94.解呪4
「リジーに対する気持ち……」
そう言うと、ローランは再び口を噤んだ。
ローランは、とても正直な人のようだ。
私だったら、同じ状況に置かれた場合、元アラフォーがなせる技なのかもしれないけど、本人が横にいるし、一応は命の恩人だし、好きじゃないかもしれないけど「好きです」とかって軽く言ってしまう気がする。
だって、もう次にいつ会えるか分からないから。
ローランの方から私に会いに来ない限り、一生会えない。
だとすれば、この場は穏便に済ませた方が何かと良い気がするじゃない?
確かに、先ほどシルフ様が「思わせぶりな態度はやめて」みたいなことを言ってローランを牽制したのもあるかもしれないけど、それでも、ローランは、軽く「好きです」と言って、この場を収める選択をしていない。
私に対する気持ちと真剣に向き合ってくれているように見える。
その場にいる全員が、ローランが何と言うのか、固唾をのんで見守った。
ローランは時折、口をパクパクと動かすが、なかなか言葉にならないようだ。
ついに、業を煮やしたシルフ様が我慢しきれず、尋ねた。
「リジーとの婚約を望んだのは、魔女の呪いを解くためよね?」
シルフ様。その質問は、もうさっき聞きましたよ。
ローランは「そうだ」と答えていたじゃないですか。
分かっていることを何回も聞かないでください。
私がシルフ様をぎろりと睨みながら心の中で反論していると、ローランが答えた。
「そうです。だけど、婚約したからには、呪いが解けた後も、リジーとの結婚生活を全うしようと思っていました。一生二人で添い遂げるつもりでした。それに、リジーとなら結婚生活も楽しそうだな、と思い始めたところだったのです。実際、短い期間でしたが、リジーとの婚約生活は楽しかったです。それが、まさか婚約不成立となって、離れ離れになるとは思ってもみませんでした」
サラ様が言った。
「つまり、リジーに対する気持ちがよく分からないのよね? 呪いを解くために、婚約者としてリジーを望んだのはあなた自身だし、婚約者となったからには結婚して、一生一緒にいるつもりだった。だけど、婚約不成立となった今、呪いも解けたし、もうリジーと一緒にいる必要はないものね」
私は、思わず口を挟んだ。なんとなく、ローランが妖精たちから責められているような気がした。
「それは仕方ないと思います。それに、婚約不成立となったから、今いろいろここで話したところで、ローランとの婚約とか結婚とかはもうあり得ない話なんです。これ以上、聞かないでください」
ウンディーネ様も私に助け舟を出してくれた。
「そうね。もうリジーとローランのことは、終わった話なのよ。さぁ、シルフ。リジーとローランを家に帰してあげて。この話はこれで終わり」
シルフ様は素直に「分かった」と言うと、ここに来た時と同じようにピューと風を起こした。
目の前が一瞬で真っ白になる。
次の瞬間、視界が開けて気づいたときには、我が家の応接室のソファに座っていた。
あっという間の出来事だった。
隣りを見ると、ローランもソファに座っている。
だけど、きょろきょろ周りを見回しても、シルフ様の姿は見えない。
私は、ローランと二人きりの状況が耐えられず、ローランに声を掛け、ひとり応接室を後にした。
応接室を出ると、薄緑色の石を手に持ったカリーナが立っていた。
「リジーお嬢様、研磨できました」
そして、ジャルジさんにもらった薄緑色の石を私に手渡す。石は綺麗に研磨され光り輝いていたが、予想通りというか、2つにスパンと割れていた。
「やはり研磨の際に割れてしまいました。すみません」
カリーナが謝る。
「ううん、全然大丈夫。とても綺麗!」
私は2つの石を窓から射す光にかざしてみた。すると、薄緑色の石は、虹色に輝いた。
「すごい、色が変わったみたい」
私が惚れ惚れしながら2つの石を見ていると、カリーナが言った。
「本当に綺麗な石ですね。角度によって色が変わったように見えますし、光を浴びると虹色に輝きます」
私は「本当にそうだ」と頷いて、カリーナにお礼を告げ、その石をポケットに入れると、レオを連れて散歩に出かけることにした。
今は、ローランが居る家にいたくない気分だ。
さっさとレオを連れて家を出る。
レオと並んで、てくてく歩きながら、考えた。
さっきの妖精たちとローランの会話。あれって、どう考えても、私は振られたんだよね?
結局、あの場では、ローランは私のことを好きだと言わなかった。
思っていたとおり、私はローランの呪いを解く人として重宝されていただけだ。
呪いを解いた今、お役御免となったことがはっきりした。
「あー。ローランのこと、大好きだったのになー」
知らず知らず大声で叫んでいた。
呪いを解かなかったら、もっと一緒に居られたのかもしれない。
ローランにかけられた呪いが発動する期限まで、まだ日にちがいっぱい残っていたのだから、呪いを解かずにいれば、今後もローランが私に会いに来てくれたかもしれないのに。
もう会うこともないんだ……。
気づくと涙が頬を伝っていた。
足元で、レオが心配そうに「くぅーん」と鳴いている。
私は、その場にしゃがんで、レオの頭を撫でながら、話した。
「レオ、聞いて。……私、振られちゃった。……ローランのこと……大好きだったんだけど……振られちゃった……」
目から次々に涙が溢れてくる。涙がぽろぽろとひとりでに零れ落ちる。
でも、ここが田舎で良かった。
周りには私の他に誰一人いない。
レオと、ところどころに放牧されたウシやヤギの姿が見えるだけだ。
だから、思いっきり声を上げて泣くことができる。
「ローラン、大好きだったよー。ローランの馬鹿野郎!」
そう大声で叫びながら、わんわんと泣いた。
レオが心配そうに、私の周りをぐるぐると駆け回る。
もう歩くことはできなかった。
座り込んだまま、涙が枯れるまで泣き続けた。
どれくらい泣いたのか、自分では分からない。
いつの間にか、もうこれ以上泣くことができなくなった。涙の終わりが来たようだ。
「あー、いっぱい泣いたなー」
風がヒューヒュー吹いてきて、涙でびっしょびしょに濡れた顔がヒリヒリした。
ありがとうございました。次回の更新は、1月11日の予定です。