88.妖精4
サラ様までニヤニヤしている。
「ローランがきたら、私の工房にも連れてきてよ。お揃いのグラスを作るから」
「いいな。私も見に行こう」
サラ様とシルフ様の二人で、キャッキャッと話し出した。
あれ?この感じは、ローランが来るの確定なのかな?
でも、どうして?
ローランは王宮を出られないはずだけど……
私がそう考えていると、ウンディーネ様が少し困ったように言った。
「もう、二人とも、あまりリジーに関与しちゃダメよ。見守るだけにしてね」
「大丈夫! ウンディーネの子を悪いようにはしないから」
サラ様とシルフ様が、2人同時に「ねぇ」と顔を見合わせた。
それを見て苦笑しながら、ウンディーネ様は今度は私に向かって言った。
「さぁ、そろそろリジーは家に帰った方がいいわ。また明日、ここにいらっしゃい。ここは、私がやっている薬屋なの。とはいっても、お客様は来ないけどね」
「薬屋?」
そう言われて、店内を改めて見回す。
特に商品のようなものは陳列していない。ただ、このカウンターがあるだけだ。
「必要なときに、必要なお薬を調剤するから、何も並べてはいないのよ」
ウンディーネ様は私が何も聞かなくても、さらりと私の疑問に答えてくれた。
「ウンディーネ様」
私はウンディーネ様に向き合う。カウンター越しのウンディーネ様は美しく微笑んでいる。
本当に、私のお母様なの?
そう言おうとしたけど、言葉は出なかった。
お母様とは呼べない。
「……また、明日きます」
私はそれだけを言って、3人の妖精に見送られながら、ウンディーネ様の薬屋を後にした。
それから、待たせていた馬車に向かう。
私は馬車の中で考えた。
本当に、ウンディーネ様は私のお母様なのだろうか?
もちろん、妖精たちがそろって嘘をつくなんて微塵も考えてはいない。
ただ、私には衝撃的すぎる。
妖精たちの言うことは信じているけど、でも、それとこれとは別だ。
ウンディーネ様が私のお母様なんて、信じられない。
でもーーー
そういえば、以前、ハミアさんは、この世にあり得ないことなんて無いと言っていた。
私は転生者なのだ。
そもそも、そこから普通じゃない。
だから、転生先が妖精の卵だって、あり得るのかもしれない。
でもなぁ……。
ウンディーネ様のことは大好きだけど、
この世界に、私のお母様はもういる。
今さら別の人がお母様だと言われても受け入れられないのに、それがさらに妖精なんて……。
でも、でも、でも……
まるでブランコのように、考えがあっちにいっては「でも、やっぱり」とこっちに戻り、また「でも」と考え直して、また戻って、と繰り返しているうちに、馬車は屋敷へと着いた。
「ただいま」
考え過ぎてふらふらしながら屋敷に戻ると、いつものように執事のアントンたちが出迎えてくれる。
少し遅れて、お母様とレオがやって来た。
「お母様!」
私は思わずお母様に抱きついた。
お母様は少し驚いたようだが、優しく抱きしめ返してくれる。
「リジー、どうしたの? 何か怖い目にでも遭った?」
お母様は優しく背中を撫でてくれた。お母様の手が温かい。
「いいえ、何も。……ただ、お母様に会いたかったので」
私はそう言いながら、ぎゅっと両手でお母様を抱きしめる。
「うふふ、変な子」
お母様はそう言いつつ、そのままその場でじっとしてくれた。
お母様にしばらく抱きついて、嗅ぎ慣れた大好きな匂いに包まれていると、さっきまでのモヤモヤもいつの間にか消えている。
ああ、いい匂い。そうだ、これがお母様の匂い。
「リジー、お茶にする?」
私が落ち着いたのを見計らって、お母様が声を掛けてくれる。
「はい」と頷き、ようやく私はお母様から離れた。その時初めて、ずっと私の足元にレオがいたことに気づいた。
「レオ、いたの?気づかなくて、ごめんね」
私はしゃがんでレオを抱き上げ、お母様の後に付いて応接室へ移動した。
応接室では、既にお茶の用意がされている。
私はお母様の隣りに座り、ティーカップを口につけた。
優しく温かいお茶が、体に沁みる。
「リジー、寂しくなったの? ジャックもジャルジさんたちもいなくなっちゃったものね」
お母様がきいてきた。
「はい」と頷く。
兄やジャルジさんたちがいなくなって寂しいのは本当だ。
「それなら、王都には半年後と言わず、もう少し早めに戻れるようにお父様に相談しましょうか?」
「どうしてですか?」
「ここには、リジーのお友達がいないでしょ? リジーも人恋しくなっているようだし、お友達のいる王都に早めに戻ったほうがいいんじゃないかしら?」
母は、先ほどの私の様子を見て、心配になったようだった。
母の提案について考えてみたが、早く王都に戻りたいのか、それとも長くここにいたいのか、今は分からないのが正直なところだ。
少し前までは、長くここにいたいと思っていた。
自然豊かなこの地でのびのび過ごすと、とてもリフレッシュできたのだ。
でも、両親が来て、ジャルジさんたちと出会ったことで、刺激を受けたのも確かだ。ジャルジさんたちをきっかけに、人との触れ合いが恋しくなったのかもしれない。
とはいえ、この地を離れたら、せっかく知り合えた妖精たちと会えなくなるのも寂しい。
そんな風に考えると、暫くここにいたいのか、早く王都に戻りたいのか、分からない。
私が黙って考えていると、レオが私の膝にのってきた。
「お母様、レオが王都に戻ったら嫌だ、と言ってます」
私が少し困った顔で母にそう言うと「本当ね」と母は笑った。
ちょうどその時、仕事を終えた父が帰ってきた。今日は一日、父は村長の家に行っていた。
「お帰りなさいませ。お父様」
母とレオと一緒に、父を迎える。
「リジー、話がある」
父は私の顔を見るなり、難しい顔をしてそう言った。
「はい、なんでしょう?」
私は父の顔を見て身構える。きっと、あまりいい話ではないのだろう。
父は一つ咳払いをしてから、言いにくそうに言った。
「ローラン王子殿下が、明後日ここにお泊まりになる。リジーは会いたくないかもしれないが、お会いしないわけにはいかないだろう」
ありがとうございました。