パーティ追放されてヤケ酒してたら隣のお姉さんと意気投合して一夜を過ごした件、ってお前最高ランクの冒険者じゃん。
誤字報告、ありがとうございます。
「ふざけんじゃねえっ!」
「そうだそうだー!」
「俺達もしっかり仕事してるんだぞー!!」
「そうだそうだー!!」
「ちっくしょおっ、やってられるかー! 飲むぞお! マスター酒ェ!!」
「ぐびぐびぐびぐび!!」
「おお姉さん良い飲みっぷりだ! 良し! 今日は俺が奢ってやるから好きなだけ飲めえ!!」
「おっしゃあ飲むぞお!!」
パーティから追放された。
どっちかと言えば俺が悪かった。
けど俺にも言い分はあって、簡単に納得なんて出来なかった。
結果、普段立ち寄らないような、街中の奥まった場所で見付けた小さな酒場で飲んだくれた。いつの間にか隣でくだを巻いてた派手めな格好をしたお姉さんと愚痴が繋がり、会話が始まり、飲んで叫んでを繰り返した。
マスターは何も言わず陶杯を磨いていた。
そして翌朝。
なんか俺の部屋にとんでもない美人が居た。
というか裸だった。
完全に事後だった。
しかもその美人さんは、確かに俺が昨日一緒に飲んで、そのまま勢いで連れ込んだ派手めなお姉さんの筈なんだが。
「えっと……なんか物凄い見覚えが」
そう、例えば俺が十年も通ってる冒険者ギルドで、この都市でも一番幅を利かせてるパーティにこんな顔があった。似ている、というか、どう見ても本人だ。
派手に結い上げていた髪が降ろされ、大胆な服を脱ぎ捨て、次いでたっぷり汗を掻いたからと途中で下手くそな化粧を洗い落としていたのもあって、完全なる素の顔がそこにはあった。
「あの……もしかして、リディア=クレイスティア、さんですか」
「………………どういう状況ですかコレ」
事後です。
なんて言える筈もない。が、瞬時に顔を真っ赤にしたリディアがシーツを掻き抱いて肌を隠した。傷一つない、とても艶やかでまったりとした、とても、とても良い感触だったのを思い出す。
最高だった。
特に、尻がな。
「あぁぁぁぁぁ……………………ははははは、もしかして、あれ? うーん。もしかしてバレてます?」
状況は理解したらしい。
俺も徐々に思い出してきた。
主に夜の凄まじい絡み合いについてなんだがな。
あぁ、凄かった。
「……失敗した。農場で働いてるって言ってたから、バレないかなって……」
「それは、まあ、嘘というか、嘘じゃないというか、酒の勢いだからスマン」
「いえ、こちらの問題なので、大丈夫。大丈夫、です。そっか、あのまま勢いで……貴方と」
ちらり、切れ長の目がこちらを見る。
当然だが俺も裸だ。シーツを取られているので隠すものなど何もない。
「わ、わぁ…………」
めっちゃ見られてるが、まあ恥ずかしがるものでもない。
昨日散々舐め回されたしな。
「あっはははははは…………ははぁ……、はぁ………………あの、私結構色々話しましたよね。パーティの事とか、その、いろんなことを……」
「まあ、そうだな。上位パーティって思ってたほど華やかじゃなくて、ドン引きするくらいエグいんだなって感じだが。あぁ、俺も一応冒険者なんだが……万年シルバーでな」
「あっ、そうなん、ですね。はは……は、はは……ああああああああああやらかしたぁぁぁっ」
お上品に返した後で頭を抱え、それでも収まらなかったらしい色々なものが彼女を寝台の上で身悶えさせた。
おかげではみ出した色々なものが拝めた訳だが、昨夜この肢体を思う存分味わったのだと思うと実に喜ばしい気分だ。
そうしてしばらく悩んでいたらしいリディアがどうにか取り繕ってこちらへ向き直る。全裸でな。
「あのぉ……この事は黙ってて貰えないでしょうか。なんでもしますので……」
なんでも、なんて言われて腰元がむず痒くもなってくるのだが、俺も俺で思う所はある。
だってまあ、昨日散々愚痴を聞かされて、彼女の味わってるキツさとか、それでも頑張ってる所とか、知った訳だからな。それで俺も色々話を聞いて貰ったりした訳だろう? 今更脅してどうこうって気分にはならなかった。
なにしろ最初、彼女は酒に溺れ切れず、泣いてたんだしな。
そこへ浸け込んだみたいになってる事実はあるけど、昨日にはあったどうしようもない後悔が薄れているのは、間違いなくリディアのおかげだ。
「よし、リディア、さん? 今日は休みだって言ってたよな」
「え? はい……」
笑って言った。
「それじゃあっ、飲み直すか!」
※ ※ ※
ダン、と陶杯がカウンターに叩き付けられ、小さな酒場全体が揺れた。
「ホントやってらんないんらよお! わらしらっていつも頑張ってるのにっ、なんでグチグチ言われなきゃらんらいんだよお!!」
よし、完成した。
リディアさんは飲むと性格が変わる。
というか、普段ギルドで見かけていた彼女は堅物って印象で、大抵はリーダーの数歩後ろで俯いていて、喋るのだって見たことがない。
酒は抑圧から己を解放してくれる。圧が強ければ強いほど、反動はデカい。
「ねえ聞いてるーっ? ねえねえっ!」
「おう聞いてるぞ。もっと言ってやれっ、なんだっけ? そのクソみてえなパーティリーダーな!」
「そうだクソだーっ! きゃははははは!」
因みに今は早朝、酒場なんて閉まっていて当然だが、閉店準備中の所へ飛び込んで来た俺達を見て、マスターは何も言わずに店を開けてくれた。彼は今、熱い珈琲を飲んで、本を読んでいる。
「はぁぁぁぁぁぁ……っ」
リディアは酒臭いため息を盛大に吐き出し、出た分を取り戻すみたいにまた酒を飲んで、赤ら顔でこちらを見る。
「戦士くんさあ、神官ってどう思う……?」
戦士くんってのは俺の事だ。
名前は名乗ったが、酒で溶けた脳には刻まれていないのか、俺の職業名で彼女は呼んでくる。
「うん? パーティで一番大事だろ。神官が機能してないパーティなんて即壊滅するぞ」
