89.妖精5
「ローラン王子殿下が? どうしてですか?」
私は先に妖精たちに聞いていたので、父にローランが来ると言われても、驚かなかった。
ああ、妖精たちの話は本当だったんだな、と思っただけだ。
だから、とても冷静に父に尋ねてしまった。
でも、もう少し驚いてもよかったかもしれない。
あまりに冷静な私に、父の方が驚いていた。
父はまた咳払いをしてから、私に言った。
「この先にある王家の直轄地に向かって、ローラン王子殿下の御一行が旅をされているそうだ。なぜローラン王子殿下がそこに向かわれているのか、詳しい事情は教えてもらえなかった。ともかく、経由地としてここを通られるので、お泊めするようにお達しがあった」
ふうん、この先に王家の直轄地があるのは知らなかった。
ああ、でも、国境付近や港町など重要な場所は王家の領地だと聞いたことがあるので、そのうちのひとつがこの先にあるのかもしれない。
「リジー。王家からの命令で従わざるを得ない。どうしてもローラン王子殿下にお会いしたくなければ、その間だけリジーを村長の家に匿ってもらうこともできるが」
父は婚約不成立となった相手と再会する羽目になった娘のことを案じてくれているようだ。
王都にいるならまだしも、わざわざこんな田舎に逃げて来ているのに、まさかそこに来られるなんて誰も思わない。
でも、私はローランと会えるのがうれしい。
兄に託したローランへの手紙は、まだローランの手に渡っていないだろう。
兄は今ジャルジさん一行と王都に向かっている途中だし、ローランは既に王都を出発している。兄が王都に着くころに、ローランがこちらに着くかもしれない。
ローランに書いた返事をまだローランが読んでないなら、ちょうどいい。
手紙だと、きちんと私の意図が伝わらないかもしれない。
直接お互いの顔を見て話ができるほうがいい。
たとえローランの真意が聞けなかったとしても、ローランに会えるだけでうれしい。
私は父ににっこり微笑んで、言った。
「そうだったんですか。私はローラン王子殿下によくしていただきましたので、お会いできると聞いて、とてもうれしいです。私たちは婚約不成立となりましたが、ローラン王子殿下のことを憎んだりなどしておりません。今ではとてもいい思い出です。ですから、お父様の御心配には及びません」
父は私の笑顔を見て、ほっと安心したようだ。
「そうか。リジーがそう言うなら、よかった」
それから、我が家ではローラン王子殿下御一行をお迎えするために、家の者総出で準備に入った。
父はアントンにテキパキと指示を出し、皆とてもよく働いた。
◇◇◇
翌日、私は日課となっているサラ様のガラス工房に寄り、今日のグラスを受け取ってから、サラ様と一緒にウンディーネ様の薬屋へ行った。
私たちが薬屋に着くと、どこからかシルフ様もやってきた。
昨日と同じように3人並んでカウンターに座る。わたしは口を開いた。
「皆さんの仰っていたとおり、ローラン王子殿下が、明日我が家にいらっしゃるそうです」
シルフ様が真っ先に反応した。
「リジー、それなら明日、ここにローランも連れて来るといいわ。リジーに相応しい人かどうか、私たちが見てあげる」
シルフ様の申し出はありがたかったが、ローランが我が家に泊まると聞いたものの、何時頃やってきて、何時頃出発するかといった詳細は教えてもらっていない。
「シルフ様、ありがとうございます。そうしたいところなのですが、王家の領地に向かう途中に寄られるだけだそうですから、我が家に長居されるわけではないので、ここにお連れできるかどうかは分からないです」
「まぁ、それならここで足止めする理由を私が作ろうか?」
シルフ様はニヤリと笑った。
「ちょっと、シルフ、変なことは止めてよ」
ウンディーネ様が慌てて、シルフ様を咎める。
「大丈夫!変なことはしないから」
シルフ様は笑っていた。それまで黙っていたサラ様が、私に向かって訊いた。
「こんなことリジーに聞くことじゃないかもしれないけどね。リジーがローランのことを好きなのは分かったけど、相手のローランはリジーのことをどう思っているのかしら?」
サラ様、それは私も知りたいことです……。
そう答えたかったが、今の自分の考えを伝えた。
「サラ様。私はローランにかけられている魔女の呪いを解くことができそうなので、それでローランに気に入られているんだと思います。でも、もし魔女の呪いを解いてしまったら、私のことは用済みになってしまうかもしれません……」
そう言いながら、自分でもなんだか悲しくなってしまった……。
ローランに好かれているのかどうか、分からない。
先日の魔法の電話の一件が、私の自信を完全に無くしていた。
おそらくローランは合理主義者なのではないだろうか。
私のことは好きではなく、役に立つから傍においてくれただけ。
そんな気がしている。
「リジーは、ローランがリジーのことを好きじゃないかもしれないのに、それでもローランと一緒にいたいの? ただ、リジーのことを利用しようとしているだけなのに、ローランのことを好きなの?」
サラ様が畳み掛けた。
うーん、と私は考える。
私はローランのことが好きだ。
一緒に生活したときに垣間見せた甘い言葉や優しい態度に、何度となく心を奪われた。その思い出が忘れられない。
そして、今のところ、ローラン以上に素敵な人と出会っていない。
結局、たとえローランの気持ちが私になくても、私はローランのことが好きだ。
「サラ様。私はローランのことが好きです。だから、ローランがたとえ私を利用するだけだとしても、利用できると思ってもらえるうちは、一緒にいられたら幸せかもしれないです。……ただ、私に利用価値が無くなってしまったら、ローランに全く見向きもされなくなったら、その時は一緒にいたくないです。辛いだけだと思います。その時はきっぱり諦めます。私は本当にローランのことが好きなので」
「……そう。リジーの気持ちはよく分かったわ」
3人の妖精たちは私の方をみて皆微笑んだ。それから、シルフ様が真剣な顔で口を開いた。
「リジーの話が本当だとして、ローランがリジーを利用しているのだとしたら、さっさとローランの呪いを解いた方がいいよね。そうしたら、ローランの本性が分かるじゃない? 呪いが解けたらリジーに見向きもしなくなるのか、それともまだリジーに気があるのか……」
ありがとうございました。