カセットテープと死神の気まぐれ
『第3回「下野紘・巽悠衣子の 小説家になろうラジオ」大賞』への応募作品です。
―お前の命と引き換えにこいつを助けろ?
残りの寿命からして、対価が全く足りないよ。
そうだな、もっと大切な物をよこせ……
「10年ぶりに連絡があったと思ったら、ほんとに死んじまったんだな。くそジジイ。」
畳の上の布団には初老の男の遺体が安置してあった。
「恵くん…本当にずっと連絡とってなかったんだね。」
美咲は窘めるように恵の袖を引いた。
「18で家を出たからな。酔っぱらってパチスロしては借金して、肝臓壊して死ぬなんて自業自得だろ。」
美咲は布団の横に座ると両手を合わせた。
「お母さんはどんな人だったの?」
「俺が3歳の時に事故で死んだ。俺も一緒にいたらしいけど記憶にない。写真も1枚も残ってないし、顔も何も覚えてねぇ。ジジイは何も話さなかったし、きっと夫婦揃ってろくでもない奴だったんだろ。名前を呼ばれた記憶すらねぇよ。」
恵は吐き捨てるように言うと、美咲のお腹をそっと触った。
「俺の家族は、お前と生まれてくるこいつだけでいい。」
ワンピースを着た美咲のお腹は少しふっくらとしている。
「ごめんな、手伝わせて。喪主とか言われても、俺分かんねぇし。」
「大丈夫。安定期に入ったし、ちょっとぐらい動かないとね。」
部屋を見渡した美咲は、布団の横にあったカセットデッキの電源が入ったままになっているのに目を止めた。
「恵君、これ。多分お義父さんが亡くなる直前も聞いてたんじゃないかな?」
「今時カセットテープかよ。」
美咲は巻き戻しボタンを押した。キュルルとテープの掠れる音がしてカチリ止まると、回転の向きがゆっくりと反対になった。
スピーカーから雑音混じりの若い男女が歌う声が流れてきた。
「ハッピーバースデーディア恵 ハッピーバースデートゥーユー」
「恵、ろうそくを消して。フーってして。お願いするのよ」
優しい女性の声がする。
「フーっ」
幼い男の子の声だ。
「もう一回。」
「フーっ!」
「恵、お誕生日おめでとう。元気に大きくなってくれてありがとうね。大好きよ。」
「俺をパパにしてくれてありがとな、恵。」
抱きつかれたのかケラケラとくすぐったそうな男の子のと、男女の幸せそうな笑い声が聞こえる。
「恵くん、ちゃんと愛されてたんだね。」
崩れ落ちるようにしゃがみ込んだ恵の背中を、美咲はそっと撫でた。
―あれ?あの女に愛された記憶と記録は全部消したつもりだったけど、一つ忘れてたのか。
まぁ、いいか。
ぐちゃぐちゃの顔して泣く滑稽な人間の姿を見れたから、ねぇ。