるのは先にお話しした通りです。

 これらの国家の統合や連邦化の流れは、議決権のもととなる人口を増やし、国際連邦総会で少しでも自分たちに有利な決議ができるようにという思惑からです。最初のほうでお話ししましたが、世界中の国家の数は最大で200ほどあったのが、約80にまで減少したのです。


 ここでいったん、休憩をいれることにしましょう。


(休憩)


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 国際連邦では、発足から第四次大戦勃発までの間、第三次世界大戦における「最大の」中立国であった中国の影響力が大きかった。

 そのことを決定づけたのが2093年の総会決議と、その翌年の、中国を中心とする連邦国家の樹立。「東・中央アジアおよび中華連邦」という国名で、人口は当時の全世界のほぼ3分の1に達した。国際連邦総会での地位も抜きん出たものとなった。

 わたしの「祖国」ニッポンも、中国が主導するこの連邦に加入せざるをえなくなった。第四次大戦勃発の直前、2223年に離脱するまでの約130年の間、ニッポンは、広範な自治権を与えられたとはいえ国家としての独立を失うこととなった。


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