「だよねえ!!」
「リディアさんは……まあ神官だよな」
「今その名前呼ばないでっ」
「はい」
普段の恰好見てれば分かる。今でこそ商売女みたいな恰好で変装しているが、いつもの彼女は神官服を折り目正しく着込んでいて、隙を見せない完璧聖女って感じだ。冒険者仲間で彼女に憧れてない奴は居ないくらい、神聖さがある。
それがまあ、飲んだくれて愚痴を吐いてるんだから、世の中分からないもんだ。
「リーダーはさあっ、めっちゃくちゃ細かいの! 加護の時間なんて常に秒単位で合わせろーとかさあっ。ウチ戦闘要員だけで十二人も居るのよっ、十二人も! そいつらが好き勝手に動き回る中を全員の加護秒単位で把握してぇっ、回復だって回しながら必死にやってんのお! ちょっとでも心乱したらミスが出るしっ、だからいっつもビクビクしながら感情殺して冷静さを保とうとしてるにい! あいつ手柄と見たら格好付けてすぐ飛び出すの! それで加護とか回復遅れたら帰り道で延々と詰られるんだから! せめて帰ってからにしろってのよお!!」
なるほど普段の冷たい印象は、神官としての務めを果たす為のものだったのか。
冷静さ、大切だよなあ。
感情的なヒーラーに背中は任せたくない。俺ってタンクだし。
「というか、そんなに居て神官お前だけじゃないだろ? もう一人居なかったっけ? 普通そこまで大規模なら予備含めて三人くらいは確保してるもんだろ」
「そうそれよっ!」
おっと。
「わらしが一生懸命育ててきた子がさあっ! リーダーにヤリ捨てられたの! あいつ平気で二股三股とかするからねっ! ヤリチンなの!! もうショック受けちゃってパーティ離脱したしさあっ、ようやく形になってきたってのにふざんじゃないってのよお!」
「おう……それでヒーラー一枚はキツ過ぎだろ」
「そんなもんじゃないのよっ」
「なんだと? 吐け吐けっ」
ぐびっといって!
「えへへ、吐いちゃおうっかなあ」
「おうおう派手にいけえっ」
「はぁーい!」
ばんざーい、と両手を挙げたリディアがとってもいい笑顔で言った。
「ウチの馬鹿リーダーっ、ド新人の神官連れてきて私に育成放り投げてきたのお! しかも既にお手付き済でーす!! きゃはははははは!!」
「うわぁ…………」
最悪だ。
自分でヒーラー駄目にしておいて、懲りてない所か負担を全部リディアに押し付けやがった!
え? 嘘だろ? そんなんやったらパーティなんて崩壊するぞ? 大丈夫なの?
「ウチって複数の貴族から支援受けててさぁ、クエストなんてやらなくてもお貴族様並みに贅沢出来るのぉ。拠点なんて豪邸よ豪邸っ、悪趣味過ぎて使いたくないけどさあ? 他行くって言ったら滅茶苦茶不機嫌になるのアイツ。ホント馬鹿みたいっ」
「あぁそれで他の連中も従ってるのかぁ……そりゃ手放せないよなあ、貴族並みかぁ」
俺みたいな万年シルバー冒険者からすれば夢みたいな生活だ。
こちとら薬草一つ買うにも街中駆け回ってるし、防具なんて何年も直し直し使ってるくらいだからなあ。
「もうその子も最悪なのっ。まともにヒーラー仕事も出来ない癖に、もうパーティの女王様気分よっ! ヒーラー舐めんな! 命預かってるのよこっちはさあ!」
あぁ分かる。女王様気分は別としても、若手冒険者ってのはどうも、遊び気分が抜け切れてない所あるんだよなあ。
「ねえ戦士くん……」
「うん?」
「三十二ってもうおばさんなのかなぁ……」
「うん? 俺と同い年じゃねえか。そんな歳でもないだろ」
世間様の感想は無視する。というか、この状況で肯定する馬鹿は居ないだろ。だってのにリディアは目を丸くして俺の顔を覗き込んできた。
「うっそ老けてるっ、戦士くん老けすぎ!」
「貫禄があるって言えよ!? まるごとブーメランだからなお前!?」
「わーたーしーはーっ、老けてませーん! いっつも回復魔法でしっかりケアしてるもん!」
「うわずっる!? 傷一つ無いのはそういう理由か!?」
「えっへへぇ。これでもお肌には気を使ってるの。冒険者って生傷絶えないけどさ、私くらいの腕になると、腕が飛ぼうが首が飛ぼうが傷跡一つ残らず癒してみせるわっ!」
いや首は無理だろ、死んでるぞ。
「そう思う? そう思っちゃうでしょ?」
「え? 本当なの? 死者蘇生の魔法って、本当にあるの?」
「無い無い。少なくとも私は見た事ないよ。でもさ、仲間が首斬られた時、咄嗟に全力で回復掛けたの。斬られたその場で繋げてやったら、奇跡的に上手くいったことあるよっ。完璧っ、後遺症もなし!」
「マジかよ、お前の回復半端ないな……っ」
「えへへーっ」
いい笑顔で褒めて褒めてとせがむので、心の底から褒めちぎった。
ぐびりと一杯空にしたので、マスターに断って樽からエールを戴いて行く。にっこにこのリディアが両手を伸ばして陶杯を受け取り、頬擦りした。
「ありがとー」
「おう。しっかし、上位パーティの神官ってのは本当に凄いんだな。十二人相手に加護と回復回したり、首斬られた仲間を生存させたり……はぁぁ万年シルバーには遠い世界だわ」
「キャリーしてあげよっか?」
「ははっ、身に合わないランクは命取りになるだけだ。俺は俺で、俺に合ったクエストをやっていくよ」
「そっかぁ。戦士くん居たらちょっとは気が楽になると思ったんだけどなあ」
「ここまでの話聞いてお前んトコ行きたいって思う熟練冒険者なんざ居ないって」
「確かに!!」
力強い返事を受けてつい笑う。
いかんいかん、真面目な話をしたせいか、酔いが抜けて来てるな。
「ほら、もっと飲め飲め。今日は思いっきり吐き出していけ」
「私ばっか悪いよー。戦士くんも聞いてほしいことまだある? ほら、パーティ追放されたんでしょ? 聞くよ? 聞くよ?」
「下手な気ぃ回してんじゃねえよ。今日はお前の番だ。俺の話は今度で…………あいや」
