90.妖精6
やっと90話まできました。読んでいただいた方には、一人一人にお礼を伝えたい気持ちでいっぱいです。本当にありがとうございました。
年内の投稿はこれが最後になります。年明けは、1月4日から投稿を再開します。また、来年もどうぞよろしくお願いします。
「確かに、そうですね……」
私が頷くと、ウンディーネ様が何やら棚の奥から取り出した。手にしていたのは、茶色い粉末がぎっしり詰まったガラスの小瓶だ。見た感じは、コーヒーの粉末が入っているようだ。
ウンディーネ様は、そのガラスの小瓶から小さじ2杯分の粉末を薄手の紙の上に掬い、こぼさないように丁寧にその紙で包んだ。
そして、しっかり封をした後、その包み紙を私に手渡す。
「リジー。この薬をローランに飲ませるといいわ。呪いを解く薬よ。これをコップ1杯のお湯によく溶かして飲ませてね。即効性のある薬だから、すぐに呪いは消えるでしょう」
「ウンディーネ様、ありがとうございます」
思わず真剣な表情になってしまった。
ウンディーネ様から手渡された粉薬の包を見ながら思う。
ああ、これで悲願だったローランの呪いが解ける。
それは、良かった。
本当に良かった。
けれど、
呪いが解けたローランが私を選んでくれることなんてあるのだろうか。
私は一度、婚約不成立のレッテルを貼られている。
冷静に考えると、再度の婚約なんてあり得ない。
もうお役御免なはずだ。
そう考えると、明日ローランと会うのが少し怖い。
ついに審判が下される気分だ。
「リジー、怖い顔になってるよ」
シルフ様に言われて、ふと我に返った。
両手で頬を押えて、無理やり口角を上げてみる。力いっぱい上げてみたら、思いのほか頬が動いた。
私はそのままシルフ様の方を向くと、シルフ様がぷっと吹き出す。
「リジー、変な顔」
そう言いながら、シルフ様が大笑いするので、つられて私も笑い、サラ様とウンディーネ様も笑った。
シルフ様は笑い上戸だ。たいして面白くもないはずなのに大笑いが止まらない。そのせいで、シルフ様の笑いが伝染して、皆訳も分からず大笑いした。
ひとしきり笑った後、皆で呼吸を整える。
その時、サラ様が私の肩をポンと叩き、そのままその手を優しく私の肩に添えた。
「リジー、あんまり難しく考えない方がいいよ。なるようにしか、ならないんだから」
「はい」
大笑いしたら、モヤモヤが吹き飛んでスッキリしていた。
「明日、ローランと会うのが少し怖かったんですけど、シルフ様が笑わせてくれたので、もう大丈夫です。私の気持ちを伝えて、ローランが私のことをどう思っているのかしっかり聞いてきます!」
私が力強く宣言したのに、シルフ様はブツブツと文句を言っている。
「私が笑わせたんじゃないわよ。リジーが変な顔するから、笑っちゃっただけよ」
サラ様が「まぁまぁ」とシルフ様を宥めている横で、私は「明日、呪いが解けたローランに、当たって砕けろで告白しよう」と誓っていた。
◇◇◇
運命の翌日は、すぐにやってきた。
昼食を終え、これから皆でお茶にしようというタイミングで、ローランたちの一行が屋敷に到着したのだ。
一行といっても、ローランと侍従と護衛の騎士の3人だけだった。
もっと大人数でやって来ると思っていたので、両親も肩透かしを食らったようだが、我が家としては少人数のほうがきめ細やかなおもてなしが出来るので、ありがたかった。アントンたちがホッとしていた。
ローランたちは屋敷へ到着するとすぐに、父と話をするため応接室に入った。
その間、私は自室で待機だ。
父と話し込んでいるので、この調子だと私がローランと話せるのは、だいぶ後になるかもしれない。
私は部屋でレオと遊びながら、ローランを待っていた。
レオと遊んでいるうちに、以前ジャルジさんに貰った薄緑色の石をそのままにしていたことに気づいた。
カリーナに研磨してもらおうと思っていたが、すっかり忘れていた。
私はカリーナを小声で呼ぶ。
ローランがきてから、屋敷中がピリッと緊張感に包まれているので、大きな声は出せない。
「どうしたんですか?リジーお嬢様」
カリーナはすぐに来てくれた。石を見せて尋ねる。
「この石は、前に研磨してくれたのと同じ石なんだけど、同じように研磨できるかしら?」
「ああ、本当ですね。できると思いますよ。試してみましょうか?」
カリーナはいとも簡単にできると答えた。思わず驚いて、きいてしまう。
「カリーナ、この石は研磨が難しいらしいんだけど、どこでそんな技術を身につけたの?」
「こちらの御屋敷でいろいろな石を研磨しているうちに、どんどん上手になりました。この辺りは宝石の原石が結構採れますから。それに、宝石の研磨は意外と簡単なんですよ。でも、この石は確かに割れやすいので、研磨している途中で割れるかもしれませんね」
「そ、そう。うちで、できるようになったの? すごいわね。割れても構わないから、研磨お願い」
カリーナが石を受け取って出て行った後、執事のアントンが私を呼びに来た。
「お嬢様。旦那様がお呼びです」
私はレオをアントンに預けて、応接室へ向かう。
やっと、ローランとの対面だ。緊張する。
ローランが屋敷に着いてから、既に2時間以上経過していた。
応接室の扉を開けると、ソファに座って父と歓談しているローランの美しい横顔が見える。
ローラン!
その名を叫んで駆け出したくなる気持ちを抑えて、冷静に挨拶をした。
父が私に向かって言う。
「ローラン王子殿下は、明後日まで我が家に滞在される。失礼のないようにするんだぞ。今から少しリジーと話をしたいそうだ。2人でここで話をしなさい。私は今から執務室へ行く」
そして、父はローランに挨拶をして、部屋を出て行った。
私は、右のポケットにウンディーネ様からもらった薬が入っていることを確認し、アンにコップ1杯のお湯を持ってくるよう頼んだ。
父が部屋を出た後、すぐにローランの侍従と護衛の騎士も部屋を出た。アントンが、2人を案内する声が聞こえる。
たちまち応接室の中は、私とローランの2人だけになった。
「リジー、久しぶり」
ローランはソファから立ち上がり、私のところへやって来る。
「ローラン、来てくれてありがとう」
私がそう言うと、ローランはぎゅっと私の肩を抱きしめて耳元で囁いた。
「リジー、会いたかった」
私も両手をローランの背中にまわす。
その時、扉をコンコンとノックする音が聞こえた。
ローランは慌てて私から離れた。
ありがとうございました。