【はげ部長】の罪と罰
そして、翌日の夜、会社のガードマンに乗り移ったアヤは、深夜の見回り時、マスターキーで部長室を開けると、2ヶ所に隠しカメラを仕掛け24時間録画を開始した。
さらに翌日、広報課に移動した相田奈々が、【はげ部長】に呼ばれ、あいさつに行くと
「いやー、相田さん、すまなかったねー、すっかり高岡に騙されてしまったよ。本当に申しわけない」
彼は、デスクから立ち上がると、右手を差し出してきた。
相田は、こんな男と握手なんてしたくないと思ったが、異動早々と言うこともあって、止む無く右手を差し出して握手に応じた。
しかし、彼女はその瞬間、【はげ部長】に引き寄せられ、ハグをされた上にお尻をなでられ、臀部をわしづかみにされてしまった。
「きゃっ!」彼女が小さく悲鳴を上げると
「どうしたんだ?」【はげ部長】が気持ち悪い笑みを浮かべる。
「何するんですかっ! さわらないで下さい」慌てて彼女が後ずさりすると
「どうかしたのか? 」【はげ部長】は全くお構いなしである。
「な、何言ってんですか、触ったじゃないですかっ!」
「そんな馬鹿な、君の勘違いだろ、触って欲しいっていう君の欲望がそう思わせたんじゃないのか」
とぼける【はげ部長】が腹立たしい。
「な、なんてひどいことを! どうして私があんたみたいなはげに触って欲しいんですかっ! 馬鹿なこと、言わないでっ!」彼女が語気を強めると
「何だと、この色情女が、明日からトイレ掃除でもするかっ!」信じられないほど威圧的な言葉が返って来た。
「失礼します」相田が背を向けてドアに向かうと
「まあ、待ちなさい。上手くやろうじゃないか…… 減るもんじゃないだろ、私を敵に回してもいいことにはならないぞ、上手に立ち回ったらどうかね、『夜の相手をしろ』って言っているわけじゃないんだぞ」【はげ部長】が諭すような口調になったが
「なんて、恥知らずなの、人事に申し出ますからっ」相田は言葉を吐き捨ててしまった。
「はははっはは、誰が信じるんだ?」
「……」
「今までの腹いせだって思われるぞ、お前みたいな小娘に何ができるんだ、よく考えてみろ」
相田は涙を浮かべ、返事もしないで部屋を後にしたが、【はげ部長】は
「ふん、どうせ、すぐに頭を下げてすり寄って来るさ」独り言をつぶやいた。
しかし、この録画は社長秘書を初め、人事課の全職員に配信されていた。
まず人事課の係長が、見知らぬアイコンに気が付いてクリックしてみると、この一連の動画が流れ始め、直ちに全員が確認することとなってしまった。
この広報部長こと、【はげ部長】は、義理の叔父が常務であるため、ここまで好き放題をやっても、誰も咎める者がいなかった。これまで訴える者はいたが、物的な証拠がなく、常務の力もあって人事課も深く追及はできなかった。
しかし、ここに至って、「待ってました」とばかりに人事課長が社長室に走った。
社長室では、秘書から動画を見せられた社長が、人事課長の顔を見ると、すぐに広報部長の自宅謹慎を命令し、翌日、助け船を出そうと横やりを入れて来た常務も辞職を余儀なくされ、会社は企業としての平静を取り戻したかに見えた。
だが、被害女性たち5人に対する償いの話が全く出ないことに腹を立てたアヤは、社長に乗り移り、彼が愛人にマンションを買ってやるために蓄えておいた3千万円を5人に賠償金として支払うことを秘書に告げた。
慌てた秘書が
「社長、本当に良いんですか? マンションは買ってあげなくてもいいんですか? 」と念を押したため、アヤは後から社長が言い訳できないように、秘書室の3人と被害者5人の前で
「今回のような不測の事態では、会社としての対応には限界があります。私は社長として職責を果たすためには、目に見えないお金が必要になることがあると考え、このような時のために、家族にも内緒で個人的に蓄えていたものが3000万円あります。これを皆さんに各600万円を賠償金としてお支払いします。これをもって償いとさせていただきたい。どうか、内密にお願いしたい」と公言したのであった。
アヤが離れた後、社長は驚いたが、もうどうすることもできなかった。それでも、これを機に彼の人望は一気に膨れ上がり、彼は失ったもの以上のものを得ることとなった。