92.解呪2
私はローランの上着のボタンを留めながら、ローランに訊いた。
「ねぇ。ローランは、今まだ時間あるの?」
「あるよ。……そうだ、リジーにまだ何も話していなかったね。僕が今回ここに来たのは、アヌトン王国との戦争に備えるためなんだ。隣国のアヌトン王国と戦争をしていたのは、リジーも知っているだろう? 僕たちが勝利したんだけど、まだアヌトン王国のほうは諦めきれずに、くすぶっていると報告が入った。それで、様子を見てくるよう父上から頼まれたんだ。僕は先日の戦争で戦っているからね。いつ宣戦布告をされてもおかしくない状況だと報告を受けているから、もしかしたら、このまま戦争に出ることになるかもしれない」
「そんな重大な任務なのに、たった3人で大丈夫なの?装備もそんなすごくないように見えるけど……」
「大丈夫だよ。国境のルーフスという町が王家の直轄地で、そこに第四騎士団が待機しているから何も問題ない。ここからルーフスまではすぐだし、僕は明後日、第四騎士団と合流するんだ。でも、どうしても、その前にリジーと会いたかったから、父上に無理を言って、ここに2日間滞在させてもらえるようにしたんだ。会えてうれしいよ。リジー」
ローランはそう言うと、また私を抱き締めた。
「うん。私もローランと会えてうれしい。だけど、国王陛下に、そんな無理言って大丈夫だったの?」
ローランは私を抱き締めていた腕を緩めると、私の顔を見て、そっと私の頬に手を当てた。ローランの手が温かいから、頬が熱い。
「大丈夫さ。でも、リジーと会って、いきなり魔女の呪いを解いてくれるとは思わなかったよ。本当に凄いね。リジーは!」
ローランは大袈裟に驚いてみせた。
私はうふふと微笑みながら、ローランに言った。
「もしよければ、お茶を飲みながら少し話をしたいんだけど、いい?」
ローランが「いいよ」と言ったので、私は部屋の外で待機していたアンに、お茶を用意するよう声をかける。それから、ローランからもらった手紙を取りに、自分の部屋へ行った。
手紙を手に応接室へ戻ると、ちょうどアンがお茶の用意を終えたところだった。
アンが部屋を出て行くところを見届け、私は覚悟を決めて口を開く。ローランは私が手に持っている手紙をじっと見ていた。
「ローラン。お手紙、ありがとう。ローランに返事を書いたんだけど、兄とはすれ違いだと思うから、まだ私の返事は読んでないでしょう?」
「うん。まだ読んでない」
ローランの返事は私の想定通りだ。
私はお茶を一口啜って、呼吸を整える。
あんまり感情的になりたくない。ローランを責めるつもりはない、ということをちゃんと分かってもらわないといけない。
「ローラン、この手紙に書いてあることは本当? 疑うつもりはないけど、一応確認したくて……」
私はローランに手紙を渡す。ローランは手紙の内容をひととおり確認してから、顔を上げて頷いた。
「うん、本当だよ。あの時、リジーのおかげでエリック兄さんの呪いの刻印がきれいに消えて無くなったんだ。本当にびっくりしたよ。リジー、ありがとう」
私はヘイゼルグリーンの瞳をじっと見つめて訊いた。
「ねぇ、ローラン。なんで、あの時、ローランじゃなくて、エリック様の刻印を消そうと思ったの? 私はローランの刻印を消したかったのに……」
落ち着いて訊くつもりが、少し感情的になってしまった。
いけない、いけない。
いったん、これ以上言うのは我慢して、ローランの返事を待つ。
ローランは私が言いたいことが分かったのだろう。
少し慌てた口調で言った。
「リジー、誤解しないでほしい。僕が、あの時、エリック兄さんの刻印を消そうとしたのは、決してリジーの好意を踏みにじろうとしたわけじゃないんだ。リジーが僕のためを思ってしてくれていることは、よく分かっていたよ」
「じゃ、どうして?」
思わず口走ってしまった。
「ちょっと待って。ちゃんと説明するから。最後まで僕の話を聞いてほしい」
ローランは私を強い言葉で制した。
私は、ローランの言葉に頷いて、お茶を飲む。私も口を挟むつもりはなかった。つい勝手に言葉が出ただけだ。
視線で、もう口を挟まないという意思を伝える。
ローランもお茶で喉を潤すと、続けた。
「エリック兄さんは、リジーも知っている通り、もうすぐ18歳になる。魔女の呪いの発動が迫っているんだ。あの頃、日毎に痛みが増していると話すエリック兄さんの様子は、本当に辛そうで見ていられなかった。僕も同じ刻印はあるけど、リジーのおかげで、もう痛むことはほとんどない。でも、あの痛みや苦しみの辛さは僕には分かる。どんどんやつれていくエリック兄さんをどうしても放っておくことは出来なかった。呪いの刻印の恐怖や辛さが分かるのは、僕だけなんだから。だから、リジーの気持ちは分かっていたけど、エリック兄さんを優先した。……でも、結果的に、僕の刻印を消すつもりだったリジーの好意を踏みにじってしまったね。ごめん」
ローランが深々と頭を下げる。
「ローラン、顔を上げて。よく分かったわ。あの時はローランと話ができなくて、後から、エリック様の刻印を消していたことを知ったので、少し混乱しただけよ。でも、今のローランの説明を聞いて、わだかまりは無くなったから。もう大丈夫。ありがとう」
私はローランに笑顔を見せた。
ローランがなぜ、あの時、エリック様の刻印を消そうとしたのか、よく分かった。
エリック様の刻印は、ローランのより色も濃くて大きかったから、さぞかし痛みが強く苦しんだのだろう。
しかも、リミットも迫っている。精神的にも追い詰められていたはずだ。
そんなエリック様を、同じ刻印を持つローランが助けたいと思ったのは、自然なことだったのかもしれない。
ローランは、もともと思いやりのある優しい人だ。
今思えば、ローランの機転のおかげで、エリック様もローランも刻印を消すことができたともいえる。そうでなければ、ローランの刻印を消すことはできても、エリック様のは消すことができなかったかもしれない。
「エリック様もローランも、二人とも魔女の呪いの刻印が消えてよかった!」
私は笑顔で飲みかけのティーカップを持ち、乾杯のポーズをした。
「うん、本当によかった。すべて、リジーのおかげだよ!ありがとう!」
ローランも笑顔で、乾杯のポーズにこたえてくれる。その笑顔はきらきら輝いて、眩しく見えた。
ありがとうございました。