9.授業
「おはよう、ステイシー。昨日はありがとう」
翌朝、いつものように馬の目部屋に入ると、部屋の中にステイシーを見つけ、駆け寄った。今日はステイシーが一番早く来たようだ。
「リジー、おはよう!昨日は楽しかったね」
2人で昨日の思い出を話していると、イザベルもやってくる。
「イザベル、おはよう!」
「ステイシー、リジー、おはよう!」
イザベルとステイシーとはずっと前から知り合いだったかのような親しさを感じる。とても気が合うし、2人と知り合えて本当によかった。2人のおかげで毎日の女官教育もそれほど苦ではない。
3人で他愛もない話をしていると、バルドー女官長がやってきた。
「まずは皆さん、昨日は本当におめでとう。陛下からお言葉を頂けるなんて、大変名誉なことです。よかったですね。私も皆さんを誇りに思います」
そう言ってにっこり微笑んだ。そして、一拍間を置いた後、いつもの無表情ときびきびした口調に戻った。
「さて、皆さんには明日から、実際に王女殿下のお世話を横で見て覚えていただきます。午前中は各自、担当の女官に従ってください。午後になれば、この部屋に集合し今までのように3人でヘアメイクの勉強をします。では、皆さんを担当する女官を紹介します」
ああ、明日から午前中は3人バラバラなんだ。
寂しいな…。
担当女官の方がいい人だといいな。
そんなことを考えていると、バルドー女官長が3人の女官を連れてきた。
「皆さんを担当する女官たちです。3人とも女官になって3年になる優秀な女官で、皆、功績が認められ、国王陛下に良い嫁ぎ先を紹介して貰っています。それぞれ嫁ぐまでの間、貴女方の指導を担当してくれますので、しっかり学ぶように!」
私は、マルゴット王女殿下付きの女官をされているアリス様に明日から教えてもらえるようだ。
艶やかな黒髪を一つに束ねた、優しそうなお姉様だ。とりあえず厳しそうな人じゃなくてよかった。
ちなみに、イザベルはベラ王女殿下付きのクロエ様、ステイシーはローズ王女殿下付きのダニエル様だ。皆優しそうだ。よかった!
でも、もう名前が覚えられない!
王族の数が多いし、王宮で働く人も多い!
またもや、私の頭はパンクした…。
◇◇◇
女官教育が終わると、私は1人で魔導士様の部屋へ向かった。
イザベルとステイシーは家に帰れるのに、なんで私だけ…
ああ、私も帰りたいよぅ。
魔導士様の部屋、遠すぎる。
道すがら、文句が止まらない。ブツブツ恨み節をつぶやき続けていると、いつの間にか魔導士様の部屋の前に立っていた。
扉をノックする。
「魔導士様、リジー・ハリスです」
弟子のロジェが扉を開けてくれた。ロジェは黙ったまま、ぶっきらぼうに部屋の奥にある四人掛けのテーブルに案内してくれた。テーブルの横には黒板もある。
前に部屋を訪れたときは扉の前のソファに座ったので、奥にこのようなスペースがあるなんて気づかなかった。
へぇ、ちゃんと授業ができるようになってるんだ。
私が興味深くきょろきょろと見回していると、魔導士様がやってきて黒板の前に立った。
「さぁ、席に座って」
と言われ目の前の椅子に座ると、同時にロジェが黙って私の隣りに座った。
ロジェも一緒に授業を受けるんだな。
「よろしく」という気持ちを込めてロジェの顔を覗き見たが、ロジェは目も合わせてくれない。
仕方ないので、魔導士様のほうを見る。
「リジー、今日から魔法についていろいろと教えていく。先に確認するが、先日の黒猫の呪いを解いたことは誰にも話していないな」
「はい。あの時一緒にいたイザベルとステイシーは見ているので知っています。そして、その後バルドー女官長に報告したので、女官長もご存知です。それ以外の人には家族にも誰にも話していませんし、イザベルとステイシーにも話さないでほしい、とお願いしています」
魔導士様は満足そうに二度頷いた。
「エミリー王女殿下が黒猫に変えられていたのは、魔女の呪いだと伝えたな。あの日、それをお前が解いた。呪いを解くことができるのは魔法しかありえない。お前は妖精に出会ったことがあるな?」
魔導士様の眼鏡がきらりと光ったように見えた。
自分の記憶を思い出す。妖精に会った?今世で?
前世の記憶が邪魔をするが、前世では絶対に会ったことが無いと言える。
今世で妖精に会った記憶は、小さい頃のことを必死で思い出そうとするが思い出せない。
「妖精に会ったことは、多分無いと思うのですが・・・」
自信がないので、だんだん小声になってしまった。
「そんなはずはない。妖精に出会っているはずだ」
魔導士様が一段と強い口調で言う。覚えていないことを責められている気分だ。
でも、妖精なんて出会った記憶がないし。
私がとまどっていると、先ほどまでの強い口調から一転、魔導士様が声を潜めて話し始めた。
「今から、この国の最重要機密を教えよう。他言無用だ。魔法が先天的に使える者は、この国にはひとりもいない。ナディエディータ王国で魔法が使える者は、全て妖精の加護を受けた者だけだ」
「え?そうなんですか!魔法が使える人は、みんな生まれた時からだと思ってました…」
「そうだろ。みんなそのように教えられている。魔法使いは生まれつきだと。だが実際は違う。生まれつきの魔法使いはいない。妖精の加護によって魔法が使えるようになる」
「どうして、みんな知らないのですか?」
「それをみんなが知ると、魔法が使えるようになりたい者たちが妖精狩りを始めるだろ。魔法は便利だからな。妖精たちを守るために秘密にしている。妖精の存在もできるだけ隠している。妖精の加護を受けて魔法が使えるようになった者だけがこの事実を知っている」
「王族は魔法が使える、という話を聞いたことがあるんですが」
「その噂は正しい。ナディエディータ王国の王族は皆、妖精の加護を受けている」
「そうなんですね」
「だからお前も妖精の加護を受けているはずだ」
それは確かに。
でも残念ながら・・・記憶にございません。
ありがとうございました