98.誕生日
ここから第4章に入ります。どうぞよろしくお願いします。
ローランがルーフスに向け出発してから、3ヶ月が過ぎた。
まだ一度もローランからの通信は来ない。
もしかしたら、隣国との戦争に突入してしまったのかもしれないが、田舎にいる私たちには何の情報も入ってこない。
父に尋ねたが、父も分からないということだった。
この3ヶ月、私は判を押したように、毎日同じような日々を繰り返していた。
朝、レオと散歩に行き、魔法の練習に励む。午後はサラ様の工房に行き、その後ウンディーネ様の薬屋で妖精たちと過ごす。
夕方以降は、母や屋敷の者たちと話したり、ひとりで過ごしたりして、屋敷の中で寛いだ。
私の魔法のスキルだが、瞬間移動は領地内であればほぼどこにでもいけるようになった。例えば、以前には行けなかった湖にも、今では瞬間移動することができる。
それは、私のスキルが上がっているのも多少はあるだろうが、実はジャルジさんに貰った薄緑色の石のおかげだということが分かった。
カリーナに磨いてもらったその石を私はいつもポケットに入れたまま過ごしている。
一度、ポケットに石がある時とない時で同じ魔法を試してみたことがあるが、発動される威力が全然違って自分でも驚いた。
なので、これからもこの石を常に身につけて過ごそうと思う。
ちなみに、この石はカリーナが研磨した際に偶々2つに割れてしまった。石の威力は大きさや量に比例するのではなく研磨度合だときいていたので、割れた片方を私が持ち、もう片方をローランに渡していた。
ローランも、これが魔力を増幅させる石だと知っているので、とても喜んで持って行った。
戦争の際には魔法を使って戦うというし、少しでも石が役立てばいいと思っている。
◇◇◇
「こんにちはー」
今日もいつものようにサラ様の工房に寄った後、サラ様と2人でウンディーネ様の薬屋にやって来た。
店内に入ると、既にシルフ様がカウンターに座っている。
サラ様と私も、並んでカウンターに座った。
私たちが座って落ち着いたところを見計らって、ウンディーネ様が声をかけてくれた。
「リジー、お誕生日おめでとう!」
ウンディーネ様に合わせて、サラ様とシルフ様も拍手しながら言ってくれた。
「リジー、お誕生日おめでとう!!」
「え?」
私が両手で口を押さえ驚いていると、ウンディーネ様は私たちの目の前に美味しそうなケーキを運んできた。
「私の手作りなのよ。リジーのために作ったの」
ウンディーネ様が笑顔を見せる。
「すごい!ありがとうございます!!」
ウンディーネ様の手作りケーキは、イチゴ、オレンジ、葡萄などのフルーツが沢山使われ、見た目がカラフルで華やかだ。両隣りからサラ様とシルフ様も身を乗り出して食い入るようにケーキを見ている。
私たちの目の前で、ウンディーネ様はそのケーキを4等分に切り分けてくれた。
「やった!リジーのおかげで私たちも久しぶりにウンディーネのケーキを食べられるわ。ウンディーネの作るケーキは本当に絶品なんだから!」
シルフ様が興奮気味に言う。その様子を見ながら、徐々に実感が湧いてきた。
ああ、そうだ。すっかり忘れていたけど、今日、私の誕生日だった。
私は、毎日同じような日々を過ごしているので、日付や曜日の感覚を完全に失っていた。だから、すっかり自分の誕生日のことも忘れていたのだ。
でも、よく考えれば、私はウンディーネ様に一度も自分の誕生日の話をした覚えがない。
私の誕生日を知っているなんて、やはり本当にウンディーネ様が私の母親なのだろうか。
そういえば、今朝、屋敷では誰も私の誕生日のことに触れなかった……。
そんなことを考えながら、ぼうっとウンディーネ様を見ていると、横からサラ様がきいてきた。
「リジーは何歳になったの?」
「あ、私は16歳になりました」
「そう!おめでとう!!」
そんな話をしている間に、いつの間にか温かい紅茶も用意されていた。
「さぁ、どうぞ食べて」
ウンディーネ様に促されて「いただきます」とケーキを一口、口に入れる。甘さ控えめのスポンジはフワフワしていて、その上にごろんごろんとふんだんに使われたフルーツの甘みが口いっぱいに広がった。
「ウンディーネ様、とても美味しいです。ありがとうございます!」
甘みをおさえたケーキは食べやすく、パクパクとあっという間に平らげてしまった。
ウンディーネ様の美味しい手作りケーキが食べられて、とても幸せだ。
「こんなに美味しいケーキが食べられるなんて、本当に幸せな誕生日になりました!ありがとうございます」
ふと見ると、サラ様とシルフ様もぺろりとケーキを完食していた。皆ニコニコして、満足そうだ。甘くて美味しい物は人を幸せにする。
「リジー、もう一つ誕生日プレゼントがあるの。妖精の世界では、16歳に独り立ちするのよ」
ウンディーネ様はそう言うと、ガラスの小瓶を私に手渡した。中には茶色い丸薬が入っている。
ウンディーネ様はガラスの小瓶を見つめて言った。
「これは、たいていの病気や怪我なら何にでも効く万能薬よ。これから、もし病気や怪我をしたら、一粒飲めばいいわ。副作用は特に無いから安心してね」
「いいんですか?そんな貴重な薬を私に……」
「今まではリジーの身に何かが起こった場合、私が治療をしてあげることが出来たんだけど、16歳になると、もうそれが出来ないの。私の治療が効かなくなるのよ。だから、何かあったらこの薬を飲んでね」
ん?今までウンディーネ様が私のことを治療してくれていたの……?
確かに、子供の頃に湖で溺れた時、ウンディーネ様に助けていただいたことをはっきり覚えている。
でも、それ以外はどうだったんだろう。
ほかにも、幼い頃に落馬して骨折したことや病気で高熱を出したこと等いろいろあったけど、そういう時もウンディーネ様は私のことを見守り、その都度助けてくれていたのだろうか。
頑張って幼い頃の記憶を思い出してみる。
記憶が曖昧ではっきりとは思い出せないが、ベッドの枕元でウンディーネ様に見守られていたことを朧げに思い出した。
「お母様……」
自然と私の口から出ていた。
その言葉はウンディーネ様にも聞こえたようだ。ウンディーネ様は信じられないものを見たような顔をして立ち尽くしている。
ありがとうございました。