ついまた今度みてえに言っちまった。
本来なら俺みたいな底辺冒険者が声掛けられる相手じゃないんだ、リディアは。
「ふふっ」
微笑んだ彼女が手にした陶杯をこっちの陶杯へ寄せてくる。
二つの器が小気味良く音を鳴らした。
「それじゃあまた今度、ここで会ったら話を聞かせて? 色々聞いて貰って、もう自分でもびっくりするくらい気持ちが軽くなったし。ね?」
その、朝陽に溶けるみたいな微笑みがあんまりにも綺麗で、酒に紅潮した頬とか、こちらへ傾いてきた身体が無防備に触れてきた事とか、汗と酒の香りに、つい酔った下半身が反応した。
昨夜の記憶が蘇ったんだ。
「あ…………」
そんで、気付かれた。
流石にちょいと恥ずかしい。
「あー……………………ふふっ」
「うおっ!?」
腕を抱かれ、耳元へ顔を寄せてくる。
熱い吐息が首筋を撫でた。腕を包み込んでくる柔らかな感触が堪らない。
「ねえ、飲み直した後は、ヤリ直したりとかは……しないの?」
「…………する」
二人一斉に杯を干し、カウンターに叩きつけ、
「マスターありがとう! 金ここに置いてくから!」
「まったねーっ、ありがとーっ」
珈琲片手に手を振る老齢のマスターに見送られ、俺達は全力で早朝の街を駆け抜けていった。
ヤる為にな。
※ ※ ※
リディアとは定期的にあの酒場で会うようになった。
パーティメンバーには上手く誤魔化して、途中で借りっぱなしにしてる宿で変装して来ているらしい。
有名ってのは厄介だ。
表向きは一人で洗礼の儀とかいう、神官のやる精神修行へ集中する為って話になってるらしいが、そこまでしないと気楽に飲みにも来れないとはねえ。
「はぁい、報酬です。確認して下さいね」
「おう」
その場で袋を開けて銅貨を受け取る。
依頼書通りだ。
「いつもありがとな」
内数枚を受付嬢へ渡す。彼女は笑顔のまま受け取って、敢えては何も言わなかった。
まあ心付けって奴だ。
冒険者ギルドってのも長い事留まってると、色々と見えてくるもんがある。
割の良い仕事、怪しい仕事、そういうのを受付嬢はしっかり見てる。嫌われると平気でキツめな依頼を押し付けられるし、今みたいに上手くやってるとおいしい仕事は残しておいてくれる。
実力で黙らせることが出来れば関係無いんだろうけど、俺は万年シルバーだからな。
特に今は、パーティを追放されて割の良い討伐系は受けられない。
今日も近くの倉庫で不寝番だった。
ここ数日でそこそこ稼げたし、今日はもう休みにしてもいいかもな。
「帰ったぞっ」
俺が依頼板を見やすい席に腰掛け、さっきの受付嬢からお返しのエールを戴いていたら、鋭い声がギルド内へ響き渡った。
早朝だけに人は少ないが、俺みたいな夜勤上がりの連中数名が鬱陶しそうに入り口を見る。
あぁ……。
「これはこれはゼルディス様っ。今日はどのようなご用件でしょうか?」
年嵩の受付嬢が素早く寄っていく。
「まずは酒の用意を」
「はい。承知致しました」
彼女へ素っ気無く返した男がそのまま奥の、日当たりの良い席へ仲間を連れて歩いていく。連中の特等席だ。そして、ずっと後ろの方にリディアの姿があった。
以前ならそれだけでちょいと胸が弾んだもんだ。
虚ろにも思える静謐さと、神聖さ。そういうもんを今の彼女は纏ってる。
だけど、どうにも尻の据わりが悪かった。
そういうんじゃないだろ、お前は。なんて、俺の勝手な言い分だろうけどよ。
「よしっ、酒は全員に回ったな。まずは皆ご苦労だった。とりあえず全員生還出来たことを祝おう。乾杯っ!」
ゼルディスの号に従い、全員が陶杯を掲げる。
従ってリディアも口を付けちゃいるが、本当に舐める程度だ。
「それで、だ。リディア、深層での君の仕事ぶりについて、改めて言わせて貰いたいことがある。以前ならあんな失敗をしなかった君だ、何かあるなら教えて貰いたいんだが?」
あぁこれは。
最悪だ。
テメエのツケをリディアに払わせて、負担が馬鹿みたいデカくなってるってのに、責任丸ごと押し付けてやがる。しかも無自覚に。
「リディア先輩っ、私、まだまだ全然出来てませんけどっ、一生懸命頑張ってるんですっ! もうちょっと、しっかりと教えてくれませんか?」
加えてアレが例の新人か。
駄目だ見ちゃいらんない。
なんて思ってたら、視線を背ける寸前にリディアがこっちを見た。ばっちり目が合う。
「リディア。どうなんだ?」
ゼルディスの声掛けがあって、向こうは反応らしい反応を見せなかったが、俺は寝惚けた頭が一気にすっきりした。
ここでアイツに殴り掛かって彼女の悔しさを晴らせれば恰好良いさ。
けど俺は万年シルバーで、相手は最上位のミスリルだかアダマンタイトだかの冒険者様。勝てる訳がない。返ってどういう関係だとか面倒な話が出るだけ。
「おーい姉ちゃん! このエール水で薄めてるんじゃねえだろうなあ! 拙くて仕方ねえぜ!」
殊更大声で言って席を立つ。
普段そんなことを言わないからだろう、さっきの受付嬢が目を丸くしているが、今は気遣ってる場合じゃない。
追加で銅貨を数枚机に置いて、また大声で言う。
「飲み直してくらあ! いつもん所でな!!」
俺に出来るのはコレくらいだ。
※ ※ ※
で。
「あンのクソ馬鹿があああああああああああああああああああああああ!!」
「あっははははははははははははははははははははははははははははは!!」
いつもの酒場で不満を爆発させるリディアが居た。
因みに今は昼過ぎだ。あのネチネチ野郎、こんな時間までリディアや他のメンバーを吊し上げていたらしい。しかも終わったら終わったで、テメエは役立たずの神官としっぽりしけ込んでやがると来た。
クソだクソ。
「おおっ、良い飲みっぷりだ! 飲め飲め! 俺の奢りだ!」
「いただきます!!」
ぐびぐびぐびぐび!!
