水は何処へ
ジュンイチロウくんがホムラちゃんの自転車の修理をしている間、寒さが身にしみるようでした。
雪が降りそうな天候の中、彼は修理作業を行いました。
ありま氷炎様の自主企画『第九回春節企画』参加作品です。
雪が降りそうな日のことです。寒さが身にしみるような中で、ジュンイチロウくんはホムラちゃんの自転車の修理をしていました。
後ろのタイヤがパンクしたようです。
ジュンイチロウくんは自転車の後輪を丁寧に調べ、タイヤに異常がないことを確かめました。
そして後輪からタイヤを外し、中のチューブを取り出しました。
そのチューブを洗面器に浸けました。
「ジュンイチロウくん、ごめんねー。そのお水、冷たいでしょ」
「だいじょうぶさ。ホムラちゃん。これってぬるま湯だから」
ジュンイチロウくんが微笑みながら答えました。
しばらくすると、チューブから泡が出てくる箇所が見つかりました。
ここに穴が開いているようです。
「ほら、ホムラちゃん。ここに2カ所、穴が開いているよ。タイヤの空気が少ない状態で走るとこういう穴が開きやすいのさ。週に一度はタイヤに空気をいれてパンパンにしとこうね」
「そうなの? 空気がいっぱい入っているとパンクしないの?」
ホムラちゃんが興味深そうに尋ねました。
「パンクの原因って、クギとかとがったものを踏むだけじゃないんだ。空気が少ないと、中のチューブが車輪の金属と地面に挟まれて穴が開くことがあるのさ」
そう言いながらも、ジュンイチロウくんはチューブの穴が開いた箇所を布で拭いて、ヤスリをかけ始めました。
それからゴムのシートを貼り付けて、ハンマーでとんとん叩きました。
チューブとタイヤを車輪にハメなおして、最後に空気を入れました。
「はい。直ったよ。タイヤの空気は気を付けてね」
「わあ、ありがとう。ジュンイチロウくん。あ、そうだ。昨日自転車に乗ってて、変なものが見えたんだ」
ホムラちゃんが言うには、道路の先の方で大きな水たまりが見えたそうです。
雨も降っていないのに変だと思って近づくと、水たまりが消えたらしいのです。
「ホムラちゃん、それは『逃げ水』っていう現象だ。蜃気楼の一種なのさ」
太陽熱で地面が温まると、地面の空気が濃くなって光が屈折します。
遠くから見ると光が水面で反射しているように見えるのです。
「へぇ……。蜃気楼って、砂漠で見えるもんだと思ってた」
「うん。暑い砂漠で砂の上に逃げ水が見えることもあるし、上空の空気が濃くなった場合は地平線の先の光景が映ることもあるよ」
「そうなんだ。あたしは後の方が蜃気楼だと思ってた。遠くの丘に木とか人影が見えて、近づくと消えているとか」
「そうだね。たぶん蜃気楼っていうと、そっちを想像する人が多いかな」
ジュンイチロウくんは説明を続けました。
「蜃気楼の蜃っていう字は、竜またはハマグリという説があるんだ。竜やハマグリの出す息が幻を見せているんだね。ところでホムラちゃんの名前って、漢字でどう書くんだったっけ?」
「太陽の陽に炎って書くよ」
「ああ、たしかそうだったよね。その字はね。陽炎とも読むんだけど、それも蜃気楼の一種なんだ」