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雲上の戦乙女  作者: 池渡
1/1

prologue

よろしくお願いします。


季節柄、少し暖かくなってきた風が窓から入って来る。薄手のカーテンが風に揺られて視界の端を揺蕩う様を横目に収め、おもむろに書きかけの報告書から顔を上げた。


もう少しで農耕地の循環期の為、現在この国は高層と中層の間までその巨躯を降下させている。それもあり薄明りの部屋から窓の外を眺める男にとって、季節の移ろいを久しぶりに肌で感じた心地だった。


「もうすぐ暖期か」


誰に聞かせるでもなくつぶやいた声は、男以外いない静かな部屋へと溶けて呑まれていった。ふと時計を見ればもう日が回ろうとしている。男は再び書きかけの報告書に視線を落とし、几帳面な字を書き連ねていった。




人々が寝静まった家々を、明かりのまばらになった大きな都市を、一つの季節の終わりを知らせる風が吹き抜けていく。大小様々な島には人が住む町があり、島は寄り集まって群島を成し、そしてそれらは一つの国となった。


水晶国家ダフネド。


水晶産出量において国別産出量トップを誇るダフネドでは、島を浮かせる為に必要不可欠である良質な水晶が採れることであらゆる国々に対して産出国としての優位を保っていた。そしてその首都であるハーティンは、ダフネドが有する群島の中でも一際大きい島としてその中心に位置している。


人類が地上からその居住を空へと変えてからおよそ2000年。人は空を拠り所として、浮かぶ島に自身の帰る場所を見出した。




一息。男は息を吐くと体の力を抜き、椅子の背もたれに脱力した。寸の間窓の外を眺め、書き終わった報告書をまとめると、机上の電灯の光量を少し落とし椅子から立ち上がる。


男の部屋は必要最低限の家具と少しの雑貨のみの極めて殺風景な様相を呈していた。それは男が物にあまり執着しない性格であるのと同時に、この部屋をほとんど寝に帰ってくる程度しか使用していない為でもあった。


男の名はアレクシス。ダフネドが有する軍務省に勤める武官であった。椅子から立ち上がったアレクシスの上背は一般男性でも少し見上げる程であり、また武官らしく背中から腰、手足と日々の鍛錬が窺える逞しい体をしていた。


弱光が男の赤い髪を照らす。ヘーゼルの瞳には少しの疲労が見え隠れしていた。ベットの縁に静かに腰を下ろし、アレクシスはここ数日頭を悩ませている案件について思案した。


()()が軍務省上層部に秘密裏に知らされたのは、今からおよそ半月程前のことであった。


「とある物が数週間前に首都近傍に位置する交易都市ミザリーへと運び込まれた。情報では最終目的地は首都ハーティンである模様。本当にそれが実在するのであれば特2級指定禁物に該当する為、火急的速やかに回収せよ」


曰く、それは国家としてのダフネドを揺るがす物であると。

曰く、それは本来その存在自体があり得るはずがない物であると。

曰く、それはこの平和を乱す物である、と。


軍務省上層部が別省から情報を得て数週間、そこからアレクシスの所属する部隊へ極秘命令が下ったのが数日前。情報が確かならば今頃はもう首都ハーティンへと運ばれていてもおかしくはない。今ほど各省の縦割り構造に腹を立てたことはないな、とアレクシスはひとりごちた。


数日前からアレクシスの部隊は極秘任務に動いているが、いまだにその物が首都へ入った形跡を掴めず、また、ミザリーへと運び込まれた際に運悪く何も知らずに運び人となってしまった一般人も既に遺体となって発見されていた。


つまり、現在ミザリー以降のそれの足取りを知る者が完全にいなくなってしまった形となっていた。


ベッドへ横たわると天井を眺めしばし思案する。これといった打開策はないが、明日からは捜索範囲をミザリーから首都内部へと進めた方が良さそうだなと考えた。


上司からの話では、おそらく残された時間はそこまで多くない。良くて1ヶ月、悪くて数週間だろうと事前に言われている。


アレクシスが所属する第5部隊では、扱う案件の緊急性が高く、またそのほとんどが機密性が高いものである為、他部隊と連携して動くことは稀であった。今回も例に漏れず少人数での任務となるので、後手に回っている現状ではこれ以上の無駄足は避けたい所だった。


明日起きてからの段取りを考えながら、アレクシスはゆっくりと目を閉じる。

国を、果ては世界をも揺るがす程の大きな嵐が、すぐそこまで迫っていた。

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