97.解呪7
「うん、聞こえる!」
嬉しくなって、思わず大きな声が出てしまった。妖精たちが皆、生温かい目で私を見て微笑んでいる。恥ずかしい。
「僕も、リジーの声がとてもはっきり聞こえるよ。じゃ、今からそちらに戻るね」
「うん。待ってる」
今度は、小さい声で答えた。
今気づいたが、このはまぐりの貝殻のようなものは、私の耳にとてもフィットしている。最初は、手で押さえていたが、手を離してもぴったりと耳にくっついたままだ。
私は髪の毛が長いので、このまま耳に付けていても誰も気づかないだろう。手で押さえる必要がなく、髪の毛に隠れて分からないのなら、ずっと耳に付けておくことができる。
いつ何時、ローランから連絡があっても答えられそうだ。
そんなことを考えていると、ローランが戻って来た。ローランも耳に付けたまま歩いている。私と同じことを思ったようだ。ただし、ローランは髪がそれほど長くないので、隠しきれていない。
「これ、ずっと耳につけていられるんですね」
ローランが耳元を指差してシルフ様に言うと、シルフ様が得意げに答えた。
「そうよ。便利でしょ?これを使って会話をしたいときは、まず最初に相手の名前を呼べばいいの。さっき、その説明をしていなかったけど、ちゃんと通じたのね」
「はい。最初にリジーのことを無意識に呼びかけていましたね」
「そう。さすがね。会話を終わる時は、『ペルナ』とどちらかが言えばいいわ。それを言うまではずっと繋がっているから」
シルフ様の言葉を受けて、ローランが「ペルナ」と呟くと、耳元で小さくプツッと音がした。
今は隣りにローランがいるので、はっきりとは分からなかったが、微かに聞こえたプツッという音で、貝殻のようなものを通したローランとの通信が切れたのだと思う。
「シルフ様、こんなに素敵なものをありがとうございます」
私とローランは声を揃えて、シルフ様にお礼を言った。
これで、どこにいてもいつでもお互いに連絡を取ることができる。
普段思い通りに会うことができない私たちにとって、私たちを繋ぐ唯一のアイテムになりそうだ。
シルフ様は、照れくさそうに、ぶっきらぼうに言った。
「別にお礼なんていいよ。……ああ、そうだ。それはローランとリジー以外の人は使えないように魔法をかけてあるから。他の人が同じように装着して使っても、何も聞こえないようにしてる」
それから、シルフ様はローランをじっと見て、何かを呟いた。
その瞬間に、ローランの耳に装着していた蛤の貝殻のようなものが見えなくなった。
「わ、大変!ローランのが、なくなっちゃった……」
私は焦って、叫んでしまった。
せっかくの通信手段が一瞬で無くなってしまった……。
すると、シルフ様が私の焦った顔を面白そうに見て言う。
「やっぱりリジーって、おっちょこちょいだよね。本当におっちょこちょい!」
私はムッとして言い返した。
「おっちょこちょいって、どういうことですか?」
「だから、おっちょこちょいだから、おっちょこちょいって言ってるの。ローランのは目立つから、透明にしただけよ。私がプレゼントしたばかりの物を無くすわけないでしょ!」
シルフ様はそう言って、私の右の脇腹をこつんと小突いた。
なんだ、透明にしてくれたのか。シルフ様はすごい!
透明なら、ローランが耳に装着していることは誰にも気づかれない。
でも、私のことをおっちょこちょいなんて呼ぶのは、ひどい。
耳に装着していたものが急に見えなくなったら、誰だって焦るはずだ!
しかも、私たちを繋ぐ唯一の手段なのだから、なおさらだ!
私が心の中でシルフ様に文句を言っていると、ウンディーネ様が私たちに声をかけた。
「リジーとローラン。今日はもう遅いから、そろそろ屋敷に戻った方がいいわ。シルフ、2人を送ってあげて」
シルフ様は「ヘイヘイ」と適当に頷くと、あっという間に私とローランとレオを風に包んで、我が家の応接室へと送り届けてくれた。
私たちが応接室に戻るとすぐ、執事のアントンが夕食を告げにきたので、ウンディーネ様の声がけは完璧なタイミングだった。
◇◇◇
翌日、私とローランは2人で今後の対策を練った。
ローランは明日、国境の町ルーフスへと旅立つ。明日の早朝にここを出発するそうだ。
ルーフスへ着いたら、ローランは忙しい。
第四騎士団と合流して隣国の状況を確認し、戦闘体制を整える。
もしかしたら、そのまま戦争に突入するかもしれない。
いずれにしろ、しばらくは私に連絡を取る余裕はないだろう。
ローランの話では、最短で私に連絡を取ることができるのは、ルーフスから王都に戻る日になる、ということだった。
それは来月なのか、再来月になるのか。いつになるかは分からない。
でも、いつになってもいいから、一旦その時点で、ローランが怪我をしてないか、とか状況を教えてほしい、とお願いした。
もしこのまま戦争になってしまったら、と考えただけで、ローランのことが心配すぎる。無事だと、一言だけでもいいから聞かせてほしい。
そして、その後ローランが王都へ戻ったら、ローランはルーフスでの報告と合わせて、私との婚約を国王陛下に相談してみると言ってくれた。
私とローランが再び婚約するには、どうしても国王陛下の許可が必要となる。
その場で国王陛下の許可を貰うのは至難の業だけれど、感触を私に伝えてくれると約束した。ローランが作戦があると言っていたので、そこは信じて任せようと思う。
ただし、私も半年以内に王都へ戻ることが決まっている。
いま、2人でプランをたてたが、万が一、ローランが王都へ戻るより先に、私の方が王都へ早く戻ってしまったら、もうどうしようもない。
私が王都へ戻ったら、早い段階で父が勧める相手と婚約することになるだろう。
その拒否権は私にはない。
だから、そのときは諦めるしかないと、ローランに言った。
ローランが私より先に王都へ戻らなければ、きっと私はローラン以外の誰かと婚約することになるだろう。
いくらローランが好きだから嫌だと言っても、婚約不成立となっている私は、皆から説得されるだけだ。
私が不安げにその話をローランにすると、「絶対リジーより先に王都へ戻るから」とローランは力強く宣言してくれた。
その言葉はとても頼もしくて嬉しかった。
でも、隣国の動き次第で、これからどうなるか分からないことは、お互いによく分かっていた。
ありがとうございました。