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Dead Man's Switch  作者: 天川降雪
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ナーゲルは待った。

 ナーゲルは待った。崖下の窪みに潜んだ男が、ふたたび動き出すのを。

 そのときナーゲルは崖の西側にいた。男の姿がはっきりと見えるほど近い場所だが、岩の陰で腹ばいとなった彼女を発見するのは困難だったろう。巧妙に気配を消しているうえ、透明化の呪文で自らの姿を視覚的に隠していたのだ。

 いちど、ふたりの上空を空中哨戒している強制収容所のワイバーンが通りすぎていった。地上にいる男には気づかなかったようだ。もちろんナーゲルにも。彼女は悠々と飛び去るワイバーンを苦々しげに見送った。あれに騎乗していたのは誰だ、鈍い奴め。

 夜が訪れてあたりが闇に包まれたころ、ようやく男が動いた。

 真っ直ぐ北へ向かっている。男がしっかりした足取りで歩んでいるところからして、ナーゲルは彼が自分と同じく夜目の呪文を使っていることを察した。これで男が単に迷い込んだわけではないのが、はっきりした。マッチムト鉱山か、もしくは強制収容所に用があるのにちがいない。

 ドワーフからの借地とはいえ、ここは現在マグナスレーベン帝国の管理する場所だ。侵入者である男を、すぐに捕らえてもよかった。が、それではつまらない。ナーゲルはなかば興味本位で男の追跡を続行した。やがて彼はマッチムト鉱山の手前で進路を変え、東にある大きな岩壁へと向かいはじめた。


 まさか、あの断崖を登る気なの──?


 もしそうなら、なかなか肝の据わった奴だ。強制収容所の裏にある切り立った崖は見あげるほどで、途中でしくじれば死を免れない。すぐ上には収容所があるので、岩壁に楔を打って命綱を張ることもできまい。そんなことをすれば監視塔の警備隊に気づかれる。

 ナーゲルが見守っていることも知らずに、男は絶壁を素手で登り切った。

 やるじゃないの。ほくそ笑むナーゲル。あの様子なら、おそらく収容所の高い塀を乗り越える用意もしているはずだ。

 ナーゲルはすぐに崖を回り込み、別な道で強制収容所へ先回りした。正門を抜けて収容所の敷地へ入った彼女は、主棟へと向かった。そこで透明化の呪文を解き、一階にある警備隊の詰所へ急ぐ。

 広間となっている詰所では、一四、五人ほどの夕食を終えた警備隊員たちがくつろいでいた。そのうちの仲間とテーブルにいるひとりが、厳しい顔をして近づいてくるナーゲルに気づいた。


「シャルパンティエ隊長、どちらへおいででした。今日は、ずっとお姿が見えなかったようですが」


 ほかの者とカード遊びに興じていたその男は、鼻が潰れてひどい面相だった。先日、非番のときにイシュラーバードへいった際、誰かとケンカしてこっぴどくやられたとのことらしい。


「ネズミが出た」


 ナーゲルは室の一同へ向け、両手を腰にあてて低く告げた。すると鼻の潰れた男はぽかんとしたあと、ふいに表情を緩めて、


「はあ……では、人をやって退治させましょう。隊長のお部屋ですか」


 ネズミが恐いとは、なんとまあ。本国から警備強化のために派遣された新隊長だったが、日頃の冷徹さからは想像できない意外な弱点だ。この女にもかわいいところがあるじゃないか。鼻の潰れた男はそう思い、心のなかでせせら笑った。が、いうまでもなく彼の勘違いである。

 ナーゲルの眉間に皺が刻まれ、片頬がぴくりとひきつった。

 まったく、こいつらときたら。比喩的な表現も理解できない薄鈍め。そんなだからこの収容所から脱走者を出してしまう失態を演ずるはめになるのだ。


「ちがうばか、侵入者だ! ──そこの三人、わたしとこい。残りは正門を固めよ。監視塔の奴らにも通達して、見つけしだい捕らえろ。賊はひとりよ。ただし、絶対に殺すな。そいつには訊きたいことがある」


つづきです

予定より文字数がかさんであせっております

ご感想やご指摘などがあれば、お気軽にどうぞ

作者がとてもよろこびます


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