うんうん、本当に景気が良い飲みっぷりで、見てるだけで気持ち良くなる。
冒険者ってのは本来こういうもんだ。
あんな湿度高めな空間、余所でやれってんだよ。
「で、何があったんだ? あぁ、話したくないならそれでいいぜ?」
「ううん、聞いてっ。もう聞いて?」
「おうおうっ」
マスターが寝る前に作っていったキャベツの酢漬けと白身魚の衣揚げを和えたものをいただきつつ、エールを舐める。
「それがさあっ、そもそも今回の迷宮探索ってずぅぅっと前から準備してきたのー」
「おう、しばらく来なかったと思ってたら、深層にまで行ってたんだな」
「まあその依頼内容はいいんだけど、リーダーとあの子、潜る当日に朝帰りなんてしてきたのっ! 舐め過ぎじゃない!?」
「あー…………そりゃ最悪だ」
迷宮はどんな高位の冒険者だって失敗一つで死に至る。
逃げ場が少なく、基本的に魔物連中の巣だから、準備は万全にして挑むのが当然だ。
「しっかもあの子っ、禄に祈りもしてこなかったから、最初っから殆ど魔力切れだったの! 役立たずが本当に何一つ役に立たない状態でやってきて何教えろっていうのよお!? もうホント無理! というかリーダーの責任じゃない!?」
「普通なら合流時点で追い返すよな。居るだけ邪魔というか、負担増えるだけだろ。まあ最悪荷物持ちとか……?」
「する訳ないでしょおあの女王様がっ!!」
挙句デート気分で迷宮降りて行って、リーダーのゼルディスが活躍する様を見てキャーキャー叫んだり、そこに乗せられた馬鹿が余計に馬鹿をやったりと、まさしく地獄絵図。
どうして他のメンバーは何も言わないの?
貴族暮らしがそんなに心地良い? まあ……分からんでもないが。
「同じくらい馬鹿な連中も多いのよ、ウチ。類友類友っ」
たっぷり恨みの籠ったお言葉に俺は恭しくエールを差し出した。しゅわしゅわのそれに口を付けて、神官様は実にご機嫌だった。
「昔はねえ、あれで結構真面目だったんだけど。顔はいいし? 腕もまあ、確かに悪くないけどさあ。いつからか成功して当たり前、勝利は俺の為にあるーとか言い出しちゃって、もうウザ過ぎ。最悪なのアイツ」
「あーまさかとは思うけど、昔はそういう関係だったとか?」
「はあ? そんなの無い無い。あぁ、そういうの気になる?」
「ちょっとだけ……」
腕を引かれ、頬にキスされた。
「そりゃあ出会いはあったけど、こういう長く続いた関係って初めて」
ついでに耳を齧ってくる。おやめなさい、ここは神聖なお酒場ですことよ。
「あはははは! 神聖な酒場ってなにそれっ、神様でも祀ってるの?」
「第一お前、迷宮朝帰りで疲れてるだろ。程々にして休めよ」
「えーっ、もうちょっと飲んでたいー」
「まあ俺はいいけどさ」
腕を抱かれたままエールを飲む。
ちょいと胸焼け気味な腹に酢漬けの野菜が心地良い。
「かじかじ。かじかじ」
「俺の耳をツマミにするのは止めなさい」
「じゃあこっちにするー」
「股間を擦るのは止めなさい」
「おっきくしてる癖にーっ」
仕方ないだろう!?
「きゃはははは! だって戦士くんと飲んでると楽しいだもんっ。それで近くで匂い嗅いでたらさあ、そりゃあムラムラしてくるよね?」
「えっ、俺臭う? あぁ……不寝番上がりだからなぁ、身体くらい拭いてくりゃ良かったか」
「良いって。私だって似たようなもんなんだし。それで? 嫌なの?」
なにをだ。
「いっただっきまーす」
待て待てここじゃ拙い、マスターも寝たが流石に店の中ってのは。
「かぷり」
「あン」
滅茶苦茶搾り取られた。
※ ※ ※
ザルカの休日がやって来た。
この地域に古くから伝わる話で、魔物が迷宮に閉じ込められているのは審判神ザルカに裁かれた結果なんだとか。
まあ普段からコボルドとかゴブリンは迷宮から溢れて出て来てるんだが、昔の奴らはそう解釈していたって話だ。
で、その居るかどうかも分からないザルカ神が急にサボり始めるのがザルカの休日だ。曰く、多忙極まる仕事に怒って天上の楽園へ遊びにいっているんだと。
おかげで都市周辺にある迷宮から一斉に魔物が溢れ出し、大暴れを始める。
本当の原因についてはよく分かっちゃいない。
なにせ迷宮の最深部へ到達した奴は、まだ居ないんだからな。
そんなザルカの休日だが、俺達冒険者にとっては稼ぎ時だ。
一日防衛なんてやれば酒を浴びるほど飲んでもおつりがくる。
それだけ過酷ではあるんだが、なにせ普段はお高く留まってる上位パーティ様もザルカの休日には強制的に参加させられるから、立ち回り次第で順当な稼ぎを得られる訳だ。
リディアを始め、上位パーティのメンバーはどいつもこいつも化け物だ。
いつも通りなら、一月ほど続いた後で軍団のボスが出て来て、討伐された頃には臍を曲げてたザルカ神も戻ってくる。
「おー、やってるやってる」
身に付ける武器も最低限に、防具も外した格好の俺は、篭を背負って城壁の上を走っていた。
荷運びだ。
生憎と防衛系もパーティ参加が条件だから、俺は呑気に後方で輸送に専念させて貰っている。これだって、倉庫番に比べればかなり稼げる仕事だ。
派手に叩き込まれる魔法呪文の数々。
雷に氷に炎に、なんか植物が生えてきてるのもあるな。
空飛んでる奴まで居るし、本当にこの世は摩訶不思議だ。
敵は軍団規模、とはいえ、あそこまで火力過剰ならそうそう防衛線を抜いてはこれない。こぼれた魔物も狩人や戦士職が適宜刈り取ってるし、このザルカの休日も無事に終わってくれるだろう。
「うん?」
遠巻きに見慣れた顔を見付けて足を止める。
俺が前居たパーティだ。一人加わって、三人で果敢に敵へ挑みかかってる。
おう、頑張れ。
ちゃんと生き残れよ。
多分、リディアとの関係が無けりゃあ今でも腹が立ったんだろう。
けど話を聞いてくれる奴が居て、一緒に泣いて、一緒に笑ってくれるってだけで、こうも簡単に納得出来る。
我ながら単純だ。
けどいいことさ。
袂を分かったとはいえ、かつての戦友を悪し様に見るよりは、ずっとな。
「おうっ、足止めてんなーっ」
「あっ、すいませーん!」
俺は俺で稼がないとな。
今更畑仕事になんざ戻りたくはない。
一往復し、二往復し、ちょいと崩れてきたらしい正門側へ移動させられ、補給の物資を届けた後の事だ。
門の影で座り込んでいるリディアを見付けた。
杖を抱き、俯いて瞑想する彼女の首筋を汗が流れ落ちていく。
顔色が悪い。かなり疲れてるのか?
なんて考えて、今までの自分が甘かったことを知る。
あぁ、そりゃあそうか。
俺達下っ端なんざ、いっそ居ても居なくても同じだ。
けど上位パーティともなれば、行動の成否がそのまま人死にに繋がる。いつも上手くいってるんだから、というのは、あまりにも外様な意見だった。
リディアは必死だ。
あいつの事だから、パーティ外にまで仕事を広げてるに違いない。
アレを一ヵ月……確かに、簡単じゃあないよな。
「リディアさん」
俺が声を掛けると、彼女はゆっくりと目を開けてこちらを見た。
強張っていた表情が途端に緩む。けど、酒場でやるような会話は出来ない。リディアには、今まで培ってきた評判があるんだからな。
ゴミみてえな底辺冒険者との関係なんざ、一時のものであるべきだ。
「お疲れ様です。氷室から持ってきたばっかりの水と、簡単な食事です。良かったら食べて下さい」
「ぁ…………はい、ありがとうございます」
頑張れ。
なんて思って見ていたら、他所から声が掛かった。
「おいっ、こっちにも頼む!」
「はぁーい! 今行きますーっ!」
あんまり会話も出来なかったが、彼女は強い、どうにかなるだろう。
それからの俺は、今までよりもずっと真剣に荷運びの仕事をこなしていった。
※ ※ ※
夜、魔物の侵攻も落ち着いたとあって俺はいつもの酒場で食事を摂っていた。
相変わらず他の客は見ないが、店の経営は大丈夫なんだろうか。まあ最近は一人で十人分くらい飲む女が通ってるから、そこそこ儲けてるとは思うんだが。
そんな寂れた酒場へ入ってくる、一人の女。
まあ、リディアだ。
というか、神官服のままだった。
俺が目を丸くしていると、どこか虚ろだったリディアがこちらを見付け、一目散に駆け寄ってきて。
「ぎゅぅぅぅぅぅぅぅぅっっっ……!!」
抱き着かれた。
「ははっ、子どもみてえ」
「もおおおおっ。つーかーれーたーっ!」
「あっははははは! それで下手くそな変装も放り捨てて直接来たのか? 仲間にバレるぞ」
「うっさい! 幻影置いてきたから平気よ多分!!」
ぐりぐりと顔を押し付けられるから、こっちも頭を撫でてあやしてやる。
「あぁもう無理。もうしんどい。死ぬ。というか殺す。あいつらホントにありえないんだって……もう、さ………………見捨てちゃ駄目かな?」
「お前がいいなら許すけど?」
「駄目って言ってよぉぉぉっ!」
「はははは!」
なんだよ、スカしたゼルディスの野郎がほえ面掻くのトコ見られるかと思ったのによお。
お前は見捨てないよな、リディア。
「もっと撫でて。優しくしてっ。甘えさせろお!」
カタリ、と奥の扉が閉じた。マスターが出ていったんだ。気ぃ使わせちまったな。というか正体気付いてたか、まあ当然か。
「おーよしよし。すっげえ頑張ってたの見たからな、俺も雑用頑張ったぜ。比べ物にならないけどよ」
「そういうの別に気にしない。どっちも大事だよ」
「そうだな。でも、お前が一番キツそうだ」
「そうだよ、キツいよ、しんどいよ。んむっ」
キスされた。
舌を捻じ込まれ、激しく口の中を舐め回される。
ただ舌と舌を絡ませる音だけが酒場に響き、その間も俺はリディアの頭を撫で、無理矢理膝上に跨ってきたから腰元を支えた。ザルカの休日が始まってからは全く会えて無かったから、そいつを取り戻すみたいに口付け合い、気付けば半時以上もそうしていた。
ようやく落ち着いて、腕の中で丸くなったリディアを抱きつつ、涙が落ちるみたいな呟きを聞く。
「辛い。もう、ずっと前から辛かったけど、本当に駄目になってきた。駆け出しの頃はさ、誰かが死んでもすぐ割り切れた。実力を磨いて、もう犠牲を出さない様にって頑張れた。だけどなんでだろ、最近じゃあ、どれだけ完璧に仕事をしても、時折零れ落ちる人が出てくる。助けたかった。こっちを見て、助けてって叫んでた。もう、もう……頭からずっと離れないの」
「抜けるか? クソパーティなんざ抜けて、良い所へ移ればいい。お前なら欲しがる奴は幾らでも居る」
「無理。出来ない。私が抜けたら、パーティは全滅する。馬鹿だけど、大嫌いだけど、死なせたくなんてないの。皆守り切る。それが神官の仕事だからさ。認められるとか、認められないとか、好きとか嫌いとか関係無い。ヒーラーとして戦場に立ったなら、全ての命を守り切る。そう思ってずっとやってきたの」
俺が思っていたより、ずっとリディアは限界だったのかもしれない。
そりゃあ、物言わぬ堅物がヘタクソな化粧と似合わない派手めの服着て飛び出すくらいだからな。既に限界なんざ超えていて、頭の中がぶっ壊れそうになっていたのか。
くそったれめ。
もっと早く気付けってんだ馬鹿野郎。
カウンターの陶杯を掴む。
「飲むか?」
ふりふり。首を振った。
「んじゃあ、宿に行くか?」
ふりふり。そっちも無しか。
「……ごめん。明日もあるから、体力は温存しないと。祈りもして、魔力も十分に取り戻しておかないといけない」
「無茶するなよって言ってもするだろうからよ、敢えて言うぞ」
こっちの背中に回された腕に力が篭る。
指の間を抜けていく彼女の髪が、普段より荒れていた。
抱き締める。
「ホントのホントに限界だってなったら、俺がそう思ったら、お前が違うって言い張ってもここから連れて逃げてやる。だからその時まで、お前はお前のやりたい様に踏ん張ってみせろ。大丈夫だ、俺がちゃんと見てる」
恋人でもない、相棒でもない、ましてパーティメンバーでもない、ただの飲み仲間で、ヤリ仲間みてえな関係だけど。
放っておけないなと、改めて思った。
許されるのなら。
いや。
「ありがと」
最後に触れるだけのキスを置いて、リディアは戦いの場へ戻っていった。
万年シルバー、底辺冒険者……自称するようになってどれだけ経っちまったのか、今更になって自分の力不足が悔しくなった。
なんて思っても急に力が覚醒するでもなく、俺はザルカの休日を延々と荷運びや雑用をして過ごした。疲れて苛立った上位の冒険者に殴られることもあったが、怒る気にもなれず酒を差し入れた。
結構、大変なんだな、上に立つってのはよ。
話してみればソイツも結構くたびれてたみたいでな、飲んで笑って、泣いて飲んで、吐いて倒れて、そうしてまた武器を手に立ち上がっていった。
あぁ、と思い出す。
そういう冒険者の姿に憧れて、俺もこの道を選んだんだ。
けどよ……、
※ ※ ※
「リディア……君には失望したぞ」
ザルカの休日も終わった数日後、自主休暇も終えて俺が冒険者ギルドへやってきたら、ゼルディスの吊し上げが始まっていた。
また酒場待機で話でも聞いてやるか、なんて思っていた俺は、続く言葉に凍り付くことになった。
「我々全ての冒険者が必死に戦っていた中、君が誰とも知らない男と会っていたという話を聞いた。確かな情報だ。以前から君の単独行動は目に付いていたが、まさか仲間を見捨てて男遊びに呆けていたとはな」
日中だ。
ギルドには人も多く、野郎の声は誰憚ることなく喧しい。
しかも内容が内容で、対象がリディア=クレイスティアとあって殆ど全員の目が彼女へ向けられている。
「なんとか言ったらどうなんだ! 信じていた仲間に背いてっ、一人肉欲に溺れていたんだろう!? 謝るくらいしたらどうなんだ!!」
次いで、密告人が分かった。
例の役立たず神官だ。
今もゼルディスの腕を抱いてリディアを笑いながら見ている。
あの時か。疲れのあまり変装もせずに店へやって来た。普通なら明日への準備とか、自分の体調を整えるので誰もが手一杯になる中、なにもせずキャーキャー叫んでいるだけの神官なら下世話な行動も取れるだろう。
どうする? つっても、ゼルディスの野郎がドンドン話を飛躍させてるだけで、周りの反応は懐疑的だ。
そりゃあ、事実はどうあれ、あのお堅いリディアが男遊びをしていたなんて言われても、前の俺だって信じないだろう。
上手く返してやれば。
リディアは頭が回る。
どうせ女の証言だけで、はっきりとした証拠すら無いんだからな。
適当にはぐらかしてやればそれで話は――――
「ぁ…………」
駄目だ。
さり気なく歩いて横顔を覗いた途端に分かった。
アイツ、思わぬことを言われて頭が真っ白になってやがる。酒場じゃ見る事もない無表情だが、直感的に理解出来た。
今のアイツはザルカの休日を限界一杯で乗り越えて、てんで余裕を持てていない。侵攻が終わったって神官の仕事は山とある。怪我人はまだまだ残ってるし、どうせアイツは無理して回復をし続けていたんだろ。
だから、今の彼女には何も言えないことが分かった。
「…………その沈黙は肯定と取るぞ。っ、まさか君がそんな恥知らずな事に及んでいるだなんて……! ふざけるなっ!! あの戦いでどれだけの犠牲が出たと思っている!? 全ては君のせ――――」
机を蹴り付ける。
思っていたより派手に飛んだ。
陶器の割れる音、驚いた声、受付嬢の小さな悲鳴、けどそんなもんに構ってる余裕は無かった。
オイ、今の一言だけは絶対に言っちゃならねえだろ。
心底腹が立った。
出来るなら野郎の首を斬り落としてやりてえ。
だが無理だろうよ。所詮俺は万年シルバー、雑魚だ。
けどよ、そんな俺程度にも分かるよ。
お前にパーティリーダーである資格はない。
ましてリディアみたいな最高の神官を詰る権利なんざ、あるわけねえだろうが。
「…………なんだお前は」
問いかけには答えなかった。
意味がないからだ。どうせコイツは俺が意見したって聞きやしない。最後にはぶん殴って、勝ったから俺が正しいって言い張る奴だ。
だからリディアの前まで歩いて行って、彼女の目尻に浮かんでいた涙を拭った。
手を取って歩き出す。
「おい!」
追い縋る声は、不思議なことに押し留められた。
リディアのパーティメンバーだ。リーダーに対して武器を向け、俺達を庇ってくれている。
そっか。お前らもちゃんと、コイツを見ててくれてたんだな。
細かい事情は知らないけど、そいつが分かったよ。
「ぁ、あの……」
「いい。行こう」
少し躊躇っていたが、すぐにリディアは俺に従ってついてきた。
冒険者ギルドを出ると、小春の風が首元を吹き抜けて、そのまま花を舞い上げていった。
※ ※ ※
で、だ。
酒場の場所は知られているみたいだから、俺の部屋までリディアを連れてきた。
結構見られた。
まあ、仕方ない。
真昼間だしなあ……。
「…………もう戻れないね」
さっきまで散々泣いていたリディアは目を真っ赤にしたままこちらを見上げてくる。すっきりしたようで、後悔するようでもある。
俺も頭に血が上り過ぎた。
格好付けた事を言った後だけに、情けないと本気で思う。
「どうしよっか。二人でパーティ組む?」
ヤケになっているのか、そんなことまで言い出すリディアの髪を梳いてやる。心地良さそうに目を細め、しがみ付く。
「…………俺は、パーティ内の恋愛はご法度だと思ってる」
「……そっか」
どの道タンクとヒーラーじゃ回らない。
人を増やした時、俺らの関係がパーティの足を引っ張る。
感情で動く訳にはいかないんだ。
「ごめん。ありがとう、助けてくれて。まさか、本当に連れ出してくれるなんて思ってなかったよ。あぁ、でもすっきりした」
「本当にか」
「……あんな風に言われて、流石に私も頭を下げてヒーラーを続けさせて下さいなんて言いたくないよ。実質的な追放宣言じゃない、あんなの」
そうだけどな。
まあでも、俺の責任でもある。
あの日、もっと早くリディアを帰してやっていれば。
男絡みだって話が出たのは、酒場での様子を見られたからだ。気付かなかった。それさえ無ければ、息抜きに飲みに来たで話は終わったろうに。
「というか、そっか……私との関係は恋愛なんだ」
「あ…………ん、んんっ、ごほん」
目に涙を浮かべながら、にひひと笑ってくるリディア。
「そうだ。まあいつからか、なんて自分でも分からないけどな。だから……パーティを組むのは無しだ」
「残念。一緒だったらいつでも甘えられたのになあ」
「パーティは駄目だが、別の方法なら、まあ、多分……おそらく、きっと……出来ない事も無いとは思うんだが…………」
自分で言っててドンドン自信が無くなっていく。
なにせもう十年だ。弟とは連絡を取ってたし、絡みのクエストもこっそり受けてたりしたんだがな。
「えっと、どういうこと?」
「つまりはだ。リディア、冒険者を止めて、俺と一緒に農場で働かないかって話なんだが、どうだ?」
「……………………はっきり言って」
あ、コイツ分かった癖に言わせようとしてやがるな。
いや俺も言うべきだとは思うんだ。思っているんだが、こう、改めて口にするってのはだなあ。
「あぁ……行く先も無くなった私は、このまま身売りでもして生きていくしかないのね。それ以外の道があったら良かったのになぁ……」
「だからなっ」
「うんうん」
「俺はだ」
「はーい」
「……微妙に言い難くするのは止めてくれ」
心底参って言うと、リディアが身を離して立ち上がった。
機嫌を損ねたかと思ったが、そのまま俺をじっと見ている。
なので俺も、その前に膝をついて彼女の手を取った。見上げた先で、その頬が朱色に染まっているのに気付いた。
「リディア=クレイスティア。どうかこの、ロンド=グラースの妻として、一緒に生きてくれませんか」
指輪は無い。
宣誓を聞き届ける者も居ない。
そもそもなし崩し的に始めてしまったことだ。
けど、俺らの関係だってそういう風に始まった。
格好付けるのなら後からだっていい。頑張って働いて、良い指輪を買おう。うん。
「ロンドさん」
「あぁ」
思えば、ちゃんと名前で呼ばれたのって初めてだったかも知れん。
妙なこそばゆさを感じながら、リディアは微笑んだ。
「はい。喜んで」
よし!
気持ちが一気に跳ね上がって、俺は思わずリディアを抱き上げた。歓声をあげた彼女が首に腕を回してきて、甘えるみたいに口付けてくる。
全てはここからだ!
冒険者を止めて、農場で働く!
都落ちと言われるかもしれんが、元々冒険者は長くで三十半ば辺りで引退するもんだ。築いた財で遊んで暮らす奴も居れば、上手く貴族に取り入って悠々自適な生活を得る奴も居るが、切り替え時って考えれば悪くないだろ。
あんな連中に好き勝手された結果ってのは気に入らないが、多分、連中が一生迷宮へ潜り続けたって手に入らない大切なものを俺達は手に入れた。
何って?
言わせるんじゃありません。
「リディア! 居るんだろう! 出てくるんだ!」
俺達が最高の気分で抱き合っていたら、くそったれな声が部屋外から響いて来た。あぁどうやら、ギルドで俺の素性と寝床を調べたらしい。
「無視するか?」
「ううん、ちゃんと話すよ」
「分かった」
なら、こっから先は旦那としての初仕事だ。
※ ※ ※
俺達が手を繋いだまま出ていくと、完全武装のゼルディスが目を見開いて一歩を下がった。他には、誰も居ない。コイツだけか。
「リディア……」
「ゼルディス。貴方とは長い関係でしたが、本日を以ってパーティを離脱させて頂きます」
「まさかその男が!? そんなっ、そいつについては調べたぞっ! 目を覚ますんだリディア! そいつは最底辺の、居ても居なくても変わらない様なクズも同然の男だぞ! むしろ同じ冒険者を名乗っていることすら烏滸がましいっ、君は騙されているんだ!」
絡んだ指先がきゅっと締め付けてくる。
遊ぶみたいに、リディアの指が俺の手の甲を叩く。
「ランクなんて関係ありません。それに、この人のこなしているクエストは、本当は私達冒険者が率先してやるべきだった、土地の人々を助けるものです。シルバーに留まっているのだって、低ランクの余った仕事を率先して消化していて、毎年昇格点が足りなくなっているからですよ。受付の方にも聞いてみたら、とても助かっているって言ってました」
おいおい、そんな話俺は知らないぞ。
なんて思って顔を見ると、とろけるみたいな笑顔で返され、息が詰まる。
くそう、これが惚れた弱みってやつか。
「なんだそれは」
対し、野郎は顔を引き攣らせていた。
見た事も無いリディアの笑顔を見て、自分の中で勝手に膨らましていた像が崩れているんだろう。
そうして俺を見て、改めて見下してきた。
「リディア、そんな負け犬の話を真に受けるな。所詮無能が無能相応の仕事をしているだけだ。君は有能だ。そんな程度の奴に引き摺られて地べたを這うなどありえないだろう!? 君はもっと高貴で、神聖さを纏った俺の神官であるべきだ!」
「私は神官を辞めて、この人の妻になります」
「なっ、はあ!?」
リディアが手にしていた杖を放った。
ここへ連れてくる時も握ったままだった、彼女にとって一番重要な相棒。
受け取ったゼルディスも、その意味が分かったんだろう。
完璧なヒーラー仕事をこなす為、常に祈りを絶やさず、手入れを行ってきただろう神官の杖。
「それは差し上げます。手切れ金とでも思って下さい。後は……そうですね、今後一切、私の視界に入らないで下さい。万が一にでもこの人やその関係者に危害を加えでもしたら、私が貴方を殺します」
「ふざけっ――――」
激高しかけたゼルディスの手足をリディアの神聖魔術による鎖が拘束する。加えて障壁を身体の前後に張り巡らせ、その反力だけで奴の身体を圧し潰していく。
「ここ数年は派手さばかり追求していたから、すっかり鈍り切ってますね。戦い方は常に繊細であれと教えた筈ですよ。第一、私の加護無しで今の自分がどの程度動けるか、確認した事がありますか? 戻ったら是非、ランクの返上をして力量相応の居場所を見極めて下さい。死にたくないのなら」
「お、ご、ふっ、ぁう、っ、あがあ、っ!?」
握った手が震えていた。
そいつを握り返して状況を見守る。
張りつめて忠告しちゃ居るが、平常心で出来るのならこんなことにはなってない。いつだって仲間を死なせないようにビクビクしながら神官やってたんだからな、お前は。
「お……俺、はっ、君こそ……を、愛し、て…………っ」
「それこそ、在り得ない話です。さようなら」
鎖で雁字搦めにされたゼルディスが、同じく鎖で開け放たれた窓から投じられていく。あまりの事に俺も驚いて様子を見に行ったら、大通りのど真ん中で野郎がひっくり返って気絶しており、その手には縋るみたいにリディアの杖が握られていた。
「もう、そっちじゃないっ」
と、後ろから繋いだままの手を引かれ。
「慰めて!」
顔を青くしたリディアを、お望み通りに慰め抜いた。
抜いたってのは、まあ、そういうことだな。
※ ※ ※
あれから、ゼルディスんトコのパーティはすぐに半数以上が脱退を表明し、内の何人かがリディアの様子を見に来た。
どうにも連中、あくまでリディアが留まっていたから、自分達まで抜けると負担が著しく増加してしまうからと、彼女が見捨てるまでは残ろうと話していたらしい。
酒の勢いとはいえゼルディスの類友扱いし、馬鹿だ馬鹿だと言っていたリディアは結構気まずそうにしていたが、どいつもこいつも気持ちのいい奴で、俺は結構気に入った。
冒険者ってのは、やっぱりああでないとな。
そのゼルディスはギルドランクの転落を続け、一発逆転を狙って無茶をした結果、引退を余儀なくされた。
元よりリディアの加護ありきの実力だったらしい。
それでも俺よりは優れていただろうし、ちゃんと自分を見極めれば再起も出来たんだろうが、栄光が忘れられず大失敗するってのは憐れではあった。
片脚を失った今じゃあ、毎日倉庫番の下っ端をやらされているらしい。
一緒に居た役立たずの神官も、しばらくしてギルドへ顔出しに行った時、娼館街で客引きをしていて、流石に何も言えず通り過ぎた。
冒険者ってのは過酷な稼業だ。
止め時、引き時を見誤ると碌な結果にならない。
十年近くも万年シルバーをやってた俺が言うと重みがあるだろう?
で、俺はと言うと。
「おかーえりっ!」
農場仕事を終えて、離れに戻って来た俺をエプロン姿のリディアが迎えてくれた。最初はとんでもない美人が薄汚れた家に居るもんだから首を捻っていたもんだが、見ている内に馴染んで来た。
それでも、十分過ぎるくらいに華やかだがな。
「夕食にする? 湯浴みも出来るよ? それとも、わ・た・し?」
「よぉし全部で!」
「えーっ、また湯舟で食べながらするの?」
「お前を見てたら疲れも吹き飛んだ。それにほら、お袋がそろそろ孫の顔見せろってうるさいんだよ」
俺は農場へ戻った。
そう、戻った、だ。
元々近くの農場主の長男でな……まあ大農場だなんて言ったら全員で腹抱えて笑い出すくらいにちっぽけな規模なんだが、新しく一家族雇うくらいの余裕はあった。
勿論、十年も前に家を飛び出して好き勝手やってきた俺を、親父は好き放題殴り付けて罵った。
リディアが青ざめた顔で回復しようとしてくれたが、そいつを治すのは親父との対峙に水を差すようなもんだ。
日々腫れあがっていく俺の顔と、それでもやりかえさずに頭を下げ続けたことで、どうにか親父は俺を受け入れた。受け入れたっていうか、勝手に知ろって怒鳴られただけなんだがな。
俺の代わりに農場を継いでくれていた弟は俺を歓迎し、甥とか姪とかと一緒に冒険者時代の話をせがんだ。
代わりに農場主にならないか、なんて言われたが、流石にそこまで恥知らずには成れない。下働きから一つ一つ、仕事をこなしていく毎日だ。
リディアはあっという間に受け入れられた。
元々真面目な奴だし、あの堅物親父が思わず見惚れるくらいの器量良しだからな。
しかも神官としての力もある。
農場仕事は腰を痛めるから、彼女のおかげで労働者全員の腰痛が解消されて大喜びだ。一度加護を与えて仕事をしてみたが、全員身体を扱い切れず大変なことになったのでそっちは封印している。
加えて、農場には野犬や猪の他に、迷宮から溢れてきた魔物もやってくる。
俺達は労働者であり、農場の護衛としても働いて、どうにか生計を立てているって感じだな。
「なあ、後悔とか、してないか」
ふと気になって、一緒に湯舟へ浸かりながら問い掛けた。
無駄にデカい森と、川が近いおかげでこういう贅沢が出来る。毎日入るにはちょいと手間だが、俺達は結構好んでやっていた。
「なぁに、今更?」
「今更だから、なんとなくな」
俺はともかく、リディアならもっといい暮らしが出来た筈だ。
今だって力を持て余してるんじゃないかと思えてくる。
「私、幸せだよ。冒険者時代はずっと凍えてた。いつだって身体が冷たくて、指先なんて強張って、杖を握り締めていないと眠れないくらいにね」
「……そこまでだったか」
「ふふっ。でも、誰かさんと会って、お酒の勢いであんな爛れた関係になっちゃってねえ?」
そこはまあ、偶然ってのは面白いもんだな。
何かが変わっていたら、もっと違ったのかも知れないが。
「今はこんなに身も心もあったかい」
抱き着かれ、首元を吸われる。
散々ヤった後だが、それされると弱いんだよ。
「好きよ、アナタ」
「あぁ、俺もだ」
「ちゃんと言って」
「……好きだ、リディア」
「ふふぅんっ。ほら、幸せじゃない」
そうだな。
だったら、と俺はリディアを抱き寄せ、頑固親父とお袋に新しい孫を見せる為の行為を始めた。
幸せだ。
確かにそう思えるものを、俺達は冒険の果てに見付けた。
ご読了、ありがとうございました